データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第50回国連総会における河野外務大臣一般討論演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1995年9月26日
[出典] 外交青書39号,199−204頁.
[備考] 
[全文]

議長,

事務総長,

御列席の皆様,

 私は,ここに演説をはじめるに当たって,日本国政府を代表して,国連が創設50周年を迎えたことに対し祝意を表したいと思います。また,この記念すべき時に議長を務められるフレイタス・ドゥ・アマラル閣下の議長就任を心からお祝い申し上げます。

(国際情勢の変化と国連の役割,わが国の協力)

 国連は創設から半世紀を経ました。国連の前進である国際連盟の存続が二十年余りであったことを思い起こすならば,このこと自体まさに祝福すべきことであります。

 そればかりではありません。未来に向かって,国連の使命は益々重要となっています。私は,このような歴史的かつ重要な総会に日本国政府を代表して出席する光栄を得,特別の感慨を覚えます。

 この50年の間,超大国の対立により国連は,その平和維持機能を麻痺させることもありましたが,今や国際社会はその構造を変化させました。

 そして,世界の人口は,この間に二倍以上にも増大しました。この人口の爆発的増加は地球規模の深刻な問題となっています。また,冷戦終了後の地域紛争の急増により,現在世界には,約3,000万人もの難民が発生していると言われています。

 ブトロス=ガーリ事務総長は,先般ジュネーブでの演説の中で,20世紀も終わろうとしている今日,13億もの人々が絶対的貧困の中で生活しており,15億以上もの人々が最も基礎的な医療さえ受けられない状態にあることを指摘しておられます。更に,地球温暖化,森林の破壊,海洋汚染などの環境破壊の問題が益々深刻であることは言うまでもありません。

 国際社会が平和と繁栄を達成すべく,これらの困難な諸問題に対処しうる場は,唯一の普遍的国際機関である国連をおいて他にありません。だからこそ,国連の真の機能強化が必要とされており,財政,経済・社会及び政治の各方面における改革に向かって具体的行動を取ることが求められています。わか国は,これまでも国連への協力を外交の重要な柱としてまいりました。私は,そのような協力を今後も一層強化し,国連の機能強化のために更に積極的に貢献していく決意であることを,まず申し上げたいと思います。

(新たな開発戦略の提唱)

議長,

 私は,冷戦後の新しい時代の極めて重要な課題の一つは,新たな視点に立って開発途上国の発展を確保することにあると考えます。開発を通じて途上国が経済的自立を達成することは,世界経済全体の発展につながり,また,そのことが新たな国際秩序を安定させるものと考えます。

 開発の問題は,これまでは,ともすれば東西対立の枠組の中で政治問題化され,本来の開発の視点から逸脱しがちでありました。しかし,今日,協力とパートナーシップの視点から,真に途上国の経済,社会の発展の問題を考えることができる環境が生まれつつあります。

 ここで,私は,国際社会の平和と繁栄の達成のために,より総合的な「開発戦略」を策定する必要を訴えたいと思います。

 開発問題を考えていく時に,政府開発援助は引き続き重要な役割を持つと考えます。わが国は,世界最大の援助国として,かつてわが国が戴いた各国からの支援を思い浮かべながら,今後も政府開発援助の拡充に努めてまいります。

 他方,これからの開発戦略は,単に援助の側面からだけで捉えることはできません。例えば,東アジア地域の目覚ましい経済発展をみれば,市場機能の促進と貿易・投資の自由化の推進の重要性は明らかであり,今年新たに発足した世界貿易機関を中核とする多角的自由貿易体制を維持・強化していくことの必要性改めて認識されるべきであります。この関連で,閉鎖的な地域主義を排し,開かれた地域協力の推進を重視するAPECは,その協力の良い具体例であり,わが国は,今年の11月に大阪で開催されるAPECの議長国として,このような地域協力を更に発展させるよう積極的に貢献してまいります。

 更に,経済の開発を,教育や人材育成,人権の尊重,女性の地位向上等を通じて,個人の福祉の向上と社会全体の安全,繁栄につなげていくという社会開発の考え方が益々重要となっています。わが国は,こららの分野での国際協力の強化に努める決意であります。とりわけ,わが国は,開発問題における女性の役割を重視しており,先般,北京で行われた世界女性会議で,教育水準の向上,健康の改善,経済・社会活動への参加促進という三つの分野で協力を中心とした開発援助の拡充に努めるとの新たな政策を発表いたしました。

 このように,これからの新たな開発戦略の策定に当たっては,政府開発援助だけでなく,貿易,投資,マクロ経済政策,技術移転,社会インフラの整備等の様々な政策手段を総合的に組み合わせる「包括的アプローチ」が必要であります。そして,対象国の発展段階に応じて,これらの政策手段の中から最適なものを組み合わせる「個別的アプローチ」をとることも重要であると考えます。

 このような基本的な考え方に基づいて,私は,次のような3つの具体的指針を提示したいと考えます。

 その第1は,開発の成果を具体的に示す現実的な開発目標を設定し,その目標の実現に向けて開発途上国と援助国の双方がともに協力していくことであります。例えば,国連大学等の協力も得つつ,開発途上国の国民所得をある時期までに一定水準に引き上げるといった経済成長を量る指標と,識字率や乳児死亡率など社会開発の度合いを示す指標を組み合わせた開発目標を策定することについて,国連の場で検討することを提案したいと思います。

 第2点目は,政府のみならずもNGO,地方自治体といった新たな開発主体を巻き込んだ「参加型」の開発を推進することが重要であると考えます。

 第3に,「南南協力」の一層の推進を挙げたいと思います。このために,国連開発計画の中に効果的な制度を創設することを含め,必要な財政面の措置を検討することを提唱したいと思います。

議長,

 今日,国家間の大規模な対立や紛争の可能性は,冷戦時と比べて小さくなりましたが,これとは対照的に,宗教的,民族的な対立の性格を帯びた地域紛争が深刻となっております。貧困は,このような紛争の原因となることが多く,このためにも開発問題への取り組みが緊急の課題であります。他方,紛争の存在そのものが開発の達成を大きく妨げているとの現実もあり,悪循環が生じております。

(紛争の予防・解決)

 地域紛争については,当事国及び地域の関係国による紛争解決努力が基本であることは申すまでもありません。そして,それに加えて,国際社会がその解決に真剣に取り組む必要があります。

 PKOは,当事国の紛争解決努力の上に立って,国連として紛争解決に貢献するための効果的な手段の一つであり,また,その展開が紛争の未然の防止にも大きな役割を果たしうるものであります。今後とも国際社会がPKOを支え,その更なる改革を進めていくことが重要と考えます。わが国は,ゴラン高原の国連兵力引き離し監視隊への参加を含めPKOへの積極的な協力を行ってまいります。

 また,多発する紛争により急激に増大している難民問題への取り組みについて,わが国は,引き続き国連難民高等弁務官等の活動を支援してまいります。

 更に大切なことは,国連及び加盟国が紛争に対し,より予防的な対応を取ることであります。私は,事実調査ミッションの派遣,調停・仲裁等の政治的支援の提供等による国連による予防外交の強化を支持したいと思います。

 地域紛争の予防・解決に関連し,わが国は,10月に「アフリカの平和と開発−紛争問題に関するハイレベル・シンポジウム」を国連,国連大学とともに主催いたします。

地域紛争の中でも特に言及する必要があるのが,旧ユーゴースラヴィア紛争であります。同紛争の和平は,当事者間の武力行使ではなく,話し合いによって求められるべきであります。現在,紛争当時者間に話し合いの気運が生まれており,この好機をのがすことなく,関係者が和平実現のための最大限の努力を行う必要があります。わが国は,関係国による和平努力の推進と国連の活動を引き続き支持するとともに人道支援等の適切な協力を行ってまいります。また,この紛争の終結により和平が達成された際には,わが国としても,他の関係国,国際機関と協力しつつ,この地域の復興のために協力していく考えであります。

 中東和平については,わが国としてもこれまで積極的な貢献を行ってきておりますが,24日のパレスチナ暫定自治拡大交渉の合意は,和平プロセスにおける大きな前進であり,わが国はこれを歓迎いたします。

(軍縮・不拡散)

 国際の平和と安定にとっては,軍縮の推進と大量破壊兵器の不拡散体制の強化が重要であります。軍縮努力により過剰な軍事支出が削減されれば,それによってもたらされる資源は,開発目的に優先的に回すことができます。逆に,経済開発の進展が軍備拡大へと繋がることがあってはならず,そのためにも,軍縮への取り組みを一層強化していく必要があります。

 本年は,広島・長崎に原爆が投下されてから50年目に当たります。わが国は,核不拡散条約無期限延長の決定を,核不拡散体制の基盤を強化し,核兵器の究極的廃絶に向けての重要な進展として歓迎いたします。

 また,核軍縮の重要な一歩として,全面核実験禁止条約交渉を,明年春までに妥結し,遅くとも九六年秋までに署名することが是非とも必要であります。わが国は,他の諸国とともに,確固たる政治的意思の下で,その実現に向けて努力してまいります。同条約における核実験の禁止の範囲について,仏,米,英が全ての核実験の禁止を支持する旨を表明したことを高く評価するとともに,他の核兵器国が早急に同様の立場をとることを期待致します。なお,昨年の総会演説でも述べたとおり,交渉妥結の際には,日本において署名式を行うことを,ここに改めて提案致します。

 核不拡散条約の無期限延長が締約国の総意として決定され,国際社会が「核のない世界」に向けて新しい第一歩を踏み出そうとした矢先に,一部の国が核実験を行っていることについて,ここで改めて強い遺憾の意を表さざるを得ません。同条約上特別の地位を有する核兵器国は,非核兵器国の信頼に応えて真剣に核軍縮を行う義務があることを,この機会に改めて確認したいと思います。

 わが国としては,これまでも核実験の停止を呼びかけてまいりましたが,今次総会においては,核実験停止に関する決議案を推進したいと考えており,これに対する加盟国の支持,協力を求めたいと思います。

更に,すべての国が通常兵器の軍縮・軍備管理について積極的に取り組むべきことを訴えたいと思います。通常兵器移転の透明性を高めることを目的とする国連軍備登録制度は,事実上,世界の通常兵器取引の90パーセント以上をカバーするほど大きな成果を上げております。今後,さらに多くの国が同制度に参加することを強く勧奨したいと思います。また,通常兵器関連の国際的な輸出管理体制を早期に整備することも重要な課題であります。

 残存する地雷の問題は,人道的問題であるのみならず,経済復興を妨げる深刻な問題であり,その除去のための国際協力と技術開発が急務であります。将来に向けて,対人地雷の使用,製造,移転等に関する国際的な規制の枠組みを検討,強化していく必要があります。

 更に,国際的に大きな問題となっている小火器の拡散について,わが国は,この問題に関する専門家会合を事務総長の下に設置することを求める決議案を今次総会に提出する考えであります。

(国連改革)

議長,

 冒頭でも述べたとおり,創設50周年の歴史的機会を捉え,益々重要性の高まっている国連の機能強化を目指して,今こそ国連改革を具体的に実現すべき時であります。私は,この機会に,財政改革,経済・社会分野の改革及び安保理改革の3つの改革につき改めて私の考えを述べたいと思います。

(財政改革)

 国連機関の一層の効率化及び財政基盤の健全化と強化なくしては,国連の真の機能強化は図れないと思います。現在,国連分担金の未払い額は30数億ドルにのぼっております。我々が,この状況を危機的なものとして直視することが何よりも必要であります。私は,各加盟国が分担金支払い遅延の解消に一層努力するよう呼びかけると同時に,一部の加盟国に過度の負担が生じないよう,加盟国の負担のあり方を包括的に見直す必要があることを強調したいと思います。

 わが国は,厳しい財政事情にも関わらず国連第2の拠出国として,国連財政を支える大きな責任を果たしてまいりました。国連財政の抜本的改革について,真剣な議論が行われ,「公正かつ公平な負担」が実現することこそ,国連の機能強化の鍵であることをここで強く訴えたいと思います。

(経済・社会分野の改革)

 国際社会は,環境をはじめとして,人権,難民,人口,エイズ,麻薬等の問題に一層有効に対処することを国連に求めております。経済・社会分野における国連システムの強化に,今まで以上に真剣に取り組まなければなりません。具体的には,この分野における関係する組織,機関の効率化,任務の見直しと,国際開発金融機関を含めた機関相互の効果的な調整を進める必要があると考えます。

 このような見地から,わが国としては,「開発のための課題」に関する議論を重視し,この議論への積極的な貢献を通じて,改革の進展に努めてまいります。特に,経済社会理事会につきましては,傘下にある各種機能委員会の一層の活用を含め,その強化が緊急の要請であると考えます。

(安保理改革)

 政治分野における国連強化のための最重要課題である安保理改革の中心的課題は,安保理の正統性と実効性の向上により,その機能を強化することにあります。わが国は,このためにも新たにグローバルな責任を果たすべき立場にある国を常任理事国として加えるとともに,非常任理事国の適当な数の増加を図ることが必要であると考えます。

 昨年の国連総会において私が述べた通り,わが国は,憲法が禁ずる武力の行使は行わないという点を含むわが国の国際貢献に関する基本的な考え方の下で,多くの国々の賛同を得て,安保理常任理事国として責任を果たす用意があることを改めて申し述べたいと思います。この点に関し,これまでに,日本の常任理事国入りにつき支持を表明した多くの国々に対し,この場を借りて改めて感謝の意を表します。

 私は,作業部会における2年間の議論の成果,就中,前総会の作業部会における実質的進展を踏まえ,また,国連創設50周年のモメンタムを生かし,今次総会が終了する96年9月までに改革案の大枠への合意実現を目指し,すべての加盟国が一層の努力を行うことを強く求めます。

(結語)

議長,

 第二次世界大戦終了から50周年を迎えた今年,わが国は,過去の歴史を直視し,平和への誓いを新たにしたところであります。過去50年間にわたり,わが国は,国際社会の平和と安定から最も裨益してきた国の一つでありました。

 私は,わが国が平和と安定から受けたものと同様の恩恵を他の国際社会の国々も受け,より一層平和と繁栄を享受することができるようになることを心から願っております。そのためにも,わが国は,未来に向かって国連を更に強化し,自由と民主主義に基づいて平和と繁栄のための新たな国際秩序を構築していくために,一層のなし得る貢献を行っていく決意であることを,ここに明確に表明して,私の演説を終えたいと思います。