データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第41回国連総会における倉成外務大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1986年9月23日
[出典] 外交青書31号,324ー332頁.
[備考] 
[全文]

議長,御列席の皆様,

私は,チョードリ閣下が第41回国連総会議長に選出されたことに対し,日本政府及び国民を代表して,心からの祝意を表明いたします。私は,閣下が豊富な経験と卓越した識見,さらに大いなる決断力をもって,多くの困難な問題を抱える今次総会を必ずや実りあるものとされることを確信しております。,日本代表団は,同じアジアの一員という立場からも,閣下の重要な責務の遂行に対して可能な限りの協力を惜しませぬ決意であります。

また,私は,第40回総会議長デ・ピニエス閣下の業績に対して心からの感謝の意を表します。

さらに,私は,この機会にペレス・デクエヤル事務総長が世界各地を歴訪しつつ国際の諸問題の解決に真剣に取り組んでおられることに対して深い敬意を表します。

演説を始めるにあたり,私は,先月カメルーンにおいてニオス湖からの有毒ガスの噴出により多くの犠牲者が出たことに対し,日本国民を代表して深い同情の意を表します。同じ火山国である我が国は,直ちに有毒ガスによる被害の調査と災害防止に役立てるための専門家を現地に派遣致しました。今後ともさらに必要な援助につい検討してまいる所存です。

同時に,私は,去る4月ソ連のチェルノブイリにおける原子力発電所の事故により多大の被害が出たことに対して同様に心からの同情を申し述べます。この事故によって,我々は原子力を利用する国の国際的責任が極めて大きいことを再確認いたしました。この点で国際原子力機関の場において,類似の災害の発生に対応するため極めて迅速に国際条約草案が作成されたことは特筆されるべきであります。

議長,

昨年の国連創設40周年に当たっては,世界各国の代表が,国連創設の原点について,あるいは国連の存在意義について,あるいはまた国連の問題点について,この壇上から世界に語りかけました。国連は壮年に達して,改めて各方面から照明を当てられたと言えます。

これらの議論は,総体として,世界の平和と繁栄にとって,国連の役割はますます大きくなっているということでありました。我が国の中曾根総理も,「国連は21世紀へ向かっての人類文明創造の母体である」との考えを披瀝しました。

しかし,一方,国連組織の肥大化により国連の行財政が極めて深刻な状況にあり,この面の改革を緊急に実施しなければ,国連が機能麻痺に陥りかねないということも明らかにされたのであります。

私の前任者の安倍外務大臣は,第40回総会において,この事実を厳しく指摘し,国連の機能と機構の活性化をはかるための「賢人会議」の設置を提案いたしました。これは,国連が我が国にとり,また国際社会全体にとって極めて有用であり必要であるとの基本認識によるものであり,また,我が国がこのかけがえのない国際機構を強力に支持していることの表われでもあります。

幸に安倍大臣の提案は,加盟諸国の受け入れるところとなり,賢人会議は,それぞれ卓越した知識と豊富な経験を有し,また,今日国連が置かれた厳しい状況を熟知しておられる18名の方々を委員として発足しました。同会議は精力的に討議を重ねて報告書をまとめ,先般これを事務総長閣下に提出しました。国連改革のための過去のいくつかの同様の試みの中でも,これぼと充実した報告書がつくり上げられた例はかつてありません。私は各委員の努力に心から敬意を表するとともに,ここに示された委員の方々の意気と実行力こそ,国連活性化のモデルとなるものと信じます。

賢人会議の報告書は,国連の効率化促進に役立つ数多くの建設的な提案を盛り込んでおり,私は,この報告書に盛られた勧告が討議され,全ての加盟国の理解を得て一日も早く全体として実施に移されることを強く希望いたします。かくすることにより,国連は,諸国民の信頼感をかち得,将来のいかなる事態にも機敏かつ適切に対応しうる機能をとり戻すことができ,ひいてはそれが国連システム全体に対するよき模範となることが期待されます。

然らば,改善された,より効率的な機能を以って国連は何をすべきでしょうか。紛争,飢餓,また最近多くの犠牲者を出しているテロを根絶し,世界中の普通の人々が平和で豊かで不安のない生活を送れるようにするためには,どうすればよいでしょうか。

議長

今日,世界が国連に期待していることは,第一に平和維持機能の発揮であり、第二に世界の経済的,社会的,文化的水準の向上でありますが,私は,世界の平和と発展を論ずる時,軍縮の問題は避けて通れぬものと考えます。

若干私事に亘って恐縮でありますが,私は日本の南西に位置する長崎という町に生まれ育ちました。長崎は,17世紀から19世紀に到る250年間,日本が鎖国政策をとっていた当時,外国との貿易を許された唯一の港町であり,その名を国外に知られておりました。そして,第2次大戦末期,長崎は,広島に次いで原爆を投下された町として再び世界にその名を知られることになりました。

戦後まもなく復員した私は,瓦礫の山と化した市街や無残な市民生活を目にし,長崎の復興に全力を傾けました。同時に,私は,核の恐怖を強く実感し,人類はこの核の時代にいかに平和を維持するか,どうすれば核の脅威から解き放たれうるかについて,政治家としてのみならず,1人の人間として懸命に考えつづけました。この核兵器のもたらした惨害に思いをいたす時,私の揺らぐことのない結論は,「核兵器は廃絶さるべし」ということであります。

このような結論を言葉によって述べることは簡単です,しかし人の演説や一片の宣言によって真の平和や核の廃絶がもたらされ得るものであれば,今日の世界は余程違った形のものとなっているでしょう。大切なのは行動であります。どんな小さな行動であっても,具体的な粘り強い一つ一つの行動のみが平和と核廃絶に対する貢献を成すのであります。

人類から核の脅威を除くに当たっては,核超大国の責任が極めて重いことは申すまでもありません。昨年11月の米ソ首脳会談で,レーガン大統領とゴルバチョフ書記長は,「核戦争に勝者なく,また,核戦争は決して戦われてはならない」ということについて意見の一致を見ました。核兵器を削減するための具体的な行動をとるためには,まずもって関係国の間に政治的信頼関係を築く必要があります。昨年の米ソ会談を契機として,東西間の政治対話がより高いレベルでより頻繁に行われ始めたことは,政治的信頼関係確立の上で重要な第1歩であると考えます。この政治対話の過程をいかに実りあるものにするか,それが我が国をも含めこの過程に参加しているすべての国々の大きな責任となりました。

核軍縮をも含めた軍縮の問題はすべての国にとって,その安全の確保という要請と密接に関連した問題であります。相手側の安全保障に妥当な配慮を払わずに個々の具体的な核軍縮提案が行われた場合には,かえって相互の信頼関係を損なうおそれがあることを,我々は忘れてはなりません。

さらに,我々は,軍縮・軍備管理の取極の遵守を確保し相互信頼の関係を確実なものにするためにも,関係国が納得する検証体制を確立していくことが必要です。この関連で我が国は,核実験の全面禁止をめざし,その検証体制を築き上げていくためにはステップ・バイ・ステップ方式によるべきであるとの提案を行ってきました。この提案のフォロー・アップとして,我が国は,本年4月ジュネーブの軍縮会議において,より精度の高い地震波データを交換することによって検証能力を高める考え方を提示し,本年12月から関心を有する国々との間で試験的なデータ交換を開始する予定であります。私は,我が国のこのような努力が核実験禁止に向けて大きく貢献するものと考えております。

核問題の解決のためには,核の均衡による抑止が働いているとの現実認識に立って,相互の信頼を構築すべく対話を重ねつつ,適正な均衡を維持しながら核保有のレベルを1歩1歩下げていく地道な努力が必要であります。私は,かくしてこそ究極的な核廃絶が可能となり,長崎を人類最後の被爆地とすることができると確信するものであります。

米ソ両核超大国の平和と軍縮の問題に対する格別に重大な責任に思いをいたす時,私は,昨年11月のジュネーヴにおける両国首脳間の合意に従って2回目の米ソ首脳会議が早期に開催され,核軍縮,軍備管理問題をはじめとする両国間の懸案が解決へ向けて大きく動き出すことを心から期待してやみません。

また,国連,軍縮会議等の場において,軍縮,就中,核実験の全面禁止,化学兵器の禁止等の分野で具体的合意に向けて国際社会の努力が倍加されるべきであり,核不拡散体制についてもその維持・強化が図られるべきであると考えます。我が国は,今次総会及び軍縮会議等の場において積極的貢献を行うことを,ここに改めて約束いたします。

なお,私は,この機会に,ソ連がアジア地域に配備しているSS20に言及せざるを得ません。アジア地域のSS20が欧州に配備されているSS20とともに,米ソ間のINF交渉においてグローバルな基礎の上で全廃に至ることを強く求めるものであります。

我が国としては,重要な隣国であるソ連との間に,真の相互理解に基づく安定的な関係を築きたいと念願しておりますが,このためには,第2次世界大戦後,日ソ両国間で未解決のまま残されている領土問題を解決して平和条約を締結することが不可欠であります。この問題の解決は,極東ひいてはアジアの平和と安定に大きく貢献するものと確信致します。

議長

平和を考える場合に軍縮の問題て並んで重要なのは,地域紛争や地域問題をいかに解決するかということであります。国連は第1の目的に国際の平和と安全の維持を掲げておりますが,遺憾ながら,この機構が創設されて以来今日までに150件以上の紛争が発生し,今なお解決の糸口さえつかめないものも少なくありません。

ここで,私は,今日国際社会が直面する地域問題と,我が国の外交について申し述べたいと思います。

地域問題の中でも南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策の撤廃は,今日の国際社会が一致協力して取り組まねばならない焦眉の問題の一つであります。

アパルトヘイト政策は,肌の色によって国民の大多数の参政権を剥奪するほか,種々の差別を課しているものであり,人権の尊重という人類共通の理念に照らして絶対に容認しえないものであります。また,私は,南ア政府が,アパルトヘイトを継続するのみならず,周辺諸国に対し越境攻撃をはじめ,いくつかの好ましくない行為を行い,また南ア全土にわたる非常事態宣言を発布する等の挙に出たため,南ア情勢が悪化の一途を辿っていることを深く憂慮しております。南ア問題は平和的手段により解決されなければならず,関係当事者はこれ以上の流血を避けることに全力を注ぐべきであると考えます。

最近,南ア政府は一連の改革措置をとってきましたが,これらは遺憾ながらアパルトヘイト撤廃へ向けての具体的措置を講じ,またネルソン・マンデラ氏の釈放,ANC等政治団体を合法化し黒人指導者との対話を開始する,勇気ある政治的決断を強く求めてきました。

 これまで,我が国は南アとの外交関係を有さず領事関係に留めると共に,投融資の規制,武器・コンピューターの輸出に不承認,南ア製金貨の輸入自粛等の貿易規制,更にはスポーツ・文化交流の制限等広汎に亘り二国間関係を規制してきました。更に我が国は,去る19日,南ア政府がアパルトヘイト撤廃の明確かつ具体的政策を示すまでの間,銑鉄・鋼材の輸入の不承認,日・南ア間の観光の規制,南アとの航空機相互乗入れ停止の確認,我が国公務員の南ア航空国際線使用禁止等の新たな追加措置をとることを決定,発表いたしました。

 以上のような対南ア措置をとる一方,我が国は南ア情勢の展開により,経済的困難を被むる周辺諸国に対し,我が国の経済協力を強化していく考えであります。また,南ア黒人の地位向上のための協力についても,拡大・強化していくこととしております。

他方,我が国は,南アフリカ共和国によるナミビアの不法統治を遺憾と考え,一日も早くかかる不法な状況に終止符が打たれるべきと考えます。ナミビアの独立は,平和的,公正かつ永続的解決の唯一の受諾可能な基礎を構成する安保理決議385及び同決議435の完全実施を通じて達成されるべきであり,国連監視下の独立のための選挙が実現し,ナミビアを国連の加盟国として迎える日が可及的速やかに到来するよう希望しております。

アフガニスタン問題については,私は間接会合における国連事務総長の努力を支持するとともに関係当事国が国連の仲介努力に積極的に応え,ソ連軍の即時全面撤退,アフガニスタン国民の自決権の早期回復及び難民の安全かつ名誉ある帰還の実現を図るよう強く訴えます。

イラン・イラク紛争においては,両国間の戦闘が継続し,激化の様相をも呈するとともに,湾岸における船舶の航行にも多大の支障が及ぼされる等依然として厳しい情勢が続いていることは遺憾であります。私は,安保理がイラン・イラク紛争の平和的解決に向けてとってきている対応を評価するとともに,今後とも公正かつより積極的な役割を果たすよう要請致します。私は,こうした安保理の措置に対応し,イラン・イラク両国がそれぞれの立場を主張すべく安保理に出席することの必要性を改めて指摘いたしたいと思います。また,私は,国連事務総長のこの問題に対する努力を支持するとともにこれが当事者間の何らかの対話への途を開くことを希望します。我が国としても今後とも志を同じくする国々とも協力しつつ,和平のための環境づくりに努力してまいる所存であります。

中東和平問題は,国連が取り組んでいる問題のうちで最も歴史が長く悲劇的な問題であります。私は,公正,永続的かつ包括的な中東和平が実現することを希望し,すべての関係当事者が和平実現のため一層の努力を行うことを強く期待するものであります。かかる観点より,我が国は,1987年を「和平のための交渉の年」にする等和平実現に向け関係当事国が懸命の努力を払われていることを評価するものであり,また,我が国としても,中東和平実現のため,今後とも可能な限りの協力を行っていく所存であります。

中米紛争に関しては,我が国は域内和平努力による早期の平和的解決を強く希望しており,この意味でコンタドーラ・グループ等域内の和平努力を強く支持しております。

カンボディア問題が,毎年この総会において圧倒的多数をもって採択されている決議にもかかわらず,依然として未解決のままであり,引き続きアジアの平和と安定にとり大きな脅威となっていることは,極めて遺憾であります。我が国は従来よりらカンボディアからのヴィエトナム軍の撤退とカンボディア人の民族自決を柱とする同問題の早期包括的政治解決を求めており,かかる立場より,ASEANの和平努力を力強く支持しております。また,我が国はヴィエトナムを含む関係当事国との対話を通じ,今後とも積極的に和平への環境作りに努力する所存であります。

海を隔てて我が国と隣接する朝鮮半島においては,依然として基本的に厳しい情勢が続いております。

この問題は第一議的に南北当事者の直接対話を通じて平和的に解決されるべきでありますが,北朝鮮側が未だに対話の再開に応じていないことは残念であり,我が国としては1日も早く両当事者間の実質的な対話が再開されることを望みます。

現在ソウルにおいてはアジアの多数の若人の参加を得て第10回アジア競技大会が開催されておりますが,我が国としては1988年のソウル・オリンピックにつながるこの大会の成功が朝鮮半島の安定に寄与するものと考え,これに協力し,支援するとの姿勢を示してきております。同大会の開会式に我が国の中曾根総理が出席したことも,このようなことを念頭に置いてのものであります。

我が国は,従来いくたびも,朝鮮半島の統一に至る過程におけるひとつの措置として,南北双方が国連に加盟することを考慮するのであれば,緊張緩和及び国連の普遍性をたかめるものとして,これを歓迎し支持するとの立場を表明してきております。南北双方が既に多くの国連専門機関に同時に加盟している現実に鑑みれば,国連が南北双方を受け入れる機は熟してきているのではないでしょうか。本日,私は,朝鮮半島に関するこのような我が国の立場を改めて強調しておきたいと存じます。

議長

以上,言及してきた地域問題,地域紛争は,それぞれに特殊な原因,複雑な経緯や関わり合いがあり,これらを一挙に解決することは極めて困難です。しかし,だからといって,国連はこれを放置しておいてよいのでしょうか,。たしかに,米ソ超大国の動向が平和と安全の維持にとって重大な意味を持つことは疑いを容れません。しかし,果たしてそれのみが決定的要因であって,国連のなしうることはほとんどないと言うべきでしょうか。

私が強調したいのは,平和維持の万能薬として国連を過大評価することが危険であるのと同様,国連がこの分野で果たしうる役割を過小評価あるいは,無視してはならないということであります。事実,国連はこれまで,いくつかの重大な場面で,紛争の予防とその拡大防止に貢献してきました。

我が国は,かかる国連の平和維持機能を一層強化していくべきであると確信致します。この関連で,私は次の2点を申し上げたいと思います。

第1に,安全保障理事会の活性化のため,加盟国すべてが引き続き真剣な努力を払う必要があります。特に,常任理事国が一致して積極的なイニシアティヴをとり,安保理の機能強化に向け,その特権に応じた重大な責任を果たすよう,私は強く訴えます。

第2に,我々加盟国は,今一度,国連諸機関が平和と安全の維持のために果たし得る役割を再確認するとともに,各々の役割を有機的に関連付ける方途を見出だすべきであります。すなわち,安全保障理事会,総会,及び事務総長が,事実調査や非公式協議を通じて紛争の未然防止に貢献してきたことを踏まえ,このような側面の充実強化を図ることこそ,国連の平和維持機能強化達成のための現実的アプローチと言えると考えます。

かかる観点から,私は,我が国等6カ国がここ3年間にわたり,国連憲章及び国連の役割強化に関する特別委員会の場において共同提案している,「紛争防止に関する作業文書」の意義について申し上げたいと思います。この文書は,紛争の発生を未然に防ぎ,その脅威を除去する目的で,憲章の枠内で国連諸機関が果たし得る役割を体系化し,国連全体としての平和維持機能を最大限に発揮せしめようとするものであります。国連加盟国が,平和の重要性と国連の存在意義に対する各々のコミットメントを今一度高らかに表現するためにも,同作業文書ができる限り早い時期に総会の宣言として採択されんことを,私は心から希望してやみません。

国連の平和維持機能を強化して行くことは,決して容易なことではないと思います。しかし,私はここで戦時中の米国務長官として国連創設に尽瘁し,“国連の父”と呼ばれた故コーデル・ハル氏の「国連に必要なものは,時間と忍耐とそして協調の精神である」という言葉を想起したいと思います。多数の国々の利害が相錯綜するこの困難な時代においてこそ,ハル氏の言葉どおりに,我々は,国連を対決の場ではなく,ねばり強い話し合いを通じて多くの矛盾を打開する道を模索し,発見し,実践する場とすべきであると信じます。

議長

平和維持機能と並んで,国連の果たすべき重要な機能は,世界の諸国,とりわけ開発途上国の経済・社会発展を推進する機能であります。貧困や飢餓が地域紛争と結び付く例が少なくないことを考えれば,この面での重要性は,決して過小評価してはなりません。現在,中南米をはじめるアジア,太平洋及びアフリカの開発途上国は一次産品価格の低迷,対外債務累積等により経済的困難に直面しており,これが地域の政治的安定を損なうことになることを,私は惧れる次第であり,我が国としてはこれらの開発途上国の経済的困難克服のための努力に対し可能な限りの支援を行っていく所存であります。

先日のプンタ・デル・エステにおけるガット閣僚会議では,新ラウンドへの交渉開始につき合意が成立いたしました。開発途上諸国の健全な経済発展の為には,これら諸国の着実な輸出の拡大が何より重要でありますが,新ラウンド交渉の進展により貿易環境の改善がはかられることは,開発途上国にとり好ましい影響をもたらすものであると確信いたします。我が国としても,市場アクセスの一層の改善,内需拡大のための積極的努力を続けてきており,最近の円高基調の下,開発途上国をはじめとする諸国よりの製品輸入が拡大しておりますが,今後とも経済構造調整努力を一層強化し,開発途上国との貿易の一層の拡大に努力する所存であります。

我が国は,厳しい財政状況にはありますが,開発途上国の経済・社会開発,民主安定・福祉向上に向けての自助努力を積極的に支援するとの方針の下,1986年から7年間にODA総額を400億ドル以上とすることを目指し,そのため,92年の実績を85年実績の倍とするよう努めることを内容とする第3次中期目標を設定しております。我が国としては,途上国の経済的困難ゆえに開発計画が著しく後退することがないよう,できる限りの支援を行う考えであります。

この関連で,私は,開発途上国の自助努力に対する協力が適正かつ効果的・効率的に行われるためには,途上国自らの手により情勢の変化や自らの開発ニーズを十分踏まえた開発計画が策定・実施され,これについて援助国と被援助国とが,真のパートナーシップをもって密接な政策対話を行い,弾力的かつ機動的な協力が可能となる体制を確立することが必要と考えます。これにより,我が国と開発途上国との間で,様々な状況とニーズに合ったもっとも望ましい援助協力の形を作り上げ,両者間に真のパートナーシップを確立したいと考えております。

飢餓や災害の危険にさらされている人々への人道的援助は,我が国政府開発援助の重要な柱の一つであります。我が国は,昨年のメキシコ地震,コロンビア火山噴火の経験を踏まえ,大規模な自然災害が発生した場合,従来より実施してきた財政的援助に加え,専門家チーム等を派遣し,より総合的な形で,また迅速に対応できるよう国際緊急援助体制を強化したところでありますが,今後とも右体制の整備に努力していく所存であります。また,深刻な食料不足に悩むアフリカ諸国に対する支援についても近年急速に拡大しつつあります。

本年5月末開催された国連アフリカ特別総会において全会一致で採択された「国連行動計画」は,中長期的視点に立った今後のアフリカ開発に向けてのアフリカ諸国の自助努力とこれに対する国際的支援にとって有益な指針となるものであります。特に,私は,OAUがこの経済困難を克服するため自ら立ち上がろうとする強い意志を表明されたことを高く評価するものであります。我が国は,この「行動計画」を尊重しつつ,アフリカ諸国の食糧自給達成,農業開発への支援を中心としてアフリカ経済の中長期的視点にたった開発に向けて積極的貢献を行ってまいる所存であります。また,国連アフリカ特別総会において示された各国の建設的かつ現実的態度が,今後の南北対話の場においても引き続き定着していくことを希望いたします。

また,我が国は国連システムの経済技術協力について,国連開発計画(UNDP)を中心に自発的拠出の増大に努めてまいりました。その結果,今や多くの主要援助機関において,我が国は第1位または第2位の拠出国となるにいたっておりますが,今後は援助の額だけでなくその効率化を高めるという観点から,できる限り二国間援助とUNDP等によるマルチの援助の調和を図っていく努力を行い,受益国の立場に立って何が出来るかを検討してまいりたいと存じます。

議長

本年は,我が国が国連に加盟を認められてから,ちょうど30周年に当たります。この間,日本政府及び国民は,過去の苦い経験を踏まえ,国際協調を外交の重要な柱として,一貫して国連を重視し協力する外交方針をとってきました。

すべての加盟国は,国連加盟に際して,憲章の目的及び原則を自らの行動の方針とし,憲章に掲げられた義務を受諾し,すべての手段をもってこの義務を遂行することを約束する旨厳粛に誓ったはずであります。しかしながら今日地球上の各地でみられる紛争は,もし関係当事国が憲章の目的と原則を忠実に遵守していれば回避し得たであろうと想像されるものばかりであり,私は,これら諸国に対し,今一度初心戻って,国連憲章の謳っている諸原則を噛みしめ,紛争を平和的に解決し,より良い世界の構築に向け努力を傾注するよう強く訴えたいと思います。

今日,人類は,21世紀に至るまで,あと14年を残すのみとなっております。我々は,20世紀の中葉に人類がつくり出した史上最大の普遍的国際機構たる国連を,21世紀に生きる我々の次の代にまで引きついで行くことができるか,それとも,おのがじし身勝手な言葉をわめいているうちに,バベルの塔のように崩壊に導いてしまうかの大きな分岐点に差しかかっているのではないでしょうか。

御静聴ありがとうございました。