データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第38回国連総会一般討論における安倍外務大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1983年9月28日
[出典] 外交青書28号,419ー427頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,日本国政府が国民を代表して,閣下が第38回国連総会議長に選出されたことに対し,心から祝意を表します。閣下の豊かな経験と卓越した識見によって,今次総会は必ずや実り多きものとなるでありましょう。日本代表団は,閣下の重要な責務の遂行に対し協力を惜しみません。

 同時に私は,第37回総会議長ホライ閣下がその重責をよく果たされたことに対して,深い感謝の意を表明したいと思います。

 私は,また,この機会にペレス・デ・クエヤル事務総長閣下に対して敬意を表するものであります,。就任されて2年目を迎えておりますが,閣下が厳しい国際情勢下で精力的に活動を続けられ,その指導力を発揮されていることは,誠に心強い限りであります。

 ここで私は,セント・クリストファー・ネイヴァーズが158番目の加盟国として,国連加盟を認められたことを心から歓迎するものであります。

議長

 平和と国際強調を追求する国際連合における演説の冒頭において,先般のソ連機による大韓航空機撃墜事件につき触れなければならぬことは,私の最も遺憾とすることろであります。ここに私は,日本国の政府及び国民の名において歴史にもまれなこの悲しむべき事件の犠牲となられた269名の乗客,乗員の皆様に対し心から哀悼の意を表し,御家族の悲しみに深く同情の意を表明するものであります。

 非武装かつ無抵抗の民間機を攻撃,撃墜することは,人道と国際法に反する暴挙であります。

 ソ連政府は,これまで我が国を含む関係国に対して,自らの行為とその責任につき,何ら納得の行く説明を行っていないばかりか,その責任を他に転嫁することに汲々としております。

 私は,ソ連政府が民間航空機の撃墜という重大な不法行為を糾弾している国際世論の審判の声に応えて,その責任を認めるとともに,今後の処理について迅速かつ誠意のある対応を示すよう,強く要請してやみません。

議長

 近時,世界は,各国民の平和への強い願いと懸念の努力にも拘らず,不安と憂慮の絶えることのない日々を続けてきました。米ソ関係を始め東西間に見られる緊張,一部の地域に存続する各種の紛争や対立,更には,保護主義的動きを招来している世界経済の不況など,事態は厳しい様相のまま推移しております。

 我が国はこれまで,平和憲法の下,軍事大国とならず,世界の平和と繁栄に寄与することを外交の基本方針として参りましたが,近年,国際政治における我が国の積極的役割に対する各国の期待が高まりつつあることを十分に認識し,今後とも世界の平和と安定のため,その国力と国情にふさわしい貢献を行うべく最善の努力を払って行く決意をいたしております。

 もとより,国際社会に生起する諸問題は,個々の国が単独で対処するだけで解決し得るものではありません。世界が一丸となって取り組むことが求められており,まさに,この国連総会こそが諸々の国際問題についての解決の具体的方途を討議し,見出すべき場なのであります。

 私は,本日,かかる観点から,国連総会において取り上げられる問題を中心に,我が国の外交努力について申し述べ,併せて,今後の方針について言及したいと存じます。

議長

 軍事大国とならず非核三原則を堅持する我が国の最大の関心事が,軍縮にあることは言うまでもありません。かけがえのない地球を,戦争の悲劇,就中,核兵器の惨禍から守り,将来の世代に引き継ぐことは,我々の世代に課せられた重大な責務であると申せましょう。

 この意味で,まず最重視されなければならないのは,米ソ両国間で現在進められている中距離核戦力(INF)交渉であります。この交渉の成否は,戦略兵器削減交渉(START)など世界の軍縮交渉全般の進展に大きな影響を与えるのみならず,東西関係の帰趨など我々の当面している国際情勢の将来を大きく左右するのでありましょう。このINF交渉の対象とされているソ連のSS−20は,その特性である到達距離と移動性及び破壊力のゆえに東西の軍事的均衡に多大の影響を持つものであり,まさに全世界の平和と安全にとって無視することができないものとなっております。ソ連は,欧州地域において配備されているSS−20のみをこの交渉の対象とする態度をとっておりますが,この問題は,アジア地域を含む全世界的観点から交渉されなければならないものであります。

 我が国は,かねてから,INF交渉がアジアを犠牲にすることなく,その安全保障も配慮しつつ,世界的な観点に立って行われ,解決が図られるべきであると主張してきました。私は,本年1月の西欧諸国訪問,5月のウィリアムズバーグ・サミット出席などの機会において,このことを強く訴え,米国を始めとする関係諸国の理解を求めました。幸いにして我が国のこの主張は,サミットの政治声明の中にも盛り込まれ,先進主要国の合意となったのであります。

 私は,INF交渉の結果が世界的にもたらすべき影響の重大性にかんがみ,同交渉が近い将来に実質的妥結に向って進展を示すことを衷心より念願するものであり,最近の米国のイニシアティヴにみられる同国の真剣な努力を評価し,これを支持すると同時に,ソ連が全世界の平和のため誠実に応え現実的な態度で交渉に臨むことを強く訴えるものであります。

 地球上に核が拡散する危険が高まっている今日,核不拡散条約体制の強化は,一層重要な意味を持つようになりました。我が国は,本条約加盟国としてこの際,核兵器国,非核兵器国を問わず,すべての未加盟国が1日も早くこの条約に加盟するよう,改めて訴えます。同時に,私は,核保有国が本条約に定められた核軍縮に対する義務を誠実に履行することが,核不拡散条約体制の維持・強化の上で極めて大きな意義を持つことを指摘し,かかる観点からも米ソ核軍縮交渉が実質的に進展することを重ねて強く求めるものであります。

 更に我が国は,核兵器の一層の質的高度化に歯止めをかけるため,あらゆる国の如何なる核実験にも反対し,地下核実験を含む核実験の全面禁止条約成立の促進に努力してきましたが,私は,この分野における国際的努力をたゆみなく続けなければならないと考えます。

議長

 核,非核を問わず,信頼するに足る軍縮の実現のためには,個々の軍縮措置の実施の状態を検証できる体制が整備されなければなりません。この観点から我が国は,これまで軍縮分野における検証の重要性を一貫して主張して参りました。我が国は,昨年の第2回国連軍縮特別総会において,国連の枠内における国際的な検証機関の設置など,いくつかの具体的提案を行いましたが,私は,我が国のこれらの考え方が早急に具体化されるよう期待いたします。

 検証を効果的なものとするためには,軍事,あるいは軍縮に関する幅広い情報の公開を促進することが肝要であります。1980年の国連決議により軍事費に関する標準報告制度が発足したのも,この趣旨に基づくものであります。我が国は,異なる社会体制を有する諸国を含め,できるだけ多数の国がこの制度に沿って,軍事費に関する報告を行い,その削減のための基礎が築かれることを望みます。

 以上のような考え方に立って,我が国は,軍縮促進のためあらゆる努力を行ってまいりました。私は,今後とも,我が国が軍縮を通じて世界全体の安全保障が高められ,もって,人類の未来に明るい展望がひらかれるよう,積極的な役割を果たしていく決意であることを表明したいと存じます。

議長

 私は,6月,ベオグラードで開催された第6回UNCTAD総会に出席いたしました。

 ここで論議された南北問題は,その解決を目指し南北がともに悩み,ともに行動してきた命題であります。その原点は,相互依存関係が深まりゆく現下の国際社会において,南北それぞれの努力とそれに基づいた協力がなければ,世界の平和と繁栄が確保し得ないという点にあります。開発途上国の経済開発への努力は,健全な国際経済環境と先進国からの支援があってこそ着実に報われるものであります。また,先進国経済を再び活力あるものとする努力も,開発途上国経済の拡大により刺激されるものであります。

 とりわけ私は,南の諸国の多様な活力は,世界が21世紀への道を切り拓く上で不可欠であり,この活力を生み出すためには,これらの国々に住む人々が,昨日よりは今日,今日よりは明日が,より良い生活をもたらすと感じられるような国際環境造りをしなければならぬことを痛感しております。

 長い不況に悩んできた世界経済は,先般来,ようやく回復基調を辿りつつあるものの,未だ先進国側には,失業や保護主義が,また開発途上国側には債務問題等の不安定要因が多く残っております。これらの問題を解決するには,まず先進国,開発途上国がそれぞれ,手を休めることなく,自らの課題を着実に果たしていく決意を新たにしなければなりません。

議長

 かかる観点から私は,ベオグラードにおいて,南北のそれぞれが各自の役割に応じて果たすべき課題として,先進国は国内経済の再活性化,市場開放及び政府開発援助(ODA)の拡充を,開発途上国は現在の経済困難に対応した果敢な調整努力を推進すべきであると主張いたしました。

 そして会議主催国のユーゴスラヴィア政府が南北合意の成立にかけられた熱意には,誠に頭の下がる思いがいたしました。

 先進国の一員たる我が国としては,率先してその責務を果たすべく,国内経済の運営にあたっては,インフレなき持続的成長を確かなものとすべく努力すると共に,市場開放については,就中,特恵間税制度の鉱工業品に対するシーリング総枠を明年度約5割拡大して50億ドル相当にまで引き上げる方針を決定し,ODAについては,かねてよりこれを5ヵ年で倍増するとの新中期目標を立てて拡充に努めてきております。

 世界経済の発展から取り残されている後発開発途上国においては,多くの人々が飢餓線上に苦しんでおり,これらの国に対して特別の支援の手を差し伸べるべきことは国際社会に課せられた人道上の義務とも言うべきものであります。我が国は,後発開発途上国のための新実質行動計画の誠実な履行に努めるとともに,これら諸国に対する援助をできる限り無償化し,かつ,増大するため一層の努力を払う所存であります。

 一次産品共通基金は,開発途上国の自助努力を支援する国際協力の具体例であります。我が国は,既に率先して同基金全体の八%強を負担することを受け入れておりますが,同基金を発足させるため,私は同基金設立協定の未批准国のすべてが1日も早く批准に向けて努力すべきことを,ここに再び訴えたいと存じます。

 このほか,世界経済の拡大を妨げる保護貿易措置については,先進国が,ベオグラードにおける約束にしたがって,その削減,撤廃に組織的に取り組む必要があります。またIDAの第7次増資に関する「実のある規模」にするとの目標も,開発のための資金を確保するためぜひ実現しなければなりません。

議長

 我々は,第6回UNCTAD総会で約束された国際協力を逐次実現していかなければなりません。

 このような国際的な協力は,経済社会体制の如何を問わず,相互依存の度を深める国際社会の全構成員によって担われるべきものと信じます。

 南北対話は,こうした行動を基盤として一歩一歩着実に構築されていくものであります。年来の懸案である国連包括交渉は,まさにこのような共通基盤を探究する一過程として位置付けられるべきでありましょう。

 我が国は,このような建設的な対話の促進に積極的な役割を担い,これを通じて世界の平和と繁栄に寄与することを,我が国の外交の基本といたしております。国際政治の緊張が懸念される今日こそ,我々は,反目よりは融和を,対立よりは協調を選択して,貧困からの脱出という人類共通の願いを旗印として,南北協力というこの歴史的使命に取り組むべきだと信じます。

議長

 次に私は,以上に述べました世界的な重要課題の背景をなしてる国際情勢に触れたいと存じます。

 今日,国際間あるいは民族間の対立や紛争が激化し,最も情勢が流動しているのが中東地域であります。

 とりわけ湾岸地域においては,イラン・イラク紛争が長期化しており,最近の新たな攻撃兵器の導入などによって戦火が拡大されることとなれば,同地域の平和と安全は,とりかえしのつかないほどに損なわれ,ひいては全世界に計り知れない影響を及ぼすことが懸念されます。私は,このことを深く憂慮し,去る8月,イラン,イラクを相次いで訪問し,両国首脳に対して,戦闘行為の拡大の抑制と和平の早期実現を強く訴えてきたのであります。我が国は幸いにして両国のいずれとも極めて友好的,協力的な関係にあり,両国の安定と繁栄を念願するとともに我が国と両国との友好を一層増進することを強く希望しております。私は,両国首脳との会談を通じて,両国の主張を十分承知しておりますが,この紛争の解決のためには,当事国の公正かつ正当な主張が満たされなければならないと感じております。この関連において,我が国は,先般両国に派遣された国連被害調査ミッションの報告に注目しております。

 私はすべての国がこの地域の紛争に無関心であってはならないということ及びいかなる国も紛争の激化を招くような行為を,厳に慎まなければならないことを強調するとともに,国際の平和と安全を維持すべき安全保障理事会が,この紛争の解決のため効果的な措置をとることを強く期待したいと思います。我が国としては今後とも引き続き独自の立場から和平のための環境造りに努力するつもりでありますが,同時に早期かつ平和的な紛争解決のための国連の建設的努力に対して最大限の協力を惜しまない所存であります。

 なお,我が国は,ノールーズ油田からの原油流出を深く憂慮して参りました。今般イランが一油井の封鎖作業を完了したことは,我が国を始めとする各国の関心の表明に応えるものであり,心から歓迎の意を表したいと思います。我が国としては,1日も早く流出源全体が封鎖されることを強く希望しており,そのためできる限りの協力を惜しまぬ覚悟であります。

 次に,レバノン情勢につきましては,今般国内各派の武力抗争に関し停戦合意が成立いたしましたが,この合意を心より歓迎すると共に,仲介の努力を払われたサウディ・アラビア並びに米国に深甚なる敬意を表したいと思います。

 私は,この停戦が,国民的和解の精神に基づき,レバノンの主権回復と秩序再建及び全外国軍隊の撤退へ向けての第一歩となることを切に希望するものであります。

 レバノン及び湾岸地域の情勢が流動化しているために,中東における公正で永続的かつ包括的な和平実現の必要性が等閑視されていることは誠に遺憾であります。

 私は,中東和平に向けて,すべての当事者が,一層の努力を積み重ねることを強く訴えるものであります。

 また,アフガニスタンでは,ソ連が軍事介入を行って以来,すでに4年近くが経過しました。このような事態が既成事実化することは断じて容認できません。我が国は,国連事務総長個人代表による平和への努力を高く評価するものでありますが,かかる努力がソ連軍の即時撤兵,アフガニスタン国民の自決権の早期回復及び難民の安全かつ名誉ある帰還につながっていないことを遺憾といたします。なお,我が国は,近年,局地紛争により発生した各地の難民に対する人道的観点からの援助を着実に増大させており,今後ともこの基本政策に沿った援助を引き続き行っていきたい考えております。

 アジアは,他の地域に比べて比較的平穏な状態を続けておりますが,カンボディア問題は,依然未解決であります。私はこの6月末,タイ・カンボディア国境の難民キャンプを訪れて,難民の苦しみを目の当りにいたして参りました。一日も早くこの状態に終止符を打たなければなりません。私は,ヴィエトナムが,外国軍隊の撤退とカンボディア人の民族自決の実現を求める包括的政治解決の要請に応え,話し合いに応ずるよう,改めて訴えるものであります。我が国としても,本問題解決のためASEAN諸国の諸努力を支援しつつ,積極的に取り組んで行く所存であります。

 また朝鮮半島においては,依然として厳しい情勢が続いておりますが,朝鮮問題の解決は,あくまで平和的手段により達成さるべきであり,そのためには,まず南北対話の実質的再開が必要であります。この意味で,我が国は,韓国政府の南北対話へのイニシアティヴを高く評価しております。我が国としても,朝鮮半島の緊張緩和を可能ならしむる環境造りをする上で,できる限りの協力を惜しむものではありません。また,この面で国連事務総長の果たすべき役割は少なからぬものがあると考え,その努力を期待し,かつ支持するものであります。

 私は,南アフリカ共和国が,その人種差別政策を撤廃するよう,強く求めるものであります。また,ナミビア独立問題が,一日も早く解決することを希望しております。

 以上いくつかの例を申し述べましたように,今日の国際社会の実相は,一歩動きを誤ると世界的な危機につながりかねない危険性をはらみつつ,かろうじて均衡を保っているのであります。かかる不安定な国際社会の基礎を固め,永く続く平和と繁栄を確保することは,各国民の願いであります。各国指導者の使命は,この切実な願いに応えることにあるのではないでしょうか。

 なおこの機会に,我が国の重要な隣国の一つであるソ連との関係について一言したいと存じます。同国との間に真の相互理解に基づいた安定的な関係の発展を図ることは,もとより我が国の念願するところであります。しかるに日ソ両国間には現在なお未解決の北方領土問題が存在しており,このため両国間の平和条約は締結をみるに至っておりません。加えて近年,この我が北方領土にソ連が軍事力の配備,強化を行うという極めて遺憾な事態が生じております。我が国としては,ソ連がこのような事態を速やかに是正し,北方領土問題を解決して,我が国との平和条約を締結するための話し合いの席につき,両国間の信頼関係の構築に取り組んで行くよう,強く求めるものであります。

議長

 我々は,全人類に計り知れない惨禍をもたらした第二次大戦の後,戦争の惨害から将来の世代を救い,国際の平和と安全を維持するため力を合わせるという国際連合発足の原点に立ち返り,決意を新たにしなければなりません。また,国際連合が世界の諸国民の平和と繁栄への期待に応え得る機構となるか否かは,ペレス・デ・クエヤル国連事務総長閣下が,本年の年次報告において強調されている通り,基本的に加盟国自身の意思と努力にかかっているということを再確認しなければなりません。国連による平和維持機能も加盟国の積極的な支持・協力がなければ,意味ある成果を挙げることができないのであります。

 近年,国連及び関連諸機関が不要不急の,あるいは,重複した活動を行う事例が目立ってきておりますが,国際連合が限られた財源をもって,引き続き加盟国の信認と支持を得て活動を継続して行くためには,一層の合理化が図られるべきであります。とりわけ,多くの国が多大の犠牲を払いつつ財政の再建と行政の改革に取り組んでいる時節がら,特に国連事務局の真剣な対応を求めるものであります。

 国連の機能弱化を嘆くことは容易でありましょう。その運営の困難と能力の限界を列挙することも簡単かもしれません。

 しかしながら発足以来,すでに38年,この間に国際連合が,世界の平和と繁栄のためいくつかの誇るべき成果をおさめてきたこともまた事実であります。我々には,この輝かしい歴史を有する国際連合を一層活力のある有効な機関として次代に引き継ぐ重大な責任があります。

 我が国は,全加盟国と共に,ここに自らの国際的責任を改めて自覚し,心を新たにして国際連合の活性化に取り組むことを誓い合いたいと思います。

議長

 「戦争と平和」は永遠の課題であるとされてきました。即ち,古来,人類は常に戦争の谷間の平和か,平和の谷間の戦争かの時代を生きるという運命を避けることはできなかったのであります。

 しかしながら,未だに一定規模の戦火は地表から払拭できぬものの,広島型原爆の百万発分にも相当する破壊力を蓄えるに至った今日の国際社会においては,大国があらゆる手段を総動員し,存亡を賭けて争う戦争は,不可能な時代となったといえます。それにも拘らず万が一にも生じ得るこの戦争の惨禍を思う時,我々は,考えうる限りの戦争抑止の手段を講じなければなりません。同時に必要なのは,永く続く平和を造り出し,確保していく方途を見出すことであります。

 これは,人類が未だに経験したことのない課題であり,それを達成することは至難ともいえましょう。しかし,もし,こうした時代からの挑戦に敗れるならば,我々はいつかは核戦争を誘発する絶望や狂気の心的状況に陥って,人類の歴史に終止符を打つことになるおそれがあるのであります。

 今日,世界を構成する国は百数十。しかも,それぞれに多様であり,一つとして同じものはありません。この国際社会をつねに健全な調和の内に維持・発展させること,それが,永続する平和の確保であり,また,これこそ,我が日本の平和憲法の理念なのであります。 東西の対話,南北の協力も,基本的には,この永続する平和を確保する方途を見出すことを基本目標とすべきでありましょう。

 私は,すでに世界の各地で展開しているこのための多様な活動の発展に期待し,我が国も国連憲章の原則と精神に則り,全力を傾けてその一端を担う決意であることを表明して,私の発言を終りたいと存じます。