データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第30回国連総会一般討論における宮澤外務大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1975年9月23日
[出典] 外交青書20号,61−66頁.
[備考] 
[全文]

議長

 私は,日本政府代表団の名において,貴下が国際連合第30回総会議長に当選されましたことに対し,お祝いを申し上げます。

 国際政治に関する貴下の卓越せる識見と豊富な体験が,この記念すべき総会を第7回特別総会同様実り多きものとすることであろうことを確信しております。

 この機会に私は,前議長プーテフリカ閣下に対し,衷心より感謝の意を表します。閣下の優れた手腕により多事であつた第29回総会及び第7回特別総会も成功裡に幕を閉じることができました。同時に私は,クルト・ワルトハイム事務総長に対し,深い敬意を表したいと思います。国際連合に対する情熱とその基盤強化のために東弄西走される閣下の疲れを知らぬ努力に衷心より敬意を表するものであり,これは全加盟国の賞讃に値するものであります。私は,同事務総長の世界平和のための尽力,国際連合の実行性を一層高めんとする精力的努力は全加盟国の評価と支持が得られるものと信じます。

 ここで私は,今次総会で初めて国際連合に加盟されたカーボ・ヴェルデ共和国,サントメ・プリンシペ民主共和国及びモザンビーク人民共和国に対し,心から歓迎の意を表したいと思います。新たに加盟されたこれらの諸国が,今後,他の加盟国と協力しつつ崇高な憲章の目的達成に貢献されることを期待しております。

議長

 この30年間に国際関係の基盤は大きく変化致しました。創立後間もなく顕在化した厳しい冷戦構造に代つて,今や核の均衡の下において大国間の緊張緩和と話し合いが進みましたし,また,新興独立国の台頭と相俟つて,世界の経済政治関係はますます複雑,かつ,相互依存的になりつつあります。

 この30年の間,加盟国が3倍に増加するに伴い国際連合の人類に対する責任は重味を増し,創立時に優るとも劣らない重要,不可欠なものとなりました。

 戦後の幾多の困難を乗り越えて,今日,国際連合は国際の平和と安全の維持を任務とする普遍的な国際機構として,その地位を不動にしております。国際連合は,また,非植民地化の促進,開発途上国の経済社会開発等において,重要な貢献を行つてきており,更に,経済,社会,人権問題の審議に重要な場を提供してきました。

 国際連合は,また,国際貿易,経済開発,環境,資源,食糧等,増大する相互依存関係を反映した諸問題を世界的観点から取り扱うことを可能にしています。

 この30年にわたる世界の変貌にもかかわらず,憲章第1条及び第2条に掲げられた国際連合の目的と原則は毫もその重要性を失つていず,むしろ,一層その意義と重要性を増しているとさえ言えるのであります。この国際連合創立30周年の機会に我々加盟国各自は改めて憲章の目的と原則の原点に立ち戻り,行動すべきでありましよう。

議長

 過去1年における極めて大きな発展の1つは,インドシナにおいて永年の戦火がようやく収まつたことでありましよう。インドシナ地域の諸国が戦後の復興と経済社会開発に一歩を踏み出したことを歓迎し,この地域の安定と発展がアジアの平和の基礎を固めるものであると信ずるものであります。

 私は,新しいアジア情勢の中で,朝鮮半島における平和と安定の維持が極めて大きな重要性を持もつていると考えます。この地域は国際連合がその平和と安定の維持に長きにわたり直接関与してきた所であります。朝鮮の平和的統一の達成が決して容易でない大事業であることは,この歴史が示す通りであります。その故にこそ我々は,朝鮮問題に対処するに当つて,急激な変化をもたらすことにより同地域を不安定な状態に陥れることは回避さるべきであり,逆に平和的統一の目標に向かつて,現実的な段階的アプローチを行うべきであると考えるのであります。今次総会における朝鮮問題審議に関して,我々が共同提案した決議案は,朝鮮半島の平和維持の枠組みを維持しつつ国連軍司令部を解体するため直接関係当事国間の話し合いを呼びかけ,「対決」によらない「話し合い」を通じての合意による解決を目指すものであります。私は,この問題の解決に当つて本総会が朝鮮半島における恒久平和達成のため現実的アプローチを追求するよう呼びかけたいと思います。

議長

 今般エジプトとイスラエルとの間でシナイ半島における新たな兵力引離し協定について合意を見るに至つたことは誠に喜ばしいことであります。

 交渉が多くの困難な局面を経て,遂に合意に至つたことは中東における公正かつ恒久的平和への一層の前進に大きな希望を抱かせるものですが,これは同地域に平和を実現しようとする関係当事国の決意及び仲介に当つたキッシンジャー米国務長官のねばり強い努力のたまものに他なりません。

 わが国としてはこれら各国の態度及び努力を高く評価するものであります。しかし,いまだに未解決の多くの問題が残されています。わが国としては関係諸国がこれら諸問題の平和的解決のため,具体的にいえば,安保理決議338に従い安保理決議242が早期かつ完全に履行されるよう引き続き努力することを強く求めるものであります。この点に関するわが国の基本的考えは,中東問題は話合いにより解決されるべきであり,また,次の諸原則が遵守されるべきであるというものです。即ち,第1に武力による領土取得は認められず,従つてイスラエル軍は1967年の紛争において占領した全ての領土から撤退しなければなりません。第2にイスラエルを含む全関係諸国の生存権が尊重されるべきであり,更に,公正かつ永続的な中東平和達成のためには,パレスチナ人の正当な権利が国連憲章に基づき承認され,尊重されなければなりません。

 わが国は,中東紛争がこれら諸原則に従い一日も早く解決され,同地域の人々に公正,かつ恒久的平和が樹立されるよう祈念するものであります。それまでの間,われわれが国連難民救済事業機関(UNRWA)を通ずる人道的援助に協力を続けていくことは,言うまでもありません。

議長

 この1年間における南部アフリカ情勢の展開は画期的であります。国際的支援を得た非自治地域住民の民族独立運動は,ポルトガル政府の非植民地化政策と相俟つて,幾つもの輝かしい独立をもたらして参りました。この過程で,国際連合が極めて重要な役割を果たしてきました。しかしながら,南ローデシア,ナミビア及び南アフリカのアパルトヘイト問題については解決への明るい兆しは見られず,また,アンゴラ情勢も依然として不安定です。

 私は,南部アフリカにおいて残されたこれら政治的課題の解決を実現すべく,国連加盟国は国際連合の内外で,一層の努力を払うべきであると信じます。わが国は従来より一貫して植民地主義,人種差別主義反対の立場をとつており,関係諸国,特に,周辺のアフリカ諸国がそのために行つている絶え間のない努力を支持するものであります。わが国は,また,南ア共和国政府及び南ローデシアの白人少数政権は国際世論がいかに厳しいものであるかを冷静に認識し,南部アフリカ住民自身の真の幸福のため多大な努力を行うようわが国としても強く要望するものであります。

議長

 国際連合は,過去30年にわたり,軍縮討議のための普遍的常設フォーラムとして大きな役割を果たしてきました。しかしながら,この間国際連合の努力とは裏腹に,核保有国の数は増えており,また核実験やその他の軍備競争が続けられてきました。国際連合の活動に関する本年の年次報告序文の中で事務総長は,核拡散の危険が増大しつつあることを指摘し,真に有効な軍縮についての合意を得るため交渉する努力を強化するよう訴えていますが,私も,この指摘に共感するものであります。

 さる5月に開かれた核兵器不拡散条約再検討会議において,核兵器不拡散条約体制の強化維持を謳つた最終宣言が全会一致で採択されたことは,核兵器不拡散条約体制の強化にとり一つの成果として評価されるべきでありましよう。しかしながら,この会議において,わが国をはじめ多くの非核兵器国が,核軍縮の分野において核兵器国が今後特段の努力を払つていく必要があることを強調いたしました。

 ここで私は,目下米ソ両国間で交渉中の戦略兵器制限交渉新協定を含む核軍備管理及び核軍縮措置及び包括的核兵器実験の禁止等の実現につき,核兵器国が今後一層努力を行うよう再び強く訴えたいと思います。また,部分的核実験停止条約,核兵器不拡散条約等の軍縮措置に参加せず核実験を続行している核兵器国もかかる軍縮措置に参加し,誠実に軍縮を進めていくことを重ねて強く訴えるものであります。

 平和目的核爆発の名のもとに核のより一層の拡散を招来することも防止しなければなりません。私は,今後国際社会が平和目的核爆発をいかに規制していくべきかについて軍縮委員会をはじめあらゆる国際フォーラムにおいてそれぞれの専門的知識を結集しつつ鋭意検討を進めるよう今次総会が指針を与えることを強く要請するものであります。核爆発の平和的応用のための有効かつ合理的な国際レジームが設定されるまでの間全ての国は平和目的核爆発を自制すべきであります。

 日本国政府は,核不拡散条約批准のための承認案件を国会に提出いたしております。私は,わが国ができるだけ早い機会にこの条約を批准し,核拡散防止のための国際的努力に名実ともに参加することができるよう,引続き努力していく所存であります。

議長

 開発の問題を含む国際経済問題は,今日において世界の平和と安全の維持と並んで,国際社会が直面している重要問題であります。

 この問題については,本総会の直前に開催された開発と国際経済協力に関する第7回特別総会において,日本代表はわが国の基本的立場を明らかに致しましたが,私は,同特別総会において,この分野における今後の在り方につき広範な方向づけが行われたことを心より歓迎するものであります。

 近年わが国を含む世界各国が,景気後退,インフレーション,国際収支難に直面し,なかんずく,多くの開発途上国の経済的諸困難が危機的なものになつております。

 わが国は,開発途上国の不満を十分理解し,一層の経済的安定と発展をめざすその熱望を支持するものであります。

 この関連において,開発途上国国民の生活条件の改善及び経済社会開発は,すべての国による一致協調した行動を通じてのみ達成可能であることを指摘する必要があると思います。世界経済が縮小均衡にいたるような状況を回避すべく,各国が最善の努力を払うことがまず必要でありますが,同時に先進国・開発途上国を問わずすべての国が,よりバランスのとれた,かつ,衡平な世界経済関係の創造に向かつて着実な前進を図るべきであります。我々は世界経済の現実を客観的に踏え,今月初めに開始した建設的な対話を維持していかねばなりません。わが国としても,第7回特別総会を支配した対話と協調の精神に意を強くしつつ,第4回国連貿易開発会議を含め今後行われるこの問題に関する国際会議において具体的な成果があがるよう今後とも努力していく所存であります。

議長

 開発の問題はもとより経済の分野に限定されるべきものではありません。社会開発の広範な分野,いな人類の幸福に貢献するあらゆる活動の分野を包括するものでなくてはならず,私共もこれらのすべての分野について創造的理解を深めるべきであります。この関連において最近東京に開設された国連大学が本格的にその活動を開始しようとしており,まもなく全人類のための研究活動を行うため全世界からの学者によるネットワークを組織しようとしていることは喜ぶべきことであります。私は,国連大学に対し,全加盟国の積極的な支持が得られることを心から期待するものであります。

議長

 以上私は国際連合が当面する現下の幾つかの個別的問題に関するわが国の考え方を述べて参りましたが,最後に,創立30周年を迎えたこの機に私は国際連合の在り方につき,機能強化の観点から,わが国の考え方を述べたいと思います。

 第1は,加盟国の普遍性の問題であります。

 30年前,51の原加盟国をもつて発足した国際連合が,現在,141カ国を擁するに至り,世界の殆どの国家,殆どの人種・宗教・イデオロギーを網羅する程に成長したことは,国際連合が憲章により託された広範な責任を効果的に遂行することに貢献し,また国際連合の実効性を一層高めてまいりました。私は,国際連合が今後とも真に代表的な国際協調の場として在り続けるためには,かかる加盟国の普遍性を確保することが望ましいと確信しております。かかる見地から,加盟国の地位が憲章の義務を履行する意思と能力を有するすべての平和愛好国に開放され続けることが必要であると考えます。

 第2は,国際連合の意思形成と履行の問題であります。

 加盟国が140を越え,その扱う分野も多岐にわたる今日,個々の問題解決にいかに加盟国の協調を確保し,現実に決議をいかに履行していくかは単なる知的関心事ではなく,国際連合の存在意義にも触れる重大な問題となつてきております。

 国際連合としての意思形成の過程においては,直接関係国が対話と協調の精神に基づいて問題の実効的,かつ,相互に受諾可能な解決を目指して真摯な努力を行うことにこそ国際協調の真髄があるものと理解すべきでありましよう。この意味で,閉会したばかりの第7回特別総会は勇気づけられるものでありました。加盟国のねばり強い協力的態度により,同特別総会では,多くの重要かつ困難な問題についての合意文書がコンセンサスで採択されました。このような事実は,国連の将来の在り方並びに国連のみが果たし得る建設的な役割につき希望を持たせるものであります。

 第3は,年々累積していく財政赤字をどうすべきかという問題であります。わが国は,かかる財政赤字により国際連合の有効かつ円滑な活動が阻害されることを憂慮し,昨年率先して自主拠出を行いました。これは問題の根本的解決への第一歩となることを期待してのことでありましたが,後に続く国が少なく今もつて問題解決への見通しが立つていないのが現状です。私はこの機会に加盟各国,特に国際連合の財政を支える主要諸国が建設的な協力を行うよう,重ねて要請したいと思います。一方,通常予算についていえば,活動分野の拡大に伴つて年々予算規模が大型化する傾向にありますが,財政の効率的運用に一層の努力が払われる必要があると思います。

 最後に現行憲章の枠内での改善及び憲章のレビューを通じての国際連合の機能強化の重要性に言及しておきたいと思います。わが国としては,創立30年にして国際連合憲章に関するアド・ホック委員会により具体的作業の第一歩を踏み出した憲章再検討を含む国連の在り方の検討が建設的な成果を生み出すことを切に希望するものであります。

議長

 わが国は国際連合の活発な加盟国として,軍事大国への途を自ら排し,諸国民の公正と信義に信頼して自らの平和と安定を確保する途を選んで参りました。この平和主義,国際協調主義は,わが国の国際連合への協力政策の源泉でありますが,かかる政策は,過去,現在そして将来にわたる一貫したわが国外交政策の主要な柱の1つであります。けだし,我々は国際連合を国際協力の推進並びに世界平和の達成のための核心をなす国際機構であると考えるからであります。この記念すべき国際連合創立30周年に当たり,私は,わが国政府及びその国民の名において,わが国が国際連合の原則を守り,引き続き平和及び国際協調に徹する覚悟であることを確認し,他のすべての加盟国と手を携えてこの不可欠の機構を強化し,我等の世代の願いを達成する一層効果的なものとし,将来の世代により良き世界,一段と平和な世界をもたらしたいとの夢と希望を実現するための努力を倍化する決意を述べて,私の演説を終えたいと思います。

 御静聴ありがとうございました。