データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第十五回国連総会における小坂外務大臣の一般討論演説

[場所] 
[年月日] 1960年9月22日
[出典] 外交青書5号,311‐315頁.
[備考] 
[全文]

 議長

 貴下が第十五回国連総会議長に選挙されたことについてわが代表団より心からお祝い申し上げたいと思います。私は貴下の卓越せる識見と国際連盟および国際連合における豊富なる経験によって重要なる今次総会を成功に導くことを確信するものであります。私は数多くの新独立国を新たに加盟国として迎え入れることをこの上ない喜びとするものであります。私はこれら諸国が進歩と繁栄の道を歩まれることを確信し、また国連の一員として世界の平和と自由のため重要な役割りを果たされることを信じて疑わないものであります。

 私は日本政府を代表してわが国の国連に対する変わらざる支持を確認いたしたいと思います。今日国連が世界の平和にとり、ますますその重要性を増しつつあるとき、その機能の強化と権威の昂揚に協力することは加盟国の重要な責務であると信じます。わが国はこのような考えで国連の事業に参加するものであります。

 私は以上の立場から国連が今次総会で当面する重要な問題としてアフリカの問題、国際緊張の緩和と軍縮問題、発展途上にある諸国の経済開発の問題等についてわが国の所信を明らかにしたいと思います。

 国連は創始以来十五年の間にすでに朝鮮動乱、スエズ事件等いくつかの試錬を受けました。そしてそのたびごとに世界平和の維持に貢献しつつ自らの平和維持の機能を強化発展させてきました。現在国連はコンゴー問題という新たな試錬の前に立っております。本問題の処理がうまく行なわれるか否かはコンゴー一国のみならずアフリカ全体の問題であります。事実それは世界平和の維持自体に直接つながっているのであります。国連はこの重大なる問題の解決に失敗することができないのであります。

 わが代表団は初期の混乱に対処した国連活動の成功と、また更に国連が秩序確立のために努力しつつあることを喜びとするものであります。もし国連が存在せず直ちに適切な行動をとっていなかったらどのような事態が生じたでありましょうか、この一事だけでも国連は平和のため不可欠のものであることを十分実証したと言えましょう。わが代表団は国連のこの行動を組織した事務総長に対し深甚の謝意を表するものであります。事務総長は、今や加盟国の圧倒的多数による支持を確約されました。

 とはいえコンゴー問題の解決の事業はその緒についたばかりであります。その完成は今後の国連の活動とこれに対する全加盟国の協力に依存するところが極めて大きいのであります。わたくしはコンゴーへの援助は国連により国連を通じてのみ行なわれなければならないという緊急特別総会の決議に明瞭に述べられた見解に全面的に賛意を表するものあります。このことは国連の権威の上からはもとより、援助を政治の影響から遮断する意味からも必要かつ極めて望ましいことであります。わが国はこのような援助が効率的に行なわれて速やかにその目的を達成することを真に希望するものであります。

 われわれの任務はコンゴーだけにとどまりません。アフリカにおける独立諸国の相次ぐ出現にともない、われわれはこれら新独立諸国が、平和的にその独立を完成し経済的繁栄をもたらすため、発展段階を異にする諸国民間の関係のあり方について真剣な再考慮を払う必要があると考えます。

 この点に関しわが代表団は日本がベルサイユ平和会議以来主張し続けてきた人種平等の原則について本総会の注意を喚起したいと思います。人種平等の原則を実地に移すことは憲章に明らかなごとく国連の目的の一つであり、ありとあらゆる人々が同じ世界共同体の一員として手をとりあうことを可能ならしめる不可欠の要因であると信じます。

 わたくしはすべての加盟国がこの原則の実現に努力することを要望するものであります。そうすることによって初めて新独立諸国とかつての施政国との関係を平等と相互尊重の基礎の上に調整することができるのであります。

 なお新たな諸国の加盟によりいまや国連の加盟国数はほぼ二倍に達したのでありまして、わたくしはこの事実を国連の機構の上に反映する必要があると考えるものであります。安全保障理事会および経済社会理事会、特に後者のメンバーの増員問題はいまや緊急に解決を要するものと考えます。

 議長、次にわたくしは今次総会が検討すべき重要な問題として東西間の緊張緩和の必要に触れたいと思います。本年春全世界は頂上会談にすべての期待をかけたのでありますが、それは突然とりやめとなり失望したのであります。それ以来冷戦はそのまま引き続いております。この国際緊張を緩和するためには、まず第一に、大国を含むすべての国が、口だけで平和を唱えるのでなく、友好的な東西間の話合いを行ない得るような雰囲気を作り出すことにより、平和に対する誠意を行為をもって示すことが必要であります。このためには、他国の内政に干渉したり、威嚇を行なったり、諸国の間に不信や憎悪の念を煽ったりすることは、厳につつしむべきであります。また、国際紛争に当っては、不幸にして関係国間における話合いにより問題が解決されない場合にも、各国が恣意的行動をとることをさけ、国連による平和的解決につとめるべきであります。私は、今次総会が非難と宣伝の場に堕することなく、建設的な討議の場として役立ち、それによって東西間の交渉のために友好的な雰囲気を醸成することを心から希望するものであります。

 この点に関し、わが代表団は、軍縮交渉促進の必要を強調したいと思います。最近の恐るべき兵器の発達、とくに大量破壊兵器と大気圏外を利用せるその運搬手段の発達は、われわれをして一歩誤まれば人類と文明の破滅という恐怖におびえさせるのみならず、他方、技術的見地からこれら兵器の削減又は廃止のための管理、査察をいよいよ複雑困難なものとしております。つまり、兵器の発達は、その発達の程度に応じ軍縮交渉をいよいよ困難なものとするということができます。もし、われわれが遅帯なく、軍縮交渉を促進することに失敗するならば、人類は誠に恐るべき破局に陥るかも知れません。

 それにも拘らず、十国軍縮委員会が、具体的な成果をあげないまま中絶状態に陥ち入ったことは、極めて遺憾であります。軍縮会議場は、宣伝の場ではありません。今や一刻も早く、具体的な軍縮措置について現実的な交渉を進めるべきときであります。わが代表団は、十国委員会がその失敗を繰り返さないように、また、総会の意思を反映して速やかに交渉を促進することができるように、全面的完全軍縮という最終目的の達成を容易ならしめるため、総会が適当な指針を与えるべきことを提言します。

 昨年の総会では、全会一致で「有効な国際管理を伴う全面的完全軍縮の目標に導く諸措置ができるだけ短期間に細部に亘って作成され合意されるようにとの希望を」表明しました。これは軍縮の目標を示したという意味で重要でありました。わが代表団としては、まず現在管理可能であり実行可能である軍縮措置から実施して、国際信頼感を回復し、それによって次第に軍縮の範囲を拡大して行く、というアプローチが現実的、かつ、建設的であると考えるものであります。国際的な管理・査察に関する十分な準備が行なわれないまま、全面的完全軍縮の全過程を包含する条約に調印すべきであるというような主張は、現実的であるとは考えられません。

 核実験中止問題に関し日本国民が自己の体験から強い関心を有していることは、周知のとおりであります。従って日本政府および国民は、核実験中止に関する協定が速かに成立し、それが一般軍縮を促進する契機となることを心から希望しているのであります。

 わが国としては、ジュネーブ核実験中止会議において、米英ソ三国が忍耐強い交渉を続けておられることを多とするものであります。また、交渉当事国による核実験の自発的中止が今なお継続されていることを喜ぶものであります。しかしながらこの自発的中止が管理査察を伴っておりませんので、現在の状態は、不安定なものであり、かつ、危険をはらむものであります。私は各加盟国が、核実験中止協定の早期締結のために一層の努力をされることを切望するものであります。

 昨年の総会において、われわれは、核兵器の拡散防止問題に関し、「核兵器を所有する国の数が増加して、国際緊張と世界平和維持の困難を増大し、かくして全面軍縮協定の達成を一層困難にする危険が存在する」ことを認めました。この危険を阻止するためにも、核実験中止協定の締結は、緊急を要するのであります。

 わが国としては相当期間にわたって自発的に核実験が行なわれていないという事実にもかかわらず、核実験中止問題の根本的解決が、ますます緊急となっていることに総会の注意を喚起したいものであります。

 軍縮問題に関連して、私は大気圏外の平和利用の問題に簡単に言及したいと思います。最近の活潑なスペース活動は、人類の将来に希望と恐怖を同時に与えるものであります。人類がこの恐怖から脱し、希望に生きるため、大気圏外の軍事利用禁止のための措置について国際間において速やかに合意に達すべき必要を強調したいと思います。また、大気圏外の平和利用が全人類の福祉のため公開と秩序の原則の下に促進されるよう国際的な協力を行う必要も存します。

 この点に関し、昨年関係国間で締結された南極条約は、絶好の先例となるべきものであり、われわれの努力の指針となるものであります。私は、昨年の総会において設置された大気圏外平和利用委員会の速やかな活動の開始を訴えるとともに、わが国のこれに対する協力を約束するものであります。

 議長

 次に、経済社会の分野における国連活動の一層の強化の必要について言及したいと思います。

 世界の先進国においては、最近までは完全雇用の達成が経済政策の主要な目標でありましたが、今や更に一歩を進めてインフレーションを伴わない経済成長の持続ということが新しい目標となっております。しかしながら世界の多くの国においては、未だ完全雇用の目標よりはるかに前の段階、即ち急速度で増大する人口に対して衣食住を如何にして与えるかという問題との対決に迫られております。これらの諸国は、一次産品生産だけに依存する限り、先進国との生活水準の隔りの拡大に甘んぜざるを得ず、一九五七‐八年の景気後退時にみられたように、先進国の景気変動の悪影響を避け得ないのであります。

 事務総長は、第三〇回経済社会理事会に際し、ダイナミックな国際分業の意義について言及するところがありました。発展途上にある諸国は、経済の多様化促進の結果として工業化が進むに伴い、従来の如き一次産品のみならず、その半製品及び製品の市場を求めるにいたります。そうした際に、国際分業の観点から、先進諸国がこれのらの{前5文字ママ}新興輸出国の商品に市場を提供する用意があるか否かが問題であります。今日、先進工業諸国の間では、国際分業が積極的に進められ、夫々の経済の一層の発展に大きな寄与をしておりますが、発展の水準を異にする諸国間では、往々にしてロウコスト製品の氾濫防止に名を籍りて非能率な国内産業の保護政策がとられることがないではありません。それは、工業化の過程にある諸国にとっては、その経済成長の芽をつみとられることを意味します。

 私は先進国が世界経済全般の発展という広い見地に立った政策をとり、他方、発展途上にある諸国の開発努力に対し積極的な協力をする必要のあることを指摘したいのであります。

 最近の地域経済統合の動きも、一定の地域内における国際分業促進の動向として特に注目されるところであります。こうした地域的なアレンヂメントはアウトワード・ルッキングな方向をとる限り終局的には世界市場の拡大に貢献するかも知れません。しかしながら、先進国と発展途上にある諸国との相互補完関係の強化がともすればないがしろにされるのではないか、また、とくに地域的統合に内在するインウォード・ルッキングの性格がとくに景気悪化のさい顕在化するのではないか、との懸念は解消しておりません。世界経済全般の均衝{前1文字ママ}のとれた発展を実現するという見地から、こうした懸念を取除くために十分の考慮が払われるよう希望に堪えません。

 国連特別基金の発足後、プリインヴェストメントの段階における技術援助の重要性について認識が深められ、国連の従来よりの技術援助と相俟って、発展途上にある諸国の経済開発の上に顕著な貢献をしていることは歓迎すべきことであります。低開発国援助は、慈善事業的な施しではなく、先進国と発展途上にある国との相互協力であります。最近国連の技術援助計画を技術協力計画と改称すべとの議論がみられるのは、その一つの現われであります。特別基金の援助は、被援助国が座して援助を持つに非ずして、見返り資金の提供等積極的な協力を行なうことを要求する仕組をとっておりますが、この方式が大いに成果を挙げていることは意義深いことであります。私は、発展途上にある諸国がより高い水準の生活を求めてたゆみなき努力をする限り、資本の不足、技術の欠除等多くの障害を克服して必ずや国民の繁栄と福祉の増進を果し得るものと信じております。

 世界の平和が一体不可分であるように、世界の繁栄もまた一体不可分であります。それが国連憲章の考え方であります。こうした考え方から、わが国は、かねて発展途上にある諸国の経済的、社会的発展のため二国間及び多数国間援助計画において出来る限りの協力をいたして参りました。本年三月設立された開発援助グループには当初より参加しました。

 また、近く発足を予定されているIDAにも参加する意向であります。わが国としては、このような国際協調の基本線に沿って今後引続きかかる諸計画には出来る限りの寄与を行ないたいと考えております。私は、この機会にわが国は国連の特別基金及び拡大技術援助計画に対する来年度の拠出金を増額する用がある旨申述べることを欣びとするものであります。

 なお、アジアの一国としてわが国は、国連の援助が経済発展に真剣な努力をしているアジアの諸国に対し、従来以上に増大されることを願ってやみません。

 わが代表団は、人口増加が経済社会の面に及ぼす重大なる影響に想いをいたし、昨年、技術者を含む人的資源を世界的規模において一層効果的に利用することに関連する基本的な諸問題の調査研究を国連がとり上げることを提唱しました。私は、この問題の研究が各国の支持を得て具体的に進められるとともに、これに関連する移住の問題についても各国の理解が深められることを更めて希望するものであります。

 以上、私は、国連の当面する諸問題に関し、わが代表団の基本的立場を述べました。私は、今次総会が貴議長の下に、多大の成果をおさめることを希望するとともに、わが代表団がそのためあらゆる努力を払うべきことを約束するものであります。