データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第26回主要国首脳会議におけるサミットのテーマ,グローバル貧困報告書,エグゼクティブ・サマリー

[場所] 
[年月日] 2000年7月
[出典] http://www.g8kyushu-okinawa.go.jp/j/theme/gpoverty.html
[備考] 
[全文]

 貧困は,所得の不足のみを意味するものではなく,経済的・社会的側面及びガバナンス(統治)を包含する概念である。経済的には,貧困層は,所得と資源のみならず機会をも剥奪された立場にある。そして,その未開発な能力及び地理的・社会的な疎外ゆえに,市場や仕事へのアクセスがしばしば困難となっている。また,教育の機会が限定的なために,就職や情報の入手によって生活の質の向上を図ることも困難となっている。さらに,栄養や衛生・保健サービスが不十分なために不健康となり,その結果,仕事の見通しがたたず,精神的・身体的な潜在能力を発揮することもできない。このような脆弱な立場は,社会の不安定さによって悪化させられる。拠り所とする資源のない限界に近い状況で,ショックを緩和することは非常に困難であり,時に不可能である。こういった状況は,貧困者を社会や経済開発の方向性に関する意思決定から排除する社会構造や,制度によってさらに悪化する。

進展と展望

 20世紀は,幼児死亡率の低下,寿命の延長,識字率の向上といった人類の健康と教育の状況に多くの改善が見られた世紀である。しかし,現在も12億人の人々が,1日あたり1ドル以下の生活を強いられ,30億人近くが1日2ドル以下で暮らしている。

 1億1000万人の学齢児童が学校に通っておらず,その60パーセントを女児が占める。

 さらに,3100万人がHIV/エイズに感染し,それを超える多くの人々が十分な食事を与えられず,住居もなく,清潔な水を得られず,不衛生な生活を強いられている。

 貧困は,今日のグローバル経済や社会が抱える多くの挑戦の中核を成すものである。貧困撲滅の努力は,人類の倫理的使命であり,安定した世界のためには必要不可欠なものである。この認識の下に,1990年代に国際社会は,国際開発目標を採択した。しかし,この戦略で掲げた目標の達成の進展は遅く,地域ごとにばらつきがある。また世界の一部の地域では,後退さえ見られた。例えばそれは旧ソ連諸国における貧困者の増加であり,HIV/エイズによるアフリカ諸国の死亡率の上昇であった。過去10年間に見られたこういった状況が続くか,あるいは悪化すると仮定するならば,国際開発目標の達成は困難である。国際社会は,国レベル及び国際レベルで,進歩を促し,貧困の原因により効果的に取り組むために,協調して努力すべきである。

国レベルでの行動

 貧困層の生活は,国レベルの行動によって大きく左右される。各国は,全ての人々に機会を与え,意思決定への参加及びショックからの保護を提供する持続的かつ貧困者にやさしい成長へ向けて取り組まなければならない。

 持続的・包含的かつ裾野の広い成長や機会を達成するためには,健全なるマクロ 経済の枠組みが求められる。そのためには,低インフレ,現実的かつ安定した為替 レートの維持,適正な財政赤字,グローバル経済への効果的な統合及び民間セクターの活動を促進する政策が必要となる。さらに,適切な教育と技能の開発,十分な栄養摂取,予防保健,地方におけるインフラと金融といった貧困者の物理的・経済的資産への投資もまた必要である。

 意思決定への参加とは,政策やプログラムの計画や実施に貧困者や社会全体を巻き込むことを意味する。透明性とアカウンタビリティ(説明責任)は,正しい情報に基いた一般国民の間での議論の活性化に貢献し,それがより幅広い層の支持を得たより良い政策へと結びつく。より幅広い参加は,優先順位の高い分野に資源を集中し,使途の特定されない補助金や過剰な軍事費などの非生産的な支出を避けることによって,財政管理の改善に貢献する。また,幅広い参加は,貧困削減の障害となる社会的・経済的不平等といった課題に取り組む社会につながっていく。

 貧困者を社会的に保護するためには,地方や国レベルでの危機による影響を緩和 し,脆弱性を軽減するためのメカニズムが必要となる。これには,貧困層を対象とする補助金や,公共事業,「food for work」プログラム,持続的かつよく計画された年金制度,失業対策,社会支援事業,公務員削減や公営企業の改革によって解雇された人々に対する手当などが含まれる。

国際的なレベルでの行動

 国際的なレベルでは,グローバリゼーション,商品価格の不安定度,知識の入手可能性,民間及び公的資本フローなどの要素が,途上国とその貧困削減の能力に多大なる影響を及ぼす。先進国は,直接的貢献と国際機関を通じての貢献により,貧困対策において重要な役割を担っている。

 途上国の機会を拡充するための行動が求められている。先進国は,開発途上国に対する需要を提供する安定した経済成長を維持し,ルールに則った貿易制度の枠内で,途上国からの輸入(特に,農業,労働集約的製造業,そしてサービス業)に対し市場を全面的に開放するために努力すべきである。援助供与国は,最貧国への援助を増加させ,途上国主導の貧困対策プログラムに一層の援助を向けつつ,拡大重債務貧困国(HIPC)救済イニシアチブに対する資金を十分に提供するための努力をすべきである。国際社会は,HIV/エイズ,結核,マラリア等の感染症に対するワクチンの開発研究や普及といった国際公共財への支援を強化すべきである。さらに,熱帯や乾燥地帯の農業技術革新もまた支援する必要がある。一方,民間セクター及び研究機関は,貧困国が直面する問題を解決するために優秀な人材と資源を投入する上で重要な役割を担う。

 グローバルな金融及び経済の安定を促進し,貧困国の危機への対処を支援するための行動が求められている。国際金融機関(IFIs)には,政府及び民間セクターと協力しつつ,不安定性を軽減し,経済危機が発生した場合に対処するメカニズムを提供するために国際金融の枠組みを強化するという重要な役目がある。また,国際社会は,武力紛争を予防し,国々が紛争から立ち直らせるための方策を探求し続けるべきである。そのためには,武装解除,動員解除,復興,国内の制度的能力の回復のために実質的な技術的・資金的支援が必要とされる。先進国は,その武器輸出に係る政策について,一層の一貫性と透明性を確保しなければならない。

 さらに,途上国をエンパワーメントするための行動が必要である。開発援助や債務救済は,途上国のオーナーシップを強化し,途上国が自身の問題に効果的に取り組めるように実施されるべきである。援助国は,市民社会,民間セクター,非政府組織(NGO),援助国・機関及び国際社会を巻き込んで策定される途上国主導の貧困削減戦略に援助をますますリンクさせている。途上国は,国際的な優先課題,合意及び標準に彼らのニーズを反映させるよう,国際的なフォーラムで一層の発言力を与えられるべきである。IFIsと世界貿易機関(WTO)等の国際機関は,引き続き,戦略と行動の透明性を確保し,市民社会,特に貧困層を代表する人々との定期的な対話の機会を持っていくべきである。

多国間開発銀行と国際通貨基金の役割

 多国間開発銀行(MDB)や国際通貨基金(IMF)を含むIFIsは,政策提言,途上国主導の長期的プログラムに対する資金的・技術的支援,危機の際の支援を提供することにより,国レベルの取組みの中心的な役割を担っている。また,これらの機関は,途上国政府が民間セクターの発展を促す健全な環境を創出できるように,アド バイスを与えている。さらには,国際的なルール作りを支援したり,地球公共財を提供するなど,グローバルなレベルで重要な役割を有している。これらは,複雑な課題であり,これまで以上に一層の協力と強いパートナーシップが求められる。各国政府によって策定されつつある貧困削減戦略は,政府,IFIs,他の外部機関及び市民社会の間の協力を強化する枠組みを提供している。

貧困緩和予測

表1:楽観的シナリオ

{表は省略}

表2:比較的悲観的シナリオ

{表は省略}