データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 倫敦海軍條約調印に關する幣原外務大臣談話(ロンドン海軍条約調印に関する幣原外務大臣談話)

[場所] 
[年月日] 1930年4月22日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,158-159頁.
[備考] 
[全文]

(四月二十二日公表)

平和ヲ欲スルモノハ軍備ヲ整ヘヨト云フ古イ言葉カ屢〻善意ノ平和論者ニ依ツテ說カレタコトカアル軍備ノミニ依ツテ國家ノ安全ヲ圖ラムトスル考ハ永イ間世界各國民ノ頭腦ヲ支配シテ來タノテアル然シ乍ラ或國カ大ナル軍備ヲ整フレハ他ノ國カ之ニ猜疑、恐怖、敵愾ノ念ヲ抱クニ至リ、自ラモ軍備ヲ擴張スルコトトナルノハ當然テアツテ斯クシテ諸國民ハ過重ナル軍備費ノ負擔ニ苦ミツツモ軍備競爭ヲ行ヒ而モ其勢ノ激スル所國際關係ヲ惡化シ往々ニシテ戰爭ヲ誘發シ、大ナル軍備ハ却テ國家ノ安全ヲ危殆ナラシメ國民ニ凡ユル不幸ヲ齎スノテアツテ世界大戰ノ史實カ人類ニ與ヘタ最大ノ敎訓ハ之テアル

然ルニ軍備ハ各國間相對的ノモノテアルカラ若シ國際協定ニ依ツテ各國共同時ニ其軍備ヲ縮少スルコトトスルナラハ何レノ國モ安ンシテ之ヲ爲シ得ルノテアツテ其結果ハ啻ニ各國民ノ軍事費負擔ヲ軽減シ得ルノミナラス國際關係ヲ改善シ戰爭發生ノ危險ヲ除クコトヲ得テ著シク國家ノ安全ヲ增スコトニナルノテアル、歐洲大戰ニ苦キ經驗ヲ嘗メタル各國ノ輿論カ戰後眞劍ニ平和ノ確立ヲ希求シ、國際協力ニ依ツテ其希望ヲ逹成セムト努メツツアルノハ此點ニ目覺メタルカ故テアル

尤モ人類鬪爭ノ永キ歷史ハ一朝一夕ニシテ各國民ノ腦裏ヨリ消エ去ルモノテハナイ、今ヤ文明諸國ハ正義ニ基ク平和ヲ確保セムカ爲國際聯盟其他ノ國際紛爭解決機關ヲ設ケ他方不戰條約ニ依ツテ戰爭ノ絕滅ヲ期シ此不戰ノ決意ヲ基礎トシテ軍縮ヲ促進セシムルニ最善ヲ盡シツツアルト共ニ國際政局ニ於ケル現實ノ狀態ヲ無視シテ一足飛ヒニ武備全廢ノ理想ニ到逹スルノ事實不可能テアルコトモ認メテ居ル、此際ハ國際關係改善ノ程度ニ伴ヒ漸ヲ軫ウテ進ムノ外ナイノテアル幸ニシテ世界ノ大勢ハ滿足スヘキ方向ニ向ヒツツアル卽チ今世紀ノ初頭海牙平和會議ニ於テ逹成シ得サリシコトモ巴里平和會議及華府會議ニ依ツテ成就セラレ數年前華府會議及壽府會議ニテ成ラサリシコトモ今日倫敦會議ニ於テ實現シ得ルニ至ツタノテアル

本日倫敦ニ於テ調印セラルル條約カ少クトモ其有效期間內日米英三國間ニハ一切ノ艦種ニ付テ建造競爭ヲ全ク抑止シ而モ各自ノ安全感ヲ著シク昻メ國民ノ負擔ヲ輕減スルニ成功シタルコトハ世界各國民共通ノ崇高ナル目的ニ向ツテ大ナル一步ヲ進メ得タルモノテアル殊ニ若シ會議決裂ノ場合必然生スヘキ國際關係ノ惡化各國民負擔ノ過重國際平和協力ノ精神ニ加ヘラルル重大ナル打擊等諸般ノ好マシカラサル結果ニ想到セハ特ニ此感ヲ深クスルノテアル倫敦條約ハ參加各國全權カ苦心慘憺タル努力ノ結晶テアツテ此等全權カ世界各國民ヨリ深キ感謝ヲ蠃チ得ヘキハ當然テアルト共ニ他方吾人ハ此會議ヲシテ茲ニ至ラシメタルハ此等各國民間ニ存スル平和及協力ノ精神ノ勝利テアルコトヲ認メサルヲ得ナイノテアル