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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 移民問題に關し在米埴原大使より米國國務長官宛公文(移民問題に関し在米埴原大使より米国国務長官宛公文)

[場所] 
[年月日] 1924年4月10日
[出典] 日本外交年表竝主要文書下巻,外務省,58‐61頁.
[備考] 
[全文]

大正十三年四月十日

千九百二十四年三月二十四日下院移民委員會第三百五十號報吿中ニハ所謂紳士協約ニ關シ誤解ヲ招キ易キ事項ノ記載アルヲ以テ本使ハ日本政府カ了解シ履行シ居レル該協約ノ目的及要領ヲ陳述セムト欲ス而シテ本使ハ右日本政府ノ了解シ實行スル所ハ米國政府ノ了解及實行ト一致スルモノナルコトヲ信ス

抑モ紳士協約ナルモノハ日米兩國政府間ノ一ノ了解ニシテ日本政府ハ之ニ從ヒ日本勞働者ノ米國ニ移住スルヲ防止スルカ爲自發的ニ一定ノ行政的措置ヲ採用履行シ來レリ右ハ決シテ移民取締ニ關スル合衆國ノ主權ヲ拘束スルノ意圖ニ出テタルモノニアラスシテ此ノ點ハ千九百十七年制定ノ現行移民法カ他外國人ト同樣ニ日本人ニモ適用セラルル事實ニ徴スルモ明白ナリ

兩國政府間ニ於テ最モ友好的ニ且胸襟ヲ披キテ討議ヲ盡シタル結果紳士協約ノ成立ヲ見タルハ米國ニ於テ差別的移民法制定セラルル場合ニハ自然日本國民ノ國民的感情ヲ損傷スルノ虞アリタルカ爲ニシテ右協約ハ合衆國ニ對シ友邦ノ國民的自尊心ヲ傷クルノ虞アル事態ノ發生ヲ防止スルヲ目的トスルモノナリ

日本政府ハ自發的制限トシテ同協約ノ條項ヲ最モ精確且忠實ニ實行シ來レルカ現行日米通商航海條約締結ニ際シ公然聲明シタル如ク今後モ引續キ右協約ヲ實行スルノ覺悟ヲ有スルモノナリ而シテ日本政府ハ他方若シ米國議會ニ於テ日本國民ノ感情ヲ多大ニ損傷スルカ如キ措置ヲ執ラムトスル場合ニハ米國政府ハ必要ニ應シ之カ阻止方ヲ議會ニ勸吿スルモノト確信ス

紳士協約ノ一目的ハ上述セルカ如ク同協約中ニ除外例ヲ設ケタルモノヲ除キ總テノ日本勞働者ノ米國入國ヲ阻止セムトスルモノナリ該協約ハ兩國政府間ニ交換セラレタル幾多ノ長文且詳細ナル文書中ニ包含セラルルモノナルカ一々右文書ヲ公表スルハ何等稗益スル所ナシト信スルカ故ニ其ノ主要ナル條項及實行狀況ヲ左ニ概言スヘシ

一、日本政府ハ熟練及不熟練勞働者ニ對シテハ以前ニ合衆國ニ定住セル者又ハ此等ノ者ノ兩親、妻若ハ二十歳以下ノ子供ヲ除ク外一切合衆國大陸ニ通用スヘキ旅劵ヲ發給セサルヘシ旅劵ノ形式ハ僞造ヲ防止スルヤウ工夫セラレ其ノ發給ハ詐僞ヲ防遏セムカ爲ニ各種ノ探査規則ニ基キ之ヲ行フ日本政府ハ千九百七年四月八日ノ合衆國行政命令ニ示サレクル勞働者ノ定義ヲ是認セリ

二、旅劵ハ外務省ノ監督ノ下ニ特ニ權限アル少數ノ官吏ノミニ依リテ發給セラルヘシ外務省ハ本件ニ關スル最高ノ監督權ヲ有シ右行政事務ヲ處理スル爲ニ必要ナル職員ヲ有ス此等職員ハ學生、商人、旅行者、其ノ他ノ者カ旅劵下付ヲ申請セシ場合右申請者カ勞働者トナル虞アリヤ否ヤニ關シ十分ナル調査ヲ遂ケ且申請者カ現在ノ身分ヲ維持スルニ必要ナル資力又ハ其ノ保證ヲ有スルヲ要ストノ條件ヲ勵行セサルヘカラス

申請者カ旅劵ノ發給ヲ受クル資格アリヤ否ヤニ付疑アル場合ニハ當該事件ハ其ノ決定ヲ得ル爲ニ外務省ニ移牒セラルヘシ合衆國ニ定住シタルコトアル勞働者ニ對スル旅劵ハ合衆國ニ於ケル日本領事官ノ證明書ノ提出アル場合ニ於テ始メテ發給セラレ當該勞働者ノ兩親妻子ニ對スル旅劵ハ日本領事官ノ證明書ノ提出及日本ニ於ケル勞働者ノ家族ノ戶籍謄本ノ提出アル場合ニ始メテ發給セラルヘシ而シテ日本政府ハ詐僞ヲ防遏スル爲ニ愼重ナル最善ノ手段ヲ講ス

三、所謂者寫眞花嫁ニ對スル族劵ノ發給ハ紳士協約ノ條項ニ依リ禁止セラレ居ラスト雖モ日本政府ハ千九百二十年三月一日以來之ヲ停止セリ

四、日米兩國政府ハ米國ニ入國シ及米國ヨリ出國スル日本人ニ關スル月別統計表ヲ交換ス

五、紳士協約ハ「ハワイ」諸島ニハ適用セラレスト雖モ該諸島ニ對スル旅劵ノ發給ヲ制限スルノ方策ハ合衆國大陸ニ對スルト實質上同樣ニ强行セラレツツアリ

六、日本政府ハ日本勞働者カ合衆國ニ密入國スルヲ防遏スル爲ニ合衆國ニ隣接セル外國領土ニ赴カムトスル此等勞働者ノ取締ヲ一層嚴重ナラシメツツアリ

此等ノ箇條ヲ一層要約シタルモノハ千九百八年、千九百九年及千九百十年ニ於ケル米國移民長官ノ年報中第一二五六頁、第一二一頁及第一二四五頁ニ發表セラレ居レリ

日本政府カ紳士協約ノ總テノ條項ヲ嚴守シ來レルハ上述ノ如クニシテ右ハ米國政府ニ於テ熟知セラルル所ト信ス本使ハ右ニ關聯シ出入國ニ依ル米本國ニ於ケル日本人人口ノ增減ニ付米國移民長官年報中ニ發表セラレタル統計ニ付貴官ノ注意ヲ喚起セムト欲ス右報吿ニ依レハ(年報中ノB表參照)千九百八年ヨリ千九百二十三年ニ至ル期間內ニ米本國ニ入國ヲ許可セラレタル日本人總數ハ十二萬三百十七名ニシテ同國ヨリ出國シタル日本人總數ハ十一萬千六百三十六名ナリ換言スレハ出國シタル者ニ比シ入國許可ヲ受ケタル者ノ增加ハ十五年間ニ僅ニ八千六百八十一名中ニシテ一年平均五百七十八名ニ過キス而モ此ノ八千六百八十一名ニハ啻ニ紳士協約ノ條項ニ網羅セラレ居ル者ノミナラス商人、學生、旅行者、官吏等ノ如キ其ノ他總テノ種類ノ日本人ヲモ包含スルコトニ注意スルコト肝要ナリ米國移民當局ノ調製セル右數字ハ紳士協約ノ有效ニ施行セラレ居ルコトヲ明確ニ表示スルモノト云フヘシ勿論此ノ外ニ米國內ニ於ケル出生ニ基ク日本人人口ノ增加アルモ右ハ紳士協約又ハ移民法ニ毫モ關係ナキモノナリ

茲ニ附言セムトスルハ若シ提案カ紳士協約中ノ或ル條項ヲ改修スルヲ可トスルヤ否ヤノ問題ナリトセハ是レ自ラ別箇ノ問題ニシテ米國政府カ本件ヲ討議スルノ希望アルニ於テハ日本政府ニ於テハ之ヲ辭セサルヘキハ本使ノ窃カニ信スル所ナリ

更ニ本使ハ曩ニ日本政府ノ訓令ニ基キ貴官ニ表明シタルコトヲ敢テ反覆シ率直ニ述フレハ移民法案中ニ日本人ヲ國民トシテ排斥スルヲ目的トスル條項ヲ挿入シ日本政府カ米國政府及國民ノ希求ニ副ハムカ爲執リ來リタル最モ愼重ニシテ友好的ノ努カヲ明ニ無視シタルノ事實ノミニテモ日本政府及國民ノ感情ヲ激セシムルニ足ルモノナリ然レトモ日本政府及國民カ此ノ際穩忍是レ努ムル所以ノモノハ米國政府及國民ノ抱持スル正義及公平ノ觀念ニ鑑ミ同政府及國民ヲシテ前述ノ如キ差別的規定ヲ合衆國法律ノ一部トナスノ要ナキヲ了解セシムヘキコト必スシモ困難ナラスト思惟スルヲ以テナリ

日本政府カ外國移民取締ニ關シテ一國ノ有スルノ主權ニ付云爲セムトスル意思ナキヤ云フマテモナク又日本人ヲ歡迎セサル國ニ向ツテ移民ヲ送ラムト欲スルモノニアラス却テ日本政府ハ本問題發生ノ當初ヨリ合衆國ノ希望セサル種類ノ日本人ノ合衆國入國ヲ有效ニ阻止セムカ爲合衆國政府ト協カシ苟クモ名譽ト兩立スヘキ一切ノ手段ヲ講スルニ吝ナラサル旨表明シ十分之カ確證ヲ與ヘタリ而シテ此ノ事タル米國政府ノ熟知スル所ナリ惟フニ本問題ハ日本ニ取リ便宜ノ問題ニアラスシテ主義ノ問題ナリ單ニ數百名乃至數千ノ日本人カ他國ノ領域ニ入國ヲ許サルルヤ否ヤノ問題ハ延イテ國民感情ノ問題ヲ惹起セサル限リ何等重要ナルモノニアラス日本政府ノ重要視スル所ハ日本カ國民トシテ他國民ヨリ相當ノ尊敬及考慮ヲ受クル資格アリヤ否ヤノ問題ニアリ換言スレハ日本政府カ米國政府ニ對シテ要求スル所ハ畢竟一國民カ普通他國民ノ自尊心ニ對シテ與フル所ノ正當ナル考慮ニシテ是レ實ニ文明諸國間ニ於ケル友誼的國交ノ基調タルヘキモノナリ

何故米國ニ於テ下院移民法案第十二條(B)項(註歸化不能移民排斥條項)ノ如キ條項ヲ制定スルノ必要アリヤハ本邦政府及國民ノ了解スル能ハサル所ニシテ恐ラク貴國政府及貴國民中本問題ヲ愼重ニ研究シタル者ニ於テモ亦之カ了解ニ苦シム所ナルヘシ

千九百二十四年二月八日附下院移民委員會長宛貴翰中ニ指摘セラレタル如ク右條項カ日本人ヲ對𧰼トスルモノニアラストノ主張ハ當ラス蓋シ此ノ點ハ本條項ノ主唱者及支持者カ本條項ノ目的ニ關シテ爲セル公表文ハ云フニ及ハス本法案(第二十五條)カ現行支那移民取締法規及支那以外一定地域ノ亞細亞ヨリ來ル移民ノ入國ヲ禁止スル移民法規中ノ排斥區域規定ヲ引續キ有效ナリトナシ居ルノ事實ニ徴シ明白ナレハナリ換言スレハ第十二條(B)項ノ目的ハ特ニ日本國民ヲ摘出シ之ニ米國國民ヨリ見テ價値ナク且好マシカラサル國民ナリトノ汚名ヲ印スルニアルコト明白ナリ而モ之カ法律トナリタルノ暁其ノ實際ノ結果ハ唯一年僅ニ百四十六名ノ日本人入國ヲ排斥スルノミ他面紳士協約ハ此ノ百四十六名ノ入國ヲ許ス以外ニ於テハ事實上日本人排斥條項ニ依リテ達セムトスル所有目的ヲ達成シ居ルモノナリ從來國際的交際ニ當リ常ニ正義ト公正トノ崇高ナル主義ニ立脚シ來リタル貴國民カ每年百四十六名ノ日本人ヲ排斥セムカ爲ニ貴國トノ友情維持ニ熱心ト黽勉トヲ以テ絕エス努力シ來リシ友邦國民ノ自尊心ヲ著シク傷ケ且米國政府若ハ少クトモ行政部ノ誠意牽イテハ名譽ヲ毀損スルカ如キ手段ニ訴フルノ意思ヲ有スヘシトハ信シ難シ貴官カ從來本使ニ示サレタル信義ニ依賴シ本使ハ茲ニ最モ率直且友誼的精神ヲ以テ以上ヲ反覆陳述シタル次第ナリ若シ此ノ特殊條項ヲ含ム法案ニシテ成立ヲ見ムカ兩國間ノ幸福ニシテ相互ニ有利ナル關係ニ對シ重大ナル結果ヲ誘致スヘキハ本使ノ感知セサルヲ得サル所ニシテ貴官モ亦同感ナルヲ信スルモノナリ本使ハ茲ニ閣下ニ向テ敬意ヲ表ス

千九百二十四年四月十日

 華盛頓日本大使館ニ於テ

  埴原正直

國務長官

 「チャールス、イー、ヒューズ」閣下