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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] シベリア出兵兵力及鐵道獨占に關する米抗議及回答(シベリア出兵兵力及鉄道独占に関する米抗議及回答)

[場所] 
[年月日] 1918年11月19日
[出典] 日本外交年表竝主要文書上巻,外務省,475‐477頁.
[備考] 
[全文]

一九一八年十一月十九日付在本邦米國大使館覺書

米國政府ハ目下北滿洲及東部西比利亜ニ駐在スル日本軍兵數ノ過大ナルヲ見テ驚愕禁スル能ハス而シテ信憑スヘキ報道ニ據レハ該兵數ハ頗ル過大ニシテ日米間ノ協戮ヲ目的トスル明確ナル協定ノ趣旨ト相距ルコト甚タ遠シト謂ハサルヘカラス又該措置ヲ必要トスヘキ何等ノ理由ヲモ認メ得サルモノナリ米國ハ西比利亞ニ關スル企圖ノ如キハ何レモ公明正大ナル協戮ノ精神ニ胚胎セサルヘカラサルコトヲ確信スルモノナルト同時ニ日本カ目下北滿洲後貝加爾東部ニ於テ行ヘル如キ獨占的管理ハ常ニ猜疑ノ念ヲ惹起スヘキヲ疑ハス此ノ如キ獨占的行爲ハ啻ニ米國政府ノ抱持スル露国救援ノ目的ト背馳スルノミナラス又同政府ノ對支意見ト齟齬スルコト明ナリ

「スチーヴンス」氏ニ於テ鐵道運行ヲ掌理スルハ露國ヲ代表シテ之ヲ爲スモノニシテ米國政府若ハ米國ノ利益ヲ代表スルモノニ非ラサルニ鑑ミ米國政府ノ意思タルヤ露國若ハ支那ノ旣得權ヲ變改セムトスルニアラサルヤ明ナリト云フヘシ在浦潮斯德聯合諸國代表者全部及露國當局ノ賛同ヲ得タル取極覺書ニ依レハ明ニ之ヲ列國共同ノ管理ニ附スルカ又ハ露國ノ管理ニ依リテ其ノ作業ヲ監督セシムル精神ニシテ何等一國單獨ノ管理ヲ豫想スルモノニ非サルナリ換言スレハ米國政府ノ主張セル一切ノ借置ハ人ヲシテ驚愕若ハ疑惑ヲ惹起セシムルカ如キ獨占的管理ヲ排セムトスル配慮ニ基ケルモノナリ加之米國政府ノ意見ヲ以テスレハ鐵道運行問題ハ露國人民ノ福祉ニ關スル實際問題ナルカ故ニ直ニ其ノ實行ニ入ルノ必要アリト云フヘシ此ノ如ク露國救援ノ實際的處置ハ一九一七年露國鐵道廳カ「スチーヴンス」氏ニ對シ露國鐵道班(註、「スチーヴンス」氏ヲ其ノ班長トスル米國人團體)ノ援助提供方ニ關シ交涉アリタル當時旣ニ米國ニ於テ露國ノ爲ニ企テタル所ニ屬ス更ニ米國政府ハ西比利亞鐵道運行ノ分轄管理ハ必然失敗ニ終ルヘキモノタルヲ確信ス

米國政府ハ現戰爭ニ於ケル日米兩國ノ擔任シタル部分ニ關シ日本政府モ亦根本ニ於テ米國ト其ノ見解ヲ一ニシ其ノ目的ヲ均シウスルモノナルコトヲ確信ス卽チ日米兩國ハ中歐諸國ノ軍閥ニ對抗シテ聯盟セル諸政府ト相協戮シ自國ニ接近シ來ル諸國民ヲシテ侵寇厄難ヲ免レシメムコトニ與ニ腐心スルモノナリ米國政府カ西比利亞ニ於ケル共同援助ニ關シ日本政府ニ對シ交涉ヲ開始スルニ至レルハ實ニ此ノ信賴ノ至念ニ出スルモノニシテ今又米國政府カ日本政府ノ軍事的企圖ヲ以テ事實上日米兩國ノ嘗テ宣言シタル目的ト相隔ル甚タ遠キモノアルコトヲ指摘セムトスルカ如キモ亦其ノ至誠ヲ披瀝シ友誼的忠言ヲ吝マサルノ一徴證タルニ過キサルナリ

(回答)

(前略)大正七年十一月十六日石井大使宛發出

大統領カ帝國政府ノ考量ヲ促サレタル各事項ハ直ニ關係官憲ニ移牒シテ嚴密ナル調査ヲ遂ケシメタリ今其ノ調査ノ結果ヲ腹藏ナク大統領ニ內報スルハ明確ナル諒解ニ達スルニ必要ナリト思考ス

一、西比利亞(沿海州、黑龍州、後貝加爾州ノ三州ニ亘ル)及北滿洲方面派遣ノ日本軍兵力ハ一時ハ戰闘員四四、七〇〇名非戰闘員二七、七〇〇名合計七二、四〇〇名ニ達シタルモ其ノ後還送ヲ了シ又現ニ還送中ニ屬スルモノヲ除クトキハ戰闘員四二、二〇〇名非戰闘員一六、四〇〇名合計五八、六〇〇名トナル惟フニ前記諸方面ニ於ケル全長約三千六百哩ニ亘ル鐵道ノ沿線ヲ警備シ西方ニ作戰スル「チェック」軍其ノ他與國軍ノ背後ヲ安全ナラシメ且物資ノ輸送補給ヲ容易ナラシメムカ爲ニハ此ノ兵力ハ決シテ過大ナリト謂フヘカラス是レ曩ニ帝國政府ノ聲明セル派兵ノ目的ヲ遂行スルニ當然必要ナル兵力ニシテ又何レノ場合ニ於テモ當初決定セル計畫ノ範圍內ニ屬スルモノナリ將又前記非戰闘員卽チ衛生輸送補給通信等ノ勤務ニ從事スル者ノ多數ナルハ軍トシテ甚タ望マサル所ナルモ地域ノ廣大ナルト後方補給線ノ延長セルトニ顧ミ已ムヲ得サルナリ

二、哈爾賓ニ於ケル米軍宿舍拒絕ヲ以テ帝國官憲ノ責任ナルカ如ク認メラレタルハ誤解ニ基クモノト察セラル曩ニ浦潮日本軍司令部ハ米軍司令官ヨリ哈爾賓ニ於ケル宿舎ノ狀況ニ關シ問合ニ接シタルヲ以テ現ニ同市ニ空家ナキ事實ヲ通報シタルコトアリタルモ帝國官憲ニ於テ何等米軍ニ宿舍ヲ拒絕シタルコトナク又之カ許否ヲ決定スへキ地位ニ在ラス聞ク所ニ依レハ米軍自ラ直接ニ露國官憲ニ問合タルモ亦同樣宿舍ナキ旨ノ回答ヲ得タリト云フ右宿舍ノ缼乏ハ極東西比利亞及北滿洲一帶ニ亘リ殊ニ冬營期ニ際シ何人モ痛切ニ感シツツアル所ニシテ日本軍モ之カ爲輜重及兵站部隊ノ多數ヲ日本內地ニ還送スルノ已ムヲ得サルニ至レル現狀ナリ

三、日本軍カ「イルクーツク」以東ノ鐵道ヲ占領シテ米國ノ企圖スル軍隊及物資ノ西方輸送ヲ妨碍スト云フハ如何ナル事實ヲ指スモノナリヤ明瞭ナラス實際ニ於テ露國鐵道ハ全然露國官憲ノ支配下ニ在リ日本軍ハ鐵道沿線ノ警備ニ任スルニ止マリ未タ嘗テ鐵道ヲ占領シタルコトナシ軍事輸送ハ沿海、黑龍兩州(卽チ浦潮派遣軍指令官指揮權ノ及フ地域)ニ在リテハ聯合軍鐵道委員會之ヲ處理シ後貝加爾及東支兩鐵道ニ在リテハ當初同方面ニ於ケル軍事行動カ日支兩軍ノミニ依リテ行ハレタル關係上日支兩國官憲共同シテ露國鐵道官憲ト隨時協議シ軍事輸送ヲ實施シ來レルモ之ト共ニ與國軍ノ輸送ニ對シテハ及フ限リ便宜ヲ圖リ現ニ今日迄「チェック」、英、佛、伊等諸國軍ノ西方輸送ハ總テ圓滑ニ施行セラレタリ米軍ヨリハ未タ軍隊及物資ノ西方輸送ニ關シ何等請求アリタルヲ聞カサルモ其ノ請求アルトキハ日本軍ノ關スル限リ充分ニ便宜ヲ供與スヘキハ言ヲ俟タス

以上ハ大統領ノ提起セラレタル各問題ニ關シ帝國政府ノ調査セル結果ノ要領ナリ帝國政府ハ若シ自國官憲ノ措置ニシテ不當ナルモノアルヲ認ムルトキハ淡泊ニ之カ矯正手段ヲ執ルニ躊躇セサルヘシ惟フニ言語慣習ヲ異ニスル諸國軍ノ共同企圖ニ從事スルニ方リテハ其ノ間往々誤解疑惑ノ生スルハ免レサル所ナルヘシト雖帝國政府ハ終始其ノ全然公平ト信スル所ニ依リ諸般ノ問題ヲ處理セムコトヲ期スルモノナルヲ以テ米國政府ノ所感ハ隨時率直ニ開陳セラレムコトヲ希望ス是レ實ニ帝國政府ノ最モ顧念スル日米協調ノ關係ヲ確保スル所以ナレハナリ