データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日米犯罪人引渡條約(日米犯罪人引渡し条約)

[場所] 東京
[年月日] 1886年4月29日
[出典] 舊條約彙纂第一卷第一部,外務省,75‐81頁.
[備考] 
[全文]

明治一九年四月二十九日東京ニ於テ調印(英文)

同   年九月二十五日批准

同   年九月二十七日東京ニ於テ批准書交換

同   年十月六日公布

日本皇帝陛下及亞米利加合衆國大統領ハ兩國內竝ニ其管轄內ニ於テ司法事務ヲ益周到ナラシメ及ヒ犯罪ヲ防止セムカ爲メ下ニ揭ル犯罪ニ付有罪ノ宣告若クハ告訴、告發ヲ受ケ未タ處分ヲ經スシテ逃亡スル者ハ其情狀ニ據リ互ニ之ヲ引渡スノ便宜ナルヲ認メ之レカ爲メ條約ヲ締結スルコトニ決シ日本國皇帝陛下ハ外務大臣伯爵井上馨ヲ亞米利加合衆國大統領ハ日本駐劄特命全權公使「リチャード、ビー、ハッバード」ヲ各其全權委員ニ命セリ因テ雙方全權委員ハ互ニ其委任狀ヲ示シ誠實適式ナルヲ認メ左ノ條條ヲ議定ス

  第一條

締約國一方ノ管轄內ニ於テ第二條ニ揭ル犯罪ニ付有罪ノ宣告若クハ告訴、告發ヲ受ケタル者他ノ一方ノ管轄內ニ於テ發見セラレタルトキハ締約兩國政府ハ本條約ニ開列スル情狀及ヒ制限ニ遵ヒ互ニ之ヲ引渡スヘシ

  第二條

引渡スヘキ犯罪人ノ罪名

一、謀殺、謀殺未遂犯、其他殺人罪

二、貨幣ノ僞造若クハ變造貨幣ノ發行或ハ行使、公債證書、其利札、銀行紙幣、其他公衆ノ信用ヲ受クヘキ證書類ノ僞造竝ニ其發行若クハ行使

三、文書ノ僞造若クハ變造竝ニ其行使

四、監守盜卽官吏又ハ監守人締約國一方ノ管轄內ニ於テ公金ヲ私用スル罪竝ニ傭主ノ損害トナルヘキ被傭人ノ監守盜

五、强盜若クハ五十弗以上ノ竊盜

六、重刑ニ當ル罪ヲ犯ス目的ヲ以テ夜間若クハ畫間他人ノ家宅ヲ破壞シ之ニ侵入スル罪

七、重刑ニ當ル罪ヲ犯ス目的ヲ以テ官衙、國立銀行、私立銀行、貯蓄銀行、財產管理會社及保險會社竝ニ其他會社ノ家屋ヲ破壞シ若クハ破壞セスシテ之ニ侵入スル罪

八、僞證及僞證敎唆

九、强姦

十、放火

十一、國際法ニ於テ海賊ト認ル罪

十二、引渡ヲ請求スル國ノ旗章ヲ揭ケタル船舶大洋航行中其船內ニ於テ犯シタル謀殺、謀殺未遂犯、及其他殺人罪

十三、惡意ヲ以テ鐵道、馬車鐵路、船舶、橋梁、家屋及公用建物竝ニ其他建物ヲ破壞シ若クハ破壞セムト謀リ其所爲人命ニ危害ヲ生スヘキモノ

十四、銀行營業者、受托人、銀行若クハ財產管理會社ノ頭取役員ノ詐僞ニシテ現行法律ニ據リ罪トナルヘキモノ

  第三條

被請求國ニ於テ審判中ノ犯罪人引渡

請求ニ係ル人引渡ノ請求ヲ受ケタル國ニ於テ審判中ナルトキハ之ヲ引渡スト引續キ之ヲ審判スルトハ該國ノ隨意タルヘシ但其審判該逃亡人ノ引渡ヲ請求スル罪ノ爲メニアラサルトキハ一時其引渡ヲ遲滯スルコトアルモ終ニ之ヲ拒クコトヲ得ス

  第四條

國事犯罪人ノ引渡除外

若請求ニ係ル人ヲ政事上ノ犯罪ニ付審判シ若クハ處刑セムトスルノ目的ヲ以テ引渡ヲ請求シタリト認ルトキハ其引渡ヲ爲ササルヘシ又引渡サレタル人ハ其引渡前ニ犯シタル政事上ノ犯罪ニ付審判若クハ處刑セラルルコト無ルヘシ

  第五條

犯人引渡請求手續

引渡ノ請求ハ締約國相互ノ外交官ヲ經テ之ヲ爲スヘシ若外交官其國內又ハ其政府所在ノ地ニ駐留セサルトキハ高等領事官之ヲ爲スヘシ

已ニ有罪ノ宣吿ヲ受タル逃亡人ノ引渡ヲ請求スルニハ其宣吿ヲ爲シタル裁判所ノ證印アル宣吿文寫其裁判官ノ職權ニ付相當行政官ノ證明書及其行政官ノ職權ニ付日本又ハ合衆國ノ公使若ハ領事ノ證明書ヲ添フヘシ若シ逃亡人吿訴、吿發ヲ受タルノミナルトキハ請求國ニ於テ發シタル逮捕狀ノ公寫及其逮捕狀ヲ發スルノ根據トナリタル證據書類ノ公寫ヲ添フヘシ

被請求國ニ於ケル犯罪人ノ引渡

逃亡人ノ引渡ハ之ヲ發見シタル國ニ於テ本罪ヲ犯シタルモノトセハ該國ノ法律ニ從ヒ之ヲ逮捕シ及ヒ審判ニ付スヘキ刑事上ノ證據充分ナル場合ニ限ルモノトス

  第六條

犯罪人ノ假逮捕

本條約第二條ニ揭ル犯罪ニ付告訴、告發ヲ受タル逃亡人逮捕ノ爲メ相當官吏ヨリ逮捕狀ヲ發シタル旨外交官ヲ經由シ電報ヲ以テ通知アリ且該逃亡人引渡ノ請求ハ追テ本條約ノ條款ニ從ヒ之ヲ爲スヘキ旨該外交官ヨリ保證シタルトキハ締約國政府ハ假ニ之ヲ逮捕シ相當ノ期限內卽二月ヲ超過セサル間之ヲ監禁シ其引渡請求ノ根據ト爲ルヘキ書類ノ提出ヲ待ツヘシ

  第七條

自國臣民ノ引渡

締約國ハ本條約ノ條款ニ因リ互ニ其臣民ヲ引渡スノ義務ナキモノトス但其引渡ヲ至當ト認ルトキハ之ヲ引渡スコトヲ得ヘシ

  第八條

引渡費用ノ支辨

被告人ノ逮捕、監禁、訊問及送致ノ費用ハ其引渡ヲ請求シタル政府ニ於テ之ヲ支辨スヘシ

  第九條

本條約ノ實施及終了方法

本條約ハ其批准交換後六十日ヲ經テ効力ヲ有スヘシ而シテ締約國ノ一方ニ於テ之ヲ廢止スルコトヲ得ヘシト雖モ其廢止ノ通知ヲ爲シタル後六月間ハ仍ホ其效力ヲ存スヘシ

本條約ハ可成速ニ批准シ華聖頓府ニ於テ其批准ヲ交換スヘシ

右確證トシテ雙方ノ全權委員ハ各本條約二通ニ署名調印スルモノナリ

 明治十九年四月二十九日卽チ西曆一千八百八十六年四月二十九日東京ニ於テ書ス

   井上 馨 印

   リチャード、ビー、ハッバード 印