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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 岩倉大使携行日米條約草案(岩倉大使携行日米条約草案)

[場所] 
[年月日] 1871年12月21日
[出典] 日本外交年表竝主要文書上巻,外務省,47‐50頁.
[備考] 
[全文]

 明治四年十一月十日(假)岩倉大使携行日米條約草案

 將來亞墨利加合衆國と日本帝國との間に於て取極むべき條約草案

亞墨利加合衆國及ひ日本天皇陛下兩國人民の親しき交際より生したる現時の情誼幷に親睦を永世に保持せん事を希望し茲に明白分明に揭載したる確定の條規を採用し而して后後之を履行し萬國對等の全理に基き兩國の利益たる證を顯はすへきの時至れりと思へり○日本天皇は各國に對して此意衷を通知し此目的を逹せん爲に今般條約各國に使節を派遣す其人員は右大臣兼特命全權大使正二位岩倉具視副使参議從三位木戶孝允大藏卿從三位大久保利通工部大輔從四位伊藤博文外務少輔從四位山口尙芳にて日本と條約濟の諸建國と談判し現時實践の條約を改正する爲め緊要なる草案を取極むへき全權を各帶有せり此草案は之を全備する後十五ケ月の內に日本東京に於て取極むへき條約の基礎をなすへき者なり○左に揭載する序文及び條款は條約中に加入して相當なりと思ふにより茲に之を謹呈す

 序文

日本は知識及ひ公平の理は眞實なる安寧の大本にして力壓に向て扞守するに最堅なる防禦たる事を信するにより各國と友睦なる交際を盛にし其人民の敎育を十分にし而して外國の實驗によりて將來を利せん事を覓む於此日本は其天理を得其國の安全を保護し其貿易を盛にし及ひ外國交際の責任日々繁忙する間に於て坤輿の敬禮を以て最も保全すへき獨立を存在せん事を望む

 條

(法治國)

日本政府は外國の利益は其政府と取結びたる條約による而已に非す廣大なる基礎たるへきにあるを以て其永世の安全を與へんか爲めに以後は日本人民の景況を高尙ならしむるに適當なる法律を採用すへし

(領事裁判權)

現今日本に於て外國のコンシユル帶有する裁判の權は諸開港場に於て相當なる裁判所創立する後は之を廢止すへし此裁判所は各國法律中の最良なるものを採りて之を根原の法律として而して日本國內の景況に適當せしむるに緊要なりと思ふときは時々政府より之を布告し之を改正し且つ之を採用すへし

 條

基礎の變革を平穏に成就せんには彌々漸を以てするを緊要なりとすへし○(新法制定)現時人民を保護する爲に緊要なる諸制禁は舊法を廢するに從つて之を削去すへし新法を以て心情の自由を擴充すへし是卽ち人智の開化を致す所なり

(敎育 開港)

許多の日本人民は外國交際に於て十分に對等すへき程に相當の敎育を得且現時日本の公務を採る爲に習學する所の許多の人民其政府の用に適する程に慣熟するの時に至らは貿易の盛なるに從て須要すへき諸港を追々に開くへし

 條

(最惠國取扱)

日本政府は緊要なりと思ふときは何時にても相當の布告を出せる後に其海關稅及ひ經濟法を創立し或は之を更生するの理を有すへし但し日本人外國人の別を論せす其法に據りて對等の條理を保有せしむへし○佗國の商品製造品貿易品及ひ噸稅に付兩國政府に於ては偏頗の稅を取立る事勿るへし○若し某國に特例殊典を與ふる事あらは速に之を佗國にも公有せしむへし

 條

(中立規約)

日本政府は戰爭の時に當り外國に對し嚴正なる局外中立を保たん事を欲し萬國公法中にある中立の條約の主旨に遵ひ其時に臨み其權力を以て日本人民をして十分の中立を守らしむへし

雖然日本政府は其國境內に於て外國人戰鬪に及ふ事あるとも現今創立の政府にては之を妨碍するの威力なきにより其費に任せさるへし

 條

(軍隊上陸)

兩國に於ては其政府の記名調印の特許を各時其初に得に非れは都て外國の兵隊等を上陸せしむる事を免許せさるへし

(居留借地)

外國人等は日本政府より畫線したる分境中の地を占得するを得へし其分境は日本政府の考察を以て漸々に之を擴充すへし○此地を占得すへき證券は此事務の爲に設立したる近傍の政廳に於て記錄すべし其記錄は公に諸人の點檢を得せしむるに公開すべし○諸地券は都て是迄の如く帝室の名を以て與ふべし

 條

(開戰)

若し不幸にして此條約中に揭載したる某の條款を何等の處分を以て違背する事ある歟或は大に兩國政府の間に存在する友睦の交誼を損害する事件を起す事あらば此害を蒙りたると思惟せる方にて先其特例の公使或は其居留公使を以て適當の證據を添へたる此損害の情實を陳述し至公十分償のを相手方の首都の政府に申立之を討求し而して其政府に於て此討求を承諾せず或は道理なく之を遲移する事あるに非さる以上は此損害の償を促す爲に絕交の命を下し或は兵端を開くことを公報せざるへし雙方にて茲に之を確定す○(戰爭ト私有財物)尙協議したる趣は若し此兩國間に於て戰爭差起る時は何方にても其軍艦或兵力を以て海上或は其外に於て兩國人民に屬する私有物を取上る事勿るへし但し軍中禁制品或は現に海軍を以て入港を妨ん爲に鎖閉したる港に入津せんと謀りたる不正の船及び荷物は此例に非す

 條

(金員決濟)

日本に於て自國の造幣寮を創立し確定一樣の量目本位品位を以て十分數の法を採用したるに付諸稅銀幷に政府に可拂金は日本圓或は○ドルラルを以て之を管算して拂ひ幷に之を取集むへし此貨幣は以來國內普通の貨幣たるへし故に諸逋債の會計に付之を本貨となすへし

 條

(罪人引渡規定)

茲に協議したる趣は合衆國幷に日本に於て雙方の約諾を定め其公使士官或は其筋の官吏の手を經て裁判の爲に諸罪人を引渡すへし諸罪人は人殺し或は人殺をなさんと謀りたる罪人海盜火付盜賊贋金贋札引負の罪を兩國中一方の管轄內に於て之を犯し他方の領地內に於て隠慝の處を求めんとする者なり但し此事は右の罪人が隠慝したる地方の法律を案し其罪科の有無を糺し確證を得たる上にて而已之を行ふへしかくて兩政府の司法官及び裁判役は此罪科の證を糺明審問する爲めに其罪人を司法官或は裁判役の前に呼出すへし傳票(ツルラント)を誓詞を以て發行するの權あるべし且又右の糺明にて罪科を蒙るへき確證あるに於ては此傳票を以て右の罪人を引渡すべき旨を其筋の行政官に證する事右の司法官或は裁判役の職務たるへし此糺明幷に引渡の諸入用は此件を申立且つ罪人を引取たる方にて引受て之を拂ふへし

 條

(郵便規定)

書狀幷に新聞紙を載て海上より來る所の諸郵便船は其着後二十四字間{前2文字ママ}に之を陸上して政府の郵便役所に引渡すへし郵便役所に於て直に之を分配し送逹するの用意をなすへし○郵便の勘定は兩國の間に於て相當の規則を以て之を定め每四季(三ケ月每に)其勘定をなすべし

 條

(實施期間)

舊條約中にて此條約の趣意と相違する者は今茲に之を廢止す且此條約は調印の日より十ケ月の後施行すへし而して兩國政府の中にて此條約を止むるへき旨を通逹せし後十二ケ月の間は猶之を履行すへし

 條

(批准交換)

此假約を以て草案とすへき條約は日本は

天皇陛下之を允准調印し合衆國は大統領幷に其上院の評議許下を經て之を允准調印すへし而し其本書は今日より十五ケ月以內或は成へくは之よりも速に日本東京に於て取替すへし此證據として記名の人々此假約を英文日本文の二通に認め明治五年正月 日卽ち千八百七十二年第三月 日雙方之に姓名を記し調印をなすもの也

(註)本草案起草ノ日附明カナラス假ニ大使出發ノ日トス外務省ヨリ届ケタルモノト考ヘラル