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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本澳地利條約書(日本國澳地利洪噶利國修好通商航海條約,日墺修好通商航海条約)

[場所] 東京
[年月日] 1869年10月18日
[出典] 舊條約彙纂,第一卷第二部,外務省條約局,903‐926頁.
[備考] 註は省略
[全文]

明治二年己巳九月十四日(西曆千八百六十九年第十月十八日)於東京調印(日、獨、英文)

明治四年辛未十二月三日(西曆千八百七十二年第一月十二日)於東京本書交換

 日本

天皇陛下と

澳地利皇帝婆希密等のキン兼洪噶利アポストリックキン陛下兩國の交際を永久親睦にし且兩國臣民の貿易を容易ならしめん事を欲し其か爲和親貿易航海の條約を結ん事を決し日本

天皇陛下は澤外務卿守從三位淸原朝臣宣嘉寺嶋外務大輔守從四位藤原朝臣宗則を其全權に命し澳地利、皇帝兼洪噶利アポストリックキン陛下は第三等水師提督特派全權公使ナイトヲフズミリタリーヲルドル、ヲフ、マリア、テレサ貴族アンゾニー、デ、ペッツを其全權に命し雙方互に其委任狀を示し其狀實良好にして適當たるを察し以て左の條〃を協議決定せり

 第一條

爰に條約を結べる兩國幷其人民の間に永世の平穏無窮の和親あるへし

 第二條

日本天皇陛下はウヰヱンナの宮中にヂブロマチックヱゼントを置く事を得又他國のコンシュラル官吏の在留する事を許せる澳地利及洪噶利の港及市中に日本コンシュラル官吏をも命し得べし

日本のヂプロマチックヱゼント及びコンシュラル官吏は互の約束にて澳地利及洪噶利に於て他國のヂプロマチックヱゼント幷コンシュラル官吏と同樣今或は此後受くべき別段の免許幷權を受くべきなり

 澳地利

皇帝兼洪噶利アポストリックキン陛下は日本に其ヂプロマチックヱゼントコンシュル、ゼネラールを命じ又日本何れの開港場何れの開市場にもコンシュル或は副コンシュル或はコンスラルヱゼントを命し得べし此官吏等は日本政府と最も懇親なる國のコンシュラル官吏と同樣別段の免許及び權を受け得へし

 澳地利

皇帝兼洪噶利アポストリックキン陛下より命ずるヂプロマチックヱゼント幷コンシュルゼネラールは日本の諸部を故障なく旅行し得べし且裁判すべき權ある澳地利兼洪噶利のコンシュラル官吏は若し其裁判すべき境界中にて澳地利及洪噶利船の破船するか或は人命及び貨物に危害等の事ある時は其事實を監察する爲め其場所に赴き得べし然りと雖も澳地利兼洪噶利コンシュラル官吏其時に當て先つ其土地の日本官府へ其趣意幷其赴く處の場所を書翰にて告知すべし其節は日本官府より重立たる官吏をして必ず之と同導せしむべきなり

 第三條

横濱(神奈川縣の內)兵庫大坂長崎新潟(幷に佐州夷港)箱舘の市街及び港幷に東京の市街を此條約施行の日より澳地利及洪噶利の人民及び其交易の爲めに開くべし

前條の市街及び港に於て澳地利及洪噶利の人民永久居住する事を得べし故に地所を借り家屋を買ひ住宅倉庫を建る事勝手たるべし

澳地利及洪噶利人民の住すべき場所幷に其家屋を建べき場所は澳地利兼洪噶利コンシュラル官吏其地に在る相當の日本官吏と相談の上之を定むべし亦港則も右同樣たるべし若し澳地利兼洪噶利コンシュラル官吏及び日本官吏此事に付議定し得ざる事あらば之を澳地利兼洪噶利のヂプロマチックヱゼント及び日本政府へ申立べし

日本人は澳地利及洪噶利人民住すべき場所の周圍に牆壁或は栅門を設けず其他自由の出入を防ぐべき圍ひを營まざるべし

澳地利及洪噶利の臣民無故障步行すべき境界は左之如し

横濱(神奈川縣の內)にては六鄕川を限とし其外は諸方十里とす

兵庫にては京師の方は京を距る事十里の地に限り他の諸方は皆十里とす

大坂にては南は大和川口より舟橋村迄夫より敎興寺村を通し佐太まて線を引き之を限りとす堺の市中は右線の外なれとも澳地利及洪噶利人に步行を免すべし

長崎*1*にては其周圍に在る長崎縣の支配地を限りとす

新潟箱館に於ては諸方へ十里とす

夷港にては佐州全島とす

東京に於ては新利根川口より金町まで夫より水戶街道に沿ひ千住宿迄夫より隅田川の川上へ登り古谷上鄕まで夫より小室村高倉村小矢田村萩原村宮寺村三木村田中村の諸村落より六鄕川に於て日野の渡場までを限とす

右十里の距離は前條各所の裁判所より陸上を算すべし

其一里は澳地利の一萬二千三百六十七フート英吉利四千二百七十五ヤールド佛蘭西三千九百十メートルに宛る

若し澳地利及洪噶利の人民前條の規則を犯し境界に出る事あらば墨斯哥銀百枚の罰金を拂ふべく若し再ひ犯す時は二百五十枚の罰金を拂ふべし

 第四條

日本に在留する澳地利及洪噶利人民は其自國の宗敎を自由に行ひ得べし故に其居留地に其宗敎を奉ずる爲め宮社を營む事勝手たるべし

 第五條

日本に在留する澳地利及洪噶利人の間に身上或は其所持の品物に付て爭論起る事あらば澳地利兼洪噶利官吏の裁斷に任すべし

日本長官は澳地利及洪噶利の人民と他の條約濟外國人との間に起る爭論にも亦關係する事なかるべし

若し澳地利及洪噶利の人民より日本の人民に對し訴訟する事あらば日本長官此事件を裁斷すべし

若し日本人より澳地利及洪噶利人に對し訴訟する事あらば澳地利兼洪噶利長官之を裁斷すべし

若し日本人澳地利及洪噶利人に逋債ありて之を償ふ事を怠り或は欺僞を以て逃走せんとする時は相當の日本長官是を裁斷して其債主より逋債を償はしむる爲め諸事に力を盡すべし又澳地利及洪噶利人欺僞を以て逃走せんとし或は日本人に逋債を償ふ事を怠る時は澳地利兼洪噶利長官正しく裁斷し逋債を償はしむる爲め諸事に力を盡すべし

澳地利兼洪噶利長官も日本長官に於ても兩國の人民互に相關する逋債は償ふ事なかるべし

 第六條

日本人民或は他國の人民に對し惡事をなせる澳地利及洪噶利人民は澳地利兼洪噶利コンシュラル官吏に訟へ澳地利及洪噶利の法度を以て罰すべし

澳地利及洪噶利の人民に對し惡事をなせる日本人民は日本長官に訟へ日本の法度を以て之を罰すべし

 第七條

此條約或は之に附屬する貿易の規律又は稅則を犯せるにつき取立べき罰金或は其物を取揚る事は澳地利兼洪噶利コンシュラル官吏の裁斷に因るべし其取立たる罰金或は取揚品は都て日本政府に屬すべし

取押へたる荷物は日本長官幷に澳地利兼洪噶利コンシュラル長官にて其荷物に封印をなし澳地利コンシュルにて裁斷する迄は運上所の倉庫に取押へ置べし

若し澳地利兼洪噶利コンシュル其荷主又は引請人正理なりと裁斷する時は其品物を速にコンシュルへ引渡すべし然りと雖も日本長官若し右コンシュルの裁斷に同意せず尙高官の裁判によらん事を欲せば右荷主又は引請人其品物の代料を其裁斷濟迄澳地利兼洪噶利コンシュルへ預くべし

取押へたる荷物容易に腐敗損傷すべき質の物なれば其裁判濟さる共其代價を澳地利兼洪噶利コンシュル所に預り荷物は荷主或は其引請人に渡すべし

 第八條

貿易の爲め開き又は開くべき日本の諸港に於て澳地利及洪噶利人民は澳地利及洪噶利領或は他邦の港より禁制に非ざる諸種の貿易品を輸入し是を販賣し又は是を買入れ澳地利及洪噶利或は他邦の港に輸出する事勝手たるべし此條約に附屬する稅目に擧たる租稅而巳を相納め他の諸稅は總て拂ふに及ばず

若し日本運上所の官吏商人より申立し價に付て異存ある時は其商物に價を極め其極めたる價にて買入る事を談し得べし

若し荷主此價附にて承諾せざる時は日本運上所官吏の極めたる價に從て其稅銀を收むべし若し其價付にて承諾する時は其談ぜし價を少しも減ずる事なく直ちに荷主に拂ふべし

 第九條

澳地利及洪噶利の商人は日本の開港場へ商物を輸入し其租稅を納めし上は日本運上所長官より其商稅收め濟の證書を請ひ得べし且此證書あらば右商物を再び日本の他の開港場に出入する共また商稅を納むるに及ばざるべし

 第十條

日本政府諸開港場に倉庫を取建る事を努むべし且其倉庫は輸入する人或は荷主の願に任せ其品物の運上を納る事なく其品を藏め置き得べし

日本政府にて其品物を預り置間は損害なき樣に引受くべし尤外國商人等の入置ける品物のため火難の受合をたて得る樣政府に於て總て肝要なる設けをなすべし又其商物を輸入する人或は荷主是を倉庫より引取らんとする時は運上目錄通りの運上を拂ふべし其品物を再び輸出せんと欲する時は運上を納るに及ばず

品物を引取節は孰れにも藏敷を拂ふべし右藏敷高幷に貸藏取扱向の規則は双方相談の上之を定むべし

 第十一條

澳地利及洪噶利人民日本國の開港場に於て買入たる日本產物を日本他の開港場に諸稅を拂ふ事なく輸送する事勝手たるべし

若し澳地利及洪噶利商人日本の產物を日本の開港場より他の開港場へ輸送せんと欲する時は其の品物を輸出する時拂ふべき運上を運上所へ預け置べし六ケ月の內に他の開港場へ右荷物を陸揚せし趣を示せる證書を其地の運上所より持參せば右預り置たる運上は無異論速に返却すべし

他邦の港へ輸出するを禁ずる品物は前條に定めたる期限中に前條の證書を差出さざる時は荷積せしもの右品物の代價を殘らず日本官吏へ拂ふべき趣を認めたる證書を差出すべし

然りといへども其船若し開港場より他の開港場へ運送する航海中破船する事あらば右運送先の運上所證據の代りに破船せしといふ證據を別に持來るべし尤商人は右證據を一ケ年の內に差出すべし

 第十二條

澳地利及洪噶利の人民日本開港場內に輸入し此條約に定たる商稅納濟の諸貨物は日本人又は澳地利及洪噶利人に抅はらず其荷主より日本國の諸部に輸送せしめ得べし勿論之に租稅或は道路の運上等何等の稅をも拂ふ事なかるべし

日本の產物は陸路水路修復の爲め諸商賣に付て取立る通例の運上の外別に運送の運上を收る事なく日本人は日本の內何れの地よりも諸開港場へ運送する事勝手たるべし

 第十三條

澳地利及洪噶利の人民は諸種の商物を日本人より買入れ又は日本人に賣渡す事を得べし其賣買或は代價請取り拂ひの時に當て日本官吏之に關係する事なかるべし

日本人は澳地利及洪噶利或は日本の開港場に於て澳地利及洪噶利人民より諸類の商物を日本官吏の立合なく買入れ又之を貯藏し及び之を其用に供し或は再び販賣する事勝手たるべし尤日本人民澳地利及洪噶利の人民と貿易するに付ては日本人相共に商賣するに付取立る運上の外は日本政府にて取立ざるべし

總て日本人民は現在取締の規則を守り定例の運上を納る時は一般の通則に從て澳地利及洪噶利又日本諸開港場に赴き其場所にて日本官吏の立合なく澳地利及洪噶利人民と交易する事勝手たるべし

總て日本人は日本產物又は他國の產物を日本開港場へ或は日本の開港場より或は日本開港場の間に或は他國の港より或は他國の港へ日本人民或は澳地利及洪噶利人民所持の船に積入輸送する事勝手たるべし

 第十四條

此條約に添ゆる交易の規律幷に運上目錄は此條約と一體をなせるものにして双方とも竪く之を守るべし

日本に於て澳地利兼洪噶利ヂプロマチックヱゼント日本政府より任する官吏と協議して此條約に添ゆる交易規律の趣意を施行するため交易の爲開きたる諸港に於て緊要至當の規律を立るの權あるべし

日本官吏各港に於て好曲幷に密商を防ぐため至適の規律を設くべし

 第十五條

日本政府は日本に在留する澳地利及洪噶利の人民日本人を通辨或は師表召使等の諸役に使用し是を法度に違背せざる諸用に給する事を妨げざるへし然りといへども若し此日本人罪科を犯す時は日本の法度を以て罰すべし

日本人澳地利及洪噶利の船中に於て諸般の職事に雇はるゝ事勝手たるべし

澳地利及洪噶利人の雇置ける日本人若し其雇主に同道し海外に出る事を其地の官府に願出る時は政府の免許を得べし

旣に日本慶應二年丙寅四月九日西洋千八百六十六年第五月廿三日日本政府より觸書を以て布告せしごとく日本人は其筋より政府の印章を得れば修業或は商賣のため澳地利及洪噶利に赴く事妨けなかるべし

 第十六條

日本政府は速に日本貨幣製造法に緊要の改正を爲すを務むべし且日本重立たる貨幣製造局幷に諸開港場に於て取建つべき貨幣局にて外國人及び日本人は其身分に拘はらず諸種の外國貨幣及び棹金銀を其吹換入用を差引き日本貨幣と同し眞價の割合を以引換ゆべし此吹換入用は雙方協議の上定むべし

澳地利及洪噶利人と日本の人民互に拂方を爲すに外國或は日本の貨幣を用ゆる事勝手たるべし

日本銅錢を除き諸種の貨幣幷に貨幣に造らざる外国の金銀は日本國より輸出する事を得べし

 第十七條

日本政府は澳地利及洪噶利人貿易の爲め開きたる各港の最寄に船々の出入安全のため燈明臺燈明船浮木幷に瀨標を備ふべし

 第十八條

澳地利及洪噶利の船日本の海岸にて或は破船し或は漂着し或は已むを得ず日本の港內に避け來ることあらば相當の日本長官是を知るや否速に其船に可成丈け扶助を加へ其船中の人々を懇に取扱ひ要用なる時は其人々に最寄の澳地利兼洪噶利コンシュル館に赴くべき方便を與ふべし

 第十九條

澳地利及洪噶利海軍備用の諸品は日本國の諸開港場に陸揚し澳地利及洪噶利官吏の保護する倉庫に藏め置ベし尤夫が爲め租稅を納むる事なしと雖も若し此備用品を日本人或は外國人に賣る事あらば其買主より相當の租稅を日本長官に納むべし

 第二十條

日本天皇陛下他國の政府及び其人民に與へ或は爾後與へんとする總て別段の免許及び便宜は澳地利及洪噶利政府幷に其人民にも此條約施行の日より免許あるべきを今爰に確定せり

 第二十一條

來る壬申年則千八百七十二年第七月第一日或は其後に至り此條約貿易定則幷輸入輸出の商稅を實驗し緊要なる變革或は改正を加ふる爲め是を再議し得べし然りと雖も此再議の趣は一ケ年前に告知すべし若し日本

天皇陛下此期限前に各國の條約を改議せん事を欲し其事に就て他の條約濟の各國にて同意せば澳地利及洪噶利政府も亦日本政府の望みに從ひ此會議に加るベし

 第二十二條

澳地利兼洪噶利のヂプロマチックヱゼント或はコンシュラル官吏より日本長官に贈る總て公の書翰は獨逸語を以て記すべし然と雖も便利の爲め此條約施行の日より三ケ年の間は英語或は日本語の譯文を添ゆべし

 第二十三條

此條約は獨逸文二通英文三通日本文二通各七通に認め其文意は各同義なりと雖も文意相違する事あらは英文を原と見るべし

 第二十四條

 此條約は日本

天皇陛下及び澳地利

皇帝兼洪噶利アポストリックキン陛下互に名を記し印を調して確定し本書は十二ケ月の內或は可成は其以前に取替すべし

此條約は今日より施行すべし

右證據として雙方の全權此條約に名を記し印を調するもの也

 日本明治二己巳年九月十四日

 西洋千八百六十九年第十月十八日

  於東京

澤外務卿從三位 淸原宣嘉 花押

寺島外務大輔從四位 藤原宗則 花押

Freiherr Von Petz

  <印>{原文では<>はマル}Contre Admiral