データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第40代東條(昭16.10.18〜19.7.22)
[国会回次](帝国)第77回(臨時会)
[演説者] 東條英機内閣総理大臣
[演説種別] 施政方針演説
[衆議院演説年月日] 1941/11/17
[貴族院演説年月日] 1941/11/17
[全文]

 現下重大なる時局に際しまして、第七十七囘帝國議會開會せられ、開院式に當りましては、優渥なる 勅語を賜はり、洵に恐懼感激に堪へませぬ、此の機會に於きまして政府は國策遂行に關しまして、率直に所信を披瀝しまして、各位のご協力を願ひ、擧國一體鐵石の意志を以て現下未曾有の國難を克服し、以て聖慮を安んじ奉りたいと存ずる次第であります

 現下帝國を繞る世界の情勢を按じまするに、支那事變は御稜威の下忠誠勇武なる將兵の奮鬪と、又熱誠強靭なる銃後の活動と相俟ちまして赫々たる戰果を収め、重慶政權の抗戰力は日に月に低下しつつあるのであります、又地方國民政府の建設は着々進捗し、今や多數の友好列國は國民政府を承認し、事變解決は最後の段階に到達して居るのでありますが、援將諸國の經濟的、軍事的策動は益々活溌となり、重慶政權の抗戰力に對する唯一最大の支柱と致しまして、帝國の事變解決を妨げて居る次第であります

 更に北方に於きましては本年六月獨ソ開戰以來、事端漸く滋からんことを思はしめ、事態の推移は帝國として無關心たるを得ざるものがありまするので、我が北邊の安定の爲め遺憾なき措置を講じつつあります

 又南方に於きましては、昨年北部佛印に皇軍の進駐となり、次いで日・佛印の經濟協定、泰・佛印の紛爭調停等、帝國と佛領インド支那との友好緊密關係は漸く増進をし、南方に對する帝國の平和的進展は、漸く其の緒に就かんとして居りましたが、英米蘭諸國の軍事的竝經濟的合作の強化に伴ひ、蘭印との經濟交渉は不調に終り、延いて南太平洋に於ける帝國の地位に重大なる脅威を及ぼさんとするの形勢となりましたので、帝國はヴイシー政府と日・佛印共同防衞に關する取極めを爲し、之に基き七月末南部佛印の兵力を増派せらるることとなりました、然るに英米蘭諸國は、此の帝國の當然なる自衞的措置を迎ふるに猜疑と危惧との念を以てし、資産凍結を行ひ、事實上全面的禁輸に依り、帝國を目標として經濟封鎖を實施致しますると共に、其の軍事的脅威を急速度に増加して參つたのであります、蓋し交戰關係にあらざる國家間に於ける經濟封鎖は、武力戰に比しまして優るとも劣らざる敵性行爲であることは言を俟たないのであります

 斯くの如き行爲は帝國の企圖する支那事變の解決を阻碍するのみならず、更に又帝國の存在に重大なる影響を與ふるものでありまして、斷じて黙過し得ざるものであります

 然るにも拘らず常に平和を欲する帝國と致しましては、隱忍自重、忍び難きを忍び、耐へ難きを耐へ、極力外交交渉に依りまして危局を打開し、事態を平和的に解決せんことを期して參つたのでありまするが、今尚ほ其の目的を貫徹するに至らず、帝國は今や文字通り帝國の百年の計を決すべき重大なる局面に立たざるべからざるに至つたのであります、政府は肇國以來の國是でありまする平和愛好の精神に基き、帝國の存立と權威とを擁護し、大東亞の新秩序を建設する爲め、今尚ほ外交に懸命の努力を傾注して居る次第でありまして、之に依つて帝國の期する所は、第一、第三國が帝國の企圖する支那事變の完遂を妨害せざること、第二、帝國を圍繞する諸國家が帝國に對する直接軍事的脅威を行はざることは勿論、經濟封鎖の如き敵性行爲を解除し、經濟的正常關係を恢復すること、第三、欧州戰爭が擴大して禍亂の東亞に波及することを極力防止することであります、以上三項に亙る目的が外交交渉に依つて貫徹せられまするならば、獨り帝國の爲のみならず、世界平和の爲め洵に幸ひであると信ずる次第であります

 併しながら従來の經緯に鑑みまして、交渉の成否は逆賭し難いものがあるのであります、随て政府は前途に横たはる凡ゆる障碍を豫見して、之に對する萬般の準備を整へ、斷乎として帝國既定の國策を遂行致しまするに萬遺憾なきを期し、仍て以て帝國の存立を全うせんとする固き決意を有して居ります、帝國は實に悠久二千六百餘年の歴史の上に於きまして、曾て見ざりし國家隆替の岐路に立つて居るのでありまするから、政府は深く思ひを茲に致し、全力を盡して輔弼の責を全う致しまする覺悟であります

 事態が如何様に發展致しませうとも、高度國防國家體制の完成こそは、正に喫緊の重大要事であります、是が爲に益々國民志氣を緊張し、産業經濟の能率を最高度に發揮するの要切なるものがあるのであります、是と共に政府は國民生活の確保に關しましては萬全の策を講ずるものでありますが、是が更に緊縮を見ることは洵に已むを得ざる所であります、私が茲に衷心より希望致しますることは、全國民が、帝國は今や一大飛躍の秋に際會をし、前途に洋々たる發展を期待し得べきことを確信をして、相共に今日の苦を分ち、國民一丸となつて聖業の翼贊に邁進せんことであります、政府に於きましても政治經濟の運營に付て、各般の改革整備を行ふ覺悟でありまするが、その實施に當りましては、徒らに理想を追はず、事態に即して各専門的機能の有機的能率を最大限に發揮せしむるやう措置致す心構へであります、私は全國民が此の政府の意の存する所を認識せられて、積極的に政府に協力せらるることを固く信じて疑はないものであります

 今囘提案致しましたる豫算案は、主として緊迫せる現下の事態に對處するに必要なる經費を計上致しましたものであり、又提出法律案も、特に今日緊急の要あるもののみに限定致したのであります、諸君に於かれましては政府の意のある所を諒とせられ、愼重御審議の上、協贊を與へられたいのであります

 終りに臨み、政府は、滿州帝國及び中華民國國民政府が帝國に寄せられたる變らざる協力に深甚なる謝意を表し、又盟邦特に獨伊兩國の偉大なる功業に對しまして、深厚なる慶祝の意を表しますると同時に、帝國と共に正義に基く世界新秩序建設に成功せんことを祈るものであります

 本大臣は此の重大時局に處し、諸君と相携へて大政を翼贊し奉るを深く光榮を致しますると共に、責任の愈々重大なるを痛感致しまする次第であります、惟ふに難局の突破、時艱の克服は、全國民が職域奉公に邁進をし、國民の總力が結集せられて、初めて成就し得るものと信ずるものであります、何卒諸君に於かれましても此の上とも御支援、御協力を御願ひ致す次第であります

 最後に護國の英靈に敬弔の誠を捧げ、戰線銃後の奮鬪努力に衷心感謝の意を表するものであります