データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第75回(常会)
[演説者] 大平正芳大蔵大臣
[演説種別] 財政演説
[衆議院演説年月日] 1975/1/24
[参議院演説年月日] 1975/1/24
[全文]

 ここに、昭和五十年度予算の御審議をお願いするに当たりまして、今後における財政金融政策について、所信を申し述べますとともに、予算の大綱を御説明いたしたいと存じます。

 いまや、わが国は、幾多の困難と試練の中で、新たな進路を開拓すべき時期を迎えておると思います。

 戦後、急速な復興と発展を遂げてまいりましたわが国経済社会は、今日に至り、物価の騰貴、資源の制約、環境の汚染等数々の問題に直面いたしております。他方、国民の精神生活におきましても、社会的連帯の弛緩、世代の断絶、老後の不安などに連なる不満と焦燥の念が高まっております。こうした傾向は、ひとりわが国ばかりでなく、他の国々にも見られるところでございますけれども、このような経済面の諸問題と精神的な渇きとは相互に因となり果となりまして、ますます事態の混迷を招くに至っておるように思われます。

 今日の事態をもたらしたものは、人間生活の一面である経済に重きを置きすぎてきたことと、自分と他者との関係についての調和のとれた配慮を欠いてきたこととの帰結であるように思われてならないのであります。したがって、われわれは、ここで人間と自然との調和を取り戻し、自分と他者との協調について謙虚に反省し、政策の基本を改めて見直すことから出発しなければならないものと考えます。

 われわれの目標とすべき経済社会は、共通の目標のもとで相互に調和のある関係を維持しながら、人々が安心して生活のできる連帯性の強い公正な社会がなくてはなりません。同時に、国民の一人一人が、それぞれの個性と豊かな創造力を存分に発揮できる活力のある社会でなければなりません。

 このような公正で活力のある社会を実現してまいるため、私は、次の三つの理念を道標として、今後の財政金融政策の運営に当たってまいりたいと考えます。

 すなわち、第一は、均衡のとれた発展を図ることであり、第二は、社会的な公正を確保することであり、第三は、国際的協調を推進することであります。

 まず、第一は、均衡のとれた発展を図ることでございます。

 従来の成長の過程を通じ、わが国の経済には、住宅、生活環境施設等の相対的な立ちおくれが明らかになり、過密と過疎、環境の汚染等数々のひずみがあらわになってまいりました。また、最近に至り、物価の騰貴と国際収支の不安定が、われわれの財政や経済、企業や家計に好ましからぬ影響を与えてまいりました。

 そこで、まずわれわれは、資源、環境、労働力等の制約を念頭に置き、わが国経済をしてその成長のテンポが緩やかで、量的にも質的にも均衡がとれた品位のあるものにしなければなりません。すなわち、今後のわが国経済は、国民生活の着実な向上を可能にするに足るものでありますとともに、わが国の国際的責任を果たし得るものでなければなりません。同時に、その内容は、強い活力と高い技術を保ちながら、国民の福祉に奉仕するものでなければなりません。

 私は、そうした視点に立ちまして、今後の財政金融政策を運営してまいる所存であります。特に、財政面におきましては、従来のように多額の自然増収を期待することは困難になってまいりますが、限りある財源の重点的、効率的な配分には特に意を用いてまいる所存であります。

 また、金融面におきましては、緩やかで均衡のとれた経済の成長にふさわしい体制を整備いたしますこととし、資源配分の適正化、貯蓄の推進、資本市場における金利機能の活用、個人投資家層の拡大等に特に留意してまいりたいと考えます。先般来、住宅金融の拡充、金融機関の大口融資の規制等の措置を実施してまいりましたのも、このような考え方基づくものでございます。

 第二は、社会的公正を確保することでございます。

 社会的公正を確保することは、あらゆる政策の基本であります。特に、財政金融政策におきましては、インフレーションが所得や資源の分配に大きな不公正を生み、国民生活と社会秩序を根底から崩す元凶であることに顧み、まず何よりもインフレ対策を強力に推進いたしますことが、社会的公正を実現する上から言って最も重要であると考えます。

 同時に、老人、身体障害者等、社会的、経済的に恵まれない人々に対しましては、極力社会保障の充実を図り、相対的に有利な立場にある人々に対しましては、税その他公共的負担の増加に耐えてもらうなど、社会的公正の確保のために、鋭意努力を払ってまいりたいと考えます。

 第三は、国際的協調を推進することでございます。

 私は、このたび、ワシントンで開催されました十カ国蔵相会議とIMF暫定委員会を初めとする一連の会議に出席してまいりました。

 今回の会議の中心課題は、石油価格の引き上げによる国際収支構造の激変と世界的インフレという情勢に対処しながら、いかにして世界的不況を回避し、また非産油開発途上国が直面している困難な事態を克服するかということにあったと思います。

 われわれは、今後、国際協調の精神に基づき、いわゆるオイルマネーの安定的かつ秩序ある還流システムの確立、開発途上国の利益に連なる経済協力の推進、国際通貨制度の円滑なる運営等に、積極的な役割りを果たしてまいる所存であります。また、ガットの場において、ようやく本格化してまいりました新国際ラウンド交渉におきましては、ガットの精神を踏まえて、その成功を図るよう一層努力をしたいと思います。

 こうした考え方に立ちまして、私は、当面まず昭和四十八、九両年にわたる経済の異常な混乱を収束し、わが国経済を中期的な安定した成長の軌道にソフトランディングさせることを、政策の基調とすべきであると考えております。

 一昨年来の異常の物価上昇は、経済活動を混乱させ、国民心理の不安定と国民所得の不均衡をもたらしました。このような事態に対し、政府は、財政金融両面にわたって周到な総需要抑制政策を実施してまいりました。そうした政策努力の結果、物価はようやくその騰勢を鈍化させつつあるものの、その先行きにはなお警戒を要するものがございます。

 加えて、現在特に懸念されていることは、賃金と物価の悪循環の問題であります。従来ほどには高い生産性の向上を望み得ない状況のもとにおきましては、賃金の大幅上昇は、直ちに物価の上昇となってはね返ってくることが予想されます。名目的にいかに高い賃金の引き上げが行われたといたしましても、それは物価上昇で相殺される見せかけの引き上げにすぎなくなります。インフレは、つまるところ、経営者にとりましても、労働者にとりましても、共通の敵でございます。理性ある対処が求められるゆえんであると思います。

 政府といたしましては、したがって、当面物価の安定を最重点の政策目標として、抑制的な財政金融政策を継続してまいる所存であります。総需要抑制政策の長期化に伴い、生産活動は低下し、雇用情勢にも変化が生ずるなど、停滞色が強まっていることは、われわれとしてもよく承知いたしております。しかしながら、このような事態は、物価の安定を定着させるためには、避けて通ることのできない試練でございます。根強いインフレを克服できるか否かは、結局は、国民一人一人のしんぼう強い努力にかかっておると思います。

 もっとも、このような政策運営が、中小零細企業等に過度にしわ寄せされることのないよう、また、特定の産業部門に致命的な打撃をもたらすことのないよう、政府としてもきめ細かい配慮を払っておるところでございます。景気が過度に停滞し、社会的不安を起こしかねないような事態になれば、物価の動向をも勘案しながら、必要に応じ機動的、弾力的な措置を講ずることは当然でございます。ただ、その場合におきましても、このような措置が再びインフレを刺激しないよう、慎重な配慮が払われねばならないことは申すまでもありません。

 昭和五十年度予算は、以上申し述べましたような考え方に立ちまして、引き続き抑制的な基調のもとに、社会的公正の確保に配意しながら、国民福祉の向上と国民生活の安定を目指して編成いたしました。

 その特色は、次の諸点でございます。

 第一は、予算及び財政投融資計画を通じ、その規模を極力抑制いたしますとともに、公債発行額を縮減いたしたことであります。

 すなわち、昭和五十年度一般会計予算につきましては、すでに生じた物価、賃金の大幅な上昇を反映いたしまして、人件費その他義務的な経費の増加がきわめて多額に上り、予算規模の圧縮には種々の困難がございました。しかし、既定経費の整理合理化と財源の重点的な配分を行い、極力規模の圧縮に努め、一般会計予算は、前年度当初予算に比べ、二四・五%増の二十一兆二千八百八十八億円にとどめました。

 また、財政投融資計画につきましても、同様に抑制的な基調のもとに編成し、前年度当初計画額に対し一七・五%増の九兆三千百億円にいたしております。

 これによる中央、地方を通ずる政府の財貨サービス購入の伸び率は、政府の経済見通しによる国民総生産の伸び率を下回るものとなっております。

 なお、公債につきましては、その発行額を前年度当初発行予定額より千六百億円減額し、二兆円といたしております。これにより、一般会計における公債依存度は一〇%を下回り、九・四%となっております。

 第二は、最近の経済情勢に応じ、租税負担の調整を図ったことでございます。

 まず、所得税につきましては、各種人的控除の引き上げによる若干の減税を行うことといたしております。昭和五十年度は、前年度税制改正による所得税減税の平年度化が相当の規模に達する上、経済を抑制的に運営する必要がありますので、減税の規模は、最近における物価情勢等に即応する程度にとどめることといたしております。

 また、ここ数年来据え置いてまいりました酒税の増徴、たばこ小売定価の改定を行い、歳入の充足を図ることといたしております。

 さらに、相続税につきましては、かなり長期間にわたって基本的な改正が行われなかったことを考慮し、かつ、近年の物価の動向等にかんがみ、相当思い切って、負担軽減の措置を講ずることといたしております。

 このほか、租税特別措置については、利子、配当課税の特例、土地譲渡所得に対する課税の特例等を是正することといたしております。

 第三は、公共投資について引き続き抑制を図りますとともに、事業費の重点的配分を図ったことであります。

 すなわち、一般会計の公共事業関係費は、前年度当初予算額に比べて二・四%の微増にとどめております。なお、既定の長期計画、大規模事業につきましては、その進度の調整を図り、また、昭和五十年度を初年度とする新規計画の策定は行わないことといたしました。

 このような抑制基調の中にありましても、住宅、生活環境施設等につきましては重点的な配慮を行っており、特に下水道の整備につきましては、特別の地方債措置等による事業費の増大を図っております。同様に、文教及び社会福祉施設につきましても、事業費の大幅な増額に配慮をいたしてあります。

 第四は、公共料金について、極力これを抑制することとしたことであります。

 公共料金は、本来、コストとの関連で合理的な水準に設定されるべきものでありますが、物価安定のため、政府はできるだけその抑制に努力してまいりました。昭和五十年度予算編成に当たりましても、最近の経済情勢等にかんがみ、真にやむを得ないもの以外は、その引き上げを抑制することといたしました。すなわち、塩の小売価格、麦の政府売り渡し価格及び電信電話料金については、予算にその引き上げを織り込まないことといたしました。また、たばこの定価や郵便料金につきましても、引き上げの幅と時期について特に配慮をいたした次第であります。

 第五は、財源の重点的な配分を図りますとともに、最近の諸情勢に即応した諸施策の充実に努めたことであります。

 まず、社会保障につきましては、福祉年金につき、その支給月額を老齢福祉年金において七千五百円から一万二千円に引き上げる等、画期的な改善を行いますとともに、厚生年金及び国民年金における物価スライドによる年金額の引き上げとその実施期日の繰り上げ、生活扶助基準等の引き上げを行うことといたしております。また新たに、介護を要する在宅の重度心身障害者についての福祉手当制度を設けますとともに、社会福祉施設の職員の処遇改善等、各般の施策を推進いたしてございます。

 次に、文教及び科学技術の振興につきましては、私立大学に対する経常費助成を拡充いたしますほか、新たに高等学校以下の私立学校についても助成措置を講ずることといたしました。さらに、教員給与及び教職員定数の改善、育英事業の拡充、原子力の安全確保対策の充実等、各般にわたり施策の拡充を図っております。

 また、中小企業対策につきましては、特に、小企業経営改善資金融資制度の大幅拡充等、小規模事業対策に重点的に配慮いたしますとともに、政府系中小金融三機関の融資規模を拡大することといたしております。

 以上のほか、国際的なエネルギー資源問題の動向等にかんがみ、石油資源の開発を促進いたしますとともに、新たに設立される共同石油備蓄会社に対し出資を行う等、石油備蓄対策を講ずることといたしております。

 さらに、食糧の安定供給、自給度向上のための諸施策、生鮮食料品を初めとする農水産物の価格安定、流通合理化等各種物価対策の拡充を図りますとともに、公害の防止及び環境保全対策など、各般の施策を積極的に推進してまいることといたしております。

 第六には、今後の経済情勢の推移に対処するため、予算及び財政投融資計画の執行に当たり、その弾力的運営を図り得るよう配慮をいたしてございます。

 第七に、地方財政につきましては、地方交付税交付金が前年度当初予算に比べて三〇・三%増加する等により、その歳入は相当増加するものと見込まれます。しかし、現下の経済情勢等にかんがみ、国と同一の基調により、公共投資を初めとする歳出を極力抑制いたしますとともに、財源の重点的な配分を行い、また、定員及び給与についての適切な管理を行うこと等により、節度ある財政運営を図るよう期待するものであります。

 最後に、国際収支の動向について申し述べたいと思います。

 原油価格の高騰を主因といたしまして、昨年前半におきましては、わが国の国際収支はかつてない大幅な赤字を記録いたしました。しかしながら昨年夏以降、貿易面では、国内経済活動の鎮静化を反映して輸入が落ち着いた動きを示す一方、輸出がかなり高い伸びを見せましたこと、長期資本の収支面でかなり大きな改善をなし得たことなどから、最近における国際収支は、全体としては望ましい方向に向かいつつあります。内外の情勢はなお流動的で、前途は必ずしも楽観できませんが、節度ある財政金融政策の運営を通じまして、今後とも着実に国際収支の改善を図り、国際信用の維持向上に努力を続けてまいる方針でございます。

 私は、すぐれた国民的エネルギーの開発と、その内外にわたる秩序ある展開を図りますとともに、経済中心の渇いた社会を改め、人間性豊かな安らぎと温かさのある社会を築き上げてまいることを目標として、今後の政策運営に最善を尽くしてまいる所存であります。

 しかしながら、いかなる政府の施策といえども、必要とされる財源は、結局は国民の負担に帰するものであります。また、国民がそれぞれの立場、それぞれの利益に固執して相争うならば、調和のとれた施策の実行は困難でございます。私は、率直に問題の所在を国民の前に披瀝し、共通の利益のためにいずれを取るべきか、いずれを捨てるべきか、国民にその理解と選択を求めながら、政策の実効ある展開を期してまいる考えでございます。

 国民各位の一層の御理解と御協力をお願いいたします。