データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第31回(常会)
[演説者] 藤山愛一郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1959/1/27
[参議院演説年月日] 1959/1/27
[全文]

 第三十一回通常国会の再開に際しまして、政府の外交方針を明らかにいたしたいと思います。

 過去一カ年間の国際情勢を顧みますれば、戦後久しきにわたる東西両陣営の対立は、根本的には何ら緩和しておりませんし、世界は依然として、東西両陣営の力の均衡によって平和が保たれている状態であります。他方、その間における科学技術の急速な進歩発展は、ついに、人類がその活動を宇宙に広げる可能性をも予想せしめるに至ったのでありますが、同時に、大量破壊兵器の発達は、もし一たび人類がその進路を誤まって、かくも発展した科学技術を乱用するに至りますれば、人類の破滅をもたらす危険性をも招来しているのであります。このような認識が世界一般に行われるようになりました結果、全面的戦争を回避しようとする機運は強くなりつつあるものと考えられるのであります。

 しかしながら、両陣営は、依然として相互の不信感に基き、思想戦、経済競争等を通じて勢力拡大に専念しております結果、局地的な形においては、武力をも背景とした紛争の種が随所にまかれているのであります。過去一カ年を回顧いたしますれば、中近東の騒擾、台湾海峡の紛争等に加えて、さらにベルリン問題の再燃等、局地的な形による東西間の抗争は相次いで起っておるのでありまして、類似の紛争が今後とも他に起り得ないとは、何人も断定いたしかねる情勢であります。かかる情勢のもとにおいて、東西両勢力の指導的国家の間に、あとう限りすべてを話し合いによって解決しようとする機運が高まりつつありますことはまことに当然な次第でありまして、巨頭会談ないし外相会議開催の試みも、この意味におきまして、当然歓迎せらるべきものであります。しこうして、このような話し合いが実を結ぶために最も必要でありますことは、関係各国が具体的かつ建設的な解決策を持ち寄り、相互の信頼と互譲の精神をもって話し合いを行うことでありまして、かかる用意のない限り、この種会談は常に空虚な宣伝に終るでありましょう。

 わが外交の基調は、世界平和確保のための建設的な努力を通じて国民の福祉と安寧をはかることにあるのでありますが、このような平和外交を推進するにつきましては、まず第一に、すべての国際問題は平和的手段によってのみ解決すべきであると考えるのであります。けだし、真の平和は平和的手段によってのみ達成し得るのでありまして、武力をもって事を処理しようといたしますれば、必ずや他の武力を誘発し、とどまるところを知らないのであります。

 次に、たとい武力の行使を伴いませんでも、その方法のいかんを問わず、いやしくも他国の内政に干渉し、またその秩序を乱し、あるいはその敵意や悪意をそそるがごとき行動は、相互に厳にこれを慎むべきものと考えるのであります。以上の二点は、相互に他人の立場を尊重し合いつつ平和的に問題を解決するという、民主主義の根本理念をそのまま国際社会に適用するものにほかなりません。国際民主主義とも称すべきものであります。また、これこそ、わが国平和外交の本旨でありまして、世界の安全と福祉を保障すべき機関としての国際連合もまた、実にこのような精神に出ているものであります。私は、各国がかかる精神に徹しますならば、世界の平和はおのずから招来されるものと、かたく信ずるのであります。

 ここに、私は、政府の当面いたしております重要外交問題につき、一言いたしたいと存じます。

 申すまでもなく、国際連合は、世界の平和と安全の支柱として大きな意義と価値とを有するものでありまして、加盟国、ひいては全世界の安全が、もっぱら国際連合によって保障されることが最も望ましい次第なのであります。しかしながら、他面、現下の国際情勢を反映し、国際連合が、大国の拒否権行使によって、しばしば多数者の意思の実現をはばまれ、また、緊急事態に際して迅速かつ有効な措置をとり得ぬ欠陥があることも、広く認められているところであります。かかる欠陥が是正され、国際連合が真の平和維持機構として確立されますまでは、加盟国は国連に協力しつつも、みずからの努力と責任によって自己の平和と安全とを保障する必要が存するのであります。わが国が、米国との安全保障条約によって、その防衛を達成しようとするゆえんもここにあるのであります。

 思うに、わが国の中立を唱え、あるいは、集団的不可侵条約の締結によってわが国の安全を保障すべしとの意見は、いずれも、今日の世界の情勢を無視する観念論にすぎないのであります。けだし、国家が中立国たることによってその安全を保障するためには、その国にとり、右を可能とする政治上、経済上、地理上及び軍事上の具体的条件を必要とするのでありまして、遺憾ながら、東西両陣営が相対立し、しかも、東亜の各地に、御承知のごとき不安定な政治、経済情勢が支配しております今日、かかる政策をとることは、わが国の安全を達成するゆえんではないのであります。また、東西両陣営にわたる集団的不可侵条約によりわが国の安全を確保しようとする考えにつきましては、一般軍縮問題についても、奇襲防止問題についても、東西間に何らの実効的な話し合いの成立しておりません現状におきましては、不可侵条約の美名も、具体的保障措置を伴いません限り、容易に国家の安全をゆだね得ないのであります。このことは、わが国自身、過去の歴史においても経験したところであります。

 政府が、戦後わが国が国際社会に復帰するに当りまして、わが国の自衛力もきわめて不十分な状況のもとにおきまして、米国政府との間に現行日米安全保障条約を締結いたしましたのは、このような考慮によるものでありますが、同条約は、自来七年間、今日までわが国の安全保障の軸として、よくその使命を果して参ったのであります。

 しかしながら、その間わが国力も漸次回復するとともに、自衛力の漸増も行われ、国際社会におけるわが国の地位も向上して参りました結果、現行安全保障条約に合理的な修正を加える必要が一般に痛感されて参ったのであります。米国政府が、この点に十分の理解を示し、今次改定交渉に応ずるに至りましたことは、同国がわが国の自主性をあらためて確認し、対等の協力者としてその立場を尊重しつつ、相ともに、極東、ひいては世界の平和維持に貢献しようとする意図を示すものであると考えるのであります。

 われわれは、わが国の置かれている国際的環境を冷静かつ現実的に判断いたしますとともに、みずから果すべき責務は進んで果すという熱意と覚悟とが必要なのであります。政府といたしましては、本件交渉を進めるに当り、国民各位の声を十分に反映しつつ、早期にこれが妥結をはかる所存でありますが、この点、各位の十分なる御理解を期待する次第であります。

 次に、共産圏諸国とわが国との関係について、一言いたしたいと存じます。

 もとより、自由民主主義国たるわが国といたしましては、国際共産主義の浸透は、断じてこれを容認し得ないところであります。しかしながら、このことは決して共産主義諸国との友好関係を無視ないし軽視しようとするものではありません。すなわち、政府は、共産圏諸国との間にも、相互の立場を尊重しつつ、平和的な関係を維持増進することに努めたいと考えるのでありまして、これがひいて東西間の一般的緊張緩和に資することを期待する次第であります。

 わが国とソ連との間には、すでに国交が回復され、通商貿易の道も開かれ、すでに実績を重ねつつあるのでありますが、ソ連政府が、今日なお、わが国の領土に関する正当な要求を認めません結果、平和条約の締結がおくれており、また、これを理由にして、北海道近海漁業問題に関し話し合いを拒否しておりますことは、まことに遺憾であります。

 次に、中国大陸との関係について、所見を申し述べたいと思います。中共が中国大陸に政権を掌握して以来、相当の時日も経過しておりまする結果、中共の問題が世界政治においても重要な問題となりつつあることは、御承知の通りであります。由来、わが国と中国大陸とは、経済的にも、文化的にも、密接な関係にあり、従って、相互に貿易を行うのが自然の状態であり、また、これによって双方に利益がもたらされるのであります。しこうして、本来、これらの交流関係は、双方が互いに善意をもって相手方の立場を尊重し合いますならば、国交の有無にかかわりなく、これを維持し、発展せしめ得るはずであると信ずるのであります。事実、わが国と中共との貿易は、昨年五月まで逐次伸張して参ったのでありますが、その後中共側がこれを断絶した結果、自来今日まで貿易は再開されるに至っておりません。しかしながら、政府といたしましては、日中貿易の促進が相互の経済的利益に合致するゆえんであると信じますがゆえに、わが国としても自主的立場を捨てることなく、今後とも現状打開に努力する所存であります。

 私は、中共側におきましても、この際、相互にその政治的理念と秩序とを尊重するとの建前のもとに、日中貿易の促進と善隣関係の樹立に資するよう、すみやかに現在の障害除去に努めることを希望するものであります。

 さらに、韓国との関係につきまして一言申し述べたいと思います。韓国との関係につきましては、御承知のごとく、両国政府は、過去久しきにわたり、漁業区域、船舶、文化財、在日韓国人の法的地位及び請求権等、両国間の懸案について意見の交換ないし討議を行なって参ったのであります。

 右のうち、特に漁業区域に関する韓国側のいわゆる李ラインに関する主張は、それが従来の国際通念に反するものであり、また、わが国民生活にも至大の影響を与えるべきものであることにかんがみまして、政府は、単にわが国民の利益に合致するのみならず、世界の良識ある人々を納得せしめ得るような公正妥当な方法で解決すべく、忍耐強く努力する所存でありまして、本件解決こそ、自余の案件解決のかぎとなるべきものであります。交渉はいまだ所期の進展を示すには至っておりませんが、これらの努力は決してむだではなく、相互の信頼感の回復に必ずや役立つものと考えるのであります。

 次に、わが経済外交上の重要な問題につきまして、政府の見解と方針を申し述べたいと思うのであります。

 最近の国際経済において、最も注目すべきできごとは、昨年末欧州主要諸国が一斉にその通貨の交換性を回復する措置をとったことであります。これらの措置は、基本的には、貿易及び為替の自由化の方向に沿うものであり、また、ポンド、マルク等の西欧通貨がますます国際通貨としての信用と機能を増大し、世界貿易がそれだけ増進されると考えられる限りにおいて、わが国としても、その将来に対する意義を高く評価したいと思うのであります。しかしながら、今回の措置により西欧諸国が遠からず貿易を完全に自由にするであろうと考えますことは早計でありまして、このことは、関係諸国政府が交換性回復の措置をとるに当りまして、貿易管理は当分これを従来通り維持する方針である旨表明していることからもうかがわれるところであります。現に、これらの国においては、今なおわが国の輸出に対する差別的な輸入制限が続けられており、特に、わが繊維製品、雑貨等については、今後とも相当な貿易障壁に当面することが予想されるのであります。

 もとより、政府としては、いかなる地域においても、わが輸出産品が受ける待遇につき、今後とも外交交渉を通じてその改善に努力する所存でありますが、同時に、この際わが国貿易の将来の発展を期するため、国際経済の趨勢に沿って各国との貿易を相互に拡大することにより、通商自由の方向に進むべく、内外の経済施策を検討する要があると考えるのであります。

 幸い、各国における貿易上の諸制限や差別待遇を撤廃することを目的といたしておりますガットの総会が、本年秋東京において開催される運びになりましたが、この東京総会が、国際貿易の拡大と世界経済の繁栄に一時期を画するものになることを期待するものであります。

 さらに、経済外交の一環としてこの数年来とみに重要性を増しつつある対外経済協力の問題について一言いたしたいと思います。

 経済的に立ちおくれた諸国の開発が、国際貿易の増大と世界政治の安定に必要なことは申すまでもありませんが、特に、アジア、中近東、アフリカ諸国との緊密なる提携を重視するわが国といたしましては、右地域の経済的、社会的発展につき応分の寄与を行うことは、その平和外交の重要な任務であると考えるのであります。

 以上のごとき観点から、政府は、これら諸国の要望にこたえ、各種技術センターの設置に着手するほか、経済及び技術協力を通じ、諸国の経済開発計画に一そう協力する所存であります。また、本年発足いたしました国際連合特別基金の理事国として、世界の低開発国の開発事業に協力いたしますとともに、コロンボ計画に対しても、一そう積極的に参加する方針であります。

 最近、わが海外移住者が受入国において果している経済上の役割が特に高く評価されつつありますことは、まことに意義の深いことでありまして、政府といたしましては、今後とも、海外移住を推進する方針であります。このため、移住協定の締結等を通じ、ますます中南米諸国との友好関係増進に努めるとともに、内外の体制を整備して、海外移住を計画的に振興いたす所存であります。

 文化の交流は、わが国民と諸外国国民の相互の理解を深めますとともに、これら諸国との友好親善関係の増進に寄与するところ大でありますので、政府といたしましては、できる限り、民間における外国との文化交流を促進いたしたいと考えているのであります。

 かくして、諸国民の間における真に平和的な機運の醸成をはかりますことは、世界平和の維持に資するゆえんでもありますから、私は、広く人的、知的交流を促進することを、わが平和外交の一環として、今後とも推進いたしたいと考えるのであります。

 以上、私は、わが国の当面する外交上の重要な問題と、それに処する政府の方針を、率直に披瀝いたした次第であります。

 私は、かねがね、一国の外交の成否は、その方針が国民の願望と必要に沿うものであるかどうか、また、政府が外交を進めるに当って十分国民の理解と支持を受けているかどうかにかかっていることを痛感しているものであります。さきに外交政策の基調として述べましたところは、ひっきょう、国の安全を守り、国民生活の経済的、社会的基礎を固めることにあり、これは、とりもなおさず、国民の福祉全般を増進することにほかならないと信ずるのであります。

 私は、わが国の外交の衝にある者として、常にこの点に思いをいたし、広く国民各位の意思を反映し、国民全体の福祉に直結する民主的外交を行うことを念願するものであります。ここに、私は、政府のかかる方針について、各位の深い御理解と御支援とを重ねて要請する次第であります。