データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第17代第2次大隈重信内閣(大正3.4.16〜5.10.9)
[国会回次] (帝国)35回(通常会)
[演説者] 加藤高明外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1914/12/8
[貴族院演説年月日]
[全文]

諸君、本大臣は先頃の臨時議會に於て御報道に及びましたる以後の帝國外交の状況に對して、其概要を唯今申述べやうと思ひます、歐洲に於ける戰亂は未だ終局に至らざるのみならず、戰局は益々擴大いたしまして、今に於いて何等平和の曙光をも認めることが出來ないのは、洵に遺憾の至りでありまする、其の間帝國と共同交戰の状態に在る諸國との關係は、愈々親睦を加へ事の重大なるものに付いては、常に隔意なく恊議を遂げつゝありまする、而して局外中立諸國との關係も亦一般に良好なることを陳述し得るものは、本大臣の欣幸に堪へざる所であります、膠州灣の攻撃に關聯し、帝國と支那共和國との間に種々なる問題が生じました、然れとも支那政府は能く時局の大勢を了解し、帝國政府も亦支那政府の誠意を諒と致して、互に融和事に當りまするために、滿足なる結果を得たのでありまする、即ち我軍は曩に膠州、濟南間鐵道管理經營を其手に收め、現に其事を實行して居りまして、一般公衆の便にも供して居りまする、他の方面に於て膠州灣は {空白ママ}天皇陛下の御稜威に依り、勇敢忠實なる陸海軍の劃策奮闘著々其効を收めて、此間に於て英國の陸海軍も亦我を助けて熱誠事に當り彼是盡力の結果、客月七日以て是が陥落を見ました、現に膠州灣一帯の土地は我軍占領の下に在ることは、諸君の御承知の通りの次第であります、帝國政府は又他の一面に於て艦隊を南洋に於ける獨領の諸島、即ち「マーシヤル」「カロリン」「マリアナ」「パラオ」各群島に派遣し、其主なる島嶼に對しては軍事占領を行つて守備隊を置いてありまする、次に開戰の初に當り帝國政府が最も懸念致しましたる問題の一つは、當時獨逸並に墺地利兩國に在りしところの我同胞の引揚間題でありました、獨逸には約四百人内外の本邦人が居りまして、獨逸國内の各地に在留をして居つたので、墺國に於ても亦約三十人程の邦人が居りました、當時右兩國に於ては交戰國の人民に對して、交通通信の各機關を杜絶致しましたゝめに、將に引揚げんとするところの邦人の困難が一方ならぬ有樣でありました、此間に處して在兩國の我帝國大使館では、各機宜の措置を執りまして、出來得る限り引揚の方法を講じたところが、獨逸政府は激昂せる自國民に對し、日本人に保護を興ふるを名と致しまして、我同胞數十名を各地に拘留致し、甚しきに至つては之を牢獄に投じたので、帝國代表者は之に對して抗議を申入れ、且つ被拘留者の氏名の通告を求め、更に拘留の状態を實地に就て視察することも試みたのである、其自ら伯林を引揚げるに至るまで、極力同胞人の解放に努めたに拘らす、何れも獨逸政府の拒絶に依て其目的を達せなかつたのであります、是より先き帝國政府は在獨逸の帝國大使館及日本の利益の保護を米國の政府に依頼して、其快諾を得たる次第は、既に前回の議會に於て諸君に御報告致した通りでありまするが、前述帝國臣民の拘留に關しても、亦同國政府の好意に訴へ獨逸國政府に對して其解放を求むることの周旋を依頼致しましたところ、米國政府は快く我依頼に應じ極めて懇切に交渉の勞を執られた、且機宜の處置を怠らざりし結果、遂に被拘留者の大多數は解放を見るに至りました、但し今日に於ても尚若干被拘留者はある疑がありまする、然るに其氏名及人員は明瞭なりませぬ、彼等の解放に關しても亦現に米國政府に依頼致し、將來も亦其斡旋に待つこと多き次第でありまする、本大臣は此機會に於て特に以上米國政府の好意に對し、同國政府に向つて深厚なる謝意を表したいと思ひます、次に一言すべきは支那の現状であります、同共和國は戰爭前、我國及歐洲の或國々の銀行團體と借款の交渉中でありましたところ其事未だ結了に至らざるに、歐洲大戰亂勃發のために、借款の事は中止と相成つた、其爲め財政困難の状漸く甚しきを加へ、或は其極多少一般に地方擾亂の發生を見ることかありはしまいかと心配した次第でありましたるところ、同國の政府專心警戒の結果今日に至るまで幸に各地共何等重大なる擾亂を見るに至らずして經過し來つたことは、洵に喜ばしい次第であります、蓋し隣邦に於ける平和秩序の維持は同國自身の爲めには申すまでもなく、其帝國に及ぼすべき影響決して尠からず、隨つて帝國政府は同國の秩序平和が何等の妨害を受くることなからむことを切に希望致すものであります、以上申述べましたる所は、最近に於ける帝國對外關係の一斑でありまする、此際帝國外交上の措置は頗る愼重の注意を要するものがあります、故に帝國政府は鋭意細心四圍の情況に應じ、帝國利益の擁護増進を圖らんために最善の努力を怠らざる覺悟であります、此段御報告に及びます(拍手起る)