データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] フィリピン共和国上下両院合同セッションにおける岸田内閣総理大臣政策スピーチ

[場所] 
[年月日] 2023年11月4日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

 ミゲル・ズビリ上院議長、マーティン・ロムアルデス下院議長、そして御列席の皆様方、Magandang umaga po sa inyong lahat(おはようございます)。

 ASEAN(東南アジア諸国連合)で第2位の人口を誇り、30万人以上の市民が日本に滞在するフィリピンは、日本にとってかけがえのないパートナーです。その伝統ある議会において、日本の総理大臣として初めて、こうして演説する機会を頂いたことを大変光栄に思っています。

 1977年、当時の福田赳夫(ふくだ たけお)総理は、フェルディナンド・エドラリン・マルコス・シニア大統領御列席の下、マニラで演説を行いました。その中で福田元総理は、フィリピンを始めとする東南アジアとの間で、対等なパートナーとして、心と心の触れ合う信頼関係を構築する考えを示したことを思い起こします。

 それから約半世紀がたちました。日本とフィリピンの交流は深化し、両国関係は現在、かつてないほど強固となりました。

 ただし、歴史を振り返ると、両国の関係は常に順風満帆だったわけではありません。困難な時代を乗り越え、今日の友好関係に至るまでには、1953年のキリノ大統領による日本人戦犯の恩赦など、寛容の精神に基づく先人の努力があったことを忘れることはできません。

 その後、日・フィリピン関係は「黄金時代」に入りました。また、日本とASEANの友好協力関係も50周年を迎え、12月には東京で特別首脳会議を開催いたします。

 こうした中、総理大臣として初めてマニラを訪問し、フィリピンやASEANとの関係強化を含む日本の外交政策についての私の考えを述べる機会を頂いたことを、大変嬉(うれ)しく思っています。

 御列席の皆様、現在、国際社会は歴史的な転換点にあり、私たちが当然のように享受してきた法の支配に基づく国際秩序は、重大な危機にさらされています。また、国際社会は、気候変動や感染症など、複雑で複合的な課題に直面しています。このような状況の下、世界は、イデオロギーや価値観で分断されて良い訳がありません。

 私が議長を務めた本年5月のG7広島サミットでは、「グローバル・サウス」と呼ばれる国々を含め、国際社会の多様な声に耳を傾けました。そこで私が強く感じたことは、誰もが共有できる原点に立ち返る必要性です。そして今、その原点として重視しているのが、「人間の尊厳」という理念です。

 「人間の尊厳」の意義を強調する上で、ここフィリピン議会ほどふさわしい場所はありません。フィリピン憲法では、議会は「人間の尊厳」等に関する全ての人々の権利を守り、強化することを最優先にすべきであると規定しているからです。誰もが尊厳を持って生きられるようにするために、平和で安定した世界を築くことが不可欠です。そのような観点から、2月にマルコス大統領との間で、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために連携することを確認いたしました。

 さらに私は、1月の訪米時に、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を守っていく強い決意を表明いたしました。さらに3月には、FOIPを実現するための新プランを発表しました。その根底にあるのは、国際社会を分断と対立ではなく協調に導き、「自由」と「法の支配」を守り抜くという決意です。

 本日は、こうした取組を一層前進させるとの私の新たな決意と、その方策について、皆様と考えを共有したいと思って、ここに立たせていただいております。

 FOIPの新プランには、4つの柱があります。第1の柱は、「平和の原則と繁栄のルール」を守るということです。これは、国際社会が守るべき基本原則を確認し、それを推進することによって、「平和」を築くという考えです。

 例えば、ミンダナオ地域の安定は、インド太平洋の平和と繁栄につながっています。こうした考えから、日本は20年間にわたり和平プロセスや経済開発を支援してきました。昨日は、ミンダナオ地域への災害対策用の重機供与を発表しましたが、こうした協力はFOIPの理念に基づくものです。

 御列席の皆様、今から50年前、日本は、世界に先んじてASEANとの対話を開始しました。それ以来、日本とASEANは、困難に際しては助け合い、そして国民間の幅広い交流を通じて、心と心のつながる信頼関係を育んできました。

 そこから得られた教訓の一つが、FOIP新プランの第2の柱である「インド太平洋流の課題対処」です。日本は、地球規模の課題に現実的かつ実践的に取り組み、イコール・パートナーとして、各国の強靱(きょうじん)性・持続可能性を高めていきます。例えば、新型コロナは国際社会の分断と格差を拡大しました。国際的な保健課題に世界全体が一緒になって対処すべきことは明白であり、日本は、ASEAN感染症対策センターが地域の中核として発展するよう支援します。

 また、日本は、FOIP新プランの第3の柱である「多層的な連結性」も強化していきます。各国のつながりを強化し、脆弱(ぜいじゃく)性を克服する際の重点地域の一つはもちろんASEANです。日本は、FOIPとも共鳴する「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」に沿った協力を推進していきます。開放性、透明性、そして包摂性、そしてルールに基づく枠組み、こうしたAOIPの原則や活動に多くの国から支持と協力が得られるよう、ASEANと連携していきます。

 G7広島サミットの首脳コミュニケにおいても、ASEANとの連携強化、ASEANの中心性・一体性に対する支持、AOIPに沿った協力の促進などのコミットメントを日本が主導し、力強く打ち出しました。

 日本は3月に、日・ASEAN統合基金への1億ドルの新規拠出を表明しました。また、9月にはハード・ソフト両面での連結性を強化するべく「日・ASEAN包括的連結性イニシアティブ」を打ち出しました。民間資金も動員し、ASEANの強靱性や持続可能性を支援いたします。12月の特別首脳会議では、「信頼」を次世代につなげ、持続可能な、そして繁栄した新たな時代を共に創るために、ビジョンをASEANと共に打ち出したいと考えています。

 御列席の皆様、日本とフィリピンは、近年あらゆるレベルで関係を強化してきました。国交正常化60周年の2016年には、当時の天皇皇后両陛下がフィリピンを御訪問され、本年2月には、ズビリ上院議長及びロムアルデス下院議長と共に、マルコス大統領が日本を訪問されました。さらに本年夏には、日・フィリピン友好議連のメンバーがフィリピンの上下両院を訪問するなど、両国間で様々な交流と、そして協力が進んでいます。幾つかの例を紹介いたします。

 まず、安全保障・防衛協力です。FOIP新プランの最後の柱は、「『海』から『空』へ拡(ひろ)がる安全保障、そして安全利用の取組」というものです。日本は、フィリピンの海上安全能力の向上に貢献するべく、沿岸警備隊に12隻の船舶を供与いたしました。さらに、空の状況把握能力の向上のため、先月、日本企業からフィリピン軍に対して、警戒管制レーダーが納入されました。

 また、本年、新たに創設した政府安全保障能力強化支援(OSA)による世界で最初の協力案件として、昨日マルコス大統領との会談において、フィリピン軍への沿岸監視レーダー供与に合意いたしました。日本は引き続きフィリピンの安全保障能力の向上に寄与し、地域の平和と、そして安定に貢献してまいります。

 さらに、マルコス大統領との間では、日比部隊間協力円滑化協定の正式交渉の開始でも一致いたしました。今後もフィリピンとの戦略的な協力を一層深めていく考えです。

 次に、経済・投資分野の協力です。日本は、フィリピンに対する最大の援助供与国です。本年2月に発表した来年3月までの6,000億円の官民支援等を通じて、引き続きマルコス大統領の「ビルド・ベター・モア」政策を踏まえた経済社会開発を支援していきます。

 例えば、日本の支援により、フィリピンで初となる地下鉄の整備事業が進められています。私もこの後、工事現場を視察いたしますが、50年来の夢と言われる地下鉄プロジェクトに日本が貢献できることを大変誇らしく思っています。

 民間ベースでも、日本はフィリピンへの最大の投資国の一つです。官民連携や脱炭素化に貢献する企業への投資も進んでおり、正に官民を挙げて、フィリピンの経済成長を支えていきます。

 さらに、今般の観光に関する協力覚書の署名を歓迎いたします。また、本年、日本・フィリピン・インドネシアが共催したFIBA(国際バスケットボール連盟)バスケットボール・ワールドカップのような取組を通じて、我々の「輝ける友情」が次世代につながることを期待しております。

 日本とフィリピンは、グローバルな課題への対応においても連携を深めてきました。特に、被爆地広島出身の私にとって、核軍縮はライフワークであり、「核兵器のない世界」に向け、現実的で実践的な取組を進めていきます。このような考えの下、9月には、マナロ外相にも共催していただき、核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)のハイレベル記念行事を実施できたことを大変嬉しく思っています。

 また、マルコス政権も重要視する気候変動については、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」構想の実現を通じて、エネルギー移行に係る協力を深めています。12月にはAZEC首脳会合を開催し、各国の事情に応じた多様な道筋でネット・ゼロという共通のゴールを追求すべく、協力していきます。

 そして最後に、日米比の協力についても触れさせていただきます。法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化するためには、同盟国、そして同志国の重層的な協力が重要です。9月には、マルコス大統領、ハリス米副大統領と3人で初めて意見交換を行い、連携強化を確認することができました。

 南シナ海の現場においても、自由な海を守るため、3か国の協力が進んでいます。先月行われた米比合同訓練に我が国の自衛隊が参加したほか、6月には、日米比の海上保安機関による合同訓練が初めて行われました。こうした取組を通じて、力ではなく法とルールが支配する海洋秩序を守り抜いていこうではありませんか。

 御列席の皆様、ここまで述べてきたとおり、過去半世紀の間に日本とフィリピンの関係は飛躍的に進展してきました。そして、その基礎は、人と人とのつながりだと思います。

 私は昨日、ホセ・リサールの記念碑に献花をさせていただきました。若き日に日本に滞在し、日本人と触れ合う機会を持ったリサールは、将来、両国の様々な交流や関係が持たれるであろうと書き残しています。実際、両国間の交流は、揺るぎないものとなっています。2011年の東日本大震災の際には、フィリピンから医療支援チームを派遣していただいたほか、日本に滞在するフィリピンの介護福祉士候補者たちは、「お年寄りを見捨てることはできない」と、被災地に残り、献身的な介護を続けてくれました。逆に2013年には、台風ヨランダが襲来した際、被災地東北の人々がフィリピンの復旧・復興支援に向かいました。このような関係こそ、福田元総理が唱えた「心と心の触れ合う」関係と言えるのではないでしょうか。そして、先人が築いてきた「心と心の絆(きずな)」を新たな高みに引き上げ、次世代に引き継いでいくことが、今を生きる我々全ての責任ではないかと私は考えております。

 日・ASEAN友好協力50周年のキャッチフレーズは、「輝ける友情、輝ける機会」です。12月の日・ASEAN特別首脳会議では、日本とASEANの「輝ける友情」が次世代につながる「輝ける機会」となるよう、マルコス大統領を始め、ASEAN各国のリーダーたちと連携していく考えです。

 フィリピン国民の皆様、御列席の皆様、最後に、私のフィリピン訪問をこのように温かく迎えてくださった全ての皆様に深く感謝申し上げます。日本とフィリピンとの間の強固な友情が、友好関係が今後も継続し、一層発展していくよう、私は引き続き全力を尽くしてまいります。ありがとうございました(Salamat po)。