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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 岸田総理によるフィリピン・スター紙、マニラ・ブレティン紙、フィリピン・デイリー・インクワイアラー紙への寄稿文 「フィリピンとの“特別な友情の絆(きずな)”を祝して」

[場所] 
[年月日] 2023年11月4日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文] 

「フィリピンとの“特別な友情の絆(きずな)”を祝して」

(はじめに)

 フィリピンの皆様、日本国総理大臣の岸田文雄です。日・ASEAN(東南アジア諸国連合)友好協力40周年に当たる10年前の2013年1月、私は外務大臣就任後の最初の訪問国としてフィリピンを訪れました。この度、日・ASEAN友好協力50周年の年に、マルコス大統領閣下の御招待により総理大臣としてフィリピンを訪問できることになり、フィリピンとの深い縁を感じます。

(日フィリピン交流の歴史)

 両国の交流は、16世紀にまで遡り、交易を通じてここマニラには日本人町も作られていました。17世紀には、キリシタン大名の高山右近が日本で迫害を受けた後、マニラに逃れこの地で亡くなり、2017年にローマ教皇庁により殉教者として列福されています。また、同じく17世紀には、戦国大名である伊達政宗からスペインに派遣されローマ教皇にも謁見した支倉常長も、その途中でマニラを訪れています。19世紀半ばには、独立の英雄であるホセ・リサールが一時日本に滞在しており、彼が宿泊していたホテルの跡地近くにある東京の日比谷公園にはホセ・リサールの記念碑が建立されています。リサールは、フィリピンの国民的英雄であるとともに、日比両国の友好関係の先駆けとなった人物でもありました。また本年は、ミンダナオ島のダバオに日本人移民が入植して120年に当たります。戦前、難工事として知られ、多くの日本人移住者が犠牲を払って完成させたケノン道路があるルソン島北部のバギオとともに、ダバオには今でも日本の紙幣の原料に使われているアバカ(マニラ麻)の栽培等に従事する豊かな日本人コミュニティが築かれ、その数は2万人を超えたとも言われています。その子孫は、今日に至るまで日本との強い絆を維持しています。

 日本とフィリピンの間には、困難な時代もありましたが、今や両国は「特別な友情の絆」と言える強固な関係を構築するに至りました。

(フィリピン人の寛容の精神)

 両国間の歩みを振り返るとき、我々日本人は、日本が第二次大戦中にフィリピンで引き起こしたことを決して忘れません。そして、リサールと同じく日比谷公園に建立されたエルピディオ・キリノ大統領の記念碑を見る度に、今から70年前にキリノ大統領が、将来の両国関係を見据えて日本人戦犯の恩赦を決断したことをはじめ、戦後の両国関係がフィリピンの人々の寛容の精神に支えられてきたことを、心に刻んでまいります。

 2011年の東日本大震災に際しても、フィリピンが緊急援助物資の供与や医療支援チームを派遣し、また、日・フィリピン経済連携協定(EPA)に基づく介護福祉士候補者達がお年寄りを見捨てることはできないと被災地に残って献身的な介護を続けてくれたことを我々日本人は決して忘れません。直近のイスラエルに対するテロ攻撃に際しても、介護している患者のために献身的に現地に留まり亡くなられたアンジェリン・アギレさんはじめフィリピン人犠牲者の方々に心から哀悼の意を捧げます。また、冬のないマニラを暖かく照らし続け、フィリピン国旗の輝く太陽のように、これらのエピソードに代表されるフィリピンの人々の温かな人間性と崇高な寛容の精神を称(たた)えたいと思います。

(日本の支援)

 同時に、日本もフィリピンの皆さんの期待に力の限り応えてきました。1960年代からの政府開発援助(ODA)を通じて、日本はフィリピンに重点的に支援を継続してきました。日本のODAで行われてきたパッシグ・マリキナ川河川改修事業は、フィリピンの政治、経済、文化の中心地であるマニラ首都圏の多くの市民の命と財産を、洪水の被害から守るとともに、フィリピンの誇りでもあるマラカニアン大統領宮殿や世界遺産を含むイントラムロスをも守ってきました。また、現在進行中のマニラ首都圏地下鉄や南北通勤鉄道、ダバオバイパスの建設は、渋滞の解消はじめ市民生活の改善と経済発展に大きな役割を果たすことでしょう。今後も日本がフィリピンを支援していく決意の表れとして、本年2月、日本は官民を挙げて来年3月までに6,000億円の支援を実施すると表明しました。これは、マルコス政権の「ビルド・ベター・モア」政策を含むフィリピンの経済開発計画を支えることとなると確信しています。

 日本とフィリピンは共に、台風、地震などの多くの自然災害に苦しめられてきました。2013年11月に発生した台風ヨランダに際し、私は外務大臣として速やかにフィリピンへの支援を決定し、緊急援助隊の派遣、緊急支援物資の供与を行い、さらには復興支援プロジェクトを実施しました。本年3月にミンドロ島沖で転覆・沈没した小型タンカー「プリンセス・エンプレス」からの油流出事故に際しても、日本から油防除の助言を行う国際緊急援助隊・専門家チームを派遣しました。これからも日本は災害時においてもフィリピンを全力で支援してまいります。

 フィリピンの安定と発展に不可欠なミンダナオ和平に関しても、故緒方貞子元国連難民高等弁務官(元JICA(国際協力機構)理事長)はじめ多くの日本人がミンダナオ和平プロセスの困難な道のりにおいて、その推進に尽力してきました。2008年に現地で武力衝突が激化した際、日本が現場での支援を継続したのも緒方理事長による強い決意によるものでした。ミンダナオ和平プロセスの推進こそ、相互に信頼し合える「特別な友情の絆」で結ばれた両国だからこそなし得る重要分野ではないでしょうか。本年、和平合意への道筋におけるマイルストーンとなった成田会談にも携わった、かつてのフィリピン政府交渉団員、ミリアム・コロネル・フェレール氏がラモン・マグサイサイ賞を受賞されたことに祝意を表します。ミンダナオ和平プロセスの大きな節目となる2025年のバンサモロ議会選挙を控え、日本政府は、引き続き、戦闘員の退役・武装解除や私有の小型武器・軽兵器の管理削減、バンサモロ暫定自治政府の能力向上等、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)との間の出口合意に向けた支援に注力してまいります。

(共通の課題への対処)

 私が「特別な友情の絆」と聞いて思い出すのは、本年4月に亡くなられたアルバート・デル・ロサリオ元外務大臣のことです。南シナ海仲裁裁判を主導した同外務大臣とは、2013年1月に最初にお会いして以来、何度も会談を重ね、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、法の支配に基づく海洋秩序の強化を共に目指してきました。地域の平和と安定に対するデル・ロサリオ大臣の多大な貢献に改めて敬意を表します。現在では、従来の二国間での安全保障協力に加え、米国や豪州も交えた3か国、4か国の間でも協力が拡大しています。フィリピン沿岸警備隊の能力強化も順調に進展しており、本年6月には日・米・フィリピンの海上法執行機関が初の合同訓練を実施しました。また、本年8月には護衛艦「いずも」及び「さみだれ」がフィリピンを訪問し、日米豪比の4か国の海上自衛隊及び海軍による共同訓練を行いました。さらに日本は、政府安全保障能力強化支援(OSA)を通じた協力を進めてまいります。日本とフィリピンは、これからも他の同志国と共に、自由で開かれ、法の支配によって支えられた海洋秩序を擁護してまいります。

 経済面でも、現在フィリピン全土に1400社以上もの日系企業が進出し、またフィリピンにとって日本は、直近10年間で輸出第1位、輸入第2位の主要な貿易相手国です。さらに、過去数十年、日本はフィリピンにとってトップレベルの投資国の一つであり続けてきました。若く力強いフィリピン経済と、技術力・資本力を有した日本企業は、正にウィン・ウィンの関係にあり、日本は、経済活動を通じても、フィリピンの方々の生活向上と発展に、今後とも大きく貢献できると考えます。

 折しも、日本企業がアジアでのサプライチェーン強化を模索するにあたり、フィリピンは有力な候補地の一つです。経済関係の深化がめざましい両国が今後とも対等なパートナーとして共に成長していくためにも、フィリピンが魅力的な投資環境を引き続き整備していくことを強く期待します。

(更なる両国関係の発展と相互理解に向けて)

 今やかつてないほど強固になった日本とフィリピンの戦略的パートナーシップですが、両国関係の更なる発展を見据えて、「特別な友情の絆」を深めていくために、やはり鍵を握るのは人的交流を通じた相互理解です。

 未来を担う若い世代の友情を育む上で留学、語学研修や文化・スポーツ交流はじめ人的交流の推進が重要であることは論を俟(ま)ちません。

 当地において指導的な立場を担うとともに日本への理解の深いフィリピン人を多く輩出してきた国費留学生制度に加え、近年では日本で英語の指導に当たるフィリピン人を受け入れるためのJETプログラム(The Japan Exchange and Teaching Programme)も人気が高まっています。本年、日本・フィリピン・インドネシアの共催によって開催されたFIBA(国際バスケット連盟)バスケットボール・ワールドカップ2023の成功に祝意を表します。日本とフィリピンの間でのスポーツ交流も進展しており、東京オリンピックで金メダルを獲得したハイディリン・ディアス選手のチームも日本で強化合宿を行っているそうです。

 また、フィリピンにおいて訪日観光に熱い視線が注がれていることを嬉(うれ)しく思います。本年の訪日外国人旅行者数は、コロナ禍以前を上回る勢いで伸びていますが、特に、フィリピンからの訪日旅行者数は、本年7月、約51,700人でASEANの中で1位となりました。また、その伸び率も、対2019年度比36.9パーセントとASEANの中で最も高いものとなっています。

 これからも多くのフィリピンの皆様が実際に日本を訪れ、伝統文化や食、そしてポップカルチャーはじめ、日本の魅力を是非体験していただければ幸いです。

(終わりに)

 私は、今回のフィリピン訪問にあたり、日・フィリピン関係の発展に尽くしてこられた多くの先人たちの叡智(えいち)とたゆまぬ努力に深く敬意を表するとともに、フィリピン国民の温かい友情に心から感謝の意を表します。

 そして、「法の支配」に代表される「原則」や、民主主義、自由といった共通の価値観を共有する日・フィピン両国の関係を、マルコス大統領閣下とともに更に強固なものとすべく、安全保障、経済、人的交流のあらゆる分野において、フィリピンとの関係推進に全力を尽くしてまいります。共に「特別な友情の絆」を更なる高みに引き上げていこうではありませんか。