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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第49回自衛隊高級幹部会同 安倍内閣総理大臣訓示

[場所] 
[年月日] 2015年12月16日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、我が国の防衛の中枢を担う幹部諸君と一堂に会するにあたり、自衛隊の最高指揮官たる内閣総理大臣として、一言申し上げたいと思います。

 本年は、戦後70年の節目の年にあたります。

 戦後、我が国は、ひたすら平和国家の道を歩んできました。しかし、この平和は、ただ唱えるだけで実現したものではありません。時代の変化に対応しながら行動してきた、先人たちの弛まぬ努力の賜物であり、自衛隊の存在なくして、語ることはできません。

 先人たちは、変転する国際情勢の下、平和を守るために、そして、平和を愛するがゆえに、自衛隊を創設しました。

 さらには、日米安保条約の改定、PKO法の成立。そうした努力の上に、現在の私たちの平和がある。この節目の年にあたって、諸君たちと共に、その重みを噛みしめたいと思います。

 しかし、昨日までの平和は、明日からの平和を保証するものではありません。

 56年前の今日、12月16日。憲法の番人である最高裁判所は、判決の中で、このように述べました。

 「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」

 変転する国際情勢の下、「必要な自衛のための措置」とは何か。これを考え抜くのは、私たち政府の、最も重い責任であります。

 今を生きる私たちもまた、先人たちにならい、国際情勢の変化に目を凝らし、「必要な自衛のための措置」をしっかりと講じていかなければならない。私たちの子や孫に、平和な日本を引き渡すため、強固な基盤を築かなければなりません。

 そのことを考え抜いた末の結論が、「平和安全法制」であります。

 審議の過程においては、「自衛隊員のリスク」をめぐって、様々な議論がありました。

 しかし、諸君には、もどかしい思いがあったかもしれません。

 いかなる事態にあっても、国民を守り抜く。安全保障環境が厳しさを増す中にあって、「国民のリスク」を下げる。そのためにこそ、自ら進んで、リスクを引き受ける。それが、諸君たち自衛隊員の、気高き「志」であるからであります。

 「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえる」

 この宣誓の重さを、私は、最高指揮官として、常に、心に刻んでいます。

 自衛隊員に与えられる任務は、これまで同様、危険の伴うものです。しかし、その目的は、ただ一つ。すべては、国民の命と平和な暮らしを守り抜く。そのことに、変わりはありません。

 その強い使命感と責任感を持って、それぞれの現場で、隙のない備えに万全を期し、任務を全うしてほしい。

 そして、幹部諸君には、「現場」の隊員たちが、新たな任務を、安全を確保しながら適切に実施できるよう、あらゆる場面を想定して、周到に準備してもらいたい、と思います。

 安全保障をめぐる議論は、常に、国論を二分してきました。「戦争に巻き込まれる」といった無責任なレッテル貼りは、今回の平和安全法制に限らず、60年安保の時も、PKO法を制定した時も、行われてきました。

 しかし、時代は大きく様変わりしました。かつて行われた、「自衛隊の存在自体が憲法に違反する」といった批判は、今回、国民的には、まったく議論にならなかった。それは、諸君たち自衛隊が、国民から大きな信頼を勝ち得てきたからに、他なりません。

 御嶽山が噴火した時も、関東・東北豪雨による洪水被害の時も、そこには必ず、人命救助に向かう陸上自衛隊の姿がありました。1万2千㎞離れた交通の要衝アデン湾では、日本の海上自衛隊が、世界の船舶から頼りにされています。10年間で7倍にも増加した、国籍不明機による領空接近にも、24時間365日体制で日本の空を守る、航空自衛隊の諸君がいます。

 それらは、国民の目に、しっかりと焼き付いています。

 国内だけではありません。

 自衛隊が初めてPKOに参加したカンボジアのフンセン首相、2年前、台風による被災者の救援活動を行ったフィリピンのアキノ大統領。多くのリーダーたちが、世界の平和と安定のために汗を流す諸君たちを称賛し、その規律正しさに尊敬の念を抱き、そして、その能力の高さを大いに頼みにしています。

 こうした世界のリーダーたちから、平和安全法制は、高い評価を得ています。これも、諸君たちが、長年にわたって、世界に貢献してきた。その証であります。

 国民の信頼、そして世界の期待。

 それらを胸に深く刻みながら、新たな任務に当たってもらいたいと思います。さらに、その信頼と期待に一層応えられるよう、それぞれの持ち場において、常に、最善を尽くしてほしいと思います。

 私は、「現場」からの問題提起を歓迎します。

 「現場」が直面する様々な課題に、必ず答えを出していく。これは、最高指揮官たる私の、大きな責務であります。

 「現場」に立つ隊員一人ひとりと私とは、この場にいる諸君を通じて、結ばれている。私は、そのことを忘れたことはありません。なぜなら、私と「現場」との紐帯の強さこそが、我が国の安全に直結する。そう信じているからであります。

 私は、「現場」の情報を、何よりも重視しています。

 統合幕僚長を含む安全保障スタッフから、毎週、様々な情報や自衛隊の運用状況について報告を受けています。国家安全保障会議も、月に2回は開催し、様々な課題について議論し、判断を下しています。

 防衛省・自衛隊からもたらされる日々の動態情報、戦略情報は、各国との首脳会談を行う上で、そして、内閣総理大臣としてベストな意思決定を行う上で、欠かせないものとなっています。

 今や、諸君の日々の活動の一つひとつが、日本の国益に直結している。この事実を、改めて、諸君に認識してもらいたい。そして、このことを肝に銘じ、職務に一層邁進してもらいたいと思います。

 さらに、諸君には、世界を視野に入れて、ダイナミックに発想し、そして行動してもらいたい。

 私は、これまで既に63の国と地域を訪問してきましたが、首脳会談の際には、必ずと言っていいほど、防衛協力が大きな話題となります。キャパシティ・ビルディングや、装備・技術協力など、防衛省・自衛隊の有する高い能力による協力が求められています。

 諸君には、これを、大きく前に進めてほしい。こうした協力を進めていくことが、地域、ひいては世界の安定につながり、日本の安全を確かなものとする。私は、そう確信しています。

 各国の陸軍と陸上自衛隊、海軍と海上自衛隊、空軍と航空自衛隊といった、サービス・トゥ・サービスの間でも、戦術的な関係にとどまらず、地域や世界における平和と安定にいかに寄与していくか、戦略的な協力を進めてもらいたいと思います。

 いわば「戦略的な国際防衛協力」であります。

 自衛隊の国際貢献が、世界における高い評価を勝ち取れば、勝ち取るほど、自衛隊との防衛協力へのニーズも高まっていく。これは、必然の結果でもあります。

従来の発想にとらわれることなく、大胆に、戦略的な国際防衛協力を進めてほしい。そのことによって、私が地球儀を俯瞰する視点で展開する、戦略的な外交・安全保障政策の、一翼を担ってもらいたい。切に希望しています。

 国民の命と平和な暮らしを守る。

 この崇高なる任務に、「最終ゴール」などありません。国際社会は、私たちが望むと望まざると関わらず、激変を続けています。こうした時代の荒波を、しっかりと見定めながら、未知なる事態にも柔軟な発想力で立ち向かい、いかなる困難にもひるまない強い使命感を持って、不断に努力を続けてもらいたい。

 その中枢を担う幹部諸君には、大いに期待しています。

 最後に、2年前、この場で紹介した言葉を、もう一度述べて、この訓示を締めくくりたいと思います。

 「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。」

 フランスの哲学者アランの言葉です。

 道を切り拓くのは、いつの時代も、「意志」の力であります。どうか、強い「意志」を持って、それぞれの持ち場で、自衛隊の果たすべき役割を全うしてほしい。

 私と日本国民は、常に、諸君を始め全国25万人の自衛隊と共にあります。その自信と誇りを胸に、日本と世界の平和と安定のため、益々精励されることを切に望み、私の訓示といたします。

平成27年12月16日

内閣総理大臣 安倍晋三