データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)安倍内閣総理大臣の基調講演

[場所] 
[年月日] 2014年5月30日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

リー・シェンロン首相、ジョン・チップマン所長、ご列席のみなさま、

「アジアの平和と繁栄よ、永遠(とこしえ)なれ」。

本日は、そのため日本として何をなすべきか、どのように貢献すべきか、それを申し上げるためこの場に立っています。

ここに集うわたしたちには、共通の使命があります。

私たちの、生活の向上、経済的な繁栄を追求することです。アジア・太平洋、それからインド洋と広がるこの偉大な成長センターに、そしてそこに住まう人々に、持てる潜在力を、存分に花開かせることです。

次の世代に、もっとはるかに豊かで、一人ひとり、成長の果実に浴すことのできる舞台を築いて、引き継ぐことでなくてはなりません。

アジアとは、成長の代名詞、達成の別名です。

TPPは、アジア・太平洋の経済に、圧倒的なスケール・メリットをもたらすでしょう。

まるで2段目、3段目のロケットが加速度を増すように、TPPが点火する勢いは、やがて、アールセップ(RCEP)、エフタープ(FTAAP)と、自由で創造的な経済圏を拡大させながら、私たちを、一層の高みへはばたかせます。アジア・太平洋は、世界の経済を、力強く推進し続けるでしょう。

いま、私の経済政策は、アジア・太平洋地域との共存、win-winの関係をめざしながら、フル・スロットルで前進しています。

この広い、太平洋、インド洋のように、私たちの可能性は、どこまでも広がっています。私たちの子、孫の世代まで、その恩恵に浴せるよう、平和を、確固たるものにしなくてはなりません。安定を、もたらさなくてはならないのです。

そのために、すべての国が、国際法を遵守しなければなりません。

日本は、ASEAN各国の、海や、空の安全を保ち、航行の自由、飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し、支援を惜しみません。

アジアと世界の平和を確かなものとしていくうえで、日本は、これまでにも増した、積極的な役割を果たす覚悟があります。

日本の新しい旗、「積極的平和主義」について、ASEAN加盟国すべての指導者、米国や豪州、インドや英国、フランスといった盟邦、友邦諸国指導者の皆さまから、すでに明確で、熱意ある支持をいただいています。

日本は、法の支配のために。アジアは、法の支配のために。そして法の支配は、われわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ。

それが、本日、私が申し上げたいことです。

まず、私の情勢認識をお聞きください。

この地域は、わずか一世代のうちに、目覚ましい成長を遂げました。ただ、成長の果実のうち、割に合わないほど多くが、軍備の拡張、武器の取引に充てられている。これを私は残念に思います。大量破壊兵器の脅威があり、力による、現状変更の試みがある。不安定を生む要因は、確かに存在します。

しかし、悲観的になる必要などどこにもない。それが、私の考えです。

米国のバラク・オバマ大統領と私は先頃、日米同盟が、地域の平和と安全の礎であることを確かめ合いました。

大統領と私はまた、アジア・太平洋、さらには世界における平和と経済的な繁栄を推進するため、志を同じくするパートナーとの間で、3カ国間協力を強化していることを確かめ合いました。

豪州の、トニー・アボット首相が先月初め来日されたとき、まさしくこのこと、すなわち安全保障の面で、日米豪3国の協力を推し進めていくことを改めて確認しましたし、両国の戦略的パートナーシップを、新たな特別な関係に引き上げる意思を、内外に向け明らかにしました。

インドでは、このたびもまた公明な選挙によって、ナレンドラ・モディさんが首相になりました。モディ首相を東京にお迎えするときは、日本とインドの協力、あるいはそれに第三国を加えた協力が、太平洋、インド洋という「2つの海の交わり」を、平和に、より豊かにしていくことを確認できるに違いありません。

昨年私は、ASEANの10カ国をすべて訪問し、訪れた先々で意を強くしました。法の支配を重んじようとする点にかけて、共通の素地がある、航行の自由、飛行の自由を尊重する点でも、コンセンサスがあるのを教えられたからです。

実に私たちの地域では、ほとんどの国で、経済成長は、スピードこそ各国さまざまでも、着実に、思想や宗教の自由、統治体制に対するチェック・アンド・バランスをもたらしました。法の支配という、人権の基礎をなす大前提が、確実に浸透しました。

自由と、民主主義、それらを支える法の支配は、アジア・太平洋の、明るい長調の旋律を支える、ふくよかな通奏低音です。日々新たに、私はその響きに耳を傾けています。

以上、私の情勢認識を、皆さんと共有するためお話しました。

そのうえで、本日第1の要点、国際法を守るべきことを、申します。

海洋には、その秩序を定める国際法があります。歴史は古く、古代ギリシャの昔にさかのぼるといわれています。早くもローマ時代、海は、すべての人々に開放され、私的な所有や、分割が禁止されました。

いわゆる大航海時代以降、多くの人々が海を通じて出会い、海洋貿易が、世界を結びます。公海自由の原則が確立するに至り、海は、人類の繁栄の、礎となりました。

歴史を重ね、時として文字通り荒波に揉まれながら、海にかかわる多くの人々の、知恵と、実践の積み重ねがあって、共通のルールとして生み出されたものが、海に関する国際法です。

誰か特定の国や、集団がつくったものではありません。長い年月をかけ、人類の幸福と繁栄のためはぐくまれた、われわれ自身の叡智の産物なのです。

今日、私たちおのおのにとっての利益は、太平洋から、インド洋にかけての海を徹底してオープンなものとし、自由で、平和な場とするところにあります。

法の支配が貫徹する世界・人類の公共財として、われわれの海や、空を保ち続けるところ、そこにこそ、すべての者に共通する利益があります。

海における法の支配とは、具体的には何を意味するのか。長い歳月をかけ、われわれが国際法に宿した基本精神を3つの原則に置き直すと、実に常識的な話になります。

原則その1は、国家はなにごとか主張をなすとき、法にもとづいてなすべし、です。

原則その2は、主張を通したいからといって、力や、威圧を用いないこと。

そして原則その3が、紛争解決には、平和的収拾を徹底すべしということです。

繰り返しますと、国際法に照らして正しい主張をし、力や威圧に頼らず、紛争は、すべからく平和的解決を図れ、ということです。

当たり前のこと、人間社会の基本です。しかしその当たり前のことを、あえて強調しなくてはなりません。アジア・太平洋に生きるわれわれ、一人ひとり、この3原則を徹底遵守すべきだと、私は訴えます。

先日、インドネシアとフィリピンが平和裏に、両国間の排他的経済水域の境界画定に合意しました。法の支配が、まさに具現化した好例として、私は歓迎したいと思います。

また、南シナ海における紛争の解決を、まさに3原則にのっとり求めようとしているフィリピンの努力を、私の政府は強く支持します。ベトナムが、対話を通じて問題を解決しようとしていることを、同様に支持します。

既成事実を積み重ね、現状の変化を固定しようとする動きは、3原則の精神に反するものとして、強い非難の対象とならざるを得ません。

いまこそ、南シナ海の、すべての当事国が約束した2002年行動宣言、あのDOCの精神と規定に立ち返り、後戻りができなくなる変化や、物理的な変更を伴う一方的行動をとらないという、固い約束を交わすべき時ではないでしょうか。

平穏な海を取り戻すため、叡智を傾けるべきときはいま、です。

世界が待ち望んでいるのは、わたしたちの海と、その空が、ルールと、法と、確立した紛争手続きの支配する場となることです。

最も望まないものは、威圧と威嚇が、ルールと法にとってかわり、任意のとき、ところで、不測の事態が起きないかと、恐れなければならないことです。

南シナ海においては、ASEANと中国の間で、真に実効ある行動規範ができるよう、それも、速やかにできるよう、期待してやみません。

日本と中国の間には、2007年、私が総理を務めていたとき、当時の温家宝・中国首相との間で成立した合意があります。日中両国で不測の事態を防ぐため、海、空に、連絡メカニズムをつくるという約束でした。

残念ながら、これが、実地の運用に結びついていません。

私たちは、海上での、戦闘機や、艦船による危険な遭遇を歓迎しません。交わすべきは言葉です。テーブルについて、まずは微笑みのひとつなり交わし、話し合おうではありませんか。

両国間の合意を、実施に移すことが、地域全体の平和と安定につながる。私はそう確信しています。

それにつけても、EASに重きをもたせるときが来た。私はそう思います。

「ARF」は外相レベル、「ADMM+」は、国防大臣レベルの会議です。首脳たちが集まり、あるべき秩序を話し合う場として、EASに勝る舞台はありません。

軍備拡張の抑制、軍事予算の透明化、あるいは武器貿易条約の締結拡大や、国防当局間の、意思疎通の向上。首脳同士が互いにピア・プレッシャーを掛け合い、取り組んでいかねばならない課題には事欠きません。

地域の政治・安全保障を扱うプレミア・フォーラムとして、EASを一層充実させるべきである。そう、訴えます。

来年が、ちょうどEAS発足10周年です。まずは参加国代表からなるパーマネントな委員会をつくり、EASの活性化、さらには、EASとARF、ADMM+を重層的に機能させるため、ロードマップをこしらえてはどうでしょう。

まず話し合うべきは、ディスクロージャーの原則です。

陽の光にまさる、殺菌薬はなし、と、そう言うではありませんか。

アジアは今後とも、世界の繁栄をひっぱっていく主役です。そんな場所での軍拡は、元来不似合です。繁栄の果実は、更なる繁栄、人々の生活の向上にこそ再投資されるべきです。軍事予算を一歩、一歩公開し、クロスチェックしあえるような枠組こそ、EASの延長上に、私たちが目指すべき体制だと、そう信じます。

ASEAN各国の、海や、空の安全を保ち、航行の自由、飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し、日本は支援を惜しみません。では日本は何を、どう支援するのか。それが、次にお話すべきことです。

フィリピン沿岸警備隊に、新しい巡視艇を10隻提供することに致しました。インドネシアには、既に3隻、真新しい巡視艇を無償供与しました。ベトナムにも供与できるよう、必要な調査を進めています。

日本が実施する援助全般について言えることですが、ハード・アセットが日本から出て行くと、技能の伝授に、専門家がついていきます。そこで必ず、人と、人のつながりが強くなります。職務を遂行すること、それ自体への、誇りの意識が伝わります。

高い士気と、練度が育ち、厳しい訓練をともにすることで、永続的な友情が芽吹きます。

フィリピン、インドネシア、マレーシア3国だけで、沿岸警備のあり方について日本から学んだ経験のある人は、250人をゆうに上回っています。

2012年、ASEAN主要5カ国から海上法執行機関の幹部を日本へ招いたときは、1カ月の研修期間中、1人につき日本の海上保安官が3人つき、寝食をすべて共にしました。

「日本の場合、技術はもちろん、1人1人、士気の高さがすばらしい。持って帰りたいのは、この気風だ」と、マレーシアからの参加者は言ったそうです。私たちが本当に伝えたいことを、よくわかってくれたと思います。

ここシンガポールでも、8年前にできた地域協力協定(ReCAAP)に基づいて、各国のスタッフが、海賊許すまじと、日夜目を光らせています。事務局長はいま、日本人が務めています。

日本はこのほど、防衛装備について、どういう場合に他国へ移転できるか、新たな原則をつくりました。厳格な審査のもと、適正な管理が確保される場合、救難、輸送、警戒、監視、掃海など目的に応じ、日本の優れた防衛装備を、出していけることになりました。

国同士で、まずは約束を結んでからになります。ひとつひとつ厳格に審査し、管理に適正を図ることを心がけつつ進めていきます。

ODA、自衛隊による能力構築、防衛装備協力など、日本がもついろいろな支援メニューを組み合わせ、ASEAN諸国が海を守る能力を、シームレスに支援してまいります。

以上、お約束として、申し上げました。

最後の話題に移りましょう。

日本が掲げる、新しい旗についてのお話です。

もはや、どの国も、一国だけで平和を守れる時代ではありません。これは、世界の共通認識でしょう。さればこそ、集団的自衛権や、国連PKOを含む国際協力にかかわる法的基盤の、再構築を図る必要があるのではないか。そう思い私はいま、国内で検討を進めています。

いま、日本の自衛隊は、国連ミッションの旗の下、独立間もない南スーダンにいて、平和づくりに汗を流しています。

そこには、カンボジア、モンゴル、バングラデシュ、インド、ネパール、韓国、中国といった国々の、部隊が参加しています。国連の文民スタッフや、各国NGOの方々も、大勢います。南スーダンの国造りを助けるという点で、彼らは皆、仲間です。

ここでもし、自らを守るすべのない文民や、NGOの方々に、武装勢力が突然襲い掛かったとしましょう。いままでの、日本政府の考え方では、襲撃を受けているこれら文民の方々を、我が国自衛隊は、助けに行くことはできません。

今後とも、それでいいのか。われわれは現在、日本政府としての検討を進めるとともに、連立与党同士の協議を続けています。

国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の平和に力を尽くしたい、「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと、そう思うからです。

自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。これからの、幾世代、変わらず歩んでいきます。

この点、本日はお集まりのすべての皆さまに、一点、曇りもなくご理解をいただきたい。そう思います。

私はこの1年と半年ちかく、日本経済を、いまいちど、イノベーションがさきわい、力強く成長する経済に立て直そうと、粉骨砕身、努めてまいりました。

アベノミクスと、ひとはこれを呼び、経済政策として分類します。

私にとってそれは、経済政策をはるかに超えたミッションです。未来を担う、新しい日本人を育てる事業にほかなりません。

新しい日本人は、どんな日本人か。

昔ながらの良さを、ひとつとして失わない、日本人です。

貧困を憎み、勤労の喜びに普遍的価値があると信じる日本人は、アジアがまだ貧しさの代名詞であるかに言われていたころから、自分たちにできたことが、アジアの、ほかの国々で、同じようにできないはずはないと信じ、経済の建設に、孜々として協力を続けました。

新しい日本人は、こうした、無私・無欲の貢献を、おのがじし、喜びとする点で、父、祖父たちと、なんら変わるところはないでしょう。

変わるとすれば、日本が実施する支援や協力は、その対象、担い手とも、ますます女性になることでしょうか。

カンボジアで、民法をつくり、民事訴訟法をつくるお手伝いをした日本人が、3人の、いずれも若い女性裁判官、女性検事だったことを、ご記憶ください。

2011年8月のことでした。フィリピンの、ベニグノ・アキノ3世大統領と、ムラド・エブラヒムMILF議長とのトップ会談が、日本の、成田で実現し、本年3月には、とうとう、両者間に、包括和平の合意がなりました。

2年後には、いよいよ、バンサモロ自治政府が産声をあげます。そのため私たち日本の援助チームは、何に、いちばん力を入れているでしょうか。

女性たちに、生活の糧を稼ぐ実力をつけてもらうことが、そのひとつです。ミンダナオに、我が国は女性職業訓練所を建てました。銃声と怒号が消えたミンダナオに響くのは、彼女たちが動かすミシンの、軽快な機械音です。

新しい日本人とは、いままでと同じように、成長のエンジンが、結局のところ人間であり、ともすると不当に不利な立場に置かれてきた、女性たちであることを踏まえ、その、実力向上に、力を惜しまない人間です。

新しい日本人は、アジア・太平洋の繁栄を、自分のこととして喜び、日本を、地域の意欲ある若者にとって、希望の場所とすることに、価値と、生き甲斐を見出す日本人です。日本という国境にとらわれない、包容力ある自我をもつ、日本人です。

中国からは、毎年、何十人かの高校生がやってきて、北から南まで、日本列島に散らばって、まる1年、日本人の高校生と、生活や、学習を共にします。

彼ら、彼女らは、例外なく、日本人の友達と結んだ友情に感動し、ホストファミリーが注ぐ愛情に涙して、母国に帰ります。日本を、第二の故郷だと言って帰ります。

新しい日本人には、そんな、外国の人たちを慈愛深く迎える心を、いっそう大切にしてほしい。そう思います。

新しい日本人とは、最後に、この地域の平和と、秩序の安定を、自らの責任として、担う気構えがある日本人です。

人権や、自由の価値を共有する地域のパートナーたちと、一緒になって、アジア・太平洋の平和、秩序を担おうとする意欲の持ち主です。

そんな新しい日本人のための、新しいバナー、「積極的平和主義」とは、日本が、いままでより以上に、地域の同輩たち、志と、価値を共にするパートナーたちと、アジア・太平洋の平和と、安全、繁栄のため、努力と、労を惜しまないという、心意気の表現にほかなりません。

米国との同盟を基盤とし、ASEANとの連携を重んじながら、地域の安定、平和、繁栄を確固たるものとしていくため、日本は、骨身を惜しみません。

私たちの行く手には、平和と、繁栄の大道が、ひろびろと、広がっています。次の世代に対するわれわれの責任とは、この地域がもつ成長のポテンシャルを、存分に、花開かせることです。

日本は、法の支配のために。アジアは、法の支配のために。そして法の支配は、われわれすべてのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ。

有難うございました。