データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第66回国連総会における野田内閣総理大臣一般討論演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 2011年9月23日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

議長、

 御列席の皆様、

 ナスル議長の第66回国連総会議長への御就任をお祝い申し上げるとともに、ダイス前議長の御尽力に感謝いたします。また、潘基文事務総長が発揮しておられる指導力に深く敬意を表します。

 今年は日本にとって特別な年です。あの東日本大震災の発生から半年あまりが経ちました。死者・行方不明者数は2万人近くに及び、今も4万人近い方々が不便な避難生活を強いられています。私は、そうした絶望や困難の中にあって、日本人の気高き精神が示されたことを誇りに思います。それと同時に、世界の方々の日本を思う強い気持ちに心を揺さぶられずにはいられませんでした。忘れることができない、幾多のエピソードがあります。

 外国人看護師の候補者としてインドネシアから訪日され、宮城病院で研修中だった、リタ・ルトナニンティアスさん。彼女は、津波が襲来する直前に、入院患者120人を安全な場所に誘導し、電気も水もない中、数日間病院に泊まり込んで患者の世話を続けました。ブラジルでは、地方の小さな町の、恵まれない子供たちが、小銭を集めて、それを空き缶に詰めて、我々に届けてくれました。何故かと問われた子供たちの一人は、「ブラジルの友達である日本が苦しんでいるから」と答えたといわれています。

 ケニアの大学生は、震災で亡くなった日本人を追悼する集会をナイロビで開き、「日本人に届けたい」といって、日本人が大好きな歌、「上を向いて歩こう」を合唱してくれたそうです。

 こうしたエピソードは、幾千、幾万とあるうちの一部に過ぎません。震災の直後から、世界の方々は日本に友情と連帯を表明し、日本人を賞賛して下さいました。世界中から支援の手が差し伸べられたことに、日本国民を代表して、心から感謝申し上げます。この世界との絆を日本人は永遠に忘れません。

 3月11日以降、復興の槌音が東北一帯にこだましています。日本政府は、震災からの復旧・復興に全力で取り組んできました。東京の首都圏を含め、被災地以外ではほぼ震災前の日常が戻っています。津波にさらわれた東北地方沿岸のインフラや経済も立ち直りつつあります。傷んだサプライチェーンはほぼ完全に回復し、中小企業を含む日本企業が世界経済の成長を支えていることを痛感しました。

 東京電力福島第一原発の事故は、着実に収束に向かっています。目下、想定した工程の予定を早め、年内を目途に原子炉の冷温停止状態を達成するべく、全力を挙げています。被災地では、瓦礫処理や生活再建など、未だに課題は山積していますが、私たちはこれからも復旧・復興に最優先に取り組み、一日も早く日本の再生を実現します。

 議長、

 私は日本の新しいリーダーとして、この国連総会の場において、日本が願う世界の将来像と日本外交の理念を皆様と共有できることを大変光栄に思います。今、中東・北アフリカ情勢をはじめとして、世界は大きく変容しつつあります。そうした世界の流れを突き動かしているのは、一人ひとりの個人の「目覚め」です。私たちは、大震災の経験から、世界の人々との絆の重要性を再確認するとともに、一人ひとりの個人の果たす役割が、いかに社会にとって重要であるかを自らの肌で感じ取りました。「人間の安全保障」を推進する意義を、我が国がこれほどまでに痛切に感じたことはありません。そして私は、現在の世界が直面する困難を克服し、人類のより良い未来に貢献する高い志をもって、ここにおられるリーダーの皆様と手を携えながら、日本外交を展開します。

 議長、

 最初に、世界経済の成長への取組について申し上げます。

 日本は、これまでも途上国の「国づくり」や「人づくり」を通じて、豊かな社会の実現に協力してまいりました。日本は自らの体験として、経済成長を実現する原動力が、強力な中間層であることを熟知しています。厚みのある中間層を育てるためには、一人ひとりが能力を向上させ、その能力を遺憾なく発揮できるような社会基盤の形成が必要です。このような視点に立ち、日本は、引き続きODAを積極的に活用し、発展途上国支援に取り組んでまいります。

 現下の世界の経済不安や金融不安が、国際社会の成長に向けた取組を阻害することは避けなければなりません。混乱から調和へ、世界各国が協力していくことが重要です。私も、日本の新しいリーダーとして、そのために全力を尽くします。

 財政健全化と経済成長の両立こそ、今や世界の最重要課題です。日本も、財政健全化目標の達成に向けて、着実に取組を進めます。同時に、日本経済の再生が世界経済の立て直しに直結しているとの認識の下、本格的な震災からの復興に向け、産業基盤の強化、雇用対策やエネルギー制約への対応などに取り組みます。また、中長期的な日本経済の再生のために、日本経済と世界の経済との連携を更に強化してまいります。通貨の急激な変動により貿易が阻害されないことも重要です。

 さらに、日本の経済成長を持続的なものにしていくために、低炭素社会の実現、グリーン経済への移行を推進致します。このための鍵を握るのが、再生可能エネルギー、省エネルギー、化石燃料のグリーン化などの分野での技術革新、いわゆるグリーン・イノベーションです。日本の中長期的エネルギー構成のあり方について、来年の夏を目途に新しい戦略と計画を打ち出し、大胆なエネルギーシフトを目指します。

 エネルギー効率の高い住宅や家電、電気自動車などに代表される、日本の優れた安全で安心、そして環境に優しい技術に更に磨きをかけ、リオ+20などの議論を通じて、世界経済の成長とより良い未来のために有益な貢献を果たします。

 議長、

 日本は、安全な、より良い未来のため全力で取り組みます。今回、東北地方を襲った津波は潮位から数えて40メートルという、国内観測史上最大の高さに達しました。私たちは、万全の予防が必要だということを学びました。こうした日本だからこそ、できる貢献があります。

 防災分野における国際協力の拡大がその筆頭です。日本には自然災害と闘い、それを克服してきた長い歴史があります。また、これまでもスマトラ、中国四川、ハイチ、ニュージーランドなどの災害に際し積極的に支援してきました。自然と共生してきた日本の英知と技術を世界と共有するための第一歩として、来年に国際会議を被災地の東北で開催し、自然災害に関する国際協力を進めます。そして、その成果を踏まえ、2015年の第3回国連防災世界会議を日本に招致し、災害に強い社会の構築を目指して、国際社会で主導的な役割を果たしてまいります。

 次に、原子力安全分野における知見と経験の共有です。昨日、事務総長のイニシアティブにより、ハイレベル会合が開催されたことを歓迎します。原発事故を受け、日本においても、緊急的に行うべき安全対策の実施や更なる規制体制の強化を進めています。この会合で、私は事故への対応から得た経験を決して無駄にせず、国際的な原子力発電の安全性の強化に向け積極的な貢献を果たす決意を表明致しました。来年には、IAEAとともに国際会議を開催し、事故の総点検の結果を国際社会とすべて包み隠さず共有し、原子力安全の水準を高めるための国際社会の様々な取組に貢献してまいります。残念ながら、一部諸国において、依然として、日本からの輸入に対して過剰な規制が見受けられます。今後とも日本は透明性をもって迅速かつ正確な情報提供を行ってまいります。各国におかれては、科学的見地に基づいた的確なご判断を頂きますよう改めてお願いいたします。

 議長、

 世界は更に、様々な脅威に直面しています。重要なことは、これら脅威への対処と同時に、その根本原因を解決することです。日本は、平和でより良い未来のために、それらの両面の課題に挑戦を続けます。

 ソマリア沖での海賊問題については、日本は護衛艦2隻と哨戒機2機を常時派遣するなど、引き続き積極的に貢献します。

 テロの根絶と、テロの源泉の撲滅にも、一層の貢献に努めます。アメリカでの同時多発テロが発生してから本年で10年を経ましたが、その悲しみは未だ癒えることがありません。また、アフガニスタンにおけるラバニ和平高等評議会議長の逝去の報に接し、ここに謹んで哀悼の意を表します。このようなテロ行為は決して許されるものではなく、日本は、これを断固として非難します。日本としても、アフガニスタンを再びテロの温床としないため、強い覚悟で臨みます。日本は「治安」、「元兵士の再統合」、「開発」を柱として、2009年から概ね5年間で最大約50億ドル程度の支援を約束しており、そのコミットメントを着実に実施します。

 また、紛争が再発しがちな脆弱な国々には、国連PKOが派遣されています。これへの積極的な参加を通じて、平和構築に取り組みます。そのための環境整備をさらに進める必要があります。

 さらに、「核兵器のない世界」という「理想」の実現に向けて、「軍縮・不拡散イニシアティブ」の取組などを通じ、全力を尽くします。

 北朝鮮の核及びミサイルの問題は、国際社会全体にとっての脅威であり、その解決に向けた北朝鮮の具体的な行動を引き続き求めます。特に、拉致問題は、基本的な人権の侵害という普遍的な問題であり、国際社会全体にとっての重大な関心事項です。日本は、各国との連携も強化しながら、すべての被害者の一日も早い帰国に向けて全力を尽くします。日朝関係については、日朝平壌宣言に則って、諸懸案の解決を図り、不幸な過去を清算して、国交正常化を追求していきます。これに向けた対話を行うため、北朝鮮の前向きな対応を求めます。

 議長、

 国連の役割は、これまで以上に重要になっています。こうした諸課題に対し、国連がより有効な手立てをとれるよう、日本は、国連の実効性と効率性を更に高め、その機能を強化するための支援を続けます。

 国連強化のためには、安保理の改革が不可欠です。停滞している改革作業を加速させなければなりません。全ての加盟国は、「この改革が国連の信頼性に関わる問題である」との危機感を持って、改革に積極的に取り組むべきであります。日本は今会期において、志を同じくする国々とともに、改革の実現に向けた真の交渉を開始させ、具体的成果を得ることを目指します。

 議長、

 ここまで述べてきたとおり、日本は震災から復活し、ここにおられるリーダーの皆様と共に、平和で安全な、より良い未来の構築に挑戦してまいります。そのため、「ミレニアム開発目標」については、保健・教育分野への貢献を引き続き重点的に行います。また、2013年に「第5回アフリカ開発会議」を開催し、アフリカの発展に貢献致します。気候変動分野では、途上国支援につき、来年までのコミットメントを履行し、2013年以降も継続的に支援致します。

 議長、

 私は、本日この場で、日本の新たなコミットメントを表明します。

 まず第一に、南スーダンの独立達成に祝意を表し、同国の国づくりと地域の平和の定着のために可能な限りの支援を行っていくことを表明します。国連の「南スーダン共和国ミッション」に対しては、日本の得意分野で是非とも貢献したいと考えます。その観点から、司令部要員を派遣する準備を進めています。また、国連の期待が高い自衛隊の施設部隊については、その派遣に関心を有しており、必要な現地調査を早急に行います。

 第二に、人道危機に対して、今後とも積極的な支援を行っていきます。喫緊の課題は、「アフリカの角」の子どもたちを直撃する干ばつ問題への対処です。この悲劇が少しでも和らぐよう、既に実施した約1億ドルの支援に加えて、更なる人道的な支援を行います。

 最後に、中東・北アフリカ地域に対する取組です。「アラブの春」と呼ばれる大変革を経験しているこの地域の改革・民主化努力を支援します。まず、この地域の雇用状況の改善や人材の育成を図るため、インフラ整備や産業育成に資する事業に対して、今後新たに総額約10億ドルの円借款を実施する方針です。また、本年秋のチュニジア及びエジプトで公正な選挙を実施するための支援を行います。新生リビアに対しては、日本が有する知見や技術を活用しながら、「国づくり」の支援を国際社会と共に進めます。また、貿易保険や融資などを通じた一層の貿易・投資促進を図ることによって、中東・北アフリカ諸国との経済交流を深めます。中東和平はこの地域の平和と安定の要です。日本としても、いわゆる「二国家解決」の実現のため、パレスチナ支援を含め積極的に取り組みます。

 議長、

 演説を締め括るにあたり、私が東日本大震災を通じて感じたことを一言申し上げます。3月11日以降、私は、危機の中で一人ひとりが秩序立って行動でき、皆で協力しあうことができる社会の素晴らしさを実感しました。また、被災地を時速270キロで走行していた東北新幹線は、一人の負傷者も出さず安全に緊急停車し、日本の高い技術力を証明しました。

 私は、危機の時代にこそ発揮される、日本人の潜在力を信じています。どのような困難にも負けない強靱な「人の力」と「技術の力」が、国際社会に対する日本の貢献の源泉になるはずであります。

 議長、

 御列席の皆様

 世界が直面する課題の解決に挑戦し、人類の未来を切り拓く大きな志を持とうではありませんか。私は、日本の新しいリーダーとして、皆さんと手を携えて、平和で繁栄した、より良い未来の実現のため、一歩一歩、前進していく決意です。

 日本人は、そして日本国は、いかなる困難も克服します。そして、人類のより良き未来のために、これからも貢献を続けます。

 そのことを改めて申し上げて、私の演説を終わらせていただきます。

 御清聴どうもありがとうございました。