データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第1回ワシントン核セキュリティ・サミットにおけるナショナル・ステートメント

[場所] ワシントン
[年月日] 2010年4月12日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1.総論

 我が国は、非核兵器国としての道を進むことが唯一の被爆国としての道義的責任であると考え、核軍縮を進め、核不拡散を強化し、核廃絶の先頭に立ってきた。 また、資源小国である我が国は、エネルギー安全保障の観点から、原子力の平和的利用を早期から実施してきている。現在我が国では54基の原発が稼働しており、電力の約3割は原発により賄われている。原子力の平和的利用を確保するため、我が国は、国際原子力機関(IAEA)との間で包括的保障措置及び追加議定書を締結し、その下での保障措置(Safeguards)の適用を受けてきているほか、高いレベルの核セキュリティ(Security)及び原子力安全(Safety)を維持する仕組みを整備して、いわゆる3Sを確保してきた。我が国は、原子力の平和的利用を、最高水準の透明性をもって行い、国際的な信頼を獲得してきた。

 2001年に米国で発生した同時多発テロ事件は、国際社会の脅威認識に大きな変化をもたらし、原子力の平和的利用との関係では、核物質の物理的防護を始めとする核セキュリティ措置がこれまで以上に一層重要となった。

 現在、「原子力ルネッサンス」の下、新たに約60ヵ国が原発新規導入を検討しているほか、核軍縮の将来的な進展に伴い、防護の対象となる核物質の量が飛躍的に増加することが見込まれている。核軍縮(核兵器解体)、原子力の平和的利用の双方を進める上でも、核セキュリティの確保が重要となる。かかる観点から、我が国は、「4年以内に脆弱な核物質の管理を徹底する」とのオバマ大統領のイニシアティブを強く支持し、更なる核セキュリティ強化に向けた我が国のコミットメントを確認する。

2.核テロの脅威

 米国同時多発テロ事件以降、国際社会によるテロ対策は、国際社会及び各国の取組等により一定の前進が得られた。他方で、世界ではテロ事件が多発していることも事実であり、更なるテロ発生の懸念は依然高いと言える。

 我が国は、1995年3月に、東京都心の地下鉄において、サリンによる無差別大量殺傷を目的としたオウム真理教による「地下鉄サリン事件」を経験した。この事件により、13名が命を落とし、約6300名が負傷した。

 オウム真理教が使用したサリンは、軍事的に見れば純度が低く、使い方も原始的なものであったとされる。それにもかかわらず、事件から15年を経た今も、多くの方が心身の痛みに苦しんでいる。

 核テロの脅威を評価することは容易ではないが、我々は、脅威が現実のものとなる前に、即ち、手遅れになる前に、その発生と被害を防止するために断固とした意思を持って果敢に行動しなければならない。テロの脅威について絶えず警鐘を鳴らすことが重要である。

 近年のテロリスト集団の活動はネットワーク化しており、核テロが発生した場合の甚大な影響にかんがみれば、核セキュリティの強化は、国際社会が一致して取り組むことが重要である。かかる観点から、今次サミットで47か国の首脳が結集した意義は大きく、極めてタイムリーな会合であると考える。

3.国内措置

(1) 基本的な考え方

 自国内の核物質について徹底した管理を確保することは、第一義的には各国家の責任である。とりわけ、核物質の管理等に係る責任の所在の明確化に加え、核物質及び原子力関連施設の防護のための法整備、核物質の計量管理及び防護の能力の確実な確保等、インフラ整備が必要である。また、核セキュリティに関する国際的進展や国内状況等を踏まえ、その実施状況について定期的に見直すことが重要である。さらに、「汚い爆弾(Dirty Bomb)」として使用され得る放射性物質についても、IAEAの行動規範等に基づき、適切に管理することが必要である。

 また、核物質の防護について、実際の運用を行うのは産業界を始めとした事業者であることにかんがみ、核セキュリティの重要性について、産業界を含む事業者の更なる関心と関与を確保することも重要である。

(2) 我が国が講じてきている措置

 上記の考え方に基づき、我が国は、核セキュリティ強化のために、特に2001年の米国同時多発テロ事件以降、主に以下の措置を講じてきている。

(イ) 原子力施設の警備体制の強化

 米国同時多発テロ事件以降、我が国は、原子力関係当局と治安当局の連携を強化し、すべての原子力発電所を含む主要な原子力施設について、武装した警察部隊及び海上保安庁の巡視船が24時間体制で警備している。また、化学・生物・放射線・核(CBRN)テロ対策等を目的とした訓練を実施してきている。

(ロ) 核物質防護体制の強化

 原子力施設における核物質防護対策を強化するため、2005年に、国際原子力機関(IAEA)の最新の核物質防護に関する勧告(INFCIRC/225/Rev.4)に沿って防護措置を取るべく、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」を改正した。この改正では、1)「設計基礎脅威(DBT: Design Basis Threat)」の策定、2)核物質防護検査の実施、3)事業者等への秘密保持義務等を導入している。この法律に基づき、国内の核物質に対し、施設に存在する核物質の種類、量に応じて適切に核物質防護のための措置を講じてきている。

(ハ) 核テロ防止条約の締結

 核テロ行為等を犯罪化した核テロ防止条約につき、我が国は、2005年9月の署名開放後直ちに署名した。その後、2007年5月には、同条約の適確な実施を確保するため、「放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律(放射線発散処罰法)」を新たに作成し、同年8月に同条約を締結した。

(ニ) テロ対策技術の開発

 空港における預け荷物の中の核物質や放射性物質を検知する技術開発を2007年に開始した。2010年度からは、より実用化を志向した核物質検知装置の開発も開始する予定である。

(ホ) 放射線源の管理の強化

 2009年10月、人の健康に重大な影響を及ぼす危険度の高い放射線源を対象に、放射線源の識別と所持の把握及び不法取引等の検知と抑止を目的とした「放射線源登録制度」を「放射線障害防止法」に導入するために文科省令を改正した。

(へ) 研究炉の低濃縮度化

 我が国は、一部の研究炉で使用されている高濃縮ウラン燃料を低濃縮ウラン燃料へと置き換えることは、核セキュリティ対策上有益であると考えている。かかる考えに基づき、米国と協力して、研究炉におけるウランの低濃縮度化を推進してきており、これまでのところ相当程度の進展が得られている。また、2008年12月には、米国の「地球規模脅威削減イニシアティブ」(GTRI)に協力して、京都大学の高濃縮ウランを米国に返還した。

(ト) 核物質・放射性物質の輸出管理強化

 核物質その他の放射性物質の輸出管理を強化するため、横浜港において、コンテナ内の放射性物質の検知を行う、メガポート・イニシアティブ(MI)のパイロット・プロジェクトを実施している。

4.国際措置

(1) 基本的な考え方

 核物質の管理に関する一義的責任は国家にあるが、核セキュリティ措置の導入、改善等に際し支援が必要な国に対しては、要請に応じて協力を行うことが重要である。

 核セキュリティの強化に向けて、これまで様々な面から重要な国際的取組が行われてきているが、今後はこれらを包括的に実施し、継続・強化していく必要がある。このためには、IAEAの協力を得つつ、重複を避け、調整を図りながら、特に以下の事項について国際協力を効果的かつ効率的に実施していくことが重要であると考える。

(イ) 国際的なルールの作成と普遍化

 第一に、核セキュリティに関連する国際条約、すなわち核物質防護条約及び核テロ防止条約の普遍化及びIAEAによる核セキュリティ・シリーズを始めとする文書の作成が重要である。このため、条約の締結及び履行のために必要な支援の要請及び提供が必要である。

(ロ) 人材育成を含むキャパシティ・ビルディングの強化

 第二に、核セキュリティ確保のための人材育成を含むキャパシティ・ビルディングのための国際協力が必要である。

(ハ) 専門家、実務者間のネットワークの構築

 第三に、核セキュリティの専門家や実務者間において、情報交換、知見・ベストプラクティス等の共有を行うための地域的なネットワークの構築は有益であると考える。この点については、2010年1月に我が国がIAEAとの共催により開催した「アジア諸国における核セキュリティ強化のための国際会議」においても、強調されている。

(ニ) 先進技術の開発

 最後に、核セキュリティの更なる強化に向けて、先進技術の開発のための国際協力も重要である点を強調したい。

(2) 我が国の取組

 上記の考え方に基づき、我が国は国際的な協力の下での核セキュリティの強化のために、以下の取組を行ってきている。

(イ) 国際規範の普遍化に向けた取組の実施

 アジア諸国を対象として、核物質防護条約及び核テロ防止条約を含むテロ関連条約の締結を促進するためのセミナーを2003年以降ほぼ毎年開催してきている。

(ロ) 安保理決議1540号の誠実な履行

 決議の履行促進のため、アジア地域を対象として、各種技術協力プログラムを通じ、輸出管理等を始め決議に関連する諸分野についてキャパシティ・ビルディング支援を行ってきている。また、我が国が開催するASTOP(Asian Senior-level Talks on Non-proliferation)やアジア輸出管理セミナー(Asian Export Control Seminar)の機会に、参加国に対し決議の履行促進を呼びかけてきている。

(ハ) 核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ(GI)へオリジナル・メンバーとして貢献

 我が国は、2006年にGIが開始された当初より、オリジナル・メンバーとしてこれに参加し、年次会合に毎年貢献してきている。また、セミナー等の機会を利用し、アジア諸国を中心に、各国に対しGIへの参加の呼びかけを実施してきている。

(ニ) アジア地域等におけるキャパシティ・ビルディングとネットワークの構築

 2006年に、核セキュリティをテーマとしたアジアにおける初めての国際会議である「アジア諸国における核セキュリティ強化のための国際会議」をIAEAとの共催により開催した。また、核セキュリティ・サミットに先立ち、本年1月には第2回会合を東京で実施した。

(3) 核セキュリティの強化に向けた日本の貢献

 上述のように、我が国は、国内、地域及びグローバルなレベルで核セキュリティの強化のために様々な取組を実施してきている。今次核セキュリティ・サミットに際し、我が国の地域的及びグローバルな核セキュリティ強化への更なるコミットメントとして、我が国は、以下のイニシアティブを表明する。

(イ) アジアの核セキュリティ強化のための総合支援センターの設置

 我が国は、特にアジア諸国を中心に核セキュリティ強化に尽力してきている。2010年1月の「アジア諸国における核セキュリティ強化のための国際会議」(18箇国より65名が参加)において採択された文書においては、核セキュリティ強化のための地域協力の重要性が強調され、また教育及び訓練を含むキャパシティ・ビルディングの強化が奨励されている。

 我が国は、核セキュリティ対策は長期に亘る持続的な実施が必要であるとの考えに基づき、同対策への支援を制度化し恒常的なものとするため、また、2010年1月の上記国際会議において表明された意見を受け、本年、アジア諸国を始めとする各国の核セキュリティ強化に貢献するためのセンター(「アジア核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(仮称)」)を日本原子力研究開発機構(JAEA)に設置する。

 人材育成、訓練等のキャパシティ・ビルディング分野における協力については、2009年11月の『「核兵器のない世界」に向けた日米首脳共同ステートメント』においても言及されており、我が国は、IAEAや原子力先進国である米国等とも連携しながら、このセンターを通じて、セミナー等の人材育成事業を行い、国際的な核セキュリティ向上に貢献していく。また、これらも含めて我が国の知見の普及を図り、核セキュリティ分野におけるアジア地域を中心とした人的ネットワーク構築にも貢献していく所存である。

(ロ) 核物質の測定、検知及び核鑑識に係る技術の開発

 核物質の測定、検知等は、原子力及び科学技術先進国である我が国が貢献すべき分野である。上述の日米首脳共同ステートメントに基づき、我が国は、この分野における日米協力を強化することとしている。今般、両国当局間において、核物質計量管理の高度化に資する測定技術や不正に取引及びテロ等で使用された核物質の起源(国・施設)の特定に資する核検知・核鑑識技術の開発の実施に関し、合意が得られたが、今後、3年後を目途により正確で厳格な核物質の検知・鑑識技術を確立し、これを国際社会と共有することにより、国際社会に対して一層貢献していく所存である。

(ハ) IAEA核セキュリティ事業への貢献

 IAEAは国際的な核セキュリティ強化の中心であり、我が国は、今後とも天野事務局長新体制下のIAEAに対する貢献を行っていく所存。かかる貢献として、我が国は、IAEAと協力したカザフスタンにおける核物質防護強化事業及びIAEAへの任意拠出として、計610万ドル(約6億円)の支援事業を実施することを検討するとともに、人的貢献としてIAEAに専門家を派遣することを予定している。

(ニ) WINS会合の本邦開催

 核セキュリティのベスト・プラクティスの共有等を目的として、「世界核セキュリティ協会(WINS)」が設立されている。我が国は、WINSのこれまでの貢献を高く評価しており、核セキュリティの重要性について産業界の認識の向上に貢献するため、本年中にWINSによる国際会議を日本で開催する。

5.IAEAの役割

(1) 基本的な考え方

 我が国は、1)規範作成、2)核セキュリティ実施状況についての包括的なレビューの実施、3)キャパビル・人材育成等の支援、などのIAEAによる核セキュリティ強化のための活動を支持する。

 IAEAは、グローバルな核セキュリティ強化において、重要かつ中心的な役割を果たしてきており、今後ともその活動を強化していくことが期待される。そのためには、必要な人材、財源等の確保が重要である。

(2) IAEAに対する我が国の貢献

 我が国は、IAEAの核物質防護に関する勧告(INFCIRC/225/Rev.5)を含む核セキュリティ・シリーズ基本文書の策定作業に積極的に参加し、IAEAにおける核セキュリティに係る規範作成に貢献してきている。またこれらの文書が発刊された後、必要に応じ自国の国内法令へ反映させていきたい。

 また、我が国は、IAEAと協力して、カザフスタン及びグルジアの旧ソ連諸国において、核セキュリティ強化及び核物質の計量管理や不法移転防止のための検知能力改善のための事業を実施してきている。近年は、特にアジア諸国に焦点を当て、ベトナム及びタイを中心に、核物質防護の強化や放射線検知能力向上のための事業を実施していく予定であり、今後ともアジア諸国における核セキュリティ強化のために、IAEAと協力して行く所存である。