データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] (財)日本国際問題研究所(JIIA)フォーラムにおける麻生内閣総理大臣外交政策演説「安全と繁栄を確保する日本外交」

[場所] 
[年月日] 2009年6月30日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 麻生太郎です。

 突然ですが、外交の目的とは一言で言えば何か。皆さんは、どう答えられますか。

 私は、「国家・国民の安全と繁栄の確保」であると思います。

 これは、自分勝手な理想を唱えることで達成できるものではありません。

 日本の安全・繁栄は、国際社会の安全・繁栄なくして実現できない。これが私の出発点です。特に、食糧・資源・エネルギーの供給や市場を、海外に大きく依存する日本は、このことを肝に銘じる必要があります。

 私は、昨年9月に総理大臣に就任しました。その直前の9月15日に、米国の大証券会社、リーマン・ブラザーズが経営破たんし、世界は、深刻な金融・経済危機へと突入しました。まさに、抽象論ではなく、具体的な方針と、行動が求められました。

 私は、11月のワシントンでのG20サミットにおいて、世界各国の首脳に対し、先進各国が協調してこの危機と戦うことを呼びかけました。すなわち、内向きとなることを戒め、むしろ、積極的に世界の金融・経済秩序を守り、事態をコントロールすることです。例えば、国際通貨基金(IMF)の資金基盤を強化するために、1,000億ドルの融資を、日本が表明しました。その後、各国の協力により、私の呼びかけが、実現に向かいつつあります。

 また、私が総理大臣に就任する前には、「麻生が総理になったら、中国や韓国との関係が悪化する」、と心配される向きもおられました。しかしながら、昨年12月には、初めての独立した形での日中韓首脳会議が実現しました。すでに中国の胡錦濤国家主席、温家宝総理とは、計8回。韓国のイ・ミョンバク大統領とも、一昨日を含め8回の首脳会談を行いました。両国首脳との関係は、戦後、最も緊密な状況にある、と思います。

 さて、安全で繁栄する世界を自ら創造していく。その実現に向け、積極的に行動することこそが、まさに日本自身の国益をもたらします。

 2006年11月、私は、外務大臣として、この日本国際問題研究所のセミナーでスピーチを行いました。そこで、日本外交の基礎である日米同盟の強化、そして近隣諸国との協力、に加える新機軸として、「自由と繁栄の弧」という構想を提唱しました。

 冷戦のくびきから解放され、新しい希望を持ち、未来を模索する国々。そうした若い国々の努力を、日本は支えていく。

 「経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と人々の幸福(しあわせ)がある」(Peace and Happiness through Economic Prosperity and Democracy)という、私のかねてよりの信念を実践している国々の「伴走ランナー」を、日本は務めていく。そう述べました。

 この信念は、日本が戦後一貫して歩んできた道、追求してきた道です。

 そして、日本外交の背骨となる考え方でもあります。

 そのスピーチから、2年半。世界は、北朝鮮などによる大量破壊兵器の脅威、頻発するテロ・海賊事件など、むしろ一層厳しい状況にあります。

さらに、金融・経済危機は、世界中の国々を困難な状況に陥れています。

 この厳しい国際情勢の下で、日本は何をし、また何をすべきか。具体的に、私の考え方を、お話しします。

[1.世界と日本の安全]

 まず、日本と世界の「安全」です。

 (1)北朝鮮

 我々の目の前には、深刻な問題があります。

 北朝鮮は、この春以降、ミサイル発射と二度目の「核実験」をたて続けに強行しました。明白な脅威です。

 全会一致で採択された国連安保理決議第1874号が、着実に実施されなければなりません。日本は、この強い決議の採択に向けて、安保理を牽引してきました。日本は、金融面や貨物検査を含め、この決議を実施するため、具体的な行動をとってまいります。

 そして、米国と韓国、さらに中国、ロシアとも緊密に連携し、北朝鮮に対して強い圧力をかけることが必要です。これ以上の挑発行為は、何の利益にもつながらないことを、示す必要があります。一方で、我々は、対話による解決の扉も閉ざしてはおりません。

 北朝鮮に対し、安保理決議を誠実かつ完全に実施し、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向けた、目に見える行動をとるよう、改めて求めます。

 この問題に端的に示されるように、日本の安全と繁栄は、日本一国では確保できません。まず、日米同盟の実効性を確保していくことが不可欠です。同盟関係は生きものであり、一篇の条約文書があることで、足りるものではありません。日米双方の不断の努力を通じ、日米安全保障体制を万全なものにしていくことが、常に必要です。

 同時に、日本の国益を主張し、関係諸国の協力を得ていく上で、日本自ら、目に見える形で、国際的な責任を果たしていかなければなりません。

 (2)海賊対策、テロ対策(アフガニスタン、パキスタン)

 最近、国際的な責任を果たす上で、日本は、一歩前進しました。海賊対処法の成立です。

 貿易立国の日本にとり、海上輸送の安全は、死活的に重要です。また、海賊行為への対処は、国際的な課題であり、多くの国が艦船を派遣しています。

 中東のアデン湾・ソマリア沖では、毎年約2,000隻の日本に関係した船舶が航行しています。これらの船の安全を確保し、国民の生命・財産を守るため、我が国も海上自衛隊の護衛艦と、P?3C哨戒機を派遣しています。今回の新法制定により、護衛を要請してくる船舶について、船籍にかかわらず、対処することが可能になりました。

 こうした我が国の取組について、海賊の脅威にさらされている船主(ふなぬし)の方々から、感謝の言葉を頂きました。また、先日、来日された、アロヨ・フィリピン大統領からも、温かい賛辞を頂きました。実は、日本の外航船舶の船員の7割以上は、フィリピンの方々です。

 海賊対策については、日本政府は、いわば根本治療のための治安や民生上の支援も、全力で行っています。

 第一は、ソマリアの安定化のための支援です。海賊がはびこっているソマリアの治安向上、雇用の創出、人道状況改善などです。ソマリアでは、20年近くも内戦や混乱が続き、人々は、想像がつかない程の、苦難に直面しています。

 第二は、ソマリアの周辺国のイエメンやオマーンの海上保安能力の強化です。既に日本は、両国の沿岸警備隊職員の研修を行っており、更なる支援を進めていきます。

 このように、海上自衛隊や海上保安庁による活動と、ソマリア及び周辺国に対する、治安・民生面の支援は、いわば、「車の両輪」です。

 テロとの闘いについても、同様に、「車の両輪」による取組を行っています。

 日本は、インド洋で、アフガニスタンのテロ対策の一環として、海上自衛隊による補給支援活動を行ってきました。これを継続するため、昨年12月、特別措置法を延長しました。海上自衛隊は、40度を超える灼熱の中で、地道に活動を続けています。隊員の最高度の補給技術は、補給を受けている他国の海軍から、「神の手」(God Hand)とまで言われています。隊員と、留守を守っておられる家族に、心からの感謝と敬意を表します。

 アフガニスタン情勢は、8月の大統領選挙を控え、これからが正念場です。

 これまで日本は、アフガニスタンで、

  500以上の学校の建設・修復、

  1万人の教師の育成、

  30万人の識字教育、

  のべ4000万人に対するワクチン供与、

  治安対策では、全警察官8万人の半年分の給与を支援、

 こうした実績を積んできました。

 今後も、治安・民生双方の分野で、これまで以上に力を入れていきます。

 アフガニスタンの問題は根深く、パキスタンや中央アジアを含む、より広範な地域の安定と、一体でとらえるべきものです。隣国パキスタンは、現在、過激主義との闘いの結果生じた、三百数十万人に上る国内避難民を抱えています。そのパキスタンを支援するため、私は、就任早々のオバマ大統領とも連携をとりながら、4月に東京で、支援国会合を開催しました。世界の主要国に協力を強く働きかけた結果、予想を上回る、50億ドルを越える国際的支援が約束されました。日本は議長国として、世界から高い評価を受けました。会合に出席したザルダリ大統領は、困難に立ち向かう断固とした決意を語り、日本国民への感謝を表明されました。パキスタンの支援に、日本は、引き続き、リーダーシップを取っていきます。

 (3)政府・与党の責任

 さて、これまで、政府・与党は、日本が進むべき方向を国民に訴え、日本の安全と繁栄を守ってきたと自負しております。

 イラク、インド洋、そしてソマリア沖への自衛隊の派遣。

 日本の防衛と極東の平和と安定の基盤である、日米同盟の強化。

 一方、残念なことに、民主党は、これらの国家としての重要な選択に、いずれも反対や異議を唱えられました。

 日本が果たしてきた役割は、いずれも必要なものばかりでした。それをどこか他の国にやってもらいたい、ということなのでしょうか。それでは、国際社会では受け入れられません。

 日米同盟に至っては、北朝鮮問題に直面する中、民主党幹部からは、第7艦隊だけで、米国の極東における存在は十分という、発言もありました。これは、日米安保体制を大幅に縮小し、米国が我が国に提供する抑止力を大きく減らすことを意味します。

 これでは、国家と国民を守ることは、到底、できません。

 日本の安全にとって、極めて重要な問題であり、あえて指摘させていただきます。

[2.日本と世界の繁栄]

 さて、次に、外交を通じて「繁栄」をどう確保するかについてです。

 (1)「平和と繁栄の回廊」

 ひとつの例をご紹介します。

 日本は、パレスチナで、象徴的なプロジェクトを進めています。題して「平和と繁栄の回廊」。単なる経済プロジェクトではありません。イスラエル、パレスチナ自治政府、ヨルダンと協力しながら、日本やイスラエルの技術で、ジェリコをはじめヨルダン川西岸を、緑の大地とする。そこでパレスチナ人が作る農産加工物を、ヨルダンを経て、湾岸の石油産出国などの消費地に輸出する。ともに汗をかき、当事者間の不信の壁を低くし、そして利益を分かち合う。日本のアイデアと技術、資金により、共同の「繁栄」をもたらすということです。中東和平の実現は、世界の外交上、もっとも困難な課題のひとつです。日本が、中東における希少な資源、すなわち「信頼」をもたらす仲介者となりたい。このような思いを込め、このプロジェクトを進めています。

 先週、「経済財政改革の基本方針 2009」を決定しました。そこでの最優先課題の一つとして、戦略的な国際貢献の加速を、掲げました。私の政策のキーワードは、「安心」、「活力」、「責任」です。これは、国際的にも、同様です。

 このパレスチナのプロジェクトのように、日本が、「安心」と「活力」をもたらすため、当事者とともに「責任」をもって事業を進めていく。このような国際協力で、世界と日本の繁栄を確かなものにしていきたいと思います。

 (2)「ユーラシア・クロスロード構想」+現代版「シルクロード構想」

 本日は、新しい構想をお話しします。

 「自由と繁栄の弧」の真ん中に位置し、豊かな資源・エネルギーを有する中央アジア・コーカサス地域に、皆様の注意を向けて頂きたいと思います。この地域を通り、ユーラシア大陸をタテ・ヨコ双方でつなげることに、日本は協力します。

 これを、「ユーラシア・クロスロード」構想と名付けます。

 タテの線は、「南北の物流路」、即ち、中央アジアからアフガニスタンを経てアラビア海に至るルートです。道路や鉄道の整備を想定しています。

 ヨコの線は、「東西回廊」です。中央アジアからコーカサスを経て欧州に至るルートです。カスピ海沿岸の港湾整備などを想定しています。

 こうした広域インフラの整備により、資源豊かな中央アジア・コーカサスと、経済的基盤を必要としているアフガニスタン、パキスタンを含む地域が一体となります。

 私は、これまで、インドのデリー・ムンバイ間産業大動脈構想、インドシナのメコン経済回廊といった、アジアの広域開発の話をして参りました。これらのプロジェクトによって、例えば、ベトナムのホーチミンからインドのチェンナイまで、今は海路で約2週間かかるものを、インフラの整備やワンストップ・サービスといった日本の技術を活用し、8日間に短縮することが可能になります。

 こうした一連の構想をつなげて、太平洋に始まり欧州に至るユーラシア大陸全体を貫き、ヒト・モノ・カネが自由に流れるルートを整備する。そんな未来も描けます。

 いわば、現代版シルクロードとも言え、本日は皆様と、そうした夢のある大きな構想を、共有させて頂きます。

 この地域で安定と繁栄が相乗効果をあげれば、世界経済を大きく押し上げることとなるでしょう。中国、インド、ロシアは、そのための重要なパートナーです。こうした構想に、これらの国々が関心を持つことを、歓迎します。

[3.世界への発信]

 さて、世界の「安全」と「繁栄」のため、日本が積極的に行動する、という、私の考えを述べましたが、そのために世界に発信するメッセージが必要です。

 (1)日本のソフト・パワーの発信(コンテンツ、日本人の価値観、日本語、日本人学校)

 私は、外交を進めるには、人と人とのつながりの中で、お互いの考え方や価値観を共有することが重要と考えます。信頼は、かけがえのない国際協力の基盤です。

 日本には、世界に誇れるソフトパワーが多くあります。

 アニメやマンガ等のコンテンツや、映画やファッションなどは、「クール・ジャパン」と言われ、世界的な評価が高まっています。折しも7月2日から、パリで、JAPAN EXPOが開催されます。10回目を数えるこのイベントに、日本のポップカルチャー・ファンの欧州内外の若者が、15万人も集結するというから、驚かれませんか。

 それだけではありません。日本のソフトパワーには、敗戦の焼け跡から復興し経済大国になった日本人の勤労倫理、例えば「納期」をあくまでも守る仕事のやり方、優れたモノ作りの技術など、幅広く多様なものがあります。

 これを世界に紹介し、各国の人造り、制度造りに協力することは、日本が得意とする貢献です。

 カンボジアでは、若い女性を含む日本の法律家が、大いに活躍しています。民法と民事訴訟法を、現地の方々との共同作業により、現地クメール語で、編さんする。裁判官や弁護士を育成するカンボジア人の教官をコーチする。そんな地道な活動が、もう何年も続いています。

 また、日本語も、ソフトパワーです。「クール・ジャパン」への関心を背景に、日本語の学習に興味を持つ外国の方々が増えています。ゲームの攻略本を読むために、日本語を始める若者たちもいます。

 現在、海外の日本語学習者は約300万人。この3年間で、230万人から3割増え、右肩上がりが続いています。東南アジアでは、英語でなく、日本語を主要外国語として、教育している大学が数多くあります。学習者の熱意に応えるべく、海外の日本語教育を一層充実していかねばなりません。

 海外の日本人学校も、地元の方々から熱い視線が注がれています。日本人の礼儀正しさ、勤勉さを学ばせたいので、日本人学校に地元の子供を入れて欲しいとの声が寄せられています。この期待に、何らかの形で応えたいと思います。

 (2)ODA強化

 平和国家であり、また経済大国である日本にとり、ODAは、外交上、最重要の手段、ツールです。二国間関係においても、国際機関に対しても、ODAを強化する必要があります。

 近年、ODA予算の減少傾向が続いていました。その結果、かつては世界第一位であった日本のODAは、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスに次ぐ、世界第5位になりました。これは、額だけの問題ではなく、日本の外交姿勢の問題です。私は、平成20年度、当初・補正予算をあわせ、この減少傾向を逆転させました。日本が、世界に約束した支援を確実に実施し、世界が直面する新たな課題に対応していくためにも、ODA事業量を、しっかりと確保します。

 (3)シンクタンク交流

 本日は、日本国際問題研究所のセミナーですが、シンクタンクを通じた知的交流も、重要な外交上のツールです。新しい国際基準やルール作りの過程では、世界に通ずるアイデアを、いち早く打ち出すことが、非常に重要です。産官学をあげて、日本の知力を結集し、新たな秩序造りの先頭に立って取り組むことが必要です。

 来年創立50周年を迎えられる日本国際問題研究所をはじめ、日本のシンクタンクには、今後も、日本外交のブレーンとして、頑張って頂きたいと思います。

[おわりに]

 外交は、「国家・国民の安全と繁栄」のためにある。言葉では一言です。しかし、これを実現することが、容易ならざることは、世界の歴史を見渡せば明らかです。

 しかし私は、日本外交の将来に、明るさを見出しています。

 それは、若い世代が、個人の力を発揮し、国際社会に貢献していく姿を、この目で見てきたからです。

 外務大臣時代、私は、平和構築を担う人材を育てるため、「寺子屋」を作ることを約束しました。この「寺子屋」、即ち人材育成事業は、これまで2年間で卒業生は約60名と、規模ではまだささやかです。しかし、広島に設けられたコースでは、日本人、そしてアジアからの参加者が学び、「平和構築のプロ」が巣立っています。

 彼らは、世界各地の平和構築の現場で、活躍し始めています。

 この研修に参加した東ティモール出身の女性は、日本の元自衛官が組織したNPOの一員として、ラオスにおける地雷除去支援事業で活躍しました。日本人と東ティモール人が、日本で学び、ラオスで平和構築のため一緒に汗をかく。すばらしいことだと思いませんか。

 私は、今後とも、この平和構築のプロ、英語で言うと、Peace Builderを育てる「寺子屋」事業を、平和国家「日本」の旗印にすべく、大いに盛り上げていきたいと思っています。そして、将来、国連難民高等弁務官を務められた緒方貞子JICA理事長や、スリランカ和平で活躍頂いている明石康政府代表のような方々が育てば、と夢を見ています。

 「みずからを助けざる者には、チャンスも力を貸さず。

 (Chance never helps those who do not help themselves.)」

 これは、古代ギリシャの著名な詩人、ソフォクレスの言葉です。自らを厳しく律し、研鑽を重ね、必要な行動を行う者にこそ、希望が訪れます。個人も、そして国家とて、同じことです。

 観念論ばかりで、具体論には反対と留保ばかりつける。そのような、外交・安全保障では、厳しい国際社会の現実には、太刀打ちできません。

 私は、この重要な局面において、引き続き、日本と国民の安全と繁栄を守り抜きます。

 その決意を申し上げ、本日のお話を締めくくらせて頂きます。

 ありがとうございました。