データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 麻生内閣総理大臣の欧州における政策スピーチ 「グローバルな課題を克服する日欧のパートナーシップ」

[場所] フンボルト大学ゼナーツ・ザール(ベルリン)
[年月日] 2009年5月5日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

カイテル・ドイツ産業連盟会長、

ナーゲル学長代行、

ボッセ・ベルリン日独センター事務総長、

ドイツ連邦議会議員の皆様、

ご列席の皆様、

 このフンボルト大学には、150年前に日本の指導者となるべき若者が、多く留学をいたしております。日本が、近代化の歩みを始めた時代の頃です。

 この由緒ある大学は、中欧の中心ベルリンにあって、そして時代の変遷を見つめてきております。戦争と平和、そして欧州の分断と統合。「壁」は、ちょうど20年前に、崩壊をしております。

 東西冷戦終結後、グローバル化した世界は、今、「百年に一度」とも言われる金融・経済危機を始め、大変難しい挑戦を受けております。歴史の荒波の次にあるものを見つめ続けた、この場所でお話する機会をいただきましたことは、大変光栄であって、これを設営していただきました皆様方に心から厚く感謝御礼を申し上げます。

 さて私は、今、世界では少なくとも、四つの大きな挑戦を受けていると思っております。(1)金融・経済危機、(2)気候変動、(3)テロとの闘い、そして、(4)核軍縮と大量破壊兵器の不拡散です。日本人に訊きましても、欧州の方々に伺っても、まず間違いなく、今申し上げたような四つの問題を、最重要の課題とお答えになると存じます。

 偶然ではありません。ユーラシア大陸の東端に立つ日本と、西の端に立っております欧州、人々は、同じグローバルな波にさらされているということだと存じます。日本と欧州は、グローバルな問題に取り組む、「能力と責任感」というものを有していると存じます。この荒波を乗り越えていくためには、日本と欧州のパートナーシップというものが、是非必要なんだと思っております。本日は、その挑戦に立ち向かう日・ヨーロッパの取組に触れて、本来これから未来に向けたパートナーシップの拡がりを、描いてみたいと思います。

(金融・経済危機)

 まず第一の挑戦、現下の金融・経済危機の話であります。

 今回この危機の対応として、

 (1)まず、金融市場対策として、銀行システム、金融決済システムの維持のために、流動性の供給確保、そして金融機関への資本の注入、そして不良債権処理などを行うことが第一、

 (2)二つ目、それが終わりました次は、大規模な財政出動を通じて、景気を刺激すること、

 (3)そして先ほど会長がふれられましたように、1929年に起こりました世界の大恐慌の経験を踏まえ、決して保護主義に陥らない、保護主義に対抗すること、

 この三つが、ワシントン、ロンドンのG20サミットにおけます一致した意見であろうと存じます。

 90年代、正確には1992年以降、日本は名目金利は0%であっても、民間企業は市場で資金を借りない、簡単に言えば、市中に資金の借り手がいないという状況を経験しました。企業は、簡単に言えば、投資をして利益を増やすより、借金の返済、債務を最小化して企業の財務内容を良くする事を優先したため、投資はまったく増えませんでした金利がゼロでも企業は金を借りて設備投資をしないという状況が出現したわけです。銀行には巨大な返済資金がたまりました。そのため、政府が債務の形で資金を調達し、大規模な財政出動をすること以外、景気回復の処方箋はありませんでした。

 その間日本では土地を含めて、資産価格が80?85%暴落をしたのですが、政府の財政出動のおかげで日本のGDP約5兆ドル(500兆円)がそのまま維持されたのが日本の歴史です。日本はその教訓を活かして、今回の危機に対応するにあたって、財政の持続可能性というものに配慮しつつ、これまでに総額約1,200億ドルの財政出動を行っております。さらに、新たに約1,500億ドルの財政出動をいま実施に移そうといたしております。この新しい対策だけでGDP比約3%になります。一方、欧州も、経済回復プランを発動しておられます。今後とも、日欧は、意思疎通を蜜にして、適切なマクロ経済政策の運営をしていく必要があろうと思います。

 また世界的には、途上国や新興国といった中小国の、より脆弱な経済への支援が必要となってきていると思います。私は、昨年11月のワシントンD.C.でのG20サミットにおいて、IMFへの最大1,000億ドルの融資を表明し、各国にも同様の貢献を訴えました。EUは、これに呼応して、4月のロンドン・サミット直前に、1,000億ドルの融資を表明しておられます。日欧双方の努力が、IMFの資金基盤強化の道筋をつけ、これがひいては中小・新興国への経済、なかんずく資金の流動性支援になると思っております。

(「自由と繁栄の弧」と欧州)

 私は、二年前、外務大臣しておりました時に、日本の外交方針として打ち出したことがあります。それは市場経済や、自由とか民主主義といった基本的な価値観を志向する、ユーラシアの国々を支援していく、「自由と繁栄の弧」という構想です。「経済的繁栄と民主主義を希求する先に、人々の平和と幸福がある」というのが、その基本的な概念です。Peace and Happiness through Economic Prosperity and Democracy.この構想に基づいて、日本は、改革に取り組む国々に協力と支援を行っているところです。

 例えばこのヨーロッパでは、グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバから成ります、いわゆる「GUAM」と言う国々とは、投資、観光、そして貿易の促進を通じた、社会と経済の底上げというものを支援しております。また、スロバキア、チェコ、ポーランド、ハンガリー、「V4」(ヴィシェグラード・フォー)言われる国々に対しては、開発援助国としての役割を果たそうといたしております。日本は、これらの国々と、これまでの援助国としての、知見というものをの共有しております。経済的に苦しい時期にある今こそ、私はこのような協力、支援を強化していかなければならないと考えております。

(気候変動)

 さて次に、気候変動に話を移させていただきます。

 京都議定書」というものの弱点は、はっきりしております。世界全体の排出量の30%しかカバーしていないという点です。ポスト京都の枠組みに、すべての排出国、なかんずく主要排出国を取り込むことが、日欧の共通の大目標だろうと存じます。現下の経済危機の中でも、気候変動問題への取組を緩めてはならないと考えております。過去1年間、エネルギー需給の逼迫があり、更に経済危機が訪れております。我々が得た教訓というものは、「環境対応」「経済成長」「エネルギー安全保障」の三つをうまくバランスさせなければならない、ということだと思います。

 新たな枠組みは、気候変動問題に資する、十分な高い野心というものを有するとともに、経済成長、エネルギーの安全保障とバランスの取れたものでならなければならない、そして、各国の責任と能力に相応しい、公平な目標を掲げたものでなければならないとも考えております。各国は、単に野心の高さを競い合うような「美人コンテスト」みたいなものに陥るのでなくて、野心の高さとバランス、そして目標の公平さの接点を探る真剣な話し合いを、日本とヨーロッパでリードしていきたいと思っております。

 私は、適切な政策が講じられれば、間違いなく環境への配慮が経済成長の足かせになるとは思っておりません。厳しい経済情勢の中、良い環境というものの追求は、むしろ経済成長への好機になり得ると思っております。日本は1973年石油危機と言われたとき、1バレル2ドルだった石油が1年間で6ドル、3倍に跳ね上がった時に、その石油資源のほとんどを輸入に頼っております日本は、経済的には終わるはずだったのですが、我々は省エネ技術を開発して経済競争の中で生き残る事に成功しております。鍵は、技術革新と思っています。今回も同様だろうと思っております。日本は、技術と創意で人々の生活を一変させる「低炭素革命」をリードする覚悟です。「クールアース・パートナーシップ」に基づいて、排出削減と経済成長の両立を目指す途上国に対して、日本の環境技術などを活用して支援をしていかなければならないと思っております。共に環境を柱として、成長を世界に拡げる低炭素社会というものを実行でき得る力と技術力、そういった意欲を持っているドイツというものに、我々は大いに期待をしているところでもあります。

(テロとの闘い)

 三つめの挑戦は、テロとの闘いです。

 日本も欧州も、アフガニスタンの復興という歴史的な課題に力を注いでおります。私は、ドイツを含め多くの欧州の国々が、尊い犠牲を払いながら部隊の派遣を継続していることに対して、心から敬意を表するものであります。日本は、これまで、(1)アフガニスタンに対し500以上の学校を建築、もしくは修復し、(2)1万人の学校の先生を養成し、(3)そして、30万人の人々の識字教育を行い、(4)そして、のべ4,000万人に対するワクチンの供与等を行ってきました。

 また、8月に予定されている同国(アフガニスタン)の総選挙に向けて治安対策に万全を期すために、警察官8万人の半年分の給料を支給します。軍隊ではありません、警察官の給料の支給をやります。

 アフガニスタンは今、総選挙を迎えてまさに正念場に立っていると思います。アフガニスタンの再生の政治的な道筋は、2001年、このドイツで開かれたボン会合で決定されました。その数か月後、日本は東京で支援国会合を開催し、そこでアフガニスタンへの国際的な経済的支援の枠組みが決定されております。

 この日欧のパートナーシップは、今でも現場で生きていると存じます。アフガニスタンの各地方では、復興と治安改善を回復するためにNATOの地方復興チーム(PRT)が活躍をしておられます。日本は、ドイツをはじめ欧州各国が主導するPRTと協力をしております。日本は、リトアニアが主導するPRTに人を派遣をいたしております。インド洋では、日本の海上自衛隊が油や水の補給支援活動を行い、ドイツ、フランス、イギリスなどの欧州各国の艦船による対テロ海上阻止活動というものを支えております。

 アフガニスタンの問題というものは、アフガニスタンだけで解決するものではないと思います。アフガニスタン、イラン、中央アジアを含むより広範な地域の安定と、切り離して考えることはできないと思っております。イランとの協力は極めて重要と存じます。アフガニスタンと国境を接し、200万人のアフガニスタン避難民がイランに亡命しております。3日前、日本の中曽根外務大臣はイランに訪問し、アフマディネジャード大統領、モッタキ外務大臣と会談して、同国のアフガニスタンの安定に向けた取り組みというものも協議をさせたところです。

 日本はまた、4月17日に、パキスタンのザルダリ大統領を日本に招いて、パキスタンを支援するために国際会議を東京で開きました。パキスタンはアフガニスタンの東側の隣国であります。このパキスタンの安定、治安の回復というものは、これはアフガニスタンの平和回復に極めて密接な関係があります。パキスタンの安定はアフガニスタンの安定につながる、あの地域を考える時にこの観点は忘れられないと思います。幸いにしてザルダリ大統領、爆殺されましたブット元大統領候補の御真意ということになりますが、テロ対策、経済対策へ強い決意を示し、世界全体でこれを支援していくことに決定しております。日本は10億ドル、アメリカも10億ドル、欧州委員会が6億ドル等支援をし、結果として世界中から52億ドルの支援が表明をされておるところです。

 この地域の将来について、ひとつの構想を述べてみたいと思います。例えば、中央アジアからアフガニスタン、そしてパキスタンを経由してアラビア海に出る「南北の物流路」を整備することが重要なのではありませんか。交通状況は極めて悪い、というのが現状です。この地域と世界というものを海でつないで、そして、ともに栄える礎にしたいと考えております。日本は既に、その一部を成します道路と鉄道の建設を支援しております。このような支援にも、ぜひ欧州と一緒に取り組めればと思っております。

(核軍縮と不拡散)

 四つめの挑戦は、核軍縮と大量破壊兵器などの不拡散の問題です。1か月前、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハで、核兵器のない世界のために進むべき方向を力強く示しております。アメリカが核軍縮の話を先頭を切って言う、これまでになかった例だと存じます。原爆を初めて使用した国としての、責任の話も触れておられます。アメリカとロシアの首脳は、年内に新たな核軍縮の合意を目指すとしております。欧州でも、英国、フランスが自らの核戦力を引き下げるという努力を、透明性をもって進めようとしておられます。

 日本は、ご存知のように唯一の被爆国として、過去15年間、国連で核廃絶決議を提案し、圧倒的な支持を受けて成立をさせてきたところです。今、核軍縮に向けてかつてない機運が生まれてきていると思われます。

 もっとも、残念ながら、日本もしくは北東アジアを取り巻く安全保障は、逆に厳しさを増しているところがあります。北朝鮮は、国際社会の声を無視して核・ミサイルの開発に進んでおります。加えて、13歳の少女を含む無辜の日本の市民を北朝鮮に連れ去り、未だに帰還させない、拉致問題の解決に取り組む姿勢も今、見せておりません。

 中国の国防費は、20年連続して前年比で二桁の伸びを示し、その内容は透明性を欠いております。また、核軍備の近代化も進めております。

このような状況にあるからこそ、核軍縮を進め、不拡散体制というものを強化することが重要なのだと申し上げております。この点に関しましては一週間ほど前、中国・北京において胡錦濤国家主席、温家宝首相両首脳にそれぞれ、日本としての疑念を率直に申し上げてきたところです。欧州も長年、核戦争の恐怖というものに脅かされてこられております。世界全体の安定を維持しつつ、加えて「核兵器のない世界」を目指すというゴールに歩みを進める。今、開かれた歴史的チャンスというものを、欧州と一緒につかんでいきたいと考えております。

(新しい世界の運営)

 世界が、困難な新しい挑戦に打ち勝つには、日欧、そして国際社会の力を結集する必要があります。その舞台について触れさせていただきたいと思います。

 国際社会の構造というものは、急速に発展する新興国をはじめ、明らかに変化をしてきております。ドイツは、ご存知のように2年前、G8と新興国との対話のためにハイリゲンダム・プロセスというものを立ち上げておられます。これは、新興国との共同責任を醸成するという重要な機会を提供されました。

 さらに、プロセスに参加するため中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカこの5ヶ国を加えた、より幅広い国々との連携を深める枠組みが、今生まれてきつつあります。

 (1)気候変動に関しては、世界の温暖化ガス排出量の80%を占めております「主要経済国フォーラム」(MEF)があります。

 (2)また、現下の金融・経済危機に対応しては、昨年11月にワシントンD.C.で開かれました、そして先月はロンドンで開催されました、世界のGDPの約8割を占めております「G20」サミットであります。

 世界が直面する様々な課題については、G8だけでは対処できるわけではない、ということだと存じます。日本は、その責任を果たす意思と能力を有し、そのことを今述べた新たな枠組みを通じて示す国々と、行動を共にしたいと考えております。そうした中で、新しい時代の国際社会というものの運営につきましては、より良い方途を模索するということが重要なんだというように思っております。

 同時に日本は、G8の重要性というものは一層増していると思っております。G8は「民主主義」「市場経済」などの、共通の価値観を有していると思います。そしてあらゆる地球規模の課題の問題解決のために、責任ある貢献をしてきたのだと思います。開発やアフリカの問題などはその好例であろうと考えております。G8が中核になって新興経済国などとの対話を強化し、国際協調というものをさらに進めていく。私は、こういったアプローチが変動する国際社会の力を結集していく具体的かつ現実的な方法なのだと確信しています。日本は、それを具体的に可能にする方途を、欧州を含む国々と検討していきたいと思っております。

 国際社会の変化に対応する改革は、国連安全保障理事会についても実現する必要があろうと存じます。日本は、これまで10回、安保理非常任理事国を務めてきました。日本は、改革された安全保障理事会で、常任理事国として世界の平和と安全に関する問題に恒常的に貢献していくという決意であります。先の第二次大戦後、日本と同じように復興を果たし、そして国際社会で重要な地位を占めるに至っておりますドイツとは、安全保障理事会に向け共に歩みを一緒にいたしております。安保理改革の早期実現に向けて、引き続き欧州各国からも協力が得られることを期待しております。

(日欧の協力)

 さて、世界はかつてない厳しい挑戦に直面しており、我々は歴史の分岐点に立っているのだと思っております。しかも、我々への挑戦は、最近のメキシコに端を発する新型インフルエンザのように、ある日突然に突きつけられるということもあります。

 未来を予測することは困難です。例えば、1979年、アフガニスタンにソ連が侵攻した時、誰が10年後ベルリンの「壁」が崩壊するということを予測した人がいるでしょうか。1941年、日本が第二次世界大戦にアメリカに対して突入した時、10年後日本とアメリカは日米安全保障条約を結ぶということを予想した人もいません。10年後20年後のことは何人も予測しえない、20世紀が人類に教えてくれた教訓の一つであろうと存じます。

 しかし私は、いかなる困難が、いかなる挑戦が我々を襲うことがあっても国際社会が、特に日本と欧州が結束して事に臨めば、「挑戦」という「壁」は打ち崩すことができると確信しております。なぜなら、日本と欧州の親和力というものはそれだけ大きいからだと思っております。

 日本と欧州は、ユーラシア大陸の西と東端に位置して遠く離れておりますが、様々な困難を乗り越えて来たという、長い歴史を持っていると確信しています。そして何よりも、双方は、同じ頂きを目指している、そう思っております。すなわち、(1)日欧共に個人の能力というものを開花させて、その努力が報われる自由な社会、(2)そして、歴史や文化、伝統というものに根付く、豊かな多様性というものを尊重しあう社会、(3)そして、競争と規制のバランスが取られて、個人が安心して生きられる社会といったものの形成だろうと思います。

本日お話ししましたように、日本と欧州との対話の絆というものは、様々な挑戦において、かつてないほど深まっていると私自身は思っております。

 歴史は、日本と欧州のパートナーシップの必然性を示していると思います。日本と欧州というものは、共に同じ頂きに向かって、共に歩んで進んでいく、この決意を表明し、私の話の締めくくりにさせていただきたいと存じます。

 長時間のご清聴誠にありがとうございました。