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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 地球温暖化対策に関する安倍内閣総理大臣演説 美しい星へのいざない「Invitation to 『Cool Earth 50』」〜3つの提案、3つの原則〜

[場所] 
[年月日] 2007年5月24日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日、各方面でアジアを代表する皆様方の前で、スピーチをする機会をいただいたことを誠にうれしく思います。本日の会合の関係者の皆様に感謝申し上げます。

 未来に責任を有する政治家として、私は、地球環境問題、とりわけ、気候変動問題に大きな関心を持っています。

 アジアは世界の成長の中心であり、アジアでこの問題への対応を怠った場合には、世界全体の未来に大きな悪影響が出てくるおそれがあります。

 1月の東アジアサミットでは、アロヨ大統領の卓越した指導力により、この問題の一翼を担うエネルギー安全保障について合意することができました。改めて、アロヨ大統領に敬意を表します。その後、4月の中国・温家宝首相、米国・ブッシュ大統領との会談においても、気候変動問題の解決に向けた協力を強化することで一致しました。

 こうした経緯を踏まえ、本日、この問題に対する私の考え方と提案を、皆様方に申し述べたいと思います。そして、アジアの皆様と共有した決意を、私は世界全体に訴えてまいります。

【問題提起】

 地球と人類の歴史を顧みれば、世界中に眠る石炭や石油などの化石資源は、地球上の生物が、何千万年、何億年という長い年月をかけて、大気中の二酸化炭素を少しずつ固定化しながら蓄積してきたものです。しかし我々人類は、産業革命に突入してからわずか200年あまりで、その貴重な遺産を急速に燃やし尽くし、大気中に膨大な量の二酸化炭素を放出しつつあるのです。

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告では、地球温暖化は疑う余地がないとされています。地球温暖化が進行すると、大洪水や干ばつなどの異常気象の頻度が高まり、また、感染症による健康被害が増加することが懸念されています。さらに、水資源の枯渇により食糧生産が危機的状況に陥るおそれがあります。

 今こそ、我々は行動しなければなりません。そうでなければ、将来の子孫に対し、どんな顔を向けられるでしょうか。

一方で我々は、この問題に精力的に取組んできました。京都議定書は、人類が温室効果ガス削減という、具体的な温暖化対策に踏み出した第一歩でありました。ただ、そこには限界があることも認めざるを得ません。このため、京都議定書を超えて、世界全体が参加する排出削減のための新たな枠組みを作ることが必要です。

 現在、この試みに対しては、大きく3つの懸念が示されています。しかし、私はこれらの懸念は克服可能だと考えています。

 第1の懸念は、「温室効果ガスの排出削減に取り組むと、経済成長が阻害されるのではないか」ということです。私は、技術の開発や社会生活の改革に、人類の叡智を結集することにより、排出削減を進めながら経済成長を維持することが可能であると考えます。特に、優れた技術を有する我が国は、その両立に大いに貢献することができます。

 第2の懸念は、「自国が取組んでも他国が取組まなければ、地球規模での問題解決にならないのではないか」ということです。確かにその通りです。温暖化対策は、世界全体で取り組むべき問題です。世界全体が同じ地球に暮らし、大気を共有しているのです。だからこそ先進国と途上国がともに取り組む仕組みを新たに導入することが不可欠です。

 第3の懸念は、「途上国に対策を求めるのは不公平ではないか」という議論です。実際、途上国の中にも大量に温室効果ガスを排出する国があり、それらの国々の参加が不可欠です。各国の責任と能力に応じて取り組むことのできる仕組みとすることで、バランスのとれた枠組みを構築することは可能と考えます。また、先進国から途上国への技術移転の促進により、対応する能力のギャップを埋めていくことも必要です。

 我が国は、深刻な公害や2度にわたる石油危機に直面し、短期的には環境規制や省エネ対策という負担を余儀なくされました。しかし、今ではこれらも賢い長期的投資だったと評価されています。なぜならば、こうした環境・エネルギーの厳しい制約に対し、官民が一体となって取り組んだ結果、過去30年でエネルギー効率が37%改善し、また、GDPが2倍となる中で、石油消費量は8%減少したのです。さらに、燃費に優れた自動車や省エネ型の電気機器を開発することにより、高い国際競争力を実現しました。その鍵は、優れた技術と、環境と調和した社会の仕組みや伝統、そして私達の意志であったと考えます。

【提案の全体像】

 本日、私は皆様を2050年の美しい星、地球にご招待申し上げたいと思います。

 これからお話しすることは、私が提唱している「21世紀環境立国戦略」の中核にもしていきます。

 まず、この問題に対応するために、次の3つの柱からなる戦略を「美しい星50」という名のパッケージとして提案したいと思います。

 第1の柱は、世界全体の温室効果ガスの排出量を削減するための「長期戦略」の提唱であります。

 第2の柱は、2013年以降の温暖化対策の国際的な枠組みの構築に向けた「3原則」の提唱であります。

 第3の柱は、我が国として、京都議定書の目標達成を確実にするため、「国民運動」を展開するという取組みであります。

【提案1:長期戦略】

 まず、第1の柱である「長期戦略」を紹介します。

 戦略を語る上で重要なことは目指すべき目標の設定です。

大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させるという「気候変動枠組条約」の目標の達成のためには、世界全体の排出量を自然界の吸収量と同等のレベルに抑え込む必要があります。このため、「世界全体の排出量を現状に比して2050年までに半減する」という長期目標を、全世界に共通する目標とすることを提案します。現状の世界の排出量は、自然界の吸収量の2倍を超えており、大気中の濃度は高まる一方であることを考えれば、まず、この目標を国際的に共有すべきです。

 では、この目標をどのような手段で実現していけばよいのでしょうか。

 残念ながら、現在の技術の延長線上では、この「2050年半減」という目標は、達成困難です。したがって、その実現に向けて、「革新的技術の開発」とそれを中核とする「低炭素社会づくり」という長期のビジョンを示したいと思います。

 まず、「革新的技術の開発」については、経済成長と温室効果ガスの排出削減の双方を同時に達成できる技術を、国際協力により開発していきたいと考えています。

 世界の3割を占める石炭火力発電からの二酸化炭素の排出量をゼロにしようという国際プロジェクトが始まっています。我が国も、こうした取組みに世界最先端の技術で貢献いたします。

また、原子力の信頼性と安全性を高めるとともに、高温ガス炉、小型炉など先進的な原子力発電技術を開発し、安全で平和的な利用を拡大していきます。さらに、太陽光発電や燃料電池の低コスト化や高効率化を進め、できるだけ早く次世代自動車を普及させます。

 産業部門では、例えば、鉄鉱石から鉄を生産するときに、コークスを減らし水素を用いる技術が研究されています。こういう産業面での技術革新についても飛躍的に進めていきます。

 「低炭素社会づくり」については、生活の豊かさの実感と、二酸化炭素の排出削減が同時に達成できる社会の実現を目指します。具体的には、森林などの自然と共生した生活、公共交通等の効率的な移動システム、コンパクトなまちづくりなど、生活様式や社会システムの変革にまで踏み込んだ改革を打ち出していきます。

我が国としては、「2050年半減」の長期目標とその実現手段について国際的な合意が得られるよう、各国に精力的に働きかけていきます。また、わが国の優れた技術力と伝統的な社会の仕組みなどを活用して、大いに貢献していきます。

 特に、日本には、昔から「もったいない」の心があり、徹底したリサイクルが行われています。また、緑も豊かな江戸時代のまちづくりに代表される良き伝統があります。さらに、日本のGDP当たりの二酸化炭素排出量は世界の主要国の中で最も少なく、また、公共交通機関を使う割合は47%と先進国の中で抜きんでています。こうしたわが国の伝統と優れた技術を活かし、環境と調和した美しい社会づくりを、「日本モデル」として世界に向けて発信していきます。

【提案2:中期戦略】

 地球はひとつであり、空気に国境はありません。いくら立派な戦略を立てても、地球上のすべての人々が参画するものでなければ意味がありません。そこで2つ目の柱として、地球上のすべての人々の参加を目指す2013年以降の温暖化対策の具体的枠組みを設計するための「3原則」を、世界に向けて提案いたします。

 第1の原則は、「主要排出国が全て参加し、京都議定書を超え、世界全体での排出削減につながること」であります。

「2050年半減」という世界の目標の実現に向けて、2013年以降の温暖化対策の枠組みを、現行の京都議定書よりも大きく前進するものにしなければなりません。

 そのため、温暖化対策に地球全体で取り組むよう、世界で一番多く二酸化炭素を排出している米国、二番目の中国、五番目のインドなど、主要な排出国が全て参加する枠組みを構築しなければなりません。

 第2の原則は、「各国の事情に配慮した柔軟かつ多様性のある枠組みとすること」であります。

 全ての国には、「共通だが差異ある責任と各国の能力」の原則の下、排出削減に取り組む義務があります。先進国と途上国の取組みが同じである必要はなく、また、途上国というグループの中でも新興国とその他の国との間では、能力も事情も異なります。したがって、各国が最大限の取組を行うことを可能とするよう、柔軟かつ多様性のある枠組みとすべきです。

 第3の原則は、「省エネなどの技術を活かし、環境保全と経済発展とを両立すること」であります。

世界全体で取り組むためには、各国の経済発展と両立できることが必要です。経済発展を犠牲にすることを求める枠組みでは、多くの国の参加は望めません。両立の鍵は、技術開発とその普及にあります。ハイブリッド自動車や太陽電池のような先進技術の進歩と、その活用を促進するような枠組みを作ることで、全世界の参加が可能となります。

(資金メカニズム)

 これらの原則を実現していくため、これ以上の地球の温暖化には「ノー」と言い、温室効果ガスの排出の抑制と経済成長を両立させようとする志の高い途上国を、我が国は広く支援することを表明します。温室効果ガスの排出削減や森林保全、海面上昇や干ばつなどの温暖化の影響を受けやすい地域の対策、クリーンなエネルギーの利用促進など、我が国の技術と経験を生かした支援を、途上国の事情にきめ細かく配慮しながら行っていきます。

 ただし、こうした支援は、我が国の提案に応えて、自国の政策を積極的に変えていく途上国に対して行います。したがって、これは日本から政策と協力を提案・発信する新しい形の支援と言えましょう。我が国は、他国の排出の結果、国土の水没、砂漠化等の危機に晒されている途上国、特に最貧国に配慮していきたいと思います。

そして、こういった支援のための新しい「資金メカニズム」を構築していきます。我が国としては、単に従来行っている途上国支援の資金を振り向けるのではなく、ある程度の長期で相当規模の新たな資金メカニズムの構築を検討し、他の先進国や世銀、国連などの国際機関にも同調を呼びかけ、国際的に協調して行う考えです。

(エネルギーの取組)

また、気候変動問題と密接不可分なエネルギー対策面からのアプローチとして、省エネ目標などの策定に関する「セブ宣言」を発展させ、エネルギー効率の向上に関するこの取組みを世界に拡大します。さらに、原子力の安全で平和的な利用拡大のための国際的な取組みや、途上国への原子力導入のための基盤整備を始めとする支援を積極的に推進します。

(その他の手法の検討)

 これらのほか、中期戦略を実現するため、例えば、途上国の公害対策と温暖化対策との一体的取組みのための協力方策や、排出量取引、経済的インセンティブなど、様々な手法の議論が行われています。これらの手法について、我が国や諸外国の経験を踏まえ、施策の効果や経済への影響など幅広い観点から検討していきます。

【提案3:京都議定書の目標達成に向けた国民運動の展開】

 提案の第3の柱は、我が国の京都議定書の目標達成に向けた国民運動の展開です。

 日本が約束した6%削減目標を確実に達成するため、総力を挙げて国民全体で取り組む決意です。特に、排出量の伸びが著しいオフィスや家庭を中心に、新たな対策を追加し、本年度中に京都議定書目標達成計画を見直します。

政府は、すべての公用車を低公害車にするなど温室効果ガスの削減に率先して取組み、既に大きな効果を挙げています。自治体や主要な業務部門に計画の公表を要請し、行動の加速化を促したいと思います。

また、「国民運動」を展開し、制度的な対応を含めて取組みを強化していきます。

 「1人1日1kg」の温室効果ガスの削減をモットーとして、ライフスタイルの見直しや、家庭と職場での努力や工夫を呼びかけます。具体的には、クールビズの定着、ゴミの減量、白熱球の蛍光ランプへの交換、省エネルギーのアドバイス事業などを推進します。

さらに、国民運動の展開については、新しい提案を公募し、効果が確認されれば、積極的に採用していきたいと考えています。

【結び】

 以上のとおり、私は、日本国民とともに温暖化対策に最大限の取組みを行っていく決意であります。そして、先進国、途上国を問わず各国が私の招待に応え、2050年の「美しい星」に向かって共に歩んでいくことを望みます。私は、この提案に沿って努力を継続し、来年の北海道洞爺湖サミットで成果を上げられるよう取り組んでまいりますので、皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。

 「美しい国」という私の考えは、地球環境との調和を図りつつ人類が発展を続けるため、文明のあり方を転換すべきではないかという問題提起でもあります。我が国は、良き伝統と世界最先端の技術を存分に発揮し、渾身の努力を重ねることで、全人類の文明に対し、必ず大きな貢献ができると信じています。「美しい星」の実現に向け、皆さん、手を携え、共に取り組もうではありませんか。

ご清聴ありがとうございました。