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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム開会式における小泉内閣総理大臣基調講演(平成17年9月11日)

[場所] 
[年月日] 2005年9月11日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

ご列席の大臣、大使閣下、そして各界のリーダーの皆様、

昨年のSTSフォーラム第1回年次総会に引き続き、今年は皇太子殿下のご臨席を仰ぎ、世界各国の各界のリーダー諸氏を前に基調講演の機会を得たことをうれしく思います。また、STSフォーラム開催国の総理大臣として、皆様のご参加を心より歓迎いたします。

 ちょうど1ヶ月前、スペースシャトル「ディスカバリー」が、2週間のフライトを終え、地球に無事に帰還しました。私は、今回のフライトに乗り込んでいた日本人宇宙飛行士野口聡一さんと、飛行10日目に東京から交信しました。野口さんは、「船外活動の時には、地球をゆっくり眺めながら自分が星になって回っているんだという感覚に浸りながら仕事を楽しみました」と話してくれました。地球から約400kmの宇宙の彼方で宇宙ステーションの修理や実験を行う。人間の挑戦する精神というのは、たいしたものです。科学技術の力は私たちの想像を超えるものがあると実感しました。

 地上においても、私たちはこの美しい地球を守り、未来の子供たちに伝えていくために、困難な課題に挑戦を始めています。地球温暖化防止に向けた挑戦です。日本では、地球温暖化防止のために、今年から新しい試みを始めました。今年の6月から、夏の間はノーネクタイ、ノー上着という軽装で仕事をしてもよいことにしたのです。日本の夏は湿度が高く暑いですから、背広にネクタイという服装ではなく、楽な服装にすれば、エアコンの設定温度をあまり低くしなくとも快適に仕事をすることができます。オフィスのエアコン温度設定が上昇すれば、寒すぎるぐらいのオフィスに悩まされてきた女性にとっても快適になると思います。この軽装には「クール・ビズ」という愛称がつきました。ノーネクタイ、ノー上着というとネクタイ業界や洋服業界が困るのではないか心配する声もありましたが、今年の夏は、シャツを中心に男物の衣料品の売り上げは大きく増加したと聞いております。

 今年の4月に総理大臣の公邸が新しくなりましたが、太陽光発電、風力発電に加えて、水素と酸素を使って電気と熱を作り出す世界初の家庭用燃料電池発電システムを導入しました。環境保護は、身近にできるところからどんどん進めて行かなければなりません。まず政府が率先してみずから行動を起こしていくことが大切です。政府が率先して環境にやさしいエネルギーを使うことで、一般家庭への普及に弾みがつき、さらなる技術開発を誘発し、それによりコストが下がれば、もっと普及していく。こういう好循環を作り出していきたいと思います。

 今年2月、参加各国が地球温暖化防止のために努力することを義務づけた京都議定書が発効しました。2008年から2012年までの間に温室効果ガスの排出量を6%削減するという国際約束を実現するために、日本政府は「チーム・マイナス6%」というプロジェクトを開始しました。政府が率先して、そして国民一人ひとりがチームの一員として地球温暖化防止に積極的に取り組んでもらうためです。

 美しい環境を保護することにはコストがかかります。ですから、環境保護は経済発展の足を引っ張るのではないかと考える人は多いのではないでしょうか。しかし、それは違います。環境保護と経済発展は両立できるのです。そして、これを両立させる鍵は科学技術にあるのです。

 日本は、40年前、科学技術の成果を最大限に活用しながら経済成長に熱心に取り組み、毎年10%を超える高度経済成長を続けました。大量生産、大量消費がもてはやされ、国内では公害問題が発生しました。当時は、環境保護に配慮すると余分なコストがかかると考えられていました。ところが、現在では、人々は高くても環境に優しい製品を購入するようになりました。環境に配慮した製品、技術、企業の方が成長する時代になったのです。

 もはや、大量生産、大量消費、大量廃棄の時代は終わりました。これからはできるだけ廃棄物は削減しようというReduce、そして、使えるものはまた資源として再利用しようというReuse、さらに、循環型の社会あるいはゼロ・エミッションの社会に向かおうというRecycle、この3つのRの時代です。

 日本には昔から物を大切にする「もったいない」という言葉があります。今年の春、ノーベル平和賞を受賞したケニアのマータイ環境副大臣にお会いした時、マータイさんは「日本人は物を大切にし、日本の環境保護はとても進んでいる。これは『もったいない』という気持ちが日本人にあるからだ。この精神をアフリカにも広めたい」と話していました。3つのRを一言で言えば「もったいない」ということです。そして、この3Rと「もったいない」を推進するために科学技術の力は欠かせません。

 科学技術の進歩によって、確かに我々の暮らしは豊かになりました。しかし、科学技術の進歩は地球温暖化の問題、クローン人間などの生命倫理の問題、鳥インフルエンザなどの感染症の問題、さらにはサイバーアタックなどのITをめぐる問題を新たに引き起こしています。こうした課題は、世界規模で拡がり、一国のみでは対応できません。また、一部の関係者だけで解決できるものでもありません。しかし、科学技術の発展を適切に進めることによって、必ず解決できるものと信じています。

 8年前にここ京都のこの会議場で、世界の国々が自国の利害を超えて地球の将来のために京都議定書を採択しました。同じように、今回STSフォーラムにご参加の皆様が、人類の未来のために、国や立場を越えて活発に議論を交わしていただくことを心より期待しています。

 ご静聴ありがとうございました。