データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「ボアオ・アジア・フォーラム」におけるスピーチ「アジアの新世紀─挑戦と機会」(小泉純一郎総理)

[場所] 中国・海南島ボアオ
[年月日] 2002年4月12日
[出典] 在中国日本国大使馆
[備考] 
[全文]

 朱鎔基中国総理、

 イ・ハンドン(李漢東)韓国国務総理、

 タクシン・タイ首相、

 ホーク元オーストラリア首相、

 御来席の皆様、

 ボアオ・アジア・フォーラム第一回年次総会に参加でき、光栄に思います。

 主催者であるボアオ・アジア・フォーラム及び本総会の開催を側面支援している中国政府に感謝申し上げます。

 海南島は、経済特区として、また太平洋に面したその地理から、開放志向のアジアを象徴する地です。また、古くさかのぼれば、8世紀、仏教を日本で広めるために鑑真和上は渡日を何度か試みましたが、船が漂着した島としても知られています。最後は失明してまでも渡日した鑑真和上は、今でも日本国民から慕われています。鑑真和上は、薬についての知識も深く、聖武天皇の皇太后の病を治す働きもされました。和上が開いた唐招提寺は、ギリシャ建築様式の影響が見られることでも知られています。精神文化と世界的な知識を国境を超えて共有する上で、鑑真和上は多大な貢献をされたのです。

 このような海南島は、アジアの向かうべき新世紀のあり方を論じるのに誠に相応しい場所です。

 御列席の皆様

 私たちがこの地域の繁栄のために追求すべき新世紀の価値とは一体何でしょうか。それは、「自由」、「多様性」、「開放性」であり、これらが平和と発展のための原動力ではないでしょうか。

 まず、「自由」とは、申すまでもなく、政治的には民主主義と人権の尊重であり、経済的には市場経済の発展です。そしてこの両者はその発展において相互に補強的なものです。紆余曲折はあるにせよ、20世紀の後半よりこの地域は全体として大きな前進を遂げつつあります。経済の発展に伴う中産階級や市民社会の誕生と成熟が、民主政治制度への移行とその改革を必然のものとしているのです。このアジアの歴史的な流れに、私たちは自信を持って良いでしょう。

 第二に、このアジアの発展は、勿論、各々の歴史や社会的文化的価値を背景にした多様なものです。発展の仕方や速度に差異があるのは当然です。しかし、「多様性」を尊重し、全体として互いに良い影響を与えながら同じ目標に向かって前進すること、このことが重要です。換言すれば、偏狭なナショナリズムや独善を排して互恵平等の協力を進めながら繁栄する、これが指導原則でなければなりません。

 第三に、この地域の協力は閉鎖的なものではなく、開放的でなくてはなりません。グローバル化の進む世界経済の中で、また欧州、米州などで経済統合が進む中で、アジアの域内及び他地域との協力は、開放性、透明性をもって進めていく必要があります。

 アジアは民族の区別を超えて地域協力を追求していくことによって、世界に範を示すことになるのです。

 それでは、自由、多様かつ開放的なアジアの繁栄を追求していく上で、私たちが直面している具体的挑戦は何でしょうか。私は、「改革」、「協力」、そして「世界への発信」という三つの課題について語りたいと存じます。

 御列席の皆様

 私は、本年1月のASEAN諸国歴訪の際にも強調しましたが、アジア地域全体の更なる発展のためには、まず、各国経済がその強靱性と競争力を高める必要があると考えます。そして、その鍵は「改革」です。すなわち、各国がそれぞれに、また力を合わせて全体としての経済構造改革に取り組むことで、地域としての競争力を強めていくことです。この点では、まず、アジアのGDPの約六割を占める日本の構造改革と経済再生の成功が何より重要であることは、私自身よく承知しております。

 1990年代を通じて、日本では改革が試みられましたが、十分ではありませんでした。昨年4月の総理就任以来、私は、「改革なくして成長なし」との方針の下で、構造改革を加速化することを最優先課題としてきました。日本の過去の成功は、新しい環境では、むしろ足かせとなっていたのです。政府から民間へ、中央から地方へと経済のイニシアティブを早く移さなければならないのです。これまでのやり方を抜本的に変えることは多大な苦痛を伴いますが、日本とアジアの将来のために、私は改革をやり抜く決意です。

 この構造改革には、今後二、三年間での不良債権の最終処理、特殊法人の見直し、郵政事業の民営化、民間の自由な経済活動を阻害する規制の撤廃、硬直化した財政や社会制度の改革が含まれます。

 これらの改革は既に実施されており、日本経済、特に民間の新しい力は既に動き出しています。例えば、株式の持合は急速に解消しており、「系列」を超えた合併、業務提携が進んでいます。特許の国際出願も急増しています。

 外国資本も、日本への投資を活発に行っており、日本経済の再活性化に少なからぬ役割を演じています。日本の複数の自動車メーカーでは、外国人最高経営責任者が立て直しの指揮を執っており、また流通業にも外国資本の参入が続いています。

 中国においても、江沢民国家主席、そしてここにご出席の朱鎔基総理を始めとする指導者及び国民の努力によって、改革・開放が進められています。日本が中国の友邦として、このような努力を支援してきたことを誇りに思います。

 中国の経済発展を「脅威」と見る向きもありますが、私はそうは考えません。私はむしろ、中国のダイナミックな経済発展が日本にとっても「挑戦」、「好機」であると考えています。中国の経済成長に伴う市場の拡大は、競争を刺激し、世界に大きな経済機会を与えることでしょう。また、日中両国は、産業構造が異なっているので、「相互補完」関係を強化することも可能です。日中経済関係の進展が日本の産業のいわゆる「空洞化」をもたらすと恐れるのではなく、日本での新産業の育成と中国市場への展開を通じて、日本の産業の「高度化」を図る「好機」と捉えるべきです。私は、両国経済の改革という二つの歯車をうまくかみ合わせながら、両国経済関係を前進させていきたいと考えます。

 この関連で、中国がWTO体制に円滑に移行し、国際的な経済ルールに則った対応をとること、また、ASEAN諸国を含めたアジアの地域経済との協調を図っていくことが極めて大切です。同時に、ASEAN諸国も投資環境改善などで自助努力を強化し、新たな競争に勝ち抜いていく必要があります。そのために日本としても必要な支援を行っていきます。

 このようにして、日中両国が改革と相互依存関係強化の途を進みながら、他のアジア諸国の経済構造改革と調和を図っていく、それがより大きなアジアの協力体制を築いていくことになるのです。

 御列席の皆様

 1月のシンガポール演説では、私は東アジアに焦点を当てた協力について述べましたが、本日は中央アジア、西アジアも含めた広いアジアの協力を呼びかけたいと思います。とりわけ、エネルギー、環境、通貨・金融、貿易・投資、そして開発協力の五分野で、新たな協力のはずみをつける必要があります。

 まず、アジア経済の順調な発展のためには、エネルギーの安定供給が必要ですが、この面での協力体制は十分と言えるでしょうか。エネルギー需要は全世界で増加しており、特に成長著しいアジアでは、今後も大幅に増加する見通しです。しかし、石油供給の多くを中東に依存している一方で、石油備蓄は一部の国を除き殆ど整備されていません。70年代から石油備蓄に取り組み、現在約160日分の備蓄を有し、また省エネルギーに取り組んできた我が国は、経験や技術を各国と共有し、地域のエネルギー安全保障強化に貢献したいと考えます。

 また、エネルギー供給源として有望な中央アジア諸国とのエネルギー協力の推進を呼びかけたいと考えます。このような協力を具体化するために、本年中に、日本から、中央アジアに対して、産官学合同の「シルクロード・エネルギー・ミッション」を派遣したいと考えております。

 環境保護分野では、この地域の協力を更に強化する余地があります。日本は、ODAの三割以上を環境分野にあてていますが、その多くをアジア向けとしています。この海南島でも、熱帯林の保全と利用に日本は協力しています。環境破壊を伴わない、持続可能な開発を実現するための努力が必要であり、そのために地域の全ての国が力を合わせる必要があります。日本は、過去、公害問題等を克服してきた経験に基づいて、アジア諸国の環境問題の解決に向けて、今後一層積極的に貢献するつもりです。

 通貨・金融分野でも、地域協力が着実に進展しつつあります。1997年のアジア通貨危機の際、日本は、アジア諸国の危機の克服のために多額の支援を行いました。アジア地域では、「チェンマイ・イニシアティブ」の具体化が進んでおり、日本は、韓国及びASEAN三カ国に加え、先月には、中国と二国間スワップ取極を結んだところです。日本は、域内の政策対話など、アジア地域の通貨・金融の安定に向けた協力に積極的に取り組む方針です。IMFを中心とする国際金融システムを補完する地域協力のあり方について、皆さんに議論して頂きたいと考えます。

 貿易・投資分野では、アジアの情勢は決して楽観できるものではありません。回復の予兆は見られるものの、昨年はIT貿易の落ち込みがあり、また製造業への直接投資も1997年危機の落ち込みから回復したとは言えません。構造改革、競争力強化、事業環境の改善を通じて景気回復と貿易・投資の一層の発展を図る必要があります。

 また、欧州、米州での地域統合の進展の中で、私たちの地域の経済連携ないし統合を如何に進めるべきかが、検討課題となっています。既にこの地域の各国や、ASEANのようなグループにより、貿易、投資等の分野での統合の努力が進んでいます。日本もシンガポールとの経済連携協定に続いて、ASEAN10カ国との間での経済連携強化のための作業を開始しました。また韓国、メキシコと自由貿易地域(FTA)についての産官学研究会を進めます。日本は、WTOにおけるグローバルな取り組みを中心としつつ、今後各国や地域との経済連携やFTAを積極的に推進していく考えです。

 これらの個別の努力を、今後は有機的に結びつけ、より広い地域的経済統合に結びつけることが私達の戦略的な課題です。EUでは、半世紀をかけて、このような努力を積み重ねてきました。私たちの地域でも長期的な取り組みを要することは明らかです。この地域の経済統合をいかに図っていくべきかについて、このフォーラムでの活発な議論を期待しています。

 東アジアでは、多くの国が、開放的な貿易・投資関係を利用して、経済発展を遂げ、新興経済として現れてきました。これらの諸国で、日本の経済協力が、経済発展に効果的に活用されたことは、日本としても誇りに思います。しかし、アジアには、まだ開発の遅れた多くの途上国があります。これらの諸国に対して、基礎的なインフラ整備、保健・貧困対策、人材養成での支援を、日本としても続けていく考えです。

 アジアでは、比較的進んだ諸国が力を合わせて、遅れた諸国を支援するという素晴らしい試みがなされています。日本は、この「南南協力」を、アジアで一層推進していきたいと考えており、既に、シンガポール、マレイシア、タイ、フィリピンをパートナーとして、他のASEAN諸国、東チモールに対して、支援を共同で実施しています。

 アジアの諸国が発展し、援助される側からする側に転換しつつあることは、アジアでの肯定的な動きとして歓迎します。例えば、東アジアの後発開発途上国(LDC)が集まるメコン地域の開発では、日本からの支援と、周辺諸国からの支援が効果的に組み合わされ、開発に有効に役立てられています。

 また日本は、すべてのLDC産品に対する無税・無枠の市場アクセスの供与という目標に向け努力します。

 次に話を、アジアから世界に移したいと存じます。

 御列席の皆様

 世界に対してアジアからの声を発信し、世界の繁栄を築く作業にアジアとして参加することも、私たちの大きな課題です。もとより、アジアは、人口で世界の約六割を占め、また世界の成長センターとして、世界経済の中で非常に重要な地位を占めています。アジアの明確で責任ある態度が、世界経済の運営に不可欠です。

 「アジア」という言葉は、「日の出」を意味するアッシリア語の「アス(asu)」に由来すると言われています。アジアは、米州やアフリカが独立した大陸であるのとは、趣が異ります。アジアは、ユーラシア大陸の中で地続きで、また、海路を通じ他の地域にも繋がっています。つまり、アジアでの協力は必然的に世界の協力と結びついているのです。

 翻ってみますと、現在の世界経済は、「テロに屈しない世界の構築」、「貿易・投資の拡大」、「持続可能な発展の確保」の三つの大きな課題に直面しています。

 テロは人命のみならず経済全体をも脅かすものです。「テロに屈しない世界の構築」のためには、まず、既に述べたように、私達自身の経済の安定と再活性化が不可欠です。米国では、景気回復の動き、我が国経済では底入れに向けた動きが見られるなど、新たな回復への明るさも見られます。

 このような努力と共に、テロとの闘いのために、そしてテロの問題に苦しむ地域への支援のために、私たちが力を合わせることが必要です。私たちは既にアフガニスタンにおけるテロとの闘い及び復興支援でこの地域としての協力を積極的に行っています。アフガニスタン和平及び復興にこの地域諸国が手をさしのべ続けることが重要です。アフガニスタンを再び「忘れられた国」にしてはならないのです。

 また、テロとの闘いにおいては、テロ資金、情報セキュリティ、大量破壊兵器やその運搬手段の不拡散等の対策の強化と、テロの防止と根絶のための国際システムの構築に、この地域の諸国が積極的に参画していく必要があります。

 「貿易・投資の拡大」のためには、WTO新ラウンドの成功が重要です。自由で開放的な貿易・投資体制に立脚して発展してきたアジアとして、世界的な貿易・投資ルールの改善・強化に貢献すべきです。WTOに未加盟の途上国の参加を支援し、更には途上国の貿易・投資を通じる開発を支援するために、我が国は、能力開発、制度整備、腐敗防止等の協力を推進していきます。EUの深化・拡大や米州自由貿易協定への動きと、アジアの地域的連携・統合の動きを、今後どのような世界貿易・投資秩序に結びつけていくのか─この点も皆さんの重要な議題になると思います。

 「持続可能な発展の確保」のためには、環境の保護と開発を共に達成することが重要です。全世界の二酸化炭素の約三割を排出しているアジアとして、地球温暖化問題に対し緊急に取り組まなければなりません。日本は京都議定書で約束した困難な課題に果敢に取り組んでいます。この地域の大排出途上国も、燃料転換や省エネルギーを進め、温室効果ガスの更なる削減に向かうことを強く希望します。地球温暖化について、全ての国が参加する共通のルールの構築に向け、我々アジア諸国が手を携えてリードしていこうではありませんか。

 ヨハネスブルグでの「持続可能な開発に関する世界首脳会議」には私も出席する方向で検討をしていますが、この会議に向けて、各国が経験、戦略、責任を共有しながら力を合わせていくという「グローバル・シェアリング」の原則を強く訴えたいと思います。とりわけ、持続的に経済成長を遂げてきているアジアは、その経験を発信することで大きな貢献をすることが可能です。このようにして、世界で最も貧困にあえぐアフリカ諸国との連帯をこれまで以上に強化していくことにもなるのです。

 御列席の皆様

 アジアのこれまでの成功を活かしながら、新世紀の課題に応えるべきとの私の考えを申し上げました。自由、多様性、開放性という基本的価値を共有し、改革と協力を実施し、世界に向けて力強く発信していくことが、私たちに求められています。改革は、それぞれの国にとっては、痛みを伴う事もありますが、それは歴史的な変化に伴わざるを得ないものであり、私たちの連帯で、乗り切っていけないはずはありません。私たちが将来に負う責任もまた重いのですが、私たちはよくその挑戦に耐える力を持っていると確信します。

 今回設立されたボアオ・フォーラムでは、「自由」、「多様」で「開放」的な議論が闊達に交わされることが、その成功の鍵だと思います。

 昨晩、私は、中国伝統の花火を、他の出席者の皆様とともに堪能させていただきました。中国での発明に起源を持つこの芸術が、世界の人たちを照らし、楽しませているように、アジアの輝かしい将来を指し示す鮮やかな花火が、このフォーラムから打ち上がることを期待しております。

 御清聴ありがとうございました。