データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 経済同友会(会員懇談会)における橋本総理大臣演説,「今後の我が国の外交政策のあり方−対露外交を中心に−」

[場所] 東京
[年月日] 1997年7月24日
[出典] 外交青書41号,208−216頁.
[備考] 
[全文]

 本日は、去年に引き続き経済同友会会員懇談会にお招きを頂き誠に有り難うございます。昨年はこの場で我が国の構造改革についてお話をさせて頂きましたが、本日は、目を外に転じて、対露外交を中心に、中国、シルクロード地域との関係を取り上げて、これを中心に今後の我が国の外交政策のあり方についてお話ししたいと思います。

(世界情勢の認識)

 なぜ本日、そのようなお話をするかについて御理解頂くために、現在の世界情勢の認識について、まず、触れておきたいと思います。

 多くの人々が述べるように、我々は「ポスト・冷戦」の時代に生きています。その特徴は、いうまでもなく、米ソ間の軍事的対立がなくなり、自由主義と共産主義との間のイデオロギー面での対立が終焉したことであります。目標としての共産主義の消滅は、その経路や速度は別として、多くの国を広い意味での自由主義的市場経済体制へと向かわせる契機となりました。例えば、後で触れるように、中国は「社会主義市場経済」路線を採択しました。また、冷戦の終わりとともに、ソ連邦が消滅し、新たな国家が次々と誕生しました。その結果、それらの国々の政治的・経済的な安定と周辺国を含めた新たな国際秩序をいかに構築するかが課題となっています。

 また、我々は、いわゆるボーダーレスの時代を迎えています。経済活動が国境を越え「企業が国を選ぶ」というような国際経済社会の変貌ぶりは、しばらく前には想像することすらできなかったでしょう。このような経済活動のグローバル化は、国と国、地域と地域の間の相互依存関係を深めることにより、あらゆる問題の解決が一筋縄ではいかないという問題を発生させることは事実ですが、同時に、相手国との交流の断絶のもたらす不利益を拡大し、平和の維持に寄与する可能性を有するものであります。かつて、モンテスキューは「商業の自然の効果は平和へと向かわせること」であり、また、「すべての結合は相互の必要に基づいている」と述べています。こうした相互依存関係の拡大は、冷戦期においては旧西側の国々の間に限定されていたわけですが、先に述べた冷戦の終わりにより、旧ソ連邦の国々を始め、旧西側以外の国々にも一挙に拡がる可能性が生じたわけであります。

(日米安保体制の再確認)

 こうした世界情勢の中で、我々日本は何をすべきでしょうか。

 政権発足後、私が今日まで最大のエネルギーを費やしてきたのは、日米安保関係の意義を再確認する作業であります。「ポスト・冷戦」の時代にあって、もはや日米安保体制は不要ではないか、そうした議論が、日本でも米国でも論じられた時期がありました。しかしながら、私は、冷戦の終わりは残念ながら国際紛争の消滅を意味しないという思いの中で、また、アジアの首脳との話し合いの中で、日米安保体制がアジア太平洋地域の国々にいかに安心感を与えているかを実感し、沖縄基地問題という大変困難な問題に直面する中で、日米安保体制の意義の再確認という作業に取り組んでまいりました。この問題は、勿論最終的に解決したわけではありません。いわゆる5・15メモと言われるものの前回公表した残りを明日沖縄県側にお渡しする予定です。しかし、昨年4月にクリントン大統領と私が発表した「日米安保共同宣言」と、6月に中間取りまとめを発表した「日米防衛協力のための指針」の策定作業を通じて、道筋はできつつあると考えます。

 日本外交の基本的目標は、アジア太平洋地域における平和と繁栄の維持であります。そうした意味で、今申し上げた日米安保体制の維持や、ARF、APECを通じたこの地域での枠組みづくりが、我が国にとっての基本的な外交政策であると言えましょう。

 しかしながら、私は、日本外交は、冷戦後の国際関係の大きな転換の中で、こうしたアジア太平洋地域へ向けた外交の地平を大きく前進させなければならない、そして、新しい視点を創造するべき重要な時期に来ていると思うのであります。この視点を私は名付けて「ユーラシア外交」と表現したいと思います。

(「ユーラシア外交」の積極的展開)

 皆様ご承知のように本年夏大西洋から欧州に至る安全保障の新しい秩序のあり方につき欧米諸国とロシアとの間に合意が成立し、新しい姿のNATOが形をとり始めました。既にマストリヒト条約によって経済面からポスト冷戦期の新しい姿を形成し始めていた欧州を中心に冷戦後の国際政治経済構造の一つが今明確な姿を現し始めたのです。

 私はこの新しい構造が、米国より大西洋を経て欧州に至り、更にソ連邦を経て太平洋に到達する広大な地域を砲含{前2文字ママ}し、その構造上いわば「大西洋から見たユーラシア外交」という特質を持っていることに注目しています。そしてデンヴァー・サミットが始まる前に、我が国がサミットのG8化にどのような反応を示すかが欧米の首脳から関心を持たれたのは、まさにそういった流れの中でありました。

 このような歴史の転換期において、今こそ、逆に、アジアの東の端から見たいわば「太平洋から見たユーラシア外交」という視点を我が国外交の中に新しいダイナミズムを持って導入する時期が来たのではないでしょうか。そして日本という東の端の小さな島国からこの巨大な大陸を眺めたとき、現在自ずから生まれてくる視点は、なんといってもロシア、中国そして旧ソ連邦諸国の中の中央アジア、コーカサス諸国よりなるシルクロード地域ということになるのではないでしょうか。

 先程申し上げたように、「ポスト・冷戦」の特徴の1つは、ソ連邦の崩壊によるロシアを始めとする様々な国家の誕生であります。これらの国々は、基本的には民主主義と、市場経済体制への移行を進めながら、様々な困難に直面してきました。ロシア自身も、民主化と市場経済移行の産みの苦しみ、広大な国土全体を有効にまとめる機構の欠如、なかなか底うちしない生産、更には核解体問題に象徴されるような冷戦時代の「負の遺産」の処理等多くの困難に直面してきました。しかしながら、その中から政治体制及び経済構造双方において、また、国家としての名誉と尊厳を求めながら、徐々にではありますが確実に新しいロシアが生まれつつあります。そうした認識の中で、米欧は、先程のようなNATO拡大と今年のデンヴァー・サミットにおけるG8化という外交上の選択をしたわけであります。

 一方、中国もまた「社会主義市場経済」というスローガンの下、改革・開放路線をとっています。中国は高い経済成長を記録していますが、市場経済への移行過程で、国有企業改革、地域格差といった多くの問題を抱えているとともに、環境、エネルギー問題などに直面しています。私は、中国が国際的な枠組みの中に参加し、国際社会における建設的パートナーとしての地位を固めていくことが、中国の改革・開放の安定的な前進、ひいてはアジア地域の安定と繁栄のために不可欠であると思い続けてきました。我が国の対露外交については北方領土問題という困難な問題があり、また対中外交については隣国であるが故に生じる種々の懸案を我が国は抱えています。しかしながら、ロシアと中国というこの2大国の帰趨は、今や今後の国際秩序形成の鍵となるものであります。大袈裟に言えば世界の外交の焦点は、米ソ対立を前提とした大西洋・欧州の時代から、大小多数の国々が様々な姿でひしめき合うユーラシア大陸全体に移ったとさえ言えるかもしれません。こうした中で、まさに我々がこれまで米国に対して中国に対する積極的関与政策の妥当性を強調してやまなかったように、ロシアに対して、そして中国に対しても一層、建設的な関係の構築に努める時期が既に来ていると思います。かつての対立関係から脱して、中露が経済面で接近をしていることは既に指摘されているところですが、エネルギー問題をとってみても、急速な経済成長の中でエネルギー輸入国となりつつある中国と、エネルギー開発を経済再活性化の起爆剤としようとしているロシアとの関係をいかにしていくかは、アジアのそして世界のエネルギー情勢、ひいては世界経済全体に大きな影響を与えます。

 さらに、「ポスト・冷戦」の時代に、「シルクロード地域」とも呼ぶべき広大な空間に生まれた中央アジア及びコーカサス諸国は、新しい政治経済制度の下に豊かで繁栄した国内体制を確立し、近隣諸国との間で平和で安定した対外関係を創り出すべく多大な努力を傾けています。また、カスピ海を中心に存在する豊富な石油、天然ガス資源は、世界市場に対するエネルギー供給の面でも確実にその影響力を拡大しつつありますし、これらの国々は物流等の面でもユーラシア地域内の架け橋的な役割を果たし得る大きな潜在力を有しています。幸いにして我が国は、アジアの国としてこれらの諸国から大きな期待を寄せられていると同時に、我が国にもシルクロードに由来するこの地域に対する郷愁に似た感情があり、これらの諸国との間で友人国家としての強固な関係を構築していく土壌が既にあります。

 我が国がこれら諸国の国づくりに積極的なお手伝いをすることは、新独立国家自身のみならず、ロシア、中国、イスラム諸国の平和と繁栄に対し必ずや建設的な意義を有することとなり、21世紀に向けての日本外交のフロンティアをユーラシア地域に拡大することとなると確信します。

 こうした考え方から、本日は対露外交を中心に、対中、対シルクロード地域の順で今後の我が国の外交政策のあり方についてお話をさせて頂きます。

(対露関係)

 戦後の国際社会は、新たな秩序のあり方を求めて試行錯誤を繰り返して参りましたが、アジア・大平洋地域の平和と安定に重要な影響を与える米中日露の4ケ国の相互関係の中では、日露関係が、一番立ち後れをみせていることは否定できません。様々な歴史的な経緯がありますが、隣国である日本とロシアの関係が現在の水準にとどまることは、日露双方の利益にとって、ひいてはアジア・太平洋地域全体にとって良いことではなく、この2国間関係の改善は、21世紀に向けて両国政府が取り組むべき最優先の課題の1つであることは間違いありません。日露関係を新たな協力に向けて改善していくべきであるとの私の考えについては、先般のデンヴァー・サミットの際、エリツィン大統領に直接申し上げ、エリツィン大統領からも「そうしよう」との力強いお返事を頂いたところです。

 それでは、日露関係の改善は、如何なる原則によるべきでしょうか。私は、この場で、3つの原則を挙げたいと思います。

 第1は、「信頼」の原則です。1855年の日露通好条約の締結交渉の際、かのプチャーチン提督を代表とするロシア代表団の船「ディアナ号」が地震と津波で沈没しました。最近このプロセスを描いた映画ができていますが、私は、日露間の友情をもう1度確認する上でも、こうした映画の存在を喜んでいます。当時両国は国益をかけた厳しい交渉のさなかにありましたが、お互い協力して、ロシア代表団のために新船を建造しました。こうした逸話は、国家間の関係も、究極的には、テーブルの両側に向かい合う人間同士の真の信頼関係がなければ進展しないことを示しているものと考えます。私は、ソ連からロシアへの大変革の中で、幾多の厳しい困難に直面してはこれを乗り切り、民主主義と市場経済に向けた改革という歴史的大事業を成し遂げられつつあるエリツィン大統領に深く敬意を表するものであります。先のデンヴァー・サミットの際のエリツィン大統領との会談は、首脳同士としては2回目のものでありましたが、2人の間に友情をはぐくむようなものでありましたが、私はこの会談を通じ

てエリツィン大統領に更に人間としての温かみを感じました。私は、正にこのような雰囲気の中で、エリツィン大統領がロシア極東に赴かれるような機会があれば、年内に週末を利用して、形式張らずにお会いすることも可能であろうと御提案申し上げたところです。 伝えられるところによれば、最近エリツィン大統領は、私との会談を近く行いたい旨発言されたそうですが、私は、今からエリツィン大統領と再度お会いして、2人の間の友情と信頼を一層深めることができることを心待ちにしております。

 日露関係の前進を図る上での第2の原則は、「相互利益」であると考えます。双方が隣国であり、そして共に大きな影響力を有する以上、双方の利益を調整していく場面が多々生じて来るであろうことは明らかです。そうした場面では、どちらかが一方的に利を得る、つまり勝者と敗者を作ろうとするアプローチは、決して真の解決をもたらすものであるとは思いません。この点については、東西冷戦の終了の過程においてエリツィン大統領が、勝者も敗者もないことを繰り返し強調しておられた英知に留意したいと思います。

 第3の原則として私が挙げたいのは、「長期的な視点」ということであります。つまり、これからの日露関係の改善は、21世紀に向かって堅固な基礎を作るものでなくてはならず、21世紀から次の世紀に向けて、我々の子供や孫の時代に受け継がれ、発展していくようなものでなくてはならないということであります。そのためには、両国の政府と国民が、各々の子供や孫のためにもどのような両国関係を形作ることが一番望ましいのか、そのために「私達の世代」が果たすべき役割は何なのか、共に真剣に考えることこそが必要なのではないでしょうか。

(北方領土問題)

 当然のことながら私たちの目標は、この3つの原則に従い、日露関係全体を改善し、もってアジア太平洋からユーラシア大陸の西の端に至るこの大陸との間で、両国がともに喜びあえるような関係をつくることにあります。

 この目的を実現するためには様々な分野での両国関係の改善が必要となりますが、先ず戦後50年両国間でもっとも困難な問題として残ってきた北方領土問題の解決による平和条約の締結の問題について述べたいと思います。様々な関係者の長年にわたる努力の結果として、我々の間にはエリツィン大統領の訪日の時に合意された1993年10月の「東京宣言」という最良の基盤が既にあるのです。デンヴァー・サミットの際にはエリツィン大統領との間で、東京宣言を着実に進めていくことで一致したわけですが、私は、この問題こそ、今申し上げた「3原則」によってのみ乗り越えることができるものであると考えています。

 第1に、「信頼」の原則が、最も困難な問題にも前進をもたらして来ている例としては、例えば、北方4島周辺水域における日本漁船の操業枠組み交渉があります。交渉の当事者が、この3年間の交渉の過程で直接胸襟を開いて議論をめぐらし、困難な問題を避けて通るのではなく真正面から話し合うことにより、双方において相手に対する信頼感が生まれ、かつては存在しなかったような肯定的な雰囲気が今生まれつつあります。

 第2に、北方領土問題の解決は、どちらか一方が勝者となり、どちらか一方が敗者となるという形で解決するものではないという点は、私の確信であります。両国は、この、言われてみれば当然とも思える原則について、その真の意味を理解するのに50年もの歳月を費やしてきたのです。これから私は、「相互利益」の原則を実現する解決に向けて、エリツィン大統領とともに全力をあげて知恵を絞って行きたいと思います。

 第3に、北方領土問題は、両国が50年をかけて解決できなかった問題であります。その解決が容易でないことは、今更指摘するまでもありません。しかしながら、これまでの諸先輩方の苦労により、「東京宣言」をはじめとする多くの成果が達成され、前進がありました。北方墓参、4島交流、そして今、交渉中の操業枠組みの交渉等、これまでに続いてきている現地での信頼強化の動きも、この問題の解決に向けた大きな前進の1つといえるでしょう。たゆみない具体的な前進こそが、子供や孫の世代にこの問題を相続させないための道標となるのです。これまでの肯定的な経験を踏まえて、私達の世代の責任において、この問題の解決への道筋を示すときが来ていると考えます。長期的な視点に基づいて冷静な話し合いを行っていきたいと考えます。

(日露の経済問題)

 日露間の経済分野においても、「3原則」に基づいて、具体的な進展を図ることが必要です。この観点から、私は、この機会に2つのアイディアを示したいと思います。

 第1は、シベリア、極東地域に重点を置いた、エネルギー分野を中心とした、ロシアとの経済関係の強化を検討するというものであります。既にロシアとの間では、私が通産大臣当時に提案した「ロシア貿易・産業支援プラン」や、旧ソ連12カ国との間で締結した協定に基づいて作られた「支援委員会」によるものなど、市場経済への移行に対する支援がきめ細かく行われており、今後ともこれを継続していく必要があります。ここで御紹介するアイディアは、これに加えて、シベリア、極東地域に於けるエネルギー開発を中心とする協力を行うものであります。

 申し上げるまでもなく、ロシアは、大資源国であります。この資源が有効に利用・開発されれば、ロシアの安定的な経済発展の起爆剤ともなり得るとともに、経済成長に伴いエネルギー需要が急増するアジア地域、ひいては世界全体のエネルギー面での安定にも資するものと思われます。また、エネルギー需給を巡るつながりは、東アジア全体の信頼関係の醸成と平和的関係の維持にもつながるものとなりましょう。

 具体的には、日露間でシベリア、極東のエネルギー開発について対話を進めていくことが出来るでしょう。例えば、既に開発作業が開始されているサハリン石油・天然ガスプロジェクトについては、引き続き協力を進めていくとともに、潜在的可能性が期待されているイルクーツク、ヤクーツク等での天然ガス開発事業や、パイプライン建設構想についても経済的・技術的可能性の検討が話題になっていくと思われます。貿易・経済日露政府間委員会等の場を通じて既に開始されている話し合いを更に強化していくことができましょう。勿論、こうした事業を進展させていくためには、ロシア国内の投資環境の十分な整備が不可欠であり、デンヴァー・サミットでエリツィン大統領と一致した「日露投資協力イニシアティヴ」を通じた協力にも大きな期待が出来ましょうし、エネルギー分野での投資の促進及び貿易の自由化に関する国際約束であるエネルギー憲章条約の果たす役割も極めて重要であり、その発効に大いに期待しています。また、ロシアがデンヴァーで提唱したエネルギー問題に関するG8の会議との連携を進める必要もあるでしょう。

 第2に、私は、エリツィン大統領が最近行われたラジオ演説を大きな関心をもって聞いたことを申し上げたいと思います。7月11日のラジオ演説で、大統領は有能な若者を諸外国に派遣し、毎年5000名の幹部要員を含むロシア企業経営陣を養成する計画の策定を命じたとの趣旨を述べておられます。私は、エリツィン大統領の熱意に応え、ロシアの若者が、我が国の経済政策に始まり、企業の現場でのノウハウに到る、「マクロからミクロまで」全ての我が国の経験を吸収して、新しいロシアの建設に貢献できる人材に育つことを願い、今後経済界の皆様方とも相談をしながら、我が国として、その人造りに積極的に協力する用意があることを、エリツィン大統領に申し上げたいと考えるものであります。

 以上、日露関係についての私の考えを、未だ十分に練れたものではありませんが、率直に申し上げて参りました。私と致しましては、今申し上げた問題、更に日露関係を重層的に形づくる安全保障や北東アジア地域内における貢献等について、エリツィン大統領と率直で友好的な雰囲気の中でお話しできる日ができるだけ近いことを心から楽しみにしております。

(対中関係)

 次に中国との関係について触れたいと思います。詳細は今回は省きますが、本日は基本的な考え方を簡潔に申し上げたいと思います。

 御承知の通り、日中両国は2000年におよぶ長い友好交流を続けて参りましたが、近代の一時期において、誠に不幸な歴史を経験しました。日本はこのような過去の歴史に対する真摯な認識と反省に立って、戦後、民主主義、平和主義を掲げる憲法のもと、急速な経済成長を達成し、アジア諸国の中でいち早く先進工業国の仲間入りを果たしました。一方、中国も種々の課題を乗り越え大きな変貌を見せており、特に現在の改革・開放路線のもとで目覚ましい発展を遂げています。

 このような過去の経験と今日の国際社会における両国の地位に鑑みれば、21世紀に向けて日中両国が引き続き安定し、発展していくことは、単に2国間関係のみならず、アジア太平洋地域ひいては世界の平和と繁栄にとって極めて重要であり、また、そうであればこそ、日中両国の責任は非常に重いと言わざるを得ません。

 今年は、日中国交正常化25周年に当たります。私も9月初めに訪中する予定ですが、このような機会を捉えて、日中友好の長い歴史に新たな1頁を重ねるとともに、中国が現代のアジア太平洋地域における建設的パートナーとしての地位を確保するよう中国と国際社会との一層の協調を促しつつ、日中両国が多くの国際的課題にともに取り組んでいく必要があると考えます。

 この関連で、経済的に拡大する中国が国際経済システムに参加していくことは是非とも必要であり、日本として中国のWTO早期加盟を引き続き支持し、その協力を惜しむものではありません。デンヴァーにおいても私はこの旨を各国首脳に伝えました。また、国連安全保障理事会やAPEC、ARFといった国際場裡における協力関係を推進していくとともに、朝鮮半島の問題など地域の安定に直接かかわる問題でも、日中間の対話を深めていくことが一層重要であると考えます。

 本日は、更に日中両国が特に協力して対処すべき共通の課題として、環境問題とエネルギー問題を取り上げたいと考えます。

 環境問題について見れば、希少生物や森林の保護のほか、中国の経済発展に伴う大気や水質汚濁等の問題は、中国のみならず燐国{前2文字ママ}たる我が国自身にも酸性雨などにより直接の影響を生じる可能性があります。我が国としては、日中友好環境保全センターを中心に、大気汚染のモニタリング、都市の大気汚染対策や関連技術の移転等に努力しています。本年12月には、京都で気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)が開催されます。この会議に向けては、未だ国際的に足並みが全く揃っていない状況下で、中国を初めとする途上国の協力を得るべく、話し合いを続けていく必要があると考えております。

 また、エネルギー分野について見れば、中国の高度成長は世界のエネルギー問題に極めて大きな影響を及ぼすものと考えられます。この点、需要面では我が国の10分の1程度に留まっている中国のエネルギー効率の改善に日中が如何なる協力を行いうるか考えていく必要があります。供給面では新たなエネルギー供給源の確保も課題であり、様々な困難な問題もあり得ますが、今後、日中間で共同の石油開発協力や原子力利用の進め方についての話し合いなどがこれまで以上に必要になってくると思います。さらに、先程日露関係で触れたように、ロシアのエネルギー供給体制の確立は、中国にとっても重要であり、既に中露間で協力が開始されているイルクーツク州の天然ガス開発については、中、露に加えて、日本などが参加する形で開発構想を話し合うことも1案でありましょう。

 勿論、この他にも日中両国が共通の課題として協力しうる問題は、食糧や人口、更に感染症対策などの保健・医療面等様々な分野に及びます。私の訪中の後には、中国政府首脳の来日も予定されており、地域及び世界に責任を有する立場にある隣人同志としての対話を益々深めていきたいと考えております。

 なお、文明の流れに目を転じれば、正倉院に残る宝物はシルクロードという1つの道を経て日本に伝えられたものであります。これらの日本に伝えられた文明がその当時の人々に、そして、現代を生きる我々にどのような影響を与えたかについて思いを馳せるのは私だけではないと思います。そのような意味から、この地域の現在危機に瀕しているような歴史遺産や文化遺産を保護し、将来に伝えていくための努力を日本としても考えなければなりません。

(対「シルクロード地域」諸国関係)

 そこで、そのシルクロード地域との外交について、最後に簡単に触れたいと思いま

す。

 これまでも我が国はODA等を通じて中央アジア諸国の独立国としての発展を助けるとともにこれら諸国との2国間関係の強化に努めて参りましたが、今後はこの地域への外交を対ユーラシア外交という大きな広がりの有機的な構成部分としてとらえ、従来以上にきめ細やかな外交を展開していく必要があると考えています。今月のはじめに中央アジア諸国を歴訪して大統領等要人と会談をした小渕恵三衆議院議員はその印象について帰国後すぐに私に報告してくれましたが、小渕議員の受けた印象も今私が述べたこととその方向を1にするものでありました。

 私は、今後の我が国のこの地域に対する外交を3つの方向性に整理したいと思います。それは、第1に信頼と相互理解の強化のための政治対話、第2に繁栄に協力するための経済協力や資源開発協力、そして第3に核不拡散や民主化、安定化による平和のための協力であります。

 具体的には、対話と信頼の強化の分野では、これまで要人レベルでの交流の実績がある国との一層の交流の強化とともに、これまで交流が必ずしも十分でなかった国々との要人レベルでの交流の実現が必要な課題になりましょう。近く閣僚レベルでこの地域への訪問が予定されているところです。繁栄のための協力の分野では、運輸・通信・エネルギー供給システムの構築のための域内協力の促進や域内のエネルギー資源開発への我が国の協力等が重要になりましょう。アゼルバイジャン、カザフスタン等における石油等エネルギー資源開発への我が国企業の参画への努力を、私も熱いまなざしを持って見つめております。平和のための協力の分野では、手始めに本年秋、東京において域内国及び関心国の有識者を招き、「総合戦略セミナー」を開催し、地域の平和と安定の強化のためにより積極的に貢献していきたいと考えております。

 このような動きの中で民間レベルでの交流が極めて重要であることは言うまでもありません。経済同友会の皆様は既にこの地域に大きな関心を持たれており、近々中央アジアにミッションの派遣等もあると承知しておりますところ、是非これが有意義なものとなるよう、私としても心から期待していますし、そのお手伝いで政府が出来ることがあるならば遠慮なく言って頂きたいと思います。

(締めくくり)

 以上、日露関係を中心に、日中、日・シルクロード地域関係について、今後ユーラシア大陸での政治的、経済的安定を図る上で日本が何をなすべきかについて、私なりの粗い問題提起を行ってまいりました。

 特定の問題について、国益と国益がぶつかり合う、それに集中する余り幅広い交流が制約され、双方の国民に開かれている豊かな可能性が現実のものとならない、そういうことは、避けなければならないと考えます。利害の対立や紛争は、ある意味では人間の頭の中に存在するものであります。従って、対立を乗り越えられるかどうかも、これに係る当事者が幅広い可能性に目を開く想像力を持っているかどうかに依存している部分も大きいのではないでしょうか。

 ここに御参集の皆様にも、こうした視点から、是非真摯にお考え頂き、私に率直なお考えをお聞かせ頂きたいと思います。