データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 総理と話そうマルチメディア教室(橋本龍太郎)

[場所] 
[年月日] 1997年7月15日
[出典] 橋本内閣総理大臣演説集(下),1098−1120頁.
[備考] 
[全文]

 −それでは、ここで「総理大臣と話そうマルチメディア教室」の主催である、文部省を代表していただき、小杉文部大臣にお話をお願いしたいと思います。

 小杉文部大臣、どうぞよろしくお願いいたします。

○小杉文部大臣 皆さん、こんにちは。私は文部大臣の小杉隆です。

 今日は「総理大臣と話そうマルチメディア教室」と題して、ここ東京の千代田区永田町の総理大臣官邸とそれぞれの皆さんの教室と直接インターネットで結んで、総理大臣と直接お話する機会をつくりました。

 既に昨年の十一月から文部省、そして民間のNTTを始め、各会社の協力で「こねっと・プラン」というのがスタートして、約一千校の学校と結ぶ事業がスタートしています。

 今、こうしたマルチメディア会議システムを使って直接総理大臣とお話が出来るというのは、私が子どものころ、総理大臣が子どものころには、ほとんど電話もそんなになかった時代で、とても夢のような話でした。しかし、科学技術の発展、情報通信の進歩でこうしたことが出来るようになったのです。どうぞ、皆さんが、日ごろ総理大臣に聞いてみたいなと思うようなこと、また、皆さんの日常のいろいろなことをお話していただいて、是非いい教室になりますように、協力してください。

 それでは、今日、総理大臣と直接話したことを、おうちに帰って、お父さんやお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして兄弟の皆さんともよく話をしてください。

 それでは早速「総理大臣と話そうマルチメディア教室」を始めます。

 −小杉文部大臣どうもありがとうございました。

 さあ、それでは皆様お待ちかねの橋本総理大臣にお話を伺ってまいりたいと思います。

 なお、後ほど、参加校の皆さんから直接橋本総理大臣に質問をしていただく時間がありますので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。

 それでは、橋本総理大臣どうぞよろしくお願いいたします。

○総理 皆さん今日は、橋本です。今日は後で皆さんから大変厳しい質問がある、そう言われて事務の諸君がこんなにたくさん模範回答をくれました。でも、なるべく模範回答を読まずに、皆さんに一生懸命にお答えをしたいと思います。どうぞよろしく。

 −よろしくお願いいたします。

 早速ですが、まず私の方から幾つかご質問をさせていただきたいと思います。

 今日は、小・中・高等学校のたくさんの方々がごらんになっていらっしゃると思うんですが、橋本総理大臣の子どものころのお話をお聞かせいただけますでしょうか。

 また、ご家族との思い出話なども一緒にお話しいただけますでしょうか。

○総理 私がちょうど小学校の二年のときに、日本は第二次世界大戦に敗れました。そして、私が中学に入ってしばらくしてから講和条約が結ばれ、日本は独立国になったんです。ですから、ちょうど物心ついたころは戦争の最中、そして敗戦、占領、そして独立、いろいろな局面を子ども心に見てきました。

 そして、私の父親は足が不自由だったので、多分皆さんは、お父さんやお母さんにだっこされたり、おんぶされたりした覚えがあると思うんですが、僕は松葉づえをついた父親の後をとことこ追い駆けていた。それが一番最初の思い出です。

 そして、後で何かばらされちゃうので、先に言っておきますけれども、相当なやんちゃ坊ずでした。ですから、ボーイスカウトが復活したら、ボーイスカウトに入ったし、山に登ったり泳いだり、まあ相当ないたずら坊ずだったと思いますよ。

 −今、ちょうどお母様とのお写真が出ておりますけれども。

○総理 これがちょうど戦争が終わった直後、ですから、小学校の僕が二年の終わりぐらい、いや、三年生になっているかな。二年生か三年生ですね。あるいは一年生かな、忘れちゃった。

 −このころは、将来はどんな職業に就きたいと思っていらしたんですか。

〇総理 これは今の皆さんにはちょっと想像がつかないと思うんですけれども、戦争中の子どもたちというのは、みんな自分が兵隊さんになるものだと思い込んでいました。ですから、いろんな仕事を夢みたというのはほとんどないんです。逆に、ヒマラヤに一度は登ってみたいなとか、ちょうど僕は田園調布に住んでいましたから、多摩川が近くにありました。その多摩川を早く泳いで渡れるように泳ぎがうまくなりたいなとか、そういう夢はみたけれども、何になりたいという夢は余りみませんでしたね。

 −今度はお父様とのお写真がちょうど出ておりますけれども、お父様も、今日は文部大臣がお見えになっていらっしゃいますが、岸内閣時代に文部大臣をなさっていらして、橋本総理大臣にとってはどんなお父様でいらしたんですか。

○総理 こわかった。だけれども同時に、大変子煩悩な父親でした。そして、自分が足が不自由で、例えば、自転車に乗れませんでしたし、それから、馬に乗れませんでしたから、自転車に乗ることとか、乗馬とか、自分に出来なかったことを僕にやらせたいと随分思っていたようですね。とても負けん気の強い、物すごく頭のいい人でしたよ。息子はとても迷惑した。

 −そんな楽しいお話もお聞かせいただきましたけれども、先程登山をしたいとか、水泳とかお話をなさっていらっしゃいましたが、現在は毎日大変お忙しい橋本総理でいらっしゃいますけれども、お仕事がお休みのとき、余暇はどんなことをなさって過ごされるんでしょうか。

○総理 今は、一番多いのは本を読んでいる時間が多いでしょうかね。そして、剣道が好きですから、出来れば週に一遍は剣道をしたいと思うんですけれども、なかなか出来ません。そして、下手ですけれども、剣道というのは年を取ってもやれますから、その意味では、もし今、この画面で見てくださっている中で、剣道をやっている方たちがあったら、ずっとやめないでほしいな。

 というのは、日本が戦争に負けた後、占領中、そして、独立を回復してもしばらく、剣道は学校の課外活動で出来ませんでした。禁止されていたんです。ですから、僕は小さいときから剣道がしたかったけれども、結局、高校二年まで学校に部をつくることが出来ませんでしたし、実際に本当に剣道がやれるようになったのは大学に入ってからでした。ですから、今、皆さんはそんな思いをしないで、思ったスポーツが出来るんですから、どうぞ続けてやめないでほしい。

 そういう意味では、小杉文部大臣は大変な文部大臣なんですよ。トライアスロンて知っているでしょう、鉄人レース。あのトライアスロン完走の記録を持っているたった一人の国会議員。

 −鉄人ですね。

○総理 鉄人です。

 −今日は実は橋本総理は写真もとてもお上手でいらっしゃるということで、二枚のお写真をお預かりしているんですけれども、こちらのお写真、これは。

○総理 これは二年ほど前に、正月の二日の朝に伊豆の初島という島から撮った写真です。ちょうど朝、日が出た直後の写真ですね。

 −きれいですね。日の出の写真ですね。首相官邸のホームページにも総理の自選の写真集というのが出ていますけれども、被写体はどんなものが多いんですか。

○総理 もともと山登りに行って覚えた写真ですから、自然が多いんです。そして、昔はスケッチで一生懸命に花のスケッチをして覚えたり、山のルート図を自分でかいたりしたんですが、だんだん不精になって、それを全部写真で代用するようになっちゃった。

 −山の写真とおっしゃいましたけれども、山のお写真もお預かりしてあるんです。これはどちらの山でしょう。

○総理 これはちょうどチベット側から、一九八八年にエベレストに挑戦したとき、五千四百メートルぐらいから写した、エベレストの本体がちょうどこの写真の右手にあります。その稜線をずっと下ってきたところにある一つのコールンというんでしょうか、峰ですね。

 −さわやかな感じがいたしますね。以前、エベレスト登山隊の総指揮をとられたこともおありのほど山登りもお好きだそうですね。

○総理 七三年と八八年と二回エベレストのそばまで行きました。そして、カンチェンジュンガの縦走とか、随分いろいろなチームに加えてもらって、だから、たぶん登山隊の諸君の足手まといだったんじゃないかな。

 −いえいえ、お近くにいらっしゃるだけで皆さん気が強かったのではないかと思います。

 さて、私の質問はこれぐらいにいたしまして、いよいよ全国の皆さんから直接橋本総理大臣に質問をしていただきたいと思います。

 まず初めに、青森県黒石市立東英小学校六年生の工藤裕幸さんに質問していただきたいと思います。東英小学校の工藤さん、よろしくお願いいたします。

○工藤 こんにちは。

○全員 こんにちは。東英小学校です。

○工藤 僕は青森県東英小学校の工藤裕幸です。今日はよろしくお願いします。質問してもいいですか。

○総理 あなたの質問こわそうだな。余り難しいのだめだよ。

○工藤 僕は児童会会長なのですが、みんなの意見をまとめたり、楽しい児童会行事を計画するのが大変です。総理大臣の仕事はもっともっと大変でしょうね。総理大臣の仕事はどんなことですか。どこが大変ですか。教えてください。

○総理 僕はいたずら小僧だったから、児童会会長どころか学級委員もさせてもらえなかったんで、あなたの苦労が余り分からないかもしれないけれども、きっとよく似ていると思うんですよ。黒石って僕はすばらしい、すてきなところだなと思うし、リンゴがすばらしくおいしいところだった、そんな思い出がありますけれども、いい場所に住んでいるなと思います。

 でも、例えば、あなたがみんなの意見をまとめて学級行事をしたり、学校行事をしたりするとき、多分いろいろな意見の人がいるでしょう。そして、あなたもアイデアを出さなきゃいけないし、みんなのばらばらな意見を一つにまとめるのも大変だと思うんです。総理大臣の仕事というのも結局同じことです。ただ、それがクラス会だったり、児童会だったり、そういうのと違って、例えば教育、いろいろなみんな考え方があります。あるいは今、行政改革というテーマを追っているけれども、その行政をもっといいものにしなければっていうところはみんな同じでも、どういうやり方がいいかというと、みんな意見が違います。そういう中でみんなの意見をまとめていく。場合によっては自分の意見でみんなをまとめるときもあるし、ほかの人の意見でまとめることもあるけれども、そういう意味では、あなたの苦労と余り違わないんじゃないかな。

 ただ、違った人の意見をまとめるって難しいんだけれども、それが民主主義というもの。そして民主主義というものは結果は多数決で決めていくけれども、その決めていく間に少数意見の人たちの意見も出来るだけ聞いていく。そしてその中にいいものがあれば取り入れていくし、同時に説得して分かってもらう努力もする。そういう意味では、児童会会長と日本の総理大臣というのはよく似ていると思うな。

 −どうもありがとうございます。児童会の会長と総理大臣とよく似たところがあるということでした。青森県黒石市立東英小学校の工藤さん、どうもありがとうございました。

 さて、続きましては、神奈川県川崎市立聾学校高等部の小林美由紀さんに質問をお願いしたいと思います。神奈川県川崎市立聾学校の皆さん、こんにちは。小林さんどうぞお願いいたします。

○小林 こんにちは。初めまして。川崎市立聾学校高等部三年小林美由紀と申します。総理大臣に国際会議についてお聞きしたいと思います。

 いろいろな国際会議に参加されていますが、一番大変だったことは何ですか。

○総理 これはとても難しい質問をいただいちゃったな。国際会議って、どれもそのとき、そのとき大事なテーマで議論をしますから、大変だと言えばどの会議も大変なんです。そして、皆さんも頑張っていらっしゃるのを、とても僕は今、画面を見てうれしく見ているんですけれども、例えば、日本自身がリーダーになって、去年沖縄県で東アジアの福祉担当閣僚会議というものを開きました。このときには、まだアジア地域には皆さんのような障害を持っている方々に対して十分な教育の仕組みを持っていない国もありますし、それからまた、仕事をつくり出せないでいる国もいっぱいあります。そういう中で、日本が経験してきた、例えば、聾学校、視覚障害の方々のための盲学校、そういう教育の仕組みの話、あるいは、障害を持っている方々が仕事をどういうふうにつくっていくか、そんな話。いろいろな日本の体験を話しながら、ほかの国の方々とそうした問題にどうしていけばいいかを一緒に議論しました。

 そういう会議もありますし、先日はアメリカのデンバーで先進国首脳会議というものがありましたし、このときも環境の問題だとか、あるいは麻薬や覚醒剤などとどう闘うか、こんな問題も各国でそれぞれの経験を踏まえて一生懸命に議論しました。ほかにもいろいろな会議があって、それぞれにそのときそのとき難しい問題はあるんですけれども、でも、お互いが一生懸命話し合うことで、少しでもいい社会が出来れば、みんなそんな思いで努力しています。どこの国もいろいろな問題を抱えている。そのお互いの経験の中から、いいものを探し出す、それが国際会議ですから、そうですね、つらいときもありますけれども、でもそれが役に立つんですよ。皆さんも頑張ってください。

 −どうもありがとうございました。川崎市立聾学校の小林さん、どうもありがとうございました。

 さて、続きましては、福岡県飯塚市立幸袋中学校一年生の尾下友美さんに質問をしていただきたいと思います。尾下さん、よろしくお願いいたします。

〇小島 生徒会長の小島です。簡単に幸袋中学校の紹介をしたいと思います。

 飯塚市立幸袋中学校は、福岡県のほぼ中心部に位置する飯塚市の北西部にある学校で、今年創立六十周年を迎えた学校です。全生徒数四百二十二名で、今この映像を全校生徒が学級のテレビで見ています。

 また、僕たち三年生は中体連の最後の大会に向けて、勉強に、部活に毎日忙しい日々を送っております。これは僕たちから橋本総理へのメッセージです。後で橋本総理に送りたいと思います。僕たちの学校のホームページにゲストブックがありますので、是非僕たちへのメッセージを書き込んでください。お願いします。

 それでは、一年四組の尾下さんから、橋本総理に質問がありますので、尾下さんよろしくお願いします。

○尾下 それでは総理大臣に質問します。「高齢化社会への取組みについて」これからの時代は高齢化社会と言われています。でも、今は老人施設や介護施設などの福祉施設が不足していると思います。日本はほかの先進国と比べても、高齢者についての施策がまだまだだと言われています。ホームヘルパーもその一つだと思います。これからの高齢化社会に備えてどんなことをしていこうと考えていますか。

○総理 幸袋中学ってすてきな名前だな。でも、後ろにある似顔絵は僕よりハンサムに描けているね。そして、とてもいい質問をもらったと思うんです。

 日本で百歳以上の人口がどれくらいあるか、皆さん知っていますか。日本政府がそういう統計を初めてとったのが昭和三十八年、一九六三年でした。そしてそのときには、日本中を探しても、たしか百歳以上の方は百五十三人しかいなかったと思います。

 ところが、今どれぐらいそれでは百歳以上の方がおられるか。去年の敬老の日に九月一日現在で調べた数字を発表したはずですが、そのときには日本には七千三百七十三人の百歳以上の方がおられました。昭和三十八年の百五十三人が去年は七千三百七十三人。それぐらい実は日本は急激に長生きの国になって、それだけお年寄りが増えています。

 ところが、残念ですけれども、生まれてくる子どもさんの数が随分減ってしまいました。ですから、実はそこに一つ問題があるんですけれども、今日この画面を見てくださっている皆さんは、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん、みんな一緒に暮らしているご家庭が多いだろうか。それともお父さん、お母さんと子どもたちだけのご家庭が多いんだろうか。私たちの頃には、おじいさんやおばあさん、更にはそのひいおじいさんやひいおばあさんまで含めて、みんなが一緒に暮らしているおうちが多かったんです。そして、それほど長生きじゃありませんでしたから、ご自分の家族にお年寄りがいるっていうのは、とても自慢でした。そして親戚中がみんな寄ってたかってそのお年寄りを大事にしましたから、老人ホームをつくろうとか、あるいはホームヘルパーをつくろうとか言わなくったって、お年寄りのお世話をみんながすることが出来たわけです。

 ところが、どんどん若い人たちが減っていく時代になって、そして日本の経済が大きくなっていくうちに、例えば、君たちのお父さんやお母さんでもお仕事を持って転勤をされたり、そしてお年寄りと離れたり、そういう方がどんどん増えてきました。そういう中で今、一生懸命に政府は各市町村にお願いをして、それぞれの市町村でその地域のお年寄りをどういうふうに支えていくか、そういう計画をつくっていただき、それを国全体でまとめて新ゴールドプランという名前で、これを国全体の計画として進めていこうとしています。

 あなたの質問にもあったように、ホームヘルパーさんもこれから増やしていかなきゃなりません。同時に、本当はお年寄りはご家族と一緒に住んで、そしてその中で年老いていけるのが一番幸せなわけです。でも、例えば、寝たきりになってしまったりすると、ご家族だけではそのお世話が大変ですから、そういうために介護のサービスというものを今、一生懸命に法律で組み立てて、きちんとした仕組みをつくろうとして努力をしています。そして、この介護サービスを目的にした法律を国会で認めていただいて、どこでも手軽にお年寄りが公の介護サービスを受けられるようにしたい。今、そんなことを考えています。皆さんもどうぞ力を貸してください。よろしくお願いします。

 −どうもありがとうございました。幸袋中学校一年生の尾下さん、どうもありがとうございました。

 さて、続きましては、石川県七尾市立徳田小学校五年生の田畠亜季さん、坂下晴香さん、そして堀岡尚也さんに質問をお願いしたいと思います。徳田小学校の皆さんどうぞお願いいたします。

○全員 橋本総理、こんにちは。石川県の徳田小学校の五年生です。

 −どうぞ質問をお願いいたします。元気がいいですね。

○田畠 徳田小学校五年の田畠亜季です。

○坂下 坂下晴香です。

○堀岡 堀岡尚也です。消費税のことについて質問します。

 どうして消費税は高くなったのですか。三%のままではいけなかったのですか。五%の消費税は何に使われるのですか。教えてください。

○総理 今、前の質問に答えたように、日本は今、大変お年寄りが増えて、若い人たちが減ってきています。実はもっと昔は若い働き手が沢山いましたから、その働いている人たちに税金を負担していただいて、それで国を動かしてきました。国もそうですし、皆さんが住んでいる七尾市も含め、県やあるいは市や、町や村、いろいろな仕事をしていますけれども、それはみんな皆さんからいただいた税金を使って仕事をしているわけです。そして働き手が多いときには、その働き手の方々から、所得に対して税を負担していただく。そういうやり方で賄ってきました。

 だけれども、もし同じやり方をこれから先も続けていけば、若い人たちが減っていく時代には、その働き手の負担はとても重くなっちゃいますね。ですから、そういう不公平が出ないように、八年前から消費税という考え方を入れて、働いている方たちからいただく所得税や住民税というものを少なくしながら、みんなで負担する税に仕組みを変えてきました。

 そうした中で、今度二%引き上げさせていただいたんですけれども、そのうちの一%は、皆さんが住んでおられる石川県やそれぞれの都道府県、市町村、地方の財源になります。国が使わせていただく一%は、今までの三%と合わせ、ほかの税と合わせて、教育だとか、年金だとか、医療だとか、さまざまな事業に使わせていただきます。でも、無駄遣いをしないように私たちも一生懸命気をつけて、せっかくいただいたその税金を大事に使えるようにしていきます。皆さんの時代になっても、その働き手だけが背負う税金では、若い方たちの負担は大変になりますから、今からそうした時代に備えて仕組みを変えていこうとしているんです。少し難しかったかな。だけれどもどうぞ分かってください。

 −どうもありがとうございました。石川県七尾市立徳田小学校の田畠さん、坂下さん、堀岡さんどうもありがとうございました。

 さて、続いては大阪産業大学附属高等学校三年生の立石明香さんと二年生の伊丹宏一さんに質問をお願いしたいと思います。どうぞお願いいたします。

○全員 こんにちは。

○立石 大阪産業大学附属高等学校の立石明香です。今日は二年前に発生した阪神・淡路大震災のことについてお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

○伊丹 それでは質問に移りたいと思います。先日も鹿児島で集中豪雨により土石流が発生し、多くの犠牲者が出たばかりです。関西地区では、今も話に出てきましたが、一九九五年一月十七日にあの阪神・淡路大震災が発生しました。我が校でも被災された方が多くあって、僕の横に座っている立石さんもそのとき被災された一人です。

 あの地震発生当時、盛んに現地で言われていたことが、政府を始めとする諸機関の対応の遅れでした。果たしてそれからの二年で、その反省はどういうふうになされたのでしょうか。

 ちょうどあの一年前の一九九四年、同じく一月十七日にアメリカ、ロサンゼルスで発生したノースリッジ地震においてのアメリカ政府の対応が早かったのは、FEMA、アメリカ連邦緊急医療補助機関のマニュアルが確立されていたからだとよく耳にします。日本でも同じような防災マニュアルはもう出来上がったのでしょうか。総理にお話を伺いたいと思います。

○立石 近畿ではまだ震災が終わっていません。そのことを忘れないでください。どうかよろしくお願いします。

○全員 よろしくお願いします。

○総理 大変真剣な質問ありがとう。そして、今、被災をされた方もその中におられる。改めてお見舞いを言いたいと思いますし、私も実は遠縁ですけれども親戚が一人亡くなりました。三人実は生き埋めになって、二人は助かりましたが一人だめだったんです。ですから、あなた方の言われるのはよく分かります。

 そしてそのころ、確かに県庁も、市役所も、消防や警察からの連絡も全部途絶えてしまうような大きな災害というものを想定したマニュアルはありませんでした。今そうしたマニュアルは出来ています。そして内閣として、情報が集中出来るような仕組みも出来上がっています。

 ですから、例えば、これは災害ではありませんけれども、ペルーの人質事件が起きたときも、政府の危機管理という意味では、そうした仕組みが役に立ちました。

 ただ、例えば、今年ナホトカ号の油流出事件がありましたね。そして日本海側、さっき七尾の方たちが話されたけれども、日本海側の方は随分海岸が油で汚染されました。冬の日本海の大変なしけの中でこうした事件が起こったときのマニュアル、残念ながら僕たちまだつくっていませんでした。それでも先日、東京湾で油の流失があったときには、その対応は比較的早く出来たのはマニュアルがあったからです。

 そして、我々はどんな災害に、どんなときにぶつかるか分かりませんから、これからもそのマニュアルは次々に改訂しながら、どんな場合にも対応出来るように一生懸命努力していきます。

 最後に言われた、阪神・淡路大震災もその被災はまだ終わっていないということは、私も真剣にそのとおりだと思い、一層これから政府としても県や市を助けながら努力していきたいと思っています。

 −どうもありがとうございます。大阪産業大学附属高校の立石さん、伊丹さんどうもありがとうございました。

 それでは続いて、愛知県知多市立東部中学校三年生の大沢好江さんに質問をお願いしたいと思います。

○全員 こんにちは。

○大沢 こんにちは。知多市立東部中学校三年生大沢好江です。ごみの投げ捨てについて質問します。

 私は、修学旅行で東京のまちを歩きました。そのとき、日本の悪いところを見つけました。それは平気で道や建物内にごみを投げ捨てることです。外国、特にシンガポールなどでは罰金制度を行っています。日本も行うべきではないでしょうか。

○総理 僕は罰金でこれをしなきゃならないっていうのは悲しいと思うな。むしろ皆さんにも是非協力をしていただいて、ポイ捨てをみんながしないで、そしてポイ捨てをしている人を見つけたらやめさせるように是非協力してほしいんです。

 さっき見ていてくれたかな。僕が山登りが好きだって言っていましたね。実はエベレストにもごみがいっぱい散っています。そして女性で初めてエベレストに登頂した田部井淳子さんという方が、今いろいろな人たちを組織して、そのエベレストのごみを一生懸命どけているんです。考えてみると、僕らもきちんと整理してきたつもりですけれども、あるいは七三年のエベレストのときなんか、ごみを少し残してきたかもしれないな、そう反省する部分があるんです。

 ですからこれは実は、法律で取り締まるのが僕は余りいいことだとは思いません。それよりもみんな一人一人がきちんと自分の出したごみは処理をする。そしてポィ捨てはしない。そういう心掛けを持っていただくのが一番大事なんじゃないでしょうか。それは、それぞれのご家庭から出すごみでも同じことで、きちんと集めるところに持っていかずに、その辺にみんなが置いていっちゃったら、町は絶対にきれいにならないでしょう。お互いに気をつけましょう。でも、法律で強制しなければポイ捨てがやまないような日本にはしたくないな。

 −そうですね、ありがとうございました。大沢さんどうもありがとうございました。続きまして、同じ学校の東部中学校三年生、水谷友美さん質問をお願いします。

○水谷 こんにちは。同じく知多市立東部中学校三年の水谷友美です。私は学校週五日制について質問します。

 数年以内に完全学校週五日制になると聞いていますが、授業内容が今までどおりだと、宿題が多くなったりして、今まで以上に生徒の生活がハードになると思うのですが、授業内容は減らしてもらえないのですか。

○総理 今、君中三って言ったけ。

○水谷 はい。

○総理 僕にも中三の娘いるんですよ。そして娘からも同じような質問を受ける。五日制になるのはいいけれども、宿題が増えるのはたまらないって、その子も言います。ですから、これは私から隣りにいる小杉文部大臣に、そんなにならないようにちやんと工夫してもらうように頼みましょう。

○小杉文部大臣 それでは総理大臣も今お嬢さんからそういう話を聞いているということですが、文部省では二〇〇三年から完全学校週五日制を実施します。そのために今、いろいろな作業をやっているんです。今お話のとおり、今まで六日間でやっていたことを五日間でやらなきゃいけないわけですから、授業科目とか教育内容を絞り込まなきゃいけませんね。どういう科目を減らすのか。そういうことで、五日制になったからといって、皆さんの負担が急激に増えることにならないように一生懸命努力をしています。

 それから、せっかく休みになった土曜日も、ただごろごろ寝ていたり、テレビ見てただけではつまらないので、ここはひとつ皆さんの家庭とか地域社会で、出来るだけ外でいろいろな体験をする、あるいは自然の環境を見る、あるいはみんなでボランティア活動をする、そういう学校の勉強以外のいろいろな活動に使ってもらいたいんです。

 ですから、今、学校週五日制に向けて科目をどうやって絞っていくか。もうこういうインターネットでいろいろな情報を得られるわけですから、学校で教わらなくてもいいことは思い切って削る。その代わり学校でなくては分からない、出来ないことをそこでやってもらう。そういうふうに今、一生懸命やっていますから、どうぞ心配のないようにしていてください。

○総理 僕は出来るだけゆとりを持った学生生活が出来るようにしたい。小杉さんも私も余り勉強ばかりしていた方じゃないから、あなたが心配するようなことにしないように気をつけます。

 −総理大臣も文部大臣もこのようなご意見でしたからよかったですね。水谷さん、質問ありがとうございました。

 さて、それでは続きまして、岡山県矢掛町立中川小学校五年生岡田のぞみさんに質問をいただきたいと思います。岡田さん、よろしくお願いいたします。

○全員 こんにちは。

○岡田 岡山県の中川小学校五年岡田のぞみです。人の命は大切なのに、なぜ地球上には戦争をして殺し合いをしている国があるんですか。教えてください。

○総理 矢掛の皆さんは私にとっては大変懐かしい場所ですし、そして今年も矢掛の皆さんが東京に来て、ホタルの缶詰を配ってくださるのかな、どうだろうな、今ふっと思いました。そしてとても大事な質問ですね。本当に日本も五十年以上も前に戦争をして、その結果から、もう二度とよその国、よその民族に武器を向けない、自分の身を守るとき以外は武器を向けないんだということを世界中に宣言し、それ以来ずっと平和な国が続いてきました。

 だけれども、地球上には同じ民族で政治的な考え方が違う、あるいは宗教が違って、その宗教と宗教の間で争いがある。実はいろいろな原因で不和が、仲の悪い国があることもあなたの言っているとおりなんです。そしてまだ、平和が全然回復をしていない場所もあります。

 今しかし、そういう中でも国際連合とか、あるいはそれぞれの地域の中でいろいろな安全の仕組みについての部隊がつくられていて、このアジア太平洋地域でもARFという、ちょっと難しい名前ですけれども、安全の仕組みを話し合う組織が生まれています。そして、国連の活動の中でも平和維持活動というものがあって、その争っている人たちの間に割って入って、ぶつかり合いを避けるようにしたり、せっかく平和が戻ったのなら、その平和がそのまま続くように、そういう活動をしているところが幾つもあります。日本でも、例えば今、中東のゴラン高原にそういう努力をしてくれている人たちが派遣されていますし、そのほかの地域でも、人道的な活動をいっぱいやってくれています。皆さんが本当に大人になる頃には、もっともっとそうした争いの種を減らしていくように、僕らも一生懸命努力していきます。

 −どうもありがとうございました。中川小学校の岡田さん、どうもありがとうございました。

 まだまだたくさんのお話を伺っていきたいんですけれども、残念ながらお時間の関係で質問はこれまでにさせていただきたいと思います。

 なお、全国の皆さんからたくさんの質問をいただいておりますが、その中から幾つかの質問は、後日、首相官邸ホームページに回答を掲載していただけるとのことですので、楽しみにしていてください。橋本総理大臣、どうもありがとうございました。

 それでは、最後になりますけれども、参加校の皆さんに向けて一言メッセージをお願い出来ますでしょうか。

○総理 本当にもっと時間があったらもっと議論が出来たのに、そう思いますけれども、同時に、最初に小杉文部大臣から言われたように、私たちが子どものときには大体電話がなかなかかからないような、そんな時代でしたから、こういう試みが出来るというのは、本当にすばらしいことだと思います。そしてもっともっとすばらしくなっていくだろうと思います。

 その上で、どうぞ皆さんに一つだけ私からお願いしたいこと。今、皆さんが持っている夢がどんな夢でもいいですから、その夢をどうぞ大事にしてください。そして、その夢を実現させるように自分で努力してください。そして、そういう挑戦が出来るような日本を、小杉さんたちと一生懸命に私たちつくっていきます。

 私が皆さんのころには、日本人がヒマラヤに挑戦出来る機会なんてほとんどありませんでした。僕は子どものときから山登りが好きでしたから、一生のうちに一度でいいからヒマラヤに行ってみたい、それが夢だったんです。それがかなったのは三十歳も大分過ぎてからでしたけれども、それが七三年のエベレストでした。それ以来何回かヒマラヤに挑戦をして、おかげさまで、私一緒に登った仲間を、自分で山登りをしていた限りでは一人も亡くさずに今まで来ています。そういう挑戦もあります。

 皆さんの中には仕事の夢を持っている人も、あるいは、もしかすると、すてきな恋を考えている人も、いろいろな夢があると思うんだけれども、どんな夢でもいい。どうぞ自分の夢を大事にしてほしい。そして自分の夢にチャレンジしてほしい。そのチャレンジがかなえられるような日本を、私たちも一生懸命つくっていきます。今日は本当にありがとう。

 −橋本総理大巨、そして小杉文部大臣、本日はお忙しい中を本当にありがとうございました。

 「総理と話そうマルチメディア教室」いかがでしたでしょうか。皆さんも是非夢を持って、いろいろなことにこれからチャレンジしていっていただきたいと思います。そして今日のように、いろいろなことに疑問を感じて考えたり、また、ご家族の皆さんと話し合ってみたりしてくださいね。

 「総理大臣と話そうマルチメディア教室」、以上をもちまして、終了させていただきたいと思います。本日はご参加くださいまして、ありがとうございました。

○総理 どうもありがとうございました。

 「総理と話そうマルチメディア教室」の時間内でお答えできなかった質問と回答を以下に掲載します。

 −「私は逃げない」という総理のポスターをよく見かけますが、行政改革ができなかったら、私たちの将来にどのようなことが起こるのですか。(大阪府忠岡町立忠岡中学校二年生)

○総理 一、世界が一体化し、人、物、資金、情報が自由に移動することができるようになっております。こうしたことから、企業が活動しやすい国を選択するような時代となりました。このため、我が国の経済社会が企業にとって活動しやすい社会となっていないと、企業が活動の場を他の国に移してしまい、我が国経済の活力が失われてしまう恐れがあります。また、我が国は世界有数の長寿国家となっています。この長寿というのは、人類の長年の望みであり、誇るべき成果でありますが、一方で、子供の数が減少しています。こうした中で、日本がどうやって活力を維持していくか、よく考えなければなりません。さらに、世界を見ると、東西の冷戦は終了しましたが、まだまだ難しい問題は沢山あります。

二、どうしたらよいか。私の考えは日本を変えるということです。そのために六つの改革を一体となって進めています。例えば行政というのは、国の活動そのものです。国が不必要な規制をしていては活力の発揮の邪魔になります。福祉や道路の建設などさまざまなことにお金は必要ですが、税金が重くなりすぎては活発な国になれません。また、難しい問題に適切に対処していくためには、行政が有効に機能しなければ困ります。ですから、私は目前に迫った二十一世紀に求められる行政の役割を問い直した上で、それにふさわしい行政のシステムをつくるための行政改革をやり遂げようと考えているわけであります。

三、これにより、皆さんが大人になったときに、皆さんのご両親やお年寄りが安心して老後を迎えることができ、皆さん自身が将来に夢や目標を抱けるような社会になるように、また、国民の皆様方に納めていただいた税金を最も効率的に活用し、国民の皆様の負担の上昇をできる限り抑制することができるようにするよう、行政の責任者である私自身が、このような厳しい状況から逃げることなく、国民の皆様の目に見える形で改革を成し遂げる決意で取り組んでいます。

 −国債残高が二百兆円を超えて増加していますが、総理はどう考えていますか。(愛知県立津島高等学校一年生)

○総理 一、国債、簡単に言えば、国の借金の残高は、現在、二百五十四兆円にものぼります。これは、国民一人当たりに直せば、約二百一万円の借金を背負っていることになります。

二、これまでのように、毎年毎年国債の残高が増加していくという状況を続ければ、将来の皆さんの世代は、借金の返済のために巨額の負担を負うことになってしまい、経済の活力は失われてしまうでしょう。

三、そのような社会を、将来を担う皆さんの世代に残してよいものか、というのが私の切なる思いであり、経済や国民の生活が破綻しないように、また、我が国経済が活力ある形で二十一世紀を迎えるため、財政の在り方そのものの見直しに取り組んでいるところです。

 −日米安保条約はなぜ必要ですか。沖縄基地問題について、総理は、沖縄県民に対してどのようなことをしていく考えですか。

○総理 私たちが毎日安心して暮らせるような安全な世界はまだ実現していませんし、私たちの安全を確保するための国際的な仕組みもありません。日本としては、日本にとって最も重要な国であるアメリカと協力して、日本自身を守るとともに、日本の周りの地域の平和を維持しなければなりません。日米安保条約は、このために欠かせないものです。日米安保条約に基づいてアメリカ軍が使う基地は、引き続き必要ですが、沖縄県に基地が集中しているため、沖縄県民の皆様の負担がとても大きくなっています。私の内閣は、このような負担を少しでも軽くすることを最も重要な課題の一つとして、沖縄県にある基地をできる限り小さくすることや、沖縄県の経済をより良くしていくことなどに、真剣に取り組んでいます。

 −神戸市の小学生殺害事件をどう思いますか。(栃木県石橋町立細谷小学校六年生)

○総理 一、まず、今回の事件により亡くなられたお子さんのご冥福をお祈りするとともに、非常につらい思いをされている遺族の方々に、改めて、お悔やみを申し上げたいと思います。

二、私にも中学三年生の娘がおり、同じ世代の中学生が事件の被疑者とLて逮捕されたことについては、なぜこのような事件が起きたのかと、大変な衝撃を受けています。

三、事件については、現在捜査当局が綿密な捜査を進めているところであり、現段階では、その背景や、原因、動機等の詳細については明らかではありませんが、私は、皆さんには、社会の決まりはしっかり守って欲しいと思いますし、また、夢を持って生き生きと活躍していくことを期待しています。そのために、私たちも、皆さんが健やかに育っていけるような環境づくりに努めていきたいと思っています。

 −今と昔のいじめの違いはどこにあると思いますか。いじめ問題について、今後どのように取り組んでいくつもりですか。

○総理 一、いじめの背景には、社会の在り方や教育などさまざまな問題があり、また、昔と今では、いじめの形にも違いがあるのかもしれません。しかし、今も昔もいじめが許されないこと、卑怯なことであることには違いはないと思います。

二、いじめの原因は、例えば、家庭において思いやりや正義感などについてのしつけが徹底されていないこと、学校において、いじめが卑怯な行為であるという指導が十分に行われていないこと、更には他人の子どもが悪いことをしていても叱らないなど、地域全体で子どもを育てるという意識が低下していることなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っていると思います。

三、いじめ問題の解決のためには、「弱い者をいじめることは、人間として絶対に許されない」ということを一人一人が強く自覚して、自らが、いじめの問題の解決に取り組んでいくことが大切です。私たちもいじめなどで悩んでいる子供たちが相談しやすいような体制づくりに努めてきましたが、今後も一層努力していきたいと思っています。

 −大学受験の現状をどう考えますか。(宮城県仙台第三高等学校二年生)

○総理 一、大学入試においては、最近、ペーパーテストだけに限らず、小論文や面接などさまざまな方法で受験生の方々が持っている力を評価するようになってきました。また、学力試験の成績のほか、クラブやボランティア活動、スポーツ、芸術分野での活動の成果も評価するようになってきたと思います。このほか、大学へ進学せずいったん社会に出た人が、何年か後に大学に入学しようとした場合に入学しやすい制度も作られてきています。

二、ぺーパー試験の学力だけではなく、将来の生活への夢や希望を大切にし、いろいろなことに興味を持って、いろいろなことに一生懸命取り組んでいる若者が、入学でき、大学で勉強し、自らを鍛えられるようになることが望ましいと考えています。

 これからも、受験生の優れている点や長所が積極的に評価されるように、大学入試をより一層改善していかなければならないと思います。

 −O−一五七対策として、今年度はどのようなことを考えていますか。(佐賀県佐賀市立城北中学校三年生)

○総理 一、昨年はO−一五七より全国で九千四百五十一名の感染者が発生し、このうち死者は十二名を数えました。今年度はこのようなことがないように、夏の食中毒が多発する時期を前にさまざまな対策を講じています。

二、例えば、安全な給食や弁当を調理するためのポイントをまとめ、調理を行う施設の関係者にこれを守るよう求めています。また、O−一五七に汚染された食品が流通しないように、スーパーや市場にある食品を検査して、O−一五七に汚染された食品の発見に努めています。さらには、万が一、O−一五七による食中毒になってしまった時に治療を行うための薬の開発を進めているところです。

三、また、家庭でできる食中毒予防のポイントがまとめられていますので、皆さんの家庭でも実行してみてください。

 −脳死を認めるかどうかは家族が決めればいいと思います。どうして国会で決める必要があるのですか。(長野県更埴市立東小学校六年生)

○総理 一、脳死と臓器移植の問題は、人の生と死をどう考えるかということと深く関係した大事な問題です。それだけに、国民の中にも、また、国会議員の中にもいろいろな意見がありますから、十分な議論がされたことはとてもよかったと思います。

二、その結果、多くの国会議員は、心臓や肝臓などの移植でしか助からない患者さんに臓器移植を行っていくためには、脳死と人の死との関係を含め、臓器移植を行う場合の条件をはっきり法律で決めることが必要だと考え、臓器移植法を定めることになりました。

三、この臓器移植法では、本人や家族が臓器の提供と脳死を受け入れることがあって初めて、脳死からの移植が認められています。この結果、本人や家族が脳死に反対している場合には、脳死が「人の死」と認められたり、臓器移植が行われたりすることがないようになっています。