データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本経営者団体連盟常任理事会における村山内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1994年9月20日
[出典] 村山演説集,561−566頁.
[備考] 
[全文]

 本日は、日本経営者団体連盟常任理事会にお招きいただき、ありがとうございます。総理として、私の政治信条や国政運営の考え方について、経済界を代表する皆様方の前でお話しさせていただく機会を得ましたことを、心より感謝いたします。

 さて、申し上げるまでもなく、ここ数年間の内外の環境変化には、誠にすさまじいものがあります。あのベルリンの壁の崩壊は、遠い音のようでありながら、わずか五年程前の出来事であります。戦後一貫して続いてきた冷戦という時代がひとたび終焉した後の変化の勢い、歴史のダイナミズムに、改めて思いをいたさざるを得ません。

 ほんの数ヵ月前まで、総理大臣として私がこの壇上に立つなどとは、御列席の皆様はもとより、私自身も、全く予想だにしなかったことであります。私は、国政をあずかることになって、まだ三ヵ月足らずでありますが、今ほど我が国の進路が内外から問われている時はないと、改めて痛感しております。大きな歴史の潮流を見誤ることなく、また流されるままになることなく、我が国の将来に誤りなきよう、全力を傾注して職責を全うしてまいる覚悟であります。これまで私は、常に、国民が何を感じ、何を求めているのかという点を政治の基本に据えてまいったつもりでありますが、今後とも、国民の皆様とともに考え、同じ目線で物事をみつめていくという姿勢で、諸課題の解決に取り組んでまいりたいと思います。

 昨年七月の総選挙の際、国民の皆様が示された新しい政治、新しい時代を求める熱い思いは、今もって私の心に焼きついておりますが、その後の政界における紆余曲折とも言える様々な変化は、結局のところ、こうした国民の熱い思いに突き動かされてきたものであると思います。今、我々政治家に求められているのは、こうした国民の期待に応えて、清潔な政治を原点として、政策中心の政治を進めていくことであります。この度の自民、社会、さきがけの三党の連立による内閣は、こうした思いが一つになった結果として成立したものであります。今後、過去一年間の二つの連立政権の経験と反省に立って、三党のそれぞれが自己変革を行いながら、より民主的で透明度の高い、開かれた政策論議を尽くしつつ、国民にとって最適な政策を追求してまいります。

 間もなく臨時国会が開催されますが、そこで審議される重要テーマのひとつに、いわゆる区割り法案があります。これは、ここ数年間にわたって延々と続けられてきた政治改革論議のひとつの節目をなすものであり、まずは、この速やかな成立に全力を挙げることが重要であります。しかしながら、これまで繰り返してきた政治腐敗事件を二度と生まないようにするためには、ここで歩みを止めることがあってはならず、政治浄化のため、より徹底した政治腐敗防止策の確立に引き続き取り組んでいくなど、今後とも政治改革に力を注いでいく決意であります。

 さて、我が国経済は、バブルの崩壊の影響もあって、長い景気低迷のトンネルの中を歩んでまいりました。このところ、減税の効果や猛暑の影響も加わり、個人消費の持ち直しの動きが広がるとともに、鉱工業生産は一進一退ながら底固さが増しつつあり、公共投資も堅調に推移しているなど、全体として、穏やかながら回復の方向に向かってきております。このように、ようやくトンネルの出口の薄明かりが見え始めてきたというところでありますが、一方、民間設備投資は引き続き低迷し、雇用環境も極めて厳しい状況にあることに加え、最近の為替相場の動向など懸念すべき要因もあって、決して先行き楽観できるまでには至っておりません。

 また、我が国は、現在、依然として大幅な経常収支黒字を抱えておりますが、これが貿易摩擦や行き過ぎた円高を招き、更には産業の空洞化や一層の雇用不安をもたらしかねないという懸念も大きくなりつつあります。今後、我が国が世界にも例のない高齢化社会に移っていくということは避けようのない事実であり、活力のある今のうちに、将来を見据えた対策や構想を打ち出していけるかどうかが、二十一世紀の我が国のあり方を大きく左右すると言っても過言ではないと思います。

 そのためには、まず、当面の景気回復を本格的なものとすることが重要であり、政府としては、引き続き内外の経済動向を注視して、機動的な経済運営に努めていくのは当然のことであります。さらに、複合不況とも言われた我が国経済を完全に立ち直らせるためには、短期的な対応策に加え、我が国経済社会に横たわっている構造的な問題についても正面から全力で取り組み、政策の方向を明らかに示すことによって、国民の皆様や経営者の方々が抱いている先行きに対する不透明感を払拭していくことこそが求められているのではないかと思います。

 二十一世紀に向けて活力ある豊かな経済社会を実現していくためには、将来の福祉のあり方と密接に関連する税制改革は、避けては通れない課題であります。与党としての税制改革を近々とりまとめる方向で、現在、精力的に作業を行っているところでありますが、その結論を踏まえ、本年中に税制改革を実現すべく最大限努力してまいる所存であります。これと同時に、行財政改革を目に見える形で推進していくことも不可欠の課題であります。

 また、本格的な高齢化社会を迎えても、国民の一人一人が心からゆとりと豊かさを実感でき、また、経済社会が活力を保って発展していけるようにするためには、今のうちから、必要な社会資本を計画的に整備していくことが肝要であります。そのため、現行の公共投資基本計画を時代の要請に合ったものにするべく、質・量の両面にわたって全面的な見直しを行っていくこととしており、今月初めから、政府部内において、その検討作業を鋭意進めているところであります。

 さらに、我が国産業の空洞化が懸念される中で、我が国産業が創造性豊かな産業へと脱皮していくことを促進するための対策についても積極的に取り組んでいかなければならないと思います。産業界の皆様には、詳しく申し述べる必要もないと思いますが、私も先般の東南アジア歴訪の際、アジア諸国の旺盛な経済活力に驚くと同時に、今後我が国の産業構造が大きな転換を迫られざるを得ないことを実感した次第であります。

 高齢化社会を支える我が国経済が力強さを失わず、新たな雇用を創出していくためには、経済のフロンティアの拡大が不可欠であり、創造性と技術力に溢れる新規産業を育成していくことが重要であります。このためには、産業政策と雇用政策を一体的に、きめ細かく推進していくとともに、欧米と比べて立ち遅れていると言われている情報化についても、官民が力を合わせて推進していくことが必要であります。このような観点から、本日、有識者の方々もお招きして、私自身が座長をつとめる、高度情報通信社会推進本部の第一回会合を開催したところであります。また、新規産業の創出や自由な発展を促進するためにも、さらには、国民が豊かさを実感できないでいる大きな原因のひとつとして挙げられている内外価格差を是正していくためにも、規制緩和を抜本的に進めていくことが重要であります。このため、今年度末までに策定する予定の規制緩和五ヵ年計画を大いに意味のあるものにするべく、私自身が陣頭指揮をとる覚悟で取り組んでまいりたいと思います。

 世界は今、歴史的な変革期に特有の不透明な状況におかれております。冷戦の終結によって確実に一つの歴史は終わりましたが、次なる時代の展望はまだ開かれていないのが現実であります。

 こうした中で、世界の平和と繁栄に我が国が果たしていくべき役割と責務が従来とは比較にならないほど大きくなってきており、そうであればこそ、我が国にふさわしい国際貢献を実行していくことが重要であります。すなわち、我が国は、唯一の被爆国として、軍備なき世界を人類の最終的な目標におき、二度と軍事大国化への道は歩まないことを誓うとともに、核兵器の究極的な廃絶を目指し、大量破壊兵器の不拡散体制の強化など国際的な軍縮に積極的に貢献していくべきであると、私は考えております。また、我が国が、その経済力、技術力を活かしながら、人類共通の課題となっている、地球環境や貧困、エイズ、人口問題などに、従前にも増した取組みを行っていくべきは言うまでもないことであります。

 この意味で、冷戦後の国際社会の平和と安全にとって中心的な役割を果たしている国連に対し、我が国としても積極的に協力していかなければならないと考えており、国連の改革に努力しつつ、より責任ある役割を分担することが必要であります。先頃来日したガリ事務総長とも意見交換をいたしましたが、安全保障理事会の常任理事国入りの問題については、平和憲法を有する日本の立場と見解を内外に明らかにすることによって、国際社会の支持と国民的理解を踏まえて取り組んでまいりたいと思います。

 次に、日米関係についてでありますが、ナポリにおけるクリントン大統領との会談で再確認したとおり、相互にとって最も重要な二国間関係であるとともに、アジアを含む世界の平和と安定にとっても極めて重要な関係であります。これまで一年以上にわたって続けられてきた日米包括経済協議は、今のところ妥結に至っていないのは事実でありますが、この問題で日米関係にヒビが入るようなことがあってはならないことは、双方に共通の認識であります。先頃も、河野外務大臣と橋本通産大臣が米国を訪れ、この問題について米国の関係閣僚と率直な意見交換を行ってきたところであります。また、明日より河野大臣が再度訪米し、引き続き協議を行う予定となっておりますが、私は、双方が誠心誠意話し合えば、必ずや妥協点が見い出せると確信しております。

 先程も申し上げましたが、八月下旬に東南アジア四ヵ国を訪問し、その国情に直接触れる機会を得たことは、私にとって感慨深いものがありました。訪問を通じて、私は、我が国と東南アジア諸国との相互依存関係が、目を見張るほどに深まっているとともに、大変に多角的なものとなっていることを実感しました。また、これらの国々がアジア・太平洋地域において中核的役割を果たそうとしていること、さらには、自らの関心を世界全体の安定と繁栄へと広げていこうという意識が高まっていることなどにみられるような、新しい気運が生まれていることを強く感じました。まさしく、東南アジアは、新たな時代を迎えようとしているのであります。我が国としても、このような、いわば東南アジア新時代において、政府開発援助や、民間投資・貿易の促進、人材育成などを通じて、東南アジア諸国の国造りに大いに協力し、「更なる飛躍へのパートナーシップ」を築いてまいりたいと思います。十一月中旬には、インドネシアにおいてAPEC首脳会議が開催される予定であります。私も、これに参加するつもりでありますが、首脳レベルでの交流を通じて、お互いの信頼関係を一層深めるとともに、「開かれた地域協力」を目指して、より自由な貿易・投資環境の形成を図ってまいりたいと思います。

 我が国は、世界第二位の経済大国でありながら、生活者の視点からみて、必ずしも真の豊かさを実感できる状況にないことは、誠に残念であります。しばしば申し上げていることでありますが、お年寄りや社会的に弱い立場にある人々を含めて、国民一人一人の心がやすらぎ、安心して暮らせる社会を建設することが、私の言う「人にやさしい政治」、「安心できる政治」の最大の眼目であります。我々の行く手には、解決すべき幾多の課題が立ちふさがっておりますが、国民の皆様の御理解、御協力を得ながら、一つ一つ着実にその解決に取り組んでまいりたいと思います。

 日本経営者団体連盟の皆様は、昭和二十三年の連盟発足以来、労使関係の健全な発展に尽力され、安定的な労使関係を通じた我が国経済の発展に大きな役割を果たしてこられました。内外の経済環境の変化に加えて、経営者及び労働者の方々の意識も変化しつつある中で、今後とも、日本経営者団体連盟の活動には大きな期待が寄せられるところであります。

 最後に、日本経営者団体連盟の一層の御発展と、皆様方のますますの御活躍、御健勝を祈念いたしまして、私の御挨拶といたします。