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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本社会党第六十一回臨時全国大会における村山内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1994年9月3日
[出典] 村山演説集,750−756頁.
[備考] 
[全文]

   一

 全国から第六十一回臨時党大会に参加された代議員・傍聴者の皆さん、ご多忙ななかを駆けつけていただいたご来賓の皆さん、ご苦労さまです。中央執行委員会を代表し、心から敬意を表し、連帯のあいさつを申し上げたいと思います。

 全国の仲間の皆さん。私は昨年九月、総選挙で議席を半減させた社会党の再生と団結を全党で誓い合った第六十回定期党大会で思いがけなく委員長に就任し、就任のあいさつをいたしました。

 そして一年後のいま、国政の舵取り役である内閣総理大臣の職務を担いながら、同じ壇上に立って、皆さんにごあいさつする自分に、万感迫るものを禁じえません。

 同志の皆さんの心を心として、誠心誠意、がんばりぬいてきたつもりでありますが、私の力足らざるために何かとご迷惑をおかけしているのではとの思いが強いのであります。

 私たちはいま、新しい連立政権時代の政治を担当する中軸政党の立場にあります。党員の皆さんはさまざまな思いを抱いておられるでしょうが、国民の社会党を見る目、求めている声は大きく変わっています。私は、改めて、政党は国民のために存在するとの大義を確認し合いたいと思うのであります。

 すなわち、いまの私たちに大切なことは、「日本の国家、あるいは党が、党員一人ひとりに何をしてくれるのかではなく、一人ひとりが国家・国民のために何をなすべきか、何ができるのか考える」姿勢をもって国民の期待に応えることだと思います。

 その意味でも、国民の注目が集まっている今大会において、こうした観点に立ち、虚心に大いに議論し、連立政権の現代的意義を確認し合い、誤りなき社会党の大道を定め、大会を成功させねばなりません。

   二

 私は、首相就任以来二カ月、懸命に走り続けてまいりました。この機会に二カ月を振り返り、私の所見を申し上げたいと思います。

 その一つは、昨年来、自民党の単独政権が崩壊し、新党結成も続き、いわゆる政界再編、政党再編の激変のなかでの政党の存在意義であります。言葉を換えて申し上げますと、この時代にあっての社会党の任務、あるいは社会党らしさとは何かということであります。

 社会党は、先の大戦における敗戦の中から再び悲惨な戦争を繰り返してはいけない、再びアジア諸国への侵略や植民地支配を行なってはいけないという反戦平和の誓い、国民の自由と人権を抑圧する独裁政治を許してはいけない、政治制度をはじめとする社会の全域に民主的な制度を確立しなければならないとの決意のもとに結党され、幾多の先輩たちが営々として活動を続け、まもなく五十年を迎えようとしています。

 五十年の歴史的道程は、今日、「憲法を政治と暮らしの中に生かす社会党」のゆるぐことのない歴史的遺産を形成してきたと確信するものであります。

 この遺産はひとり社会党が自負するにとどまらず、冷戦構造下の日本の戦後政治の基本的骨格を形成し、非核三原則、専守防衛、自衛隊の海外派兵禁止などの諸原則を国民の共有財産となし、日本の平和を守りながら、軽軍備で国民生活を大切にする政治の枠組みのなかで世界第二位の経済力をもつ平和憲法国家日本を生み出したのであります。

 同時に、社会のなかで絶えず発生する光と影があれば、影の部分にも目を向け、社会的弱者の立場に立って社会的正義と公平・公正を求める社会党として生きてきました。

 これらの社会党の理念なり原点は、しっかりと胸に秘め、活動を続けていかねばならないと考えております。

 そこで、私が先の臨時国会で「自衛隊は憲法の許容するもの」などとした安保、日の丸に関連した一連の発言にふれ、みなさんのご理解を得たいと思います。

 冷戦構造を背景とする時代には、自民党政権は、防衛費の増大をはじめ、絶えず軍拡路線を採り、できれば憲法を改めようと企図し、改憲できなければ拡大解釈して既成事実化してきました。これに対して社会党は、自衛隊は違憲であるとし、非武装中立・非同盟の立場でがんばってきました。

 その結果、専守防衛の下に自衛のための最小限の実力組織としての自衛隊がバランスのとれたものとして存在することが、国民的な合意として形成され、今日に至りました。

 しかし、いま冷戦構造が崩壊したなかで、思想やイデオロギーによる対立が世界を支配する時代は終わり、政策を競い合い、合意を求めていく時代であり、軍縮の流れが求められているのであります。

 従って、非武装中立の旗を掲げてきた社会党の歴史的な役割は不滅であっても、その政策展開は、憲法理念の実現を、いかに具体的な軍縮の政策として進めるかにあると思います。軍備なき世界をめざす非武装の理念を堅持しながら、法的にも、現実にも存在する自衛隊の削減を含む参考資料として配付されている「平和への挑戦」も同じ視点だと思います。着実な軍縮政策を社会党がいかにリードしていくかの視点が重要になっているのであります。

 私の内閣は、このような基本姿勢のもとに自民党・新党さきがけ・社会党が、既存の対立の枠組みを越えて軍縮政策を述べ合う、内実のある論争を追求していくことにその意義があり、新しい時代の憲法政策の推進をめざしたいと考えています。

 第二は、歴史の反省とアジアの人びとと共に生きる日本の外交の新しい進路づくりであります。

 私は先日、日本の首相として初めてハノイを訪問し、日本の戦後からさらに三十年、戦い続けてきたベトナムの疲弊と、国づくりに燃える民衆にふれる機会を得ました。この訪問を通じ、ベトナムはもとより、アジアの平和と安定のために日本の果たす役割と、その期待の大きいことを痛感いたしました。

 また、シンガポールでは、日本の首相として初めて「血債の塔」に献花し、先の戦争で日本が犯した侵略と植民地支配がアジアの人びとへ耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことを心から反省し、不戦の決意のもと、未来に向けての平和の創造について虚心に意見を申し上げてきました。

 私たち日本国民が、時代が移っても忘れてならない、アジアの人びとへの償いと和解は、従軍慰安婦問題をはじめ、いわゆる戦後補償の課題として、残されていることは、先の私の談話で述べた通りであります。

 戦後五十年の節目を来年に控え、私の内閣では、これまで長きにわたって積み残されてきた課題について、避けることなく、真正面から解決へ取り組んできました。

 私は、今回の東南アジア訪問と、先の韓国訪問を通じて、アジア重視、アジアの人びとと共生できるやさしい国づくりをめざしたいと考えています。

 同時に、今回、ルワンダに人道上の立場から自衛隊を派遣することを準備していますが、紛争に伴う難民への救援にとどまらず、地域紛争の平和的解決への協力、貧困に悩む途上国への支援、市場経済への移行努力を続ける諸国への支援、環境や人口、麻薬対策など、平和憲法国家らしい国際社会への積極的貢献への道をめざしたいと考えます。こうした積極的な姿勢を国際社会が評価し、国連で果たすべき日本の役割を明らかにすることによって、国連安保理の常任理事国入りの問題についても、おのずと国民的合意が得られると考えるものであります。

 国内的には被爆者援護法制定の課題があります。本問題は、私たちが被爆者の方々と共に続けてきた長年の原水禁運動の悲願であり、核兵器の廃絶を願う全人類の課題であります。

 与党三党の政策責任者と専門家は、この問題を最優先の課題として、現在、知恵を出し合い、詰めの作業を続けているところであります。

 私は、戦後の長きにわたって解決できなかった課題が、いま政治の場でこうした真剣な取り組み、詰めの作業ができるのも、連立政権の中軸に社会党が位置することができたからだと考えますし、ぜひ立派な成果を得ることができますよう、皆さんのご協力をお願いいたしたいと思います。

 もちろん、戦後五十年の節目には、婦人参政権五十年を期して女性の政治参加を拡大していくことなど、プラス指向で考え、社会党がリードしていくべき課題も沢山あります。

 第三は、「人にやさしい政治」「安心できる政治」をいかにして実現化するかということであります。

 高齢化社会になっても、お年寄りが安心して暮らせる社会のシステムの確立、弱者も社会的な公正・公平感が感じられる社会づくりにはなお、私たちの政策的・運動的な努力が必要であります。連立政権の時代になって、なるほど政治が変わったな、変わりつつあるな、と実感できる世の中にしていくのが、社会党が政権に参加している一つの大きな意味であります。

 社会党が、社会民主主義の理念としての「自由・公正・連帯」をいくら唱えても、国民の皆さんは、生活の実感のなかでしか理解してもらえないことを認識しなければなりません。そのために必要な財源づくりのための、不公平税制の是正や、行財政改革、そして新しい間接税の創設などの税制改革もさし迫っています。

 ガット・ウルグアイラウンドの農業分野での合意に対応した国内基盤などについても真剣な検討が与党三党によって進められています。

 一部では、憲法と自衛隊問題に関する社会党の新しい政策展開を十分理解しえないまま、「社会党の存在理由はなくなった」などという意見を耳にすることがありますが、そんなことは絶対にありえません。憲法理念の新しい政策展開の重要性とともに、その政策を、国民生活の諸分野に実現をめざして推し進めていくこと、果たして人権や福祉、環境の視点からどうなっているか、たえず論証するためにも、社会党の役割がますます重要になっていることを私は強調しておきます。

 私たちのこうした積極的な姿勢によって連立政権の実績を積み重ねることが、来年の参院選挙をはじめとする選挙を勝利させることにつながることは、言うまでもありません。

   三

 仲間の皆さん。現在、愛知では参院再選挙も闘われています。今度こそ、ウソのない政治家を愛知に実現させることはもちろん、連立政権のもと初の国政選挙の意味はきわめて大きいものがあります。愛知県を支援し、中部ブロック、全国の力を水野じろう候補の勝利に結集していただきますよう、お願いいたします。

 最後に私は、この一年の間に日本の政権が四回も代わったことに対する国民の不安に対し、触れたいと思います。

 三十八年間におよぶ自民党一党支配の反動というにも余りに激しい政権交代かもしれません。このため、この二カ月間、日本の対外信用回復や政治の停滞が生じないように気を配ってきました。私たちは政権を安定させ、内外の不安をなくするため、全力を挙げねばなりません。

 幸い、自民党も新党さきがけも、それぞれの立場を自制し、新しい時代に対応するための自己改革に努め、お互いに切磋琢磨しながら、譲り合い、相手の立場をおもんぱかって社会党との連立政権を持続させる努力を続けています。

 私は、この三党の信頼関係を大切にしながら、過渡期の連立政権にとどまらず、民主的な透明度の高い政治を推進していくことによって本格的で安定した政権をめざして努力する決意であります。

 そのために欠かすことのできないことは、政権を支える党の安定と結集した力であります。四十七年ぶりの社会党首班の内閣が、片山内閣の挫折の教訓を学びながら、あらゆる面で支えとなっていただきますよう、お願いいたしますとともに、私をはじめ、五人の閣僚が一致結束して全党の期待に応え、国政の発展に力を尽くす決意であることを表明し、ごあいさつといたします。