データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 旧ソ連支援東京会議における宮澤喜一内閣総理大臣開会演説(仮訳)

[場所] 東京
[年月日] 1992年10月29日
[出典] 外交青書36号,416ー418頁.
[備考] 
[全文]

1. はじめに

議長,

代表団の皆様,

ご列席の皆様,

旧ソ連支援東京会議に皆様をお迎えできますことは,私が大いに光栄とするところであります。特に国際社会の新たなメンバーとなった12カ国の代表全員を歓迎いたします。これらの国家の国際社会への参入は,冷戦の終結を象徴するとともに,世界の人々が民主主義と自由経済に対する思いを真に共有し得る新時代の到来を告げるものであります。

この思いを現実のものとすることは決して容易な課題ではありません。しかしながら70の国々,20の国際機関からの代表の出席を得たという事実が,NIS諸国の社会経済改革並びに政治改革努力を支援しようとする国際社会の確固たる決意の証左であります。このような決意を雄弁に証明しているのは,ワシントン,リスボン両会議と比べて,世界のさまざまな地域から新たな参加国が加わったことであります。

また,今回の会議は,この種の国際会議としてはアジア・太平洋地域で初めて開催されるものであります。この地域は,政治的安定と経済的繁栄で知られており,ユーラシア大陸の大きな部分を占めているのみならず,幾世紀にもわたってNIS諸国民と歴史的,文化的,宗教的遺産の多くを共有してきました。我々アジア・太平洋地域諸国は,近代国民国家として比較的新しい経験を有しております。そのことが我々がNIS諸国における政治・経済改革に向けての努力に対し意味のある貢献をなし得ると確信する所謂であります。

NIS諸国の前途にあるきわめて大きな課題は,わが国が戦争の荒廃の中から国家を再建していった際に直面した課題を想起させるものがあります。当時,私はある指導的立場にある政治家の補佐官としてこのプロセスに関わりました。この時の経験は,私に,とどのつまり状況を変革することを可能とするのは,国際社会からの支援ではなくて,むしろ国民自身の骨身を惜しまぬたゆまざる努力と意志に他ならなと確信するに至りました。

2. NIS諸国の改革の成功の意義

ご列席の皆様,

1989年11月のベルリンの壁の崩壊と,1991年12月のNIS12カ国の誕生は,戦後これに比肩するもののないほど重要な歴史的事件でありました。これら一連の事件は,人類の歴史に新たな1頁を開き,それにより我々が平和と安定の下で,経済的進歩を求めて共に努力することを可能としたのであります。

これら新国家が現在経験している改革の過程は,3つの面で歴史的意義を有しております。第1に,それは自由と多元的な価値を基礎とした民主主義を確立するという命題であります。第2に,それは,価格自由化の導入,引き締め型の金融・財政政策及び民営化を通じて自由市場と開放経済を確立するという命題であります。第3に,それは,国際社会と建設的な協力関係を構築するという命題であります。

これらの命題は,単にNIS諸国にとっての命題であるのみならず,むしろ今日ここに出席している我々全員にとっての命題でもあります。これらは,地球規模で相互依存関係が深化していく過程の一部をなすものであります。我々は,より自由かつ開放的な経済と政治体制,技術革新及び情報の流れの革命的発展によって,各国民が国家の相違を超えて直接に協力していけるような世界を目指して活動しています。しかしNIS諸国の一部の地域における社会的・政治的不安定及び紛争は改革努力の成果を損ないかねないものであり,我々全てに重大な懸念を抱かせるものであります。NIS諸国における国家形成と平和と進歩のための新しい国際的構造の構築にとって重要であるこの時期に,これらの問題や立場の相違が平和的にかつ最大限の忍耐と寛容をもって取り扱われることを希望いたします。

3. 我が国の対NIS政策

ご列席の皆様,

NIS諸国は,豊富な天然資源や教育水準の高い国民といった社会的・経済的発展に不可欠な資源に恵まれており,大きな経済発展への潜在力があります。同時に,75年間続いた中央計画経済運営は,その国民が非常に貴重な資源を十全に活用することを不可能にしてきました。本日ここに出席している我々全ては,NIS諸国の現状に関心を有しており,NIS諸国民が困難に取り組むに当たっては彼らと共に協力することを約束しています。

ワシントン・プロセスの下で国際社会がNIS諸国に対して供与してきた技術支援は,「自助努力に対する支援」の精神の下で形作られており,この精神なくしていかなる支援も成果を生むことは出来ないのであります。2国間及び多国間の技術支援プログラムは,単に継続されるだけではなく,NIS諸国がその改革を効果的かつ効率的に完遂することができるように,新たな調整の枠組みの下でさらに促進されなければならないと,私は確信しております。わが国は,技術支援を特に重視している国でありますが,これは,我々の経験によれば,国民を進歩を向けての道を歩むよう動機付け,督励してきた真の要因がしばしば技術支援であったからに他なりません。日本は,米国及びECと共に,技術支援分科会共同議長国として従来より積極的な役割を果たしてきており,今後の調整プロセスにおいても同様に積極的な役割を果たしていく所存であります。

ご列席の皆様,

厳しい冬と社会・経済組織の疲弊により悪影響を受けたNIS諸国が緊急人道支援を必要としていることは,ワシントン・プロセスの当初の段階から明らかなことでありました。次の冬はもう数週間後に近づきつつありますが,今次会議は,人道支援の必要性を出来る限り客観的に評価することを期待されております。

食糧,医薬品または燃料のいかなる不足も特定の地域,あるいは社会的に脆弱な人々に破滅的な影響を与え得るものであります。もし現在の状況が社会不安や民族紛争故に更に悪化するようなことになれば,その結果は不幸なものとなりましょう。それ故に,これらの紛争が平和的手段によって解決されるべきことを強調したいと思います。さらにこの機会に,皆様に日本国政府及び国民は,ロシア極東部に特に重点をおきつつ,NIS諸国民に対する追加的な人道援助を供与することを申し上げたいと思います。

4. 結語

議長,

ご列席の皆様,

私は,今次東京会議がワシントン・プロセスの終了のみならず,関係する全ての国民の完全なる支持の下に,NIS諸国に対し国際的な支援を行う新しい調整プロセスの創設を印すことを希望します。演説を締めくくるに当たって,私はNIS諸国からの友人に対し,暖かい歓迎の意をもう一度表明すると共に,日本での短い滞在が今後の真に建設的かつ協力的な関係をもたらす永続的な友好関係の始まりとなることを祈念致したいと思います。

ご清聴ありがとうございました。