データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 自由民主党軽井沢セミナーにおける宮澤内閣総理大臣の講演

[場所] 軽井沢
[年月日] 1992年8月30日
[出典] 宮沢演説集,514−519頁.
[備考] 要旨
[全文]

一、参議院議員選挙

(1) 七月の参議院議員選挙では、皆さんに大変ご尽力、ご協力をいただき、心から感謝。

(2) 今回の参議院選挙では、我が党は、冷戦の時代が終わって世界平和秩序をどう構築していくか、我が国はそれにどのように貢献していくか、経済構造を建て直して、どのようにして真に豊かな経済社会をつくっていくかを国民に訴え、そして広範な理解と支持を得ることができた。

(3) それだけに、我が党は、全力を挙げて国民の期待に応えていかなければならないと考えている。

一、景気の早期回復

(1) 当面、景気の先行きについて、皆さんに大変心配をおかけしている。

我が国の景気については、私は総理就任以来心配していたことで、景気に配慮した予算を編成し、また、公共事業を前倒して今年度上半期七五パーセントも施行することとする等、既に対策を講じてきたところ{原文字下げ欠如}。

(2) 今回の不況については、総需要の落込みという要因に加え、金融、証券界の要因にも十分注意を払う必要があり、その対応にも全力を尽くさなければならない。

(3) このため、政府は、一昨日、党とも相談しつつ、総規模十兆七千億円にのぼる「総合経済対策」を決定したところ。

 この対策においては、公共用地の先行取得を含む公共投資等の拡大、住宅投資の促進、民間設備投資の促進、中小企業対策等により内需の拡大を図るとともに、雇用対策や輸入促進等も盛りこんでいる。

 また、金融、証券対策については、これより前、八月十八日に「金融行政の当面の運営方針」が打ち出されており、これをうけて今回金融システムの安定性の確保、資金の円滑な供給の確保のため、金融機関の不良資産問題への対応や、証券市場の活性化等の対策を講ずることとしている。

(注)総合経済対策の概要

◇ 公共投資等の拡大・・・総額八兆六千億円

<1> 公共用地の先行取得・・・一兆五千五百億円

<2> 住宅投資の促進・・・住宅金融公庫等に対し、事業規模の追加八千億円

◇ 民間設備投資

<1> 投資促進税制について対象設備百三十を追加

<2> 開銀等において九千億円の貸付枠の追加

◇ 中小企業対策等・・・一兆二千億円の貸付枠の追加

◇ 雇用対策・・・雇用調整助成金制度の機動的運用

◇ 輸入の促進・・・輸入金融の拡充等

◇ 金融システムの安全性の確保・・・金融機関の不良資産問題への対応、金融機関の融資対応力の確保

◇ 証券市場の活性化等・・・簡保等による株式運用枠の拡大一兆千二百億円、政府保有株式の売却凍結 等

(4) 我が国経済は、生活大国づくり、対外援助など需要要因が極めて大きく、また、それに応えるだけの潜在的な力もあるのだから、今回の対策を契機に景気が力強く上向いていくことを期待している。また、株式市場に対しても良い影響を及ぼすことになると思う。

一、生活大国の実現

(1) こうして景気の早期回復を図りながら、国民一人一人が豊かさを実感できる生活大国づくりを目指す。

  我が国は、国民の努力により、経済大国と言われるまでになった。しかし、労働時間は長くて家族とゆっくり団樂する暇もない。住宅は相変わらず貧弱、大都市と地方の間にはいるいる格差があるという具合に生活実感は必ずしも豊かになっていない。

(2) 生活大国といっても、豪奢な生活を言っているのではなく、公園や下水道など、必要なものはきちんと整備し、美しい環境を整え、簡素なライフスタイルの中で、国民一人一人が働きがい、生きがいをもってそれぞれの価値観を実現できるような社会を築く。

(3) 先般、経済審議会を経て「生活大国五か年計画」を策定したが、ここでは、生活者の立場に立って具体的な目標を掲げている。

 ・労働時間 二千八時間→千八百時間

 ・住宅確保 平均年収七〜八倍→五倍

 ・下水道普及率 四四パーセント→七〇パーセント(二〇〇〇年)

 ・デイサービスセンター 二千六百三十か所→一万か所(中学校区に一つ)(二〇〇〇年)

 ・通勤ラッシュ 二〇〇パーセント(文庫本)→一八〇パーセント(新聞)(二〇〇〇年)

一、積極的な国際貢献

(1) 対外政策としては、積極的な国際貢献を行っていかなければならない。

 ソ連が崩壊し、冷戦が終わって、世界は、大きな流れとしては平和の方向に向かっているが、その反面で民族間の衝突や宗教上の紛争が発生していることも事実。このような時に、国連の役割に対する期待は大きくなっている。

 我が国は、世界有数の経済大国として、また、戦後一貫して平和主義、国連中心主義を堅持してきた国として、今こそこのような国連の役割に対して、積極的に貢献していく必要があるし、また、その資格がある。

(2) 先通常国会で成立をみた国際平和協力法は、そのような努力の成果。我が国の憲法で認められている範囲内で人的な国際貢献をしようというもの。

(3) カンボジアの情勢をみると、ようやく和平が成立したものの、三十万人を超える難民がいて、まだ九万人が帰っただけ。これを全員、故郷に帰して生業に就かせ、民主的な選挙を実施しなければならない。そのためには、道路や橋も整備しなければならない。そのような協力を行うためには、やはり組織的訓練を受け、技術を持った自衛隊にお願いするしかない。

 戦争が終わったあとの国づくりについても、資金協力や青年海外協力隊の派遣のような技術協力を行って、国際貢献の実をあげたいと考えている。

(4) また、人類共通の課題である環境問題でも積極的に貢献。我が国の経済力と技術力を、特に途上国の環境への取組みに対する支援に振り向けたい。

(注)先の地球サミットにおいて、我が国は今後五年間で環境のための政府開発援助を九千億円ないし一兆円供与することを約束。各国から高い評価。

一、エリツィン・ロシア大統領の来日

(1) 九月十三日から、エリツィン・ロシア大統領が来日する。

 ロシアは全体主義の過去と訣別し、民主主義、市場経済等、我々と共通の価値観を追求。

 この変化は、エリツィン大統領の勇気と決断の賜であり、敬意を表する。

 私はエリツィン大統領を暖かくお迎えし、その決意への支持を表明し、同時に北方領土問題の解決を訴えたい。

(2) 七月のミュンヘン・サミットでは、法と正義に基づくロシアの外交が、北方領土問題の解決を含む日露関係の完全な正常化の基礎となることが、政治宣言に初めて盛りこまれ、サミット国首脳全員の共通認識として、エリツィン大統領に直接伝えられた。

 このことによって、北方領土問題についての我が国の主張が一段と国際的な説得力をもつことになったわけで、重要な成果と考える。

 エリツィン大統領の国内での立場は難しいと思うが、これがロシア国民に対する一つの説得材料となることが期待される。

(3) 北方領土問題はソ連のスターリン主義の遺物であり、この問題が決着しなければ、本当の意味で我が国の戦後が終わったとは言えない。

 私は、今がこの問題を解決する、いわば「潮時」ではなかろうかと考え、全力を尽くす覚悟。

一、政治改革の断行

(1) 国際社会は何世紀に一度という激動の中にあり、また、国内でも生産や輸出第一主義から生活者、一般消費者重視へと発想の転換を迫られている中で、政治の役割は極めて大きい。

 政治が国民の信託に応え、誤りない選択をしていくことが、今ほど求められていることはない。

 政治改革はそのような歴史的な意義を持つものであり、私も全力を傾けてこれに取り組む。

(2) 政治改革については、先般自民党において、緊急改革案を策定し、与野党協議の場でもかなりのところまで煮つまっていたが、国際平和協力法案審議をめぐる混乱で成立に至らず残念。

 来るべき臨時国会においては、先ず、緊急改革を実現し、さらにこの十一月までには抜本改革についても考え方をまとめてもらいたいと考えている。

(3) 金丸副総裁辞任の問題についてだが、金丸副総裁には、党運営の要として、国会対策、参議院選挙等に大変ご尽力いただいた。

 内外の課題山積の折、引き続き副総裁としてご協力願いたいと思い、慰留している。

{<1>は原文ではマル1}