データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ナショナル・プレス・クラブにおける宮澤喜一内閣総理大臣スピーチ(仮訳)

[場所] ナショナル・プレス・クラブ
[年月日] 1992年7月2日
[出典] 外交青書36号,404ー410頁.
[備考] 
[全文]

スピアーズ会長,並びに御列席の皆様,

伝統あるナショナル・プレス・クラブにおいて,お話をする機会を得ましたことは,私の大変光栄とするところであります。

顧みまして,1939年に日米学生会議の日本側学生の一人として訪米して,米国の学生と日米関係の将来を議論したのが,私が日米関係にたずさわった最初の機会でありました。その頃の米国側の学生会議の同窓生の一人が皆様方が良くご存じのフローラ・ルイスさんであります。それ以来私は,日米関係の幾多の節目に立ち会いましたが,米国社会,特に米国言論界の自由さと健全さ,そしてバランス感覚には常に新鮮な驚きと大きな敬意を抱いてまいりました。また,私は常に知的好奇心を持ち続けることが,如何に人を若々しくさせるかをルイスさんに見る気がいたしております。日本の政治において私が長らく「ニュー・リーダー」であり続けることができましたことも,アメリカとの係わり合い,アメリカの友人達とのお付き合いを通じて得た知的刺激のおかげかと思っております。

1 御列席の皆様

冷戦を克服した現在,我々は,世界のより多くの人々が,そして,我々の後に来る多くの世代が,更に生きがいのある人生をおくれるように,より平和な,そしてより豊かな世界を作る歴史的な機会を手にしております。

我々が成功するか否かの鍵は国際協調にあります。その中でも,世界のGNPの4割を占める日米両国の間の協力関係が決定的に重要であります。

本年1月にブッシュ大統領が訪日された際に,大統領と私が,21世紀に向って日米両国が,グローバルな視野で,政治,経済から未知の探究までの幅広い分野の課題について協力するという,グローバル・パートナーシップを推進する決意を明らかにしたのは,まさに,このような認識に立ったものであります。

事実,日米間のグローバル・パートナーシップは,アジアはもとよりNIS支援から中南米,中東,アフリカにおける共同の努力などを含む,まさに全地球的な広がりをもちつつあります。5月のクウェイル副大統領訪日の際に,東欧,中欧について,4億5千万ドルの米国のエンタープライズ・ファンドと協調して,日本も4億ドルまでの追加的資金協力を行うことを明らかにしたことは,その端的な例であります。なお,ベルリンの壁が崩壊して以来今日までの間に,日本は東欧,中欧に対して,45億ドルを超える経済支援を提供しております。

1 御列席の皆様

私は本日,日本が米国とのグローバル・パートナーシップを今後どのように発展させていこうとしているかについて,アジア・太平洋地域に重点を置きつつ明らかにしたいと思います。現在,旧ソ連,東欧の民主化や経済改革に国際政治の焦点があたっておりますが,重大な変化はアジア・太平洋地域においても始まっております。こうした変化は欧米では見落されがちですが,世界の平和と繁栄のための新しい国際協力関係の構築にとって重要な意味を持っております。そして,この地域の多くの国は,日米両国こそが,これらの国々がこの地域により恒久的な平和と一層の繁栄をもたらすこの好機をつかむことを助けうる立場にあると考えております。

アジア・太平洋地域は,文化,言語,経済面での多様性を特徴としております。他方,この地域の諸経済は,緊密に結びついております。こうした多様性と相互依存関係を活力にして,この地域は,NIES,ASEAN諸国の例にみられるように,近年目覚ましい成長を遂げております。アジア・太平洋地域は,2015年頃には欧州,北米と同じ規模の市場になるとの試算もあります。アジア・太平洋地域の経済的な活力が,21世紀に向かって世界経済の拡大を促す原動力の一つになることは疑いを入れません。

日本は,従来から,これらの諸国の国造りの努力に積極的に協力してまいりました。事実,我が国の政府開発援助の約半分は,毎年,この地域の開発途上国に向けられております。日本は今後とも経済面での協力を続けていくとともに,この地域の政治的安定のためにも積極的な役割を果たしていく考えであります。

他方,米国は19世紀から一貫してアジア・太平洋地域の運命に深く係わってきた国であります。また,アメリカの参加はこの地域の平和と繁栄を支える中心的な要因でありました。また,米国にとってもこの地域との経済的な結び付きはますます重要,かつ幅広くなっております。米国の太平洋貿易は今やその大西洋貿易を大きく上回っており,米国のアジアへの投資も近年飛躍的に増大しております。この地域の経済の潜在力を考えますと,これらは今後更に伸びていくものと期待されます。

アジア・太平洋地域の平和と繁栄のために,米国の存在,米国の関与が今後とも極めて重要であることは言うまでもありません。この地域では,米軍のプレゼンスは,単に軍事的にのみならず,政治的にも地域の安定要因と広く認識されております。米国が今後ともこの地域での前方展開を維持していくことが強く期待されております。

日米安保体制は,この前方展開に不可欠の支援を提供しております。日本における空母を含む15隻に上る米艦船の乗員に対する「海外家族居住計画」は,米軍のこの地域における存在や活動を大いに容易にしております。また日本の接受国支援は1992年会計年度で40億ドルに達しており,1995年度には米軍人軍属の給与を除く在日米軍経費の7割を日本国政府が負担することが見込まれております。このような日本政府の支援がアジア・太平洋の安全に対する米国のコミットメントを維持するための不可欠の前提であると私は考えております。そして日本政府は,今後とも,接受国支援の充実を含む種々の手段を通して,日米安保体制の円滑な運用の確保と信頼性の向上のために一層の努力を払っていく方針であります。

1 御列席の皆様

これらの経済や安全保障面の基礎に立脚する日米両国間の政治協力は,アジア・太平洋における両国のパートナーシップの極めて重大な要素であります。この地域には,朝鮮半島,カンボディアといった,軍事的な緊張をはらんだ対立や紛争の芽が依然として存在しておりますが,これらについては,かかる日米パートナーシップの文脈において検討していくべきであります。そしてこれらの問題の解決には,各々の状況に最適な,注意深く考慮されたアプローチが必要であります。

38度線をはさんで140万を越える地上軍が対峙している朝鮮半島の緊張緩和を図ることは,今日,アジア・太平洋地域の安全保障に係わる最も重要な課題であります。この問題について,南北和解のための対話を日米中露4カ国間の協力によって支援していくことが重要であります。現在進められている北朝鮮の核兵器開発問題についての日米韓三国間の協力は,こうした協力関係の始まりと考えることもできます。

北朝鮮による核兵器開発の可能性に関し,深刻な懸念が存在しております。もしこれが事実であるとすれば,東アジア,ひいては世界の安全保障にとり大きな不安定要因となります。たしかに,IAEAによる査察の受入れは,若干の前進を意味しております。しかし,この疑惑が国際社会から完全に払拭されるように,すべての関係各国が協調して北朝鮮に対する働きかけを行なっていかなくてはなりません。日本は北朝鮮との間の国交正常化交渉において,この問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はないとの立場を堅持し,この目的の達成のために努力する決意であります。

もう一つの緊急の安全保障上の課題は,カンボディアの和平プロセスであります。最近カンボディアの一派により,和平への順調な進展が妨げられていることに,私は,重大な懸念を表明せざるを得ません。

現在カンボディアにおいて進行中の国連カンボディア暫定機構(UNTAC)の活動は先例のない壮大な実験であります。また,その成否は,ポスト冷戦期における国連の平和維持能力の試金石でもあります。それだけに,停戦の確保,武装の解除,難民の帰還といった課題を解決し,カンボディアが来年に予定される自由かつ公正な選挙に基づき樹立される新政府の下で,速やかに復興にとりかかれるように,我々は支援を一層強化していかなければなりません。

2週間足らず前,日本は,東京でカンボディア復興閣僚会議を主催いたしました。そして,各国の積極的な協力を得て総額8.8億ドルに上る復旧及び復興支援のためのプレッジをまとめることが出来ました。更に,この会合において全てのカンボディアの当事者を含む参加者の間でパリ和平協定の完全かつ迅速な実施の重要性が改めて確認されました。私は,このことが,和平プロセスの進展に良い効果をもたらすことを強く期待しております。また,この会議において米国が日本とともに際立った役割を果たしたことは,まさしくグローバル・パートナーシップの好例でありました。

日本としても,国際平和協力法が成立したことにともない,今後人的な支援を通ずるUNTACプセロスへの参加によって,戦後のカンボディアの国作りに貢献する構想を有しております。

この地域の不安定に対するこれらの二国間またはサブ・リージョナルなアプローチと併行して,より広い範囲の域内諸国が参加する全域的な政治対話の枠組みを構築していくことも重要であります。私は,ASEAN諸国の外相と日米両国,豪州,ニュー・ジーランドにカナダ,EC,韓国の外相が参加する,ASEAN拡大外相会議の場をこのために活用することが,当面最もこの目的に資するものであると考えております。その見地から,同じ方向を目指す本年1月のASEAN首脳会議の決定を心から歓迎しております。

APEC閣僚会議の枠組みも,対話のためのもう一つの枠組みとなりうるものであります。APECはそもそも経済協力を目的とする場でありますが,開発途上国の多いアジア・太平洋地域では,経済協力は地域の安定のための重要な手段であります。

APECは発足してまだ3年でありますが,昨年には中国,香港,台湾の参加により,アジア・太平洋地域の主要な経済主体をほとんどすべて包含することとなり,参加経済主体の国民総生産の合計は世界全体のほぼ半分を占めるに至っております。日本は,米国を始めとする参加国・地域と共に,開かれた地域協力に向け努力するAPECの活動強化のために協力していく決意であります。明年は米国においてAPEC閣僚会議が開催される予定であり,我々としても,グローバル・パートナーシップの一環としてその実りある成功のために協力を惜しまない所存であります。

以上を要するに私は,紛争や対立の解決をめざすサブ・リージョナルな協力の促進と,お互いの安心感を高めるための全域的な政治対話の促進との二つを併行的に進める,トゥー・トラック・アプローチこそが,アジア・太平洋地域の安全保障のために最も効果的と考えております。

更に将来的には,このような対話と協力のプロセスに,中国とロシアが建設的なパートナーとして参加することを如何にして実現していくかという課題があります。まず中国については,その安定と発展が,アジア・太平洋地域の平和と繁栄に大きな影響を与えることは言うまでもありません。このような見地から私は,今般米国政府が対中最恵国待遇を1年延長することを決定されたことを高く評価いたします。

中国は,今や大きな歴史的転換点にさしかかっております。我々は,経済分野での改革・開放を大胆に進めつつある中国の努力を引き続き慫慂し,支援していく必要があります。またその過程において,中国の人権問題を含む政治改革についても関心を表明することも重要であります。しかし同時に,10億を超える人口を有し,国民所得も低い中国のような国においては,国民経済の拡大が国内の安定のために不可欠であることを理解する必要もあります。そして,経済面での改革こそが,政治面での改革につながるべきものであります。

更に,平和のための国際的な努力への中国の関与を得ていく必要もあります。中国の参加は,核不拡散,MTCR(ミサイル関連技術規制),通常兵器の移転規制といった分野においてとくに重要であります。

言うまでもないことながら,ロシアは日本にとって重要な隣国であり,ロシアはアジア・太平洋の安定のために欠かせない国であります。また,日露関係の改善はこの地域の安定のために不可欠であります。我々は,ロシアの民主化,市場主義経済の導入を支援していく必要があります。それ故に日本は,ソ連,その後はロシアによる北方領土の不法占拠が続いているにもかかわらず,先進民主主義工業国による対ソ,対NIS支援に積極的に参加してまいりました。また,日本は,日露間の対話,交流の拡大にも努力しております。

しかし,日本にとってもロシアにとっても,北方領土問題の解決は避けて通れない課題であることを明らかにしておかなければなりません。永年にわたって,これらの島々がロシア領であると教えられてきたロシア国民にとって,それらの島々の日本への返還を受け入れることについて,強い心理的な抵抗があることは容易に想像できます。しかし,あたかもこの問題が存在しないかのように両国が振る舞うことは,かえって問題を複雑にし,両国関係の不安定な状態を長びかせるだけであります。それだけに,対露支援と併行して,ロシアの政府,国民がこの問題を解決することの重要性について,正しい認識を持つように働きかけていくことが必要であります。

この問題は,単に日露二国間の問題ではありません。エリツィン大統領自身が述べているように,法と正義の原則に則ってロシアがこの問題を解決するかどうかは,ロシアがスターリニズムの残滓を払拭し,我々と基本的な価値を共有する国際社会の真に建設的な一員となる用意があるかどうかを試すものであります。この点について米国政府が,この問題に関する日本の立場に確固たる支援を行ってこられたことを,日本政府,国民は高く評価しております。

日本としては,今秋のエリツィン大統領の訪日を北方領土問題の解決のために極めて重要な機会としてとらえて,一層真剣な努力を行なっているところであります。最近のエリツィン大統領の訪米を通じて一層深まってきた新しい米露協力関係を踏まえて,米国の一層の支援を期待しているところであります。

1 御列席の皆様

世界経済の安定した発展を図ることも,グローバル・パートナーシップの重要な側面であります。各国の経済の調和ある発展を確保するために,保護主義や閉鎖的地域主義の誘惑に打ち勝ち,より開放された国際的貿易・経済制度を構築することは,我々にとって緊要な課題であります。

世界経済の運営に関し,日本の果たすべき最も大きな役割は,日米経済がインフレなき持続的成長を確保することであり,また,そうした中で「生活大国」を実現することであります。

世界経済の回復が依然弱い中で,私は日本経済の持続的な成長を確保していく所存であります。既に私は,1992年度において景気に最大限配慮した予算を編成し,また,公共事業の前倒し等の追加的景気対策を実施する等精一杯の努力を行ってきております。そして,これらの施策の効果が十分でない場合には,新5カ年経済計画において示された諸目的を念頭に置きつつ,状況を見極めた上で相当の追加的財政措置を含めあらゆる方策をとる決意であります。

中長期的な課題として,経済力に相応しい豊かな生活を国民が享受できることを確保することが重要であると私は考えております。これまでの日本経済は,どちらかといえば「生産優先」の傾向がありました。しかし,日本は,生産者重視から消費者や生活者重視に経済運営の力点を変えていかなければなりません。我々は,質の高い生活環境を創造するために,労働時間を短縮し,公園や緑地や公共施設等の社会資本の充実を図ろうと努めております。国民ひとりひとりが日々の生活を満喫出来るような経済を構築するために我々が努力することは,国際社会における日本に対する期待に合致するものでもあります。

このような日本の努力は,日米関係全体の極めて重要な側面である二国間の経済関係をより強固で永続的なものとするものでなくてはなりません。私が本日アジア・太平洋地域に焦点をあてたことは,この重要な側面に対する関心の欠如と解釈されてはなりません。私は,日米両国が,この分野において重大な挑戦に直面していることを十分に認識しております。

我々の貿易関係は,両国がこれを強い政治的な意識をもって,常に注意を払っていくことを必要としております。そして,日米のグローバル・パートナーシップを前進させるためには,日米経済関係に対するこのような対応が不可欠であります。ブッシュ大統領と私が,本年1月に日米の経済・貿易関係に関し行動計画を発表したのも,まさに,このような理由からであります。それ以来,我が国政府は,外国製品に対する市場アクセスの機会を拡大するために,行動計画に言及された分野を始めとする様々な分野の実業・産業界とともに努力してまいりました。そして,我々は確固たる前進を遂げつつあります。このような,日本側の努力については,我々のマクロ経済分野での努力や米国の財政赤字削減と競争力強化に向けた努力と相俟って,前向きの成果を生み出すと期待されます。

経済貿易問題との関連で,一つ指摘しておきたいことがあります。冷戦期の軍事的な対立の図式を国際経済関係の分析に応用し,経済面での競争関係を対立的あるいは敵対的な図式でとらえ,一国の経済的成功が他国にとっての脅威であるかのごとくさえ受け止める見方が一部に存在いたします。しかし世界経済はゼロ・サム・ゲームではありません。世界経済は,すべての構成員が利益を得ることの出来るプラス・サム・ゲームとなっております。なぜなら,経済の相互依存が増々進んでいるからであります。我々が開放された国際経済制度を維持・強化するなら,一層そうなるでありましょう。

1 ご列席の皆様,

世界は歴史的な変化の過程にあります。米国もまた同様であります。米国は,それぞれの時代の課題に立ち向かい,もって建国の父祖たちの理想を貫いてこられました。このことは,私が米国民の特色として尊敬する柔軟性,活力,創造性によって可能となったものでありました。米国が世界の他の諸国とともに,今日の諸課題を克服するために今一度その勇気と智恵を発揮されることを私は確信しております。

世界は米国の指導力を必要としております。米国が孤立主義に戻ることは,すべての者にとっての悪夢であります。言うまでもないことながら,日米グローバル・パートナーシップは,米国が対外的にコミットし続け,国際的なかかわりあいを持ち続けていくことを期待しております。他方,日本としては,その国力と国際的な立場に相応しい責任と役割を果たしていく方針であり,私自ら,そのことを明確にしておきたいと思います。

御清聴ありがとうございました。