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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連安保理首脳会合における宮澤喜一内閣総理大臣演説

[場所] 国連安保理首脳会合
[年月日] 1992年1月31日
[出典] 外交青書36号,388ー392頁.
[備考] 
[全文]

メージャー首相閣下,

ブトロス=ガーリ事務総長,

御列席の皆様,

国連の輝かしい未来への船出にあたる1992年の年頭,安全保障理事会が初めて首脳レベルで開催されることとなったことは,誠に時宜に適ったことであり,私は,この会合の実現のために並々ならぬ指導力を発揮されたメージャー首相閣下に対し,心から敬意を表します。

次に私は,ロシア連邦を代表して初めて国連の舞台に出席されたエリツィン大統領を心から歓迎したいと思います。ロシア連邦の政治・経済的な安定は,世界の平和と安定にとり極めて重要であり,私は,同国が国連においても安保理常任理事国としてその特別の責任を十分に果たされることを希望いたします。

私はまた,国連の果たす役割に対する大きな期待の高まりの中で就任されたガリ新事務総長に対し,心から祝意を表すると共に,あらゆる面で支援を惜しまないとの日本政府の決意を表明いたします。

(国際情勢の変化と国連)

議長,

戦後長きに亘った東西の冷戦が幕を閉じ,歴史は今,第2次大戦後の世界の構図を大きく塗り替えようとしています。「冷戦後の時代」と称される今日,国際情勢は極めて流動的でありますが,この「冷戦後の時代」は,同時に,新しい世界の平和秩序を構築する時代の始まりとも申せましょう。来るべき秩序の姿は未だ明確ではありませんが,人類の自由と繁栄,地球の将来のため,各国が共に手を携えて新しい時代に相応しい平和秩序を作り出していかねばなりません。

このような状況の下,昨今国連は,世界平和の維持・創造に向け,名実共に中心的な役割を果たしつつあり,国連に対する各国国民の期待もかつてないほど高まっております。湾岸危機における安保理を中心とする国連の活動は記憶に新しいところでありますし,中米和平の達成,ユーゴー紛争の解決,更にはカンボディア和平の最終局面等においても国連の関与がこれらの成功の鍵を握っているといえます。

特に,創設以来四十数年間,国際の平和と安全の確保のために大きな役割を果たしてきた国連平和維持活動(PKO)は,今日その重要性を一段と増しております。このことは,昨年だけでも5つもの新たなPKOが設立されているという事実に現れております。アジア・太平洋地域においても国連カンボディア暫定機構(UNTAC)の設立が近日中にも見込まれておりますが,このUNTACの活動は国連がいまだかつて経験したことがない程の壮大なものとなりましょう。このような状況の中で,PKOは加盟国の一層積極的な協力が求められる分野であると考えます。なお我が国としても,まさにこのような認識の下にPKO活動への人的貢献を可能とする国内体制の整備に努めているところであり,私としても,今月より開始された国会において,PKO法案の成立を期したいと考えております。

平和の維持と創造に対し国連の果たす役割への期待に応えていくにあたり,国連は現在どのような課題に直面しているのでしょうか。

(国連が直面する課題)

議長,

現在の国連にとって最大の課題は,第1にいかに時代の変化に適合していくか,第2に国連がいかにその有効性を高め平和の創造と維持を推進していくか,及び第3にそのための財政的基盤をどう確保していくかの諸点にあると考えます。

先ず第1に,世界の平和秩序を確保する上で,普遍的な指導原理である国連憲章の理念と目的は従来以上に重要な意味を持ってくるものと思われます。我々は,これらを一歩ずつ現実のものとする努力を着実に積み重ねていかなければなりません。これらの理念と目的をより良く実現していくためには,時代の変化に適合して,国連自身が変革していくことも必要であります。例えば,憲章の一部には,冷戦よりも更に古い1945年の国連創設当時の状況を前提にしたものもあります。また,安保理が国際の平和と安全を確保していく上での国連の努力の中核として,その機能,構成を含め,新たな時代に一層適合したものとなるよう,絶えず検討を続けていくことが重要でありましょう。勿論我が国自身,このようなプロセスに積極的に参画していく所存であります。

第2に,今日の世界の平和秩序の確保にあたり国連がその機能をより効果的に果たしていくための具体的強化策を検討することが重要であります。この関連で,平和維持活動の重要性については繰り返すまでもありませんが,ここでは特に紛争予防のための機能を強化することの重要性を指摘したいと思います。この点,種々の仲介・調停努力等の面において重要な役割を果たす国連事務総長が国際紛争に繋がり得る緊張に関する情報を十分に有していることが不可欠であります。昨年12月の国連総会において,我が国他の提唱により,「国際平和の維持の分野における国連の事実調査に関する宣言」が採択されたことは,この方向に向けての一歩前進と考えますが,更に,高度な情報収集能力を有する国々が入手した情報を的確に国連事務総長に提供することができれば有益であり,そのための方途が検討されるべきでありましょう。

第3に,国連の有効性を高め,その諸活動を円滑に行っていくためには財政基盤の確保がきわめて重要でありますが,その点で国連の財政は,昨年秋のデ・クエヤル前事務総長の報告にも述べられているように,依然として危機的な状況にあります。昨年末現在でなお8億ドルの分担金の未払いがあり,今後国連が新しい世界平和の秩序の構築に向けて中心的な役割を果たしていくためにはこの点についての加盟各国の早急かつ真剣な取組みが必要であります。PKOもまた,深刻な財源の問題に直面しております。とりわけ,立上がり段階における資金の確保はPKOの円滑な展開の鍵を握っていると言えます。加えて,担当の経費を負担することになる国を含む関係国が早い段階からPKO設立に関する協議に参画することの重要性を指摘し得ます。

(国際司法裁判所の活用と機能強化)

また,国際紛争の平和的解決の促進に寄与するとの観点から,国際司法裁判所(ICJ)の役割が重要であることを指摘したいと思います。国際社会における法の支配強化が新しい平和秩序の中核となるべき時にあって,国際司法裁判所の一層の活用と機能強化を図っていくことが肝要であります。

(人類共通の課題への取組み)

議長,

伝統的な考え方によれば,平和と安全に対する脅威とは,軍事力によるものと見られておりました。しかしながら,軍事的な脅威が相対的に低下しつつある今日,経済や科学技術の発達という人類の輝かしい側面が,皮肉なことに地球規模の環境問題等,将来の人類の生存を脅かしかねない問題を提起するようになっております。おりから,本年6月には環境と開発に関する国際会議(UNCED)が開催されることもあり,国連としてより一層効果的かつ真剣な対応が求められていると考えます。

また今日,世界平和の流れを将来にわたって一層確実なものとするためには,いわゆる「平和の配当」を,全人類,とりわけ,飢餓や貧困,疾病などに悩む「南」の人々にあまねく拡げていくための国連による努力の重要性も忘れてはなりません。国連の南北問題への真摯な取組みは国際の平和と安定を高めるものであり,開発途上国の自助努力に対し,援助を適切に実施していくことが必要と考えます。更に,このような努力を通じ人権や民主主義といった人類共通の価値が一層拡大することも可能となりましょう。

(軍備管理・軍縮)

議長,

平和を担保する軍備管理・軍縮において国連の果たす役割も極めて重要であります。我が国は,従来よりその役割の強化に積極的に貢献すると共に,関係国の軍縮努力,特により低位の戦略的安定に向けての核軍縮の努力を強く支持して参りました。この関連で,私は,先日ブッシュ,エリツィン各大統領が示された軍縮提案を歓迎すると共に,これらが今後,両国間の協議を通じ具体的な成果として結実するよう衷心より念願する次第であります。

国際情勢の激変は,大量破壊兵器の拡散防止を始めとする軍縮の重要性に新たな脚光を当てております。特に旧ソヴィエト連邦の解体と新たな独立国家共同体(CIS)の誕生に伴って生ずる大量破壊兵器,その製造設備,更にこれらに関する技術の拡散の可能性を如何にして防止するかは,現下の緊要な世界的課題であることに各位の注意を喚起したいと思います。私はCIS各国の首脳が軍事偏重の体制から脱却するために大きな努力を払っておられることを高く評価すると共に,これら諸国が今後とも核兵器をはじめとする大量破壊兵器,関連技術の拡散の防止に向け更に努力することを心から期待致します。

また,兵器の拡散・移転は国際社会全体の問題であり,我が国,EC諸国等の発意の下,昨年の国連総会でその創設が決定された通常兵器移転の国連登録制度の円滑な実施に向け,安保理各国の協力を得たいと思います。核不拡散条約(NPT)体制の強化,化学兵器禁止条約交渉の今年中の妥結も重要であり,安保理としてこれらの進展に今後とも重大な関心を持ち続けることが必要であります。

(結語)

議長,

以上のような基本的認識の下で,21世紀の国際情勢に相応しい国連を築くため,具体的な提案として私は次の諸点を提起したいと思います。

1.1995年の国連創設50周年を念頭に置きつつ,国連が新たな世界平和の維持と創造のために中心的役割を果たし得るよう,その機能,組織の在り方を含め,国連において議論を重ねる。

2.PKOの円滑な活動を確保するために,特に大規模なPKOについては,PKOに対し大きな財政その他の貢献を行っている国,及び地域の関係国等を含む適正規模の協議グループを必要に応じ設置し,PKOの設立に関する協議体制を確立する。また,立ち上がり段階における財源確保をより確実なものとするとともに,国連に設けられた平和維持活動支援強化信託基金に対する各国の自発的拠出を呼び掛ける。

3.環境,難民,貧困等,将来の人類の安全と繁栄に対する非軍事的な脅威に関する国連の役割を強化するための具体的方途を探る。国連事務総長は,このような非軍事的脅威についても国連関係機関の注意を促すこととする。

4.軍備管理・軍縮努力については,旧ソ連邦の解体に伴う核管理問題を含む大量破壊兵器の拡散防止や通常兵器の移転問題に関する関係及び国連の取組みを格段に強化するための具体的措置の検討に緊急に取り組むことを呼びかける。

議長,

国際の平和を維持し,人類の一層の発展を図ることは,国際社会の構成員すべての責務であります。21世紀に向けて,新たな国際平和秩序を構築するにあたり,世界の各国が,また安保理自身が真摯に問題に取り組むことが求められています。我が国もまた,今回の安保理非常任理事国への選出には過去のいずれの場合にも比べるべくもない大きな責任が伴うものと受け止め,憲法の基本理念である国際協調のもと,国連に対し引き続き最大限の支援を行って参る所存であります。