データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ナショナル・プレス・クラブにおける竹下登内閣総理大臣演説「日米のグローバル・パートナーシップを目指して──世界に貢献する日本」

[場所] ワシントン
[年月日] 1988年1月14日
[出典] 外交青書32号,340ー346頁.
[備考] 
[全文]

 会長,並びに御列席の皆様,

私は,その昔郷里の中学校において英語の教師をしておりました。お聞きのとおり,私の発音は,昔も今もあまり良くありません。そこで,今日は,皆様のためを思って通訳をお願いすることにしました。

しかし,どうか当時の不幸な私の教え子に同情して下さい。彼らは通訳なしで私の英語を聞かなければならなかったのです。

私は,昨日レーガン大統領にお目にかかり,本当に温かく友好的で建設的な会談をいたしました。

今日は,皆様を通じ,私の友人であるアメリカ国民の方々と直接お話できることを大変嬉しく思います。

 (米国との出合い)

私は,アメリカ人との友情をとても大切にいたしております。その最初のものは,戦争直後の我が国の農地改革の際に遡ります。当時,私は22歳で故郷の農地委員をしておりましたが,水田だけでなく進んですべての農地を開放すべきだと主張しました。この私の主張が連合国総司令部のある幹部から,「地主としては大変民主的だ」と評価されたのです。その後著名な大学教授となられたこのアメリカ人は,今も私の親しい友人です。

また,私は,1962年,自民党の青年局長として「平和部隊」に関する国際会議への出席の際,初めてアメリカを訪問し,正しいことは誰が言っても正しいと認めるアメリカ人のフェアーな精神に接して,強い感銘を覚えました。以来米国訪問の都度,私は,この印象を再確認するとともに,米国民のダイナミックで開放的な側面に強い刺激を受けてまいりました。

 (世界の基本問題と日米関係の重要性)

昨年5月,私の前任者,中曽根前総理は,当クラブの午餐会に出席し,日米関係は,日米両国の未来にとってばかりではなく,今や世界の未来にとっても決定的に重要なものとなっていると述べました。私が中曽根政権の外交路線を継承し,「日米関係は我が国外交の基軸であり,新内閣の最優先事項である」との政策を打ち出しておりますのは,正にこのような認識に基づいております。

今日,世界は,東西関係,世界経済,開発途上国の問題という3つの分野で基本的な課題を抱えております。

米ソ首脳会談は,歴史的なINF条約の署名をはじめ,現実的な進展を見せました。しかし,東西関係の真の安定化のためには,未だ多くの問題が残されております。

先進諸国は,各種の国際協議の場を通じて世界経済を活性化させるため政策協調の強化を図っております。しかし,昨年10月に起きた株価と為替相場の急激な変動は,世界の経済が如何に緊密に結び合っているかを示すとともに,構造的不均衡,金融・通貨不安等が世界経済の混乱に発展するおそれがあることを人々に実感させました。

 開発途上国の中にはNICs等の目覚ましい経済発展が見られますが,他方,後発の開発途上国や多額の累積債務を抱える国々の問題は極めて深刻であり,それら諸国民の福祉と民生の向上を実現するには,なお道遠しの感があります。

このような厳しい情勢のもとで,自由と民主主義という価値観を共有する日米両国は,合計すれば世界GNPの約3分の1強,世界貿易の約4分の1を占め,世界のために果たすべき大きな責任を背負っております。両国は,共にこれらの課題に立ち向かい,世界の平和と繁栄を築くため一層緊密なパートナーシップを造りあげなければなりません。

 (米国への期待)

御列席の皆様,

私は,米国政府の最近の御努力を高く評価するものであります。

何よりも,レーガン大統領の不退転の決意とシュルツ国務長官はじめ関係各位の粘り強い努力によって,INF条約が署名され,核軍縮の第一歩が踏み出されたことに対して深い敬意を表明いたします。東西間の諸交渉は,軍備管理,地域紛争,人権問題等の分野において,今後ともに大きな困難を伴うことと思います。私は,米国が,引き続き西側諸国の緊密な協議と結束を維持しながら,東西関係の一層の安定化への努力を推進されるよう期待いたします。

また,先般米国政府及び議会が財政赤字削減策を決定されましたことは,世界経済の対外不均衡是正の観点からも歓迎するところであります。私自身,ここ数年にわたり財政赤字削減という課題の困難さを身をもって経験してきただけに,かかる努力が一層継続され,着実な成果を上げられるよう期待してやみません。

更に,私は,レーガン大統領が米国経済の発展を維持しながら,保護主義に対して断固闘ってこられたことに感銘いたしております。大統領のこのような御努力が実を結び,包括貿易法案が保護主義的傾向に向かうことのないよう期待するものであります。

私としては,これらの米国政府の姿勢を支持し,協力を惜しまぬことをここにお約束いたします。

 (世界に対する日本の貢献)

それでは,日本は,具体的に何をやろうとしているのか。一言でいえば「世界に貢献する日本」をつくりあげることであります。私は,他国から指摘されたからということではなく,自らの意志と主体性に基づいて必要な政策を推進してまいります。

 ((1)経済面)

経済問題についての我が国の方針は,次のとおりであります。

私は,米欧と協力しつつ,マクロ経済の運営に関し,適切な政策協調を行うために全力を尽くしたいと存じます。

まず,為替の安定,特に世界の基軸通貨であるドルの安定は,世界経済の安定と成長の基礎であります。今回レーガン大統領と私は,「これ以上のドル下落は逆効果である」という共通の認識を明らかにしました。さらに,これを為替市場において実現していくために,十分な資金手当がなされているということが明らかにされましたが,これは日米両国が為替の安定とドル価値の維持に堅い決意でのぞんでいることを示すものであります。

私は,昨年末,本年4月から始まる88年度新予算案を作成しましたが,その中で,内需拡大に重点的に取り組むことにいたしました。なかでも一般公共事業費については,今87年度の当初予算を20%上回る540億ドルの規模を確保しました。87年度の経済成長率は,3.7%を見込んでいますが,88年度には,これを上回る3.8%の成長を見通しており,そのうち内需は4.7%程度,外需はマイナス1.0%程度と想定されております。これにより,日本の経常収支黒字は,88年度には前年度より100億ドルの減少が見通されております。私は,経常収支黒字の削減に向かって全力を注いでまいる所存であります。

1987年は,輸出に強いといわれてきた日本経済が輸入に強くなった注目すべき年でした。我が国の製品輸入は,87年1〜11月の間,対前年同期比23.7%と大幅に増え,全輸入に占める割合も44%に達しています。我が国は,この傾向を一層助長すべく市場アクセスの改善を積極的に推進し,これによって,日本の内需拡大の効果が世界経済に波及するよう図っていく所存です。

各種の個別問題については,両国は,共同作業を通じて,その都度問題を解決して参りましたが,今後ともその精神で問題の処理に当たっていく決意であります。この関連で,現在懸案となっている我が国の大型公共事業への参入問題については,外国企業の参入をより容易にする具体策につき,米政府に提案したところであり,今後の協議を通じ早急に満足のいく解決が得られることを確信しております。

私は,前川レポートに示された経済構造面の調整を特に今後の優先的政策分野としてまいりたいと考えます。既に,私は,内需拡大を進める上でも,土地,住宅を国民が入手しやすくすることが重要な基礎となると考え,土地・住宅対策の整備・充実に取り組みはじめております。また,国際社会に貢献する日本にふさわしい,しかも,我が国の社会変化に対応しうる安定的な財源を確保するための抜本的税制改革に着手しました。

構造調整は,社会の本質にかかわるだけに,ある程度の時間が必要でありましょう。また,痛みも伴うことでしょう。しかし,それは,日本にとって避けて通れない課題であります。したがって,私は,日本国民に対し,このための負担を進んで担わなければならない,と訴えているのであります。

 ((2)黒字還流・経済協力面)

世界に対する日本の貢献には,日本自身の経済構造を国際的に調和のとれたものにすることに加え,蓄積された黒字を世界のために役立てることなど,世界の繁栄のための積極的な協力が含まれます。

私はかねてから,戦後日本の復興と発展において,米国からの直接・間接の援助が大きな役割を果たしたことに深い感謝の念を抱いてきました。大蔵大臣としてIMF・世銀合同総会に出席した際にも,開発途上国の抱える諸問題に真剣に取り組むべきだと,強く訴えました。

私は,ODAの一層の拡充,3年間300億ドル以上の官民アンタイド資金還流措置,アフリカ諸国等に対する3年間5億ドルの無償資金協力等,日本がこれまで明らかにしてきた諸政策を着実に実行してまいりました。

過去2カ月の措置としては,次のものがあります。

88年度新予算案において,ODA予算は,前年度の5.8%を上回る6.5%の伸びを確保し,約50億ドルの規模としました。

また,IMF構造調整ファシリティの拡大のため,3億SDRのグラント拠出を行うとともに,20から25億SDRの貸与を行う方針を決定いたしました。

中南米向けの資金還流計画約40億ドルについては,既にボリヴィア,アルゼンティン,ヴェネズエラ,トリニダッド・トバゴへの供与を実行に移しております。

先般のマニラにおける日本・ASEAN首脳会議において,私は,最近ASEAN側が特に力を入れている各国の民間部門の発展,及び域内協力推進のため,今後3年間で20億ドルを下回らない官民アンタイドの資金協力を行うことを約束しました。最近の円高を背景として,日本・ASEAN間あるいは同地域内において工業分野での分業が育ちつつあり,またASEANから日本への製品輸入が増大する傾向が見られます。私は,この傾向を助長するため,資金協力と併せ,近く開発途上国からの製品輸入増大を目指した特恵シーリング枠の拡大を行う方針であります。

 ((3)政治面)

次に,政治的観点から申し述べます。

私は,ウィリアムズバーグ・サミットのステートメントに明記されている「西側諸国の安全は不可分であり,グローバルな観点から取り組まなければならない」との基本的考えを引き継ぐものであります。私は,レーガン大統領が,均衡と抑止による平和の維持を基本とし,西側の結束を図りながら,一層安定的な東西関係の構築を目指しておられることを高く評価いたします。私は,そのための米国の外交努力を支援するとともに,西側諸国の結束の強化に貢献してまいります。

我が国は,質の高い防衛力の整備を図るとともに,日米安全保障体制の効果的運用に努めています。この枠組みは,日本の安全のみならず,東アジアの平和と安定の土台となっており,結果的に西側諸国全体の安全保障の維持に寄与していると考えます。88年度新予算案において防衛費は5.2%の伸びとなり,我が国の防衛費は約270億ドルの規模のものになりました。また,我が国の負担する在日米軍経費は,すでに23億ドルの規模になっていますが,我が国政府は,最近の円高に伴うこの経費の圧迫等を考慮し,在日米軍がその駐留目的を円滑に達成できるよう,今後更に一層の日本側負担の増大を図っていく所存であります。私は,帰国後速やかに,このような負担増を可能にするための協定改正案を作成の上,国会に提出する考えであります。

日米両国は,ともに太平洋国家として,アジア・太平洋地域に大きな関心を有しております。私は,先般のフィリピン訪問の際,アキノ大統領と十分な意見交換をしました。私は,その際,同大統領の指導の下にすすめられている自由と民主主義に立脚したフィリピンの新たな国造りを引き続き支援する旨再確認し,前年度分を6割上回る約6億ドル相当の援助を供与しました。これも,フィリピン,ひいては東南アジアの安定と発展に寄与するという我が国の責任の一端を果たしていくためであります。

また,私は,韓国の新大統領に選出された盧泰愚氏と緊密に協力しつつ,朝鮮半島の平和と安定に向けて,就中ソウル・オリンピックの成功のために,可能な限りの努力を行う決意であります。

世界の他の地域においても,我が国は自ら責任を果たしていきます。私は,ペルシャ湾での安全航行施設の設置等,適切な平和への貢献を進めてまいります。

 ((4)4つの原則)

以上を要約し,私は,以下の4点を基本として外交を展開する旨申し述べます。

1 外交政策の継続性を大事にすること。

1 自らの意志と主体性による外交を展開すること。

1 日米関係を現内閣の最優先事項とすること。

1 国際的責任を自覚し,「世界に貢献する日本」をつくること。

(日米協力の新局面)

後列席の皆様,

私は,日米間において,今や我々が想像する以上に,深く,かつ幅広いスケールで新たな交流が進んでいることを指摘したいと思います。

第1に,科学技術分野における協力についてであります。科学技術の研究開発,実用化の面で,いま世界の最先端にある日米両国が,お互いに利益をわかち合う形で協力関係を強化することは,両国はもとより世界の科学技術水準の向上に資するものと信じます。我が国政府は,この分野で毎年約2,000名の外国人研究者の招へいを行っておりますが,88年度予算案において,更に10%以上の増加を図っています。今回,この外に,約440万ドルを拠出して「ジャパン・ユーエス・サイエンス・フェローシップ」を創設し,その運営を全米科学財団にお願いすることとしました。これらの措置により,米国から新たに200名以上の研究者を受入れることが可能となります。

第2に,両国間の投資の増大についてであります。我が国の対米投資により米国では約20万を超える雇用が作り出されておりますが,私は,対米投資の促進に当たっては,製造業の振興,現地社会への貢献に重点を置くべきだと考えます。他方,米国からの対日投資も多様化しつつ増大しており,また,日本の対米投資の中には自動車,電気製品などにおいて我が国への逆輸出を計画しているものも現われてきております。私は,このような日米間の相互依存の進展を今後の双方の発展の方向を示すものとして歓迎いたします。

第3に強調したいのは,日米間では経済面や政府間の関係ばかりでなく,双方の地域の間で自治体や学校をはじめ様々な団体・個人によって,自発的な交流が育ちつつあることであります。例えば,現在全米50州中34もの州が日本に州事務所を設置しておりますが,うち14はこの3年間に開設されたものであり,過去1年間に訪日した米国の州知事は25人に上ります。地域の活性化や文化的振興に大きな貢献となるこのような動きは,東京から遠く離れた地方に生まれ、郷土を豊かにしたいとの願いから地方政治に身を投じた私の政治信条とも相通ずるものであります。私は,かかる地域交流の活発化を国家間の関係を支える基盤を広く深くするものとして,一層支援していきたいと存じます。

 (結 び)

御列席の皆様,

日米両国関係が今後深くなればなるほど,予見しない種々の困難が生じることもありましょう。両国関係のあまりに急激な緊密化に対し両国民間のコミュニケーションの能力が追いつけず,そこに誤解や偏見が生ずることがあるかもしれません。人や物や金や情報が,未曾有の規模や速度で往来しているため,従来の考え方では対処できない問題が生じることもありましょう。

しかし,わたしは太平洋の両側で両国関係を対立したものと見ている人々に申し上げたいと思います。また,日米関係の行方を危惧をもって見つめておられる世界の多くの方々にも言いたいと思います。日本は米国の繁栄が自らの繁栄の基盤であることを熟知しています。日米関係は,現在,基本的には極めて強固であります。それは,表面的に見えるよりもはるかに多くの広がりと深まりを有しております。日米両国民は,歴史や伝統,言語や宗教など両国間の種々の違いを乗り越え,真に永続する互恵的な同盟関係を構築するため大きく前進しているのであります。

日米同盟関係は,両国国民のためのみならず,世界全体の未来のために貢献すべき時代を迎えております。

 (結びの言葉)

本日ここに,スペース・シャトル計画に参加する宇宙飛行士の一人として現在ヒューストンのジョンソン・スペース・センターで訓練を受けている日本女性,向井千秋さんが同席しています。かつて私は向井さんから,「宇宙飛行士にとって,帰るところは地球しかありません」と言われ,いたく共感したことがあります。私は日頃から「ふるさと創生」をとなえ,地球は,かけがえのない人類のふるさとであると述べてきました。この地球を,対立や抗争の場から,対話と協調の場にかえていかなければなりません。我々は,そのような地球の平和と繁栄に貢献するグローバルな日米パートナーシップを築くため,力を合わせて物事を一つ一つ成し遂げていこうではありませんか。

御列席各位の御清聴に感謝し,これにて私の話は一応終らせて頂きます。

(注)冒頭のジョーク及び末尾の結びの言葉は,事前テキストにはなかったもの。

また,冒頭ジョークは,総理は自ら英語で述べた。

{(1)は原文ではマル1}