データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第五十五回全国経営者大会における講演,国際情勢の展望と日本の進路,地平線をこえて(中曽根内閣総理大臣)

[場所] 帝国ホテル
[年月日] 1984年7月16日
[出典] 中曽根演説集,494−507頁.
[備考] 
[全文]

 日本経営者協会の大会にお招きいただきまして、私の私見を申し上げる機会をいただきましたことを大変光栄に存じます。

 それでは早速、表題に従いまして私の考えを申し述べたいと思います。

 私は政権を担当いたしまして約一年七カ月になりますが、その間全国民の皆さんの非常なご鞭撻、ご協力をいただきまして誠に感激に堪えない所でございます。

 未熟なものでございますから、ご期待に十分そいえないことに大変じくじくたるものを感じている次第であります。私は私なりにうまく一生懸命勤めさせえていただこうと努力してきたつもりでありますが、人間のやることでございますから、政治には過ちも多々ありますし、或いは錯誤もあると思います。皆様方から過酷な叱責を是非賜わるようこの機会にお願い申し上げて今後とも誤りなきよう期して行きたいと思う次第でございます。

 私は政権を担当いたしましたときに、ガラにもなく戦後政治の総決算を行いたいということを申し上げました。

 と同時に、いま日本の内外をめぐる環境情勢というものは非常に厳しい。国際的にみればほとんど孤立状態に近い。国内的にみれば財政経済その他の問題で非常にむつかしい道を辿らざるを得ない。こういう時に当たっては、もう度胸を決めて波に向かって舳先を向け、エンジン全開で波をつっ切る以外にはない、そういう気持ちでやります。逃げることはやりませんということを申し上げてきました。

 そして、こういう時でありますから、全国民の皆さんの理解とご協力をいただき、力を与えていただかなければ到底一政党一内閣で乗り切れるような時局ではございません。そのために国民の皆さんに出来るだけ判り易く語りかける政治、そしてご協力をいただく政治を心掛けていきたいと思いますとも言ってきております。そういうことを、ガラにもなく生意気なことを申し上げてこれまでやって来た次第でございます。

 そこで戦後政治の総決算とは何ぞやということでありますが、私に言わしめれば戦後四十年の日本の過去の航跡を考えてみますと、日本史上特筆すべきほどの非常にブリリアントな立派な時代を日本人は築いたと思っております。おそらく将来、歴史家はそのような時代として特筆大書するであろうと私は予感をし、自負しているのであります。あの敗戦の瓦礫の中から誰が今日を予見したでありましょうか。これは日本が非常に恵まれて運がついていたという面がありますけれども、一面に於いては国民の皆様方のご努力とご精進の賜ものであると、そう思うのであります。

 では何が戦後政治のブリリアントな面であるかというと、それはまず第一に、平和と繁栄がこんなに続いた時代はない。そして文化が進展して非常な普遍性をもってきた。東京も、札幌も、鹿児島も、那覇もほとんど同じ水準の文化が行きわたってきている。それはテレビその他のマスメディアの発達にもよりますけれども、やはり日本の為政者或いは商工会議所や青年会議所等の各種団体の努力によってデコボコが非常に是正されて国民的普遍性をもってきた。それから史上最高の生活水準を実現し、しかも貧富の差が非常に少ない。世界でも社会主義国家以上に少ない国が日本だと思います。教育はアメリカ程度の水準にまでも普及して参りまして、高校生になるのが中学生のほとんど九四パーセント、高校生の三五パーセント以上が大学生になる。また日本の戦後の文化作品を見ますと、建築技術にしても、或いは絵画、音楽、映画、文学等傑出した多くのモニュメントを作りあげている。或いは我々の生活自体、非常にきめの細かいニュアンスに豊んだエスプリに満ちた生活をしております。さらには、文化の非軍事的性格という面に於いて、戦後日本社会はきわめて大きな特徴をもっている。

 おそらく日本文化が過去二千年の歴史の中で高揚した時代というのは、或いは万葉の時代がそうだったかもしれませんし、或いは安土桃山の時代、元禄の時代或いは明治以後のある時期がそうであったかも知れませんが、戦後の今日の日本の文化の高揚性というものをみると、日本歴史の中に於いても稀にみる時代をいま我々は作り、歴史に残る大きなピラミッドを作ったと、そう私は思っているのであります。

 だがしかし、人間は現状に満足しているものではない。よりよきものへ常に精進をし、努力をもつづけていくべき運命にあるものであります。そういう意味に於いて戦後の状況をみてみると、大きな歴史上誇るべき程の文化遺産を作ったという反面、同時に幾つかの欠点が目につくようになってきたと言えます。

 国際政治に於いては、先に申し上げたような孤立化の危険性、閉塞性の危険性というものが非常に大きくなってきた。先ずこれを打破しなければいけない。そういう考えから私は過去一年半、一連の外交活動に力を傾けてきたつもりであります。最近の情勢をみますと、幸いにしてそういう孤立感というものが、ほとんど解消し、むしろ、国際会議や外国のジャーナリズムの評価等をみますと、日本もいわゆる自由世界の一員として、しっかりとした地歩を築いて、むしろ頼みがいのある日本になってきてくれたと、そういう評価が最近出て来ているように思うのであります。

 私、二度のサミットに出席いたしましたけれども、アメリカもヨーロッパも、いまや日本を無視しては何事も出来ないという状態になってきたと思うのであります。政治も経済も、またある意味に於いては世界的安全保障、平和の維持の問題も日本を無視しては進められないという時代になったと思うのであります。今迄は、日本を除く先進工業国の、主としてアメリカやヨーロッパの指導者が、或いはカリブ海、或いは大西洋の島や保養地へ行ってパンツ一枚になって、彼等だけで政治や経済や安全保障問題を話し合ってきた。日本はカヤの外で一回もよばれたことはなかった。しかし最近の情勢からみますと、もう日本を無視できないことを彼等自体が感じて来て、何事につけ日本も重要な一員として相談しあうという状態になって来たと思うのであります。

 これは日本にとりましても、非常に喜ばしい状態ではないかと思うのであります。我々は、新しい生きがいを感じることができ、また我々の子孫に名誉ある国際社会の一員としての地歩と安定を残すことができるのであります。

 それと同時に、私が政権を担当いたしました時に一番心がけたことが一つあります。それは当時日本はアンフェアであるという批判を外国から受けていたことです。アンフェアということは日本流に直せば“ずるい”という言葉になりましょうか。ある国家が外国から、たとえそれがジャーナリズムの発想にせよ、“アンフェア”と呼ばれるぐらい屈辱はないと私は当時から思っておったのであります。

 このアンフェアという言葉を日本の周辺から消さなければならない。それは日本人の名誉に関することであると、そういう気持ちがいたしまして努力もしたつもりであります。最近、アンフェアという言葉は消えてきたと思います。一連の市場開放政策や金融や資本の開放政策、或いは世界的平和維持に対する相互の政治的協力体制の確立というような一連の国民の皆さんのご努力の結果、そういうことになってきたのでありまして、この道を更に進めて堂々たる世界に対する地歩を築き、世界的役割も果たし、憲法の範囲内に於いて平和国家としてたくましく生きていく日本を作っていく。この路線をはずしてはならない。というのが私の考え方であります。

 内政におきましては、いま三つの改革を進めております。行政改革、財政改革、それから教育改革でございます。この三つの改革を何のためにやっているかと言えば、それはたくましい文化と福祉の国を作るためだと申し上げているのです。一部の新聞やジャーナリズムは、このたくましいという言葉にとらわれて、これは軍国主義ではないかという様な感じの批判をもっておられた向きもあります。

 しかし、これは間違いであって、そういう批判すること自体がいじけた考えに立脚しているんではないかと私は思っています。たくましいということは、生物の存在がありうべき本来の姿の中で当然持つべき基本的属性であると私は思っているのであります。たくましいという言葉を分解すれば、結局、自主、自立、それから連帯、或いは愛情、或いは創造、こういうものが含まれていると思うのであります。

 そういった気風を持ち、そして馥郁たる文化性をもった個人なり、国家になりたいという願望をこめて、たくましい文化と福祉を作ろうと提唱し、そのために行政改革、財政改革、教育改革を進めているのであります。

 幸いに国民の皆様方のお力によりまして、行政改革も軌道を歩んでおります。一番つらかったのは去年から今年にかけてでありました。

 去年の臨時国会においては、七つの重要な行革法案を提出しましたが、その中には国家行政組織法の一部改正とか、或いは総務庁の設置、これは総理府と行管庁を統合して戦後はじめて中央官庁を一つなくすという法案でありますが、そういう重要法案の成立をかけた行革国会でありました。そこでご承知のとおりのような色々な問題が起きて解散するかしないかという事態に入りました。当時の状況からすれば解散は厳しく、結果はある程度予想もしえた状態であったと思います。が、しかし、あの七つの法案を昨年の臨時国会で成立させておかないと、次にくる通常国会に於いて、健保制度の改正や電電公社や専売公社の民有、特殊法人化の法案が提出できなくなる。更にはその次に出てくる国鉄の大改革とか、地方の行革というタイム・テーブルが全部崩れてしまう、そういう意味に於いて去年の臨時国会で、この七つの重要法案をどうしても成立させておく必要がある。

 私はそう判断いたしまして法案を成立させるために敢えて解散ということにいきましたが、選挙の結果はやはりあまりかんばしくなかった。しかし新自由クラブと連合を組み、政局と安定させまして、今国会には更に三十に及ぶ行革法案を提出してご審議願っている所であります。その中には、今、一番問題になっている健保の法案とか、或いは電電や専売公社の改革案といった多くの大事な法案が含まれております。行政改革は着々と推し進められているのであります。

 これらは皆、次の時代に向かって日本を切り開いていくための民間活力の培養を中心とする路線設定を行っているのであります。

 電電にいたしましても、競争原理を導入して株式会社にする。すでに第二電電という構想が出て来て、活発に動き出している。第二電電の背後に、また様々な中小企業や関連企業がくっついて来るでしょう。それだけでも相当な民間需要を起こす重要な要素になっていくと思うのであります。現実に動きだしたら、一波万波をよんでいくだろうと期待しているのであります。

 またたばこにいたしましても、今回の専売公社の改革によりまして、外国たばこの輸入の自由化に踏み切りました。ここでも競争原理がこれで働いてきます。日本の専売公社も今度は日本たばこ産業株式会社に変わりますけれども、これもそう今迄のようにのんびりはしていられなくなる。

 国鉄の改革が行われるようになれば、もっと色々活気づいてくるところがあるでしょう。すでに国鉄は自分のもっている所有地を相当売却をはじめております。功罪は色々あるでありましょうが、大井の方で一千億円で売れたという場所がありました。その他錦糸町に於いても、或いは将来は汐留とか、新宿の操車場とか、数えたら限りなくあります。そういう所が地方自治体と組んで都市計画に使われ、或いは公園になり、或いは住宅に変わっていけば、国家の金を使わずして生命保険や銀行の資金も動員されて動くようになる訳であります。

 その良い例が新宿西戸山の国家公務員の居住地帯、約四万平方メートルぐらいでありますが、かなりぼう大な土地に国家公務員の宿舎が建てられて、もう二十数年経過しております。これを整理して、ぼう大な空地に公園やミュージアムや、文化センターを作り、或いは民間住宅を高層で作ることによって、今までより何十倍の活用が出来、民間活力が出てくる。いますでに民間企業を集めてそのための株式会社が設立され、都市計画の指定を年内にうけていよいよ着工しようという段階に来ているのであります。

 今までこんなスピードでものごとが動いたことはないと思います。先頃、中西国務大臣を国有地、公有地活用の責任大臣に任命いたしまして、私が自分でやっていたことを引き継いでもらい、更に広範な民間活力の導入を進めようとしているところであります。

 こういう形で改革がデレギュレーション、規制の解除による民間活動の活発化という形で行われていることをご理解願いたいと思います。

 また財政改革についても色々ご議論がありますが、とも角、戦後四十年のオーバー・ホールをやるべき時期であり、高度経済成長で伸び切った、ふくらみすぎた日本をもう少し水ぶくれを直して、スリムな形になって、そして強靱性を増して、二十一世紀に対応できるような力を回復しようということを主眼に、いま財政再建も辛抱強く進めているところであります。

 更にいま教育改革の準備に入ってきたところでありまして、これこそまさに二十一世紀に向けての大事業であると考えている次第であります。偏差値とか学校暴力とかツッパリとか、或いは共通一次テストとか、そういうものが機縁でこの問題についての国民的関心は非常に高まってきたのでありますが、しかしそうした現時点の社会問題が教育改革熱を触発する力であったとは思いますけれども、教育改革の本質的なものはもっと深い遠大なところにあると思っているのでありまして、それを今度審議会を作りまして立派な方々に委員になっていただき、ご検討願うことにしているのであります。

 その他では、ガンの撲滅を実現したいと考えております。ガンの遺伝子が発見されて、いま世界の学会は騒然としてガンの原因究明の前夜にあります。日本はこれに遅れてはならないというので対ガン十カ年総合戦略を作り、そして閣僚協議会も作って各省総動員で今やっております。

 また緑の運動も進めておりますが、昨年一年間の実績をみてみますと、全国で色々な企画事業が平均して三割ぐらい増えてきております。中央が本気になれば地方も本気になるのであります。先日、テレビにも出ておりましたが、ゴルフの一回のプレーごとに五十円或いは百円、緑化運動に寄付して下さいということを全国的に広げようというので、日本ゴルフ協会にご協力をお願いし、進めているところであります。また今年から緑の宝くじを始めまして、その収益で苗木を市町村に配り、植えてもらうことも実行に移しつつあります。

 こういう形で私はいま政治をやらしていただいておりますが、これから来年再来年、それから二十一世紀に向かって日本の土台づくり、基礎工事とい意味におきまして駑馬にムチうって努力している次第であります。

 そこで皆様は経済に一番ご関心がございますから、サミットの話を少し申し上げたいと思います。何と言っても今日の経済を支配するものは、経済的諸条件もさることながら、むしろ政治的与件の方が大きい。イラン・イラク戦争がどうなるか、ホルムズ海峡が封鎖されるか、それで日本経済の運命は決まってしまいますし、或いは米・ソ関係がどう動くか、中国と日本の関係がどうなるか、ということによって貿易量も違ってきますし、日本の景気にも響いてくる訳であります。

 したがって現在に於ける政治の役割は非常に大きく経済を動かしておるところであります。サミットはそういう意味に於いて、経済サミットということではありますけれども、経済を動かすものは政治である、つまり首脳部の意思の力によってかなり世界経済は影響される、そういうことでサミットが作られたと思うのであります。

 この間のロンドン・サミットは、或る意味に於いては景気回復宣言という性格をもっていると思います。私は行く前から希望に満ちた明るいサミットにしようと言って参りましたが、まさにそういう結論であったと思います。

 そして、いまの景気を更に上昇させていく持続的条件をみんなで探究した。その中で先ず共通に一致した点はインフレの防止、インフレなき経済成長ということでありました。そのために各国は、財政赤字の縮減、公共支出の抑制ということに努力してきております。フランスはミッテランさんが大統領になって、社会主義政権で当初は相当公務員の給料をあげるとか、優遇政策をとって、一時、経済膨張政策をやったが、結果は反対に非常に悪くなった。

 そこで今はもう財政赤字の縮減や、公共支出の抑制という政策を懸命に進めております。そういう経験を踏まえインフレを抑えることが正しい道であると一致した訳です。

 我々も来年度予算編成についても、やはりこのサミットの線にそった考え方でやらなければならない。各々事情がありますから、その主権の範囲内に於いて自由裁量で勿論やるべきことでありますけれども、サミットの合意というものも、我々は常に頭においてやっていかなければならないと思います。

 第二の条件は産業調整であります。ヨーロッパは未だ失業が非常に大きい。過去十年間に於いてアメリカは新しい仕事を千八百万人増やしている。日本はこの間、三百八十万人が新しい仕事についている。取りあえず流通とか第三次産業に主としてどんどん増えている。ところがヨーロッパはほとんど横並びであって、増加していない。むしろイギリスなんかは雇用の絶対数が減っている方です。そういう面で日本とアメリカが優等生、とくに日本が優等生であります。サミットにおきましても、サッチャー首相が産業調整の重要性を強調し、ロボットや新しい技術革新を導入し、新しいニーズに応えるために。労使間の調整や産業構造の調整を積極的に進めていくことが話し合われた訳です。この面で特に日本とアメリカを見習えと、そういうことであったのであります。

 私はこれに関連することで一つ胸を張って話したことがあります。それは日本ではロボットがどんどん使われている。中小企業でもロボットは普通のことになって来ている。何故かというと我々はロボットを簡単に受け入れられる精神的土壌がある。ロボットは我々の仲間だと思っている。だから労働者がロボットに対してそれほど抵抗感をもっていない。何故なら日本人は大きな石にも大きな木にも、山にも神が宿ると考えている。そして我々もその仲間の一人である。そう考えている多神教哲学である。

 ところが、貴方がた一神教の世界ではロボットなどは怪獣怪物の一種であって、フランケンシュタインの一種だと貴方は思うでしょう。日本ではロボットに太郎とか次郎とか名前をつけて、そして創業記念日とかお正月にはビールを一杯もっていってロボットに“おい兄弟、一杯飲めや!”とビールをやるんですよ。あなたがたには考えられないでしょうと言ったのです。それを受けてサッチャー首相は“その時はビールでなくてスコッチ・ウイスキーをやって下さい”と、即座にジョークを言いましたけれども、そういうウィットが、やっぱり彼女の相当なところだと思います。

 そういうような文化的土壌についても首脳会議は色々おもしろい応答がある。結局、サミットは首脳だけで話し合いますから、相撲みたいなもので裸で四つに組む。人間の教養なり、ウイットなり、説得力なり、そういうものが如実に出る場所であります。そういう点でサミットというものは、よっぽど準備して行かなければ、その場へ行ってから勉強しても間に合わないものです。

 第三は開発途上国の問題、あるいは累積債務の問題であります。現在のように国際経済全体が複数密接に絡み合っている時代には、先進国だけで繁栄しようとしても繁栄できるものではありません。ある国が債務でデフォルトになったら、それが必ず金融異変を他の国に及ぼすという形になる。そういう意味に於いて、発展途上国も債務累積国も我々も同じボートに乗っていると考えなければなりません。

 だからそういうキャタストロフィを起こさないように皆で手当てしながら逐次体質改善を進めて退院できるようにしてあげる。それが非常に大事になっています。発展途上国の中でも謂ゆるNICといわれる途上国を卒業した位の韓国とか、或いはブラジル、メキシコ或いは地域では台湾、香港といったニューリー・インダストリアライズド・カントリーNICsといわれる国々がとくに苦しんでいる訳です。もちろんそれ以下の国々はもっと低い段階で債務超過というより、もっと別の現象をきたしている訳ですが、NICsの国は、世界経済の停滞の中で、国の発展が債務負担の累増の故に行きづまってきたという意味で、その取り扱いの問題はいま非常に大きい国際問題です。

 私はこの問題についてはサミットで次のように主張しました。NICsの国々を我々の仲間として、お互いが共栄する考えでなければ長もちしない。技術移転を非常に恐れるのも理解はできる。そういう点で注意を要する面もあると思う。しかし一般的にみて日本は新しい先端技術など自らの強みを伸ばし、先へ先へと市場を拡げ新しい地平線に挑戦して自分達の安住の地を見出しつつ、NICsや発展途上国にも均霑し分かち合うという考えでいかなければ先進国とは言えない。とくに日本はそういう国柄であると、そう思っているのであります。

 第四に大事な点は、貿易の自由化の問題であります。ややもすれば保護主義が台頭してくる。我々は常に自由化、自由化といってその風を吹きなびかせておかなければ保護主義の誘惑につかまってしまうおそれがあります。私が何故、ニュー・ラウンドをとなえるかというと、それは自由貿易の推進というのは坂道で車を押し上げているようなもので、一寸手をゆるめると下へさがってしまう。だからみんなでパートナーになって自由貿易の車を押し上げて目標に向かって進める努力をしなければならない。それが大事であると思うからであります。サミットでそういう話をしましたら坂道で車を押し上げるというたとえは非常に判り易い話であったようであります。

 ただニュー・ラウンドの主張をするときに注意をしたのは、アジア・太平洋のぼっ興期にあるエネルギーであります。ロンドンやパリの新聞や論説等を読んでみましても、太平洋に対するかなりの警戒が出て来ております。現にアメリカの貿易量は一九七九年から大西洋岸より太平洋岸の方が多くなっています。カナダもそうです。その上に、東アジアの地帯、日本や韓国はもちろんASEAN諸国も五パーセントから六パーセント程度の高い成長力を持っています。さらに豪州、ニュージーランド、メキシコもつながってくるとなると、将来アジア、太平洋の力はものすごいものがあると見られているわけです。反面ヨーロッパは将来に対してややもするとペシミスティックになっている。

 従ってニュー・ラウンドを私が提唱する場合でも非常に注意深く、アジア・太平洋が繁栄するためにはヨーロッパと一緒に繁栄しなければ不可能であり、そのためには相互の自由な交流を更に強化しなければならないという論旨で説得してきたのであります。アジア・太平洋といっても地理的には何千マイルも離れ、宗教も人種も多種多様であり、ヨーロッパのようにキリスト教的同質性、地域的緊密性というものはアジアにはない。

 そういう意味に於いて大きな可能性はあるけれども、なおそれ程力にはなっていない。ヨーロッパがもっている科学技術力や同質力からくるバイタリティは偉大なものがある。いま、ヨーロッパの政治的経済的情勢はきわめて困難なものがあるが、ヨーロッパは必ずその利点を生かし、再び発展のみちを歩むに違いないと私は主張してきたのであります。

 それから、もう一つ大事な点は為替レート、通貨制度の安定の問題であります。これは今の円とドルの関係やその他をみれば、ご覧になっている通りであります。

 以上の諸問題についてサミットでは素直な話し合いがなされ基本的方向について合意が成立した訳であります。こういうような方向が一致するということは、世界経済全体について一つの目標を与えることであって、その目標のもとに全世界の国々が自分達の経済政策を考えることになれば、これは非常に大きなプラスになる訳であります。相互の考えが判らなかったり、バラバラであるということよりも、どれ位効率的に世界経済を動かす力になるか判らないと思うのであります。

 従ってサミットは、お祭りにすぎないではないか、行っても意味ないではないかという議論がおありかも知れませんが、私は集まって、そういう方向の一致だけでも見出すことで非常に大きな意味があると思っておるのであります。

 今後日本もこのような構造調整、インフレの回避、為替の安定、累積債務国問題等に積極的に努力をしていく必要があります。為替安定については、アメリカの高金利がかなり影響していると私は思っておりますが、アメリカに対する要望も強く出して協力し合っていかなければならないと思っております。

 それから貿易の自由化の問題、途上国との協調の問題、アジア・太平洋圏への配慮の問題、それから最終目標として我々自身が高度情報社会をめざして進んでいくこと、これが我々の地平線、坂の上の雲である。そういう考えに立って新しい成長への道をこれから歩む必要があります。成長がいらないということではないく、今迄のような財政に非常にオンブしたパターンの成長を必ずしも追う時代ではない。新しい成長を模索する時代である。そういう考えに立って、経済の拡大を今後とも進めていかなければならないと思っております。

 そういう視点から私が考える一つのポイントは、先に金融資本の自由化、円の自由化を行いましたけれども、我々はこれから地域的な金融センター、世界的金融センターになるという考えで目標を一つ作るべき時代に入ったと思うのであります。例えば、香港、ニューヨーク、ロンドン、チューリッヒ、フランクフルト等、世界的な、あるいはリージョナルなファイナンシャル・センターというものがありますが、東京は当然この中に入るべきものであります。そのためには金融資本の自由化、円の国際化に踏み切らなければいけない。我々は鉱工業で、或いはその他の諸産業で国際化をめざして努力してきました。その努力以上に今度は金融や資本の面においても努力していく必要がある。これは一種の情報産業でもあります。

 そういう日本をめざして我々は進む時代に入って来た。先に行いました金融資本の自由化及び円の国際化のスタートと同時にいまや我々は最終的な志と目標を固めなければいけない時期に来ている。そう私は思っているのであります。

 それと同時に、今までは我々は世界のルール・テイカーであった。これからは世界のルール・メーカーになっていく。それはニュー・ラウンドを我々が主張しているのもそのはしりであります。

 我々はこれだけの経済力をもって世界に影響を与えているのでありますから、もっと進取積極的に世界的なルール・メーカーになっていくという気概が必要であると思う訳です。

 それから、日本はいまや経済的には強い国になっているのですから、強者としての倫理と論理が必要であります。それは節度と抑制ということであります。さもなければ長つづきするものではない。

 更にもう一つ大事なことは今までは貿易パートナーという概念がありましたが、我々はこの段階になると、貿易パートナーから産業や技術の協力のパートナーというふうに前進すべきであると思っております。それでは損じゃないかと言う人がもしあるとすれば、損でも耐えうる力を我々がもって前進しなければならない。それが歴史の方向でありますから、歴史の方向に向かっては躊躇なく我々は決意をもって、たくましく前進をして自らの力を作っていくべきであると考えます。抵抗力をつくり耐えうる力をもって進むのが強い者の論理であり倫理であると考えるのであります。

 横綱と幕内力士の勝負みたいなもので、日本は横綱か三役ぐらいにはなっているでしょう。そういう意味において受けて立つ、そういう力をもって、不利も顧みずやるというのが強者の論理の一面でもあると思うのであります。そして、具体的にはアジア・太平洋時代というものを常に考え、この間における物、金の交流、技術の交流、人材の交流、文化の交流に我々は積極的関心をもち、これを体系だてていくという時代に入って来たと思うのであります。そして我々自体の目標は高度情報社会へたくましく前進していく。そういうふうに考えている次第でございます。

 大変雑ぱくな話でございますが、以上で私の挨拶を終わりにいたします。ご静聴有難うございました。