データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ナショナル・プレス・クラブにおける鈴木善幸内閣総理大臣演説

[場所] ワシントン
[年月日] 1981年5月8日
[出典] 外交青書26号,296ー299頁.
[備考] 
[全文]

1.本日ここに,由緒あるナショナル・プレス・クラブにお招きをいただき,著名なジャーナリストの皆さまと直接お話しできる機会をあたえられたことは,私にとって大きな光栄であります。

 今回の訪米は,昨年夏,私が内閣総理大臣となってから最初のものであり,また,米国民が新大統領を迎えられてから間もなくの時期にあたります。私は,21世紀への道程において,日米両国がどのような協力関係を構築して行くべきかについて,米国新首脳陣と語り合うことを,きわめて意義深いものと考えておりました。

その日を心待ちにいたしておりましたところ,突如,レーガン大統領閣下に対する狙撃事件が発生しました。私は深く憂慮いたしましたが,幸い大統領閣下は青年をしのぐ勢いで回復され,会談も予定どおり開かれることになりました。

昨日と今朝の2回にわたり,すっかり元気になられた大統領閣下にお目にかかることができて,私は心から喜んでおります。

 会談を通じて,私は,大統領閣下の明るい率直な人柄と,強い信念に深く感銘いたしました。私も腹蔵ない意見を申し述べ,会談は実り多い成果を収めえたものと考えております。

2.さて,本日は,ナショナル・プレス・クラブの皆様を通じて,米国民に新しい日米関係と日本の役割について,私の所信をお話しいたしたいと思います。

 世界の平和の確保と自由で活力ある社会の建設は,日米両国民の等しく願うところであります。この共通の目標の下に,これまで日米の間には揺るぎない信頼関係が築かれてまいりました。私の今回の訪米は,この共通の目標の達成に向けて,協力と連帯のあり方を協議し,相互にこれを確認するためのものであります。この意味において,このたびの会談は,日米双方にとってのみでなく,今後の世界の平和維持と秩序ある発展のために,大きな意義をもつものと確信しております。

3.今日,世界には,平和と自由と民主主義を信条とする我々が,もはや放置しておくことのできないいくつかの好ましからぬ動きが進み始めました。

 その第1は,ソ連の一貫した軍備増強政策の結果,軍事バランスが,西側諸国の安全にとって好ましからぬかたちで変化しつつあることであります。第2は,エネルギー制約,並びにこれに伴うインフレーション,失業,国際収支不均衡等によって,世界経済が大きな困難に直面していることであります。これを背景として,保護主義的風潮がみられるようになりましたが,それにより,自由世界の経済がさらに弱体化するおそれがあります。第3は,第三世界の政治的,経済的基盤が脆弱であるため,地域的な紛争が生じていることであります。また,それが,ソ連の勢力の進出を助長することにもなっていることであります。

 このような状況を前にして,我々が当面なさねばならぬことは,自由世界による平和維持力の結集であり,その強化であります。自由世界は,その基本認識を統一し,米国を中心に,日本,西欧が力を合わせて,その平和と安全を確保する長期的かつ総合的な平和維持の戦略を確立することが肝要であります。

 このような平和維持力の信頼性や持続性を高めるためには,地域的な協力と連帯を強化すると同時に,自由世界の政治的,軍事的,経済的な対応力を広範囲に組合せ,整合性,統一性のある平和戦略としていかなければなりません。各国は、その国力と国情に応じて,それぞれにふさわしい役割を果し,自由世界の持てる力を有効に発揮しなければならないのであります。

 米国は,軍備においても,経済においても,世界で最も強力な国家であります。私は,このたびの会談で,レーガン大統領閣下が,西側諸国と緊密に協議しつつ,世界の平和と活力ある発展を目ざす決意のきわめて固いことを確認いたしました。我が国としても,平和的手段を通じて,国際緊張緩和と安定のためできる限りの協力を行う決意であります。

4.平和と自由と民主主義は,戦後自由世界発展の原動力でありました。とりわけ,我が国は,第2次大戦後,自由と民主主義の先輩国からその真髄を学び,経済の復興と社会の発展に役立ててまいりました。幸い,ここ数年来,日本経済の発展に伴い,我が国の国際的地位は著しく向上し,我が国をとりまく国際環境の著しい変化を背景に,我が国は,国際社会において,より積極的な役割を果すことができる基盤を固めるにいたりました。

 このような国際的責任を果すため,我が国は,アフガニスタン事件に際して,モスクワ・オリンピック不参加,対ソ経済措置を行い,断固たる態度を示しました。これは,我が国が,西側諸国の結束をいかに重視しているかのあらわれであります。我が国は,今後ともこのような西側諸国との協調と連帯を核としつつ,世界の平和と安定を確保強化するため,広範な努力を傾けてまいります。

 東西両陣営が高度に発達した軍事力を保有し,しかも,両者の間にぬきがたい相互不信が存在するという事態は,きわめて遺憾なことであります。これを放置すれば,終りなき軍核競争が継続するでありましょう。これは限りある資源を浪費して,人々の生活を脅かすものであります。

 我が国としては,国際間の緊張を緩和するため,国際政治の分野においても,できる限りの役割を果していく考えであります。たとえば,各国がひとしく望みながらも,なかなか実現しがたい軍縮については,現実の国際関係の中で,各国の安全保障を損なうことなく,核軍縮を中心として,実現可能な具体的方途を求めるため,応分の役割を果すべく努力してまいります。さらに,私は,特に第三世界における地域的紛争の鎮静化や,拡大阻止のために果している国連の平和維持機能を重視しており,その有効な活動のために,積極的かつ建設的な役割を果すことを,我が国の任務と考えております。

 また,我が国は,自由世界第2の経済力を有する国として,経済協力の面で,今後一層積極的な役割を果していかなければなりません。経済協力は,開発途上国の経済社会開発を支援し,それを通じて,南北問題の解決に資するとともに、ひいては世界の平和と安定に大きく寄与するものであります。我が国は,昨年,政府開発援助(ODA)3年倍増計画の中期目標を,かなりの余裕をもって達成しましたが,80年代前半5年間のODA総計についても,新たな目標をたて,70年代後半5年間の2倍の214億ドル以上とする等,経済協力の拡充につとめてまいる方針であります。

アジア地域においては,ASEAN各国が近年,政治的にも経済的にも安定度を増しつつあり,その発展は,アジアの繁栄と安定のためのみでなく,世界全体の平和と発展のため大きな意義を持つものであります。我が国は,そのため多角的な協力を行っておりますが,今後アジア以外においても,世界の平和と安定の維持のため,重要な地域に対しては,援助を強化していく所存であります。

5.次に,我が国の防衛政策について申し上げます。

我が国が,平和憲法の下,専守防衛に対し,近隣諸国に脅威を与えるような軍事大国にならず,さらに非核三原則を国是とすることを基本原則としていることは,皆様すでに御承知のことと思います。

我が国は,このような基本原則にのっとり,また,さきに触れた厳しい国際情勢を念頭に置きつつ,装備の近代化をはじめとする,質の高い防衛力の整備・充実を図っておりますが,今後とも,このような努力を一層推進していく決意であります。これに不可欠なものは,国民の理解と支持でありますが,日本政府は,かねてより,国民各層に防衛問題の重要性を訴えてきており,その結果,この問題に対する日本国民の認識は,着実に前進してきているものと信じております。

我が国の防衛政策として,自衛力の整備と並ぶもう一つの大きな柱は,日米安保体制の堅持であります。いうまでもなく,日米安保体制は,戦後一貫して,我が国の安全を確保する基盤となってきました。今やそれは,国際政治の枠組みの重要な柱として,アジア,ひいては世界の平和と安全の維持に寄与するものとなっております。

今日,日米安保体制は,両国の努力の結果,かつてないほど良好な状況にあることは,まことに喜ばしいことであります。我が国は,この日米安保体制のより一層円滑かつ効果的な運用を期するために,今後も引続き最善の努力を行ってまいります。

6.最後に,日米経済問題について申し上げます。

第2次世界大戦後の35年間は,世界経済繁栄の35年間でありました。そして,その繁栄に最も大きく貢献したのは,自由主義経済体制であり,その貿易面での表現である自由貿易主義でした。そのような自由貿易の構築にあたって米国は,戦後しばらくの期間にわたり,例外的な措置を認めるなど,当面の自己の利益をある程度犠牲にして努力しました。そのお蔭で,日本やヨーロッパの産業は戦後の荒廃の中で産業の力を強め,自らも自由貿易主義の強力な主張者へと成長して行ったのであります。

自由貿易主義は,民主主義などの他の貴重なシステムと同様,非常にこわれやすいシステムであります。それは,相手の痛みをわが痛みとして感ずるみずみずしい感受性と,それに基づく相互の自制によって,はじめて守られるものであります。したがって自由主義陣営の二大経済大国である米国と日本は,相応のコストを払ってでも,これを大事に支え,維持していかねばなりません。

 以上のような大局的見地から,私は今回の訪米直線に対米自動車輸出規制の決断を行いましたが,これは,我が国の企業と労働者の犠牲を伴うものでありました。また米国の中にも,日本はいたずらに犠牲を払うべきではないとの忠告を与えてくれた友人もありました。従って,私のこの決断に,苦悩が伴わなかったといえば,それは嘘になります。しかし,この決断が,今後の世界経済発展のための不可欠な自由貿易主義の堅持に貢献するならば,それは,耐えるに値する苦悩であった,ということになるでありましょう。

7.会長,御列席の皆様

 私は,この演説を終えるにあたり,先日のスペース・シャトル「コロンビア号」の輝かしい成功と,あのような偉業をなしとげた米国民の進取の精神と高い技術的能力に対し,心からの讃辞を送りたいと思います。

 未開拓の分野がある限り,米国民が常にフロンティア精神をもって,その克服と開発のために最大の努力を払ってきたことを,世界の人々はよく承知しております。その意味で,「コロンビア号」の打上げと帰還とは,新しい次元へ向けて前進するアメリカ精神と自身の象徴でありました。

 私の今回の訪米は,ニューヨーク到着から明朝の出発まで,合計114時間という短いものでありますが,レーガン大統領,ブッシュ副大統領をはじめとする、米国政府及び議会の指導者の各位との会談と討議を通じて,米国が再び自信をもって,「新しい出発」の道を踏み出したことを強く感じました。

この「新しい出発」が,実り多い成果をもたらすことができますよう,私は,米国民の皆様に,日本国民の心からの期待と祝福の気持ちをお送りするものであります。

どうもありがとうございました。