データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 一九八〇年代の新しい選択(第三回自由民主党夏期全国研修会における大平内閣総理大臣の講演)

[場所] 富士・箱根ランド
[年月日] 1979年8月22日
[出典] 大平内閣総理大臣演説集,179−193頁.
[備考] 
[全文]

  数々の試練を克服した十年

今年も党員の諸君とともに、自民党の研修会を、この地で盛大に開催することができましたことを喜んでおります。

 いまは大変難しい時代です。今年で一九七〇年代を終えようとしていますが、この七〇年代は、われわれにとって、数々の大きな試練を経験した十年間でありました。来年から始まる八〇年代がどういう時代になるか、定かではありませんが、われわれにとっての未知の試練がやってくる時代であることを覚悟しなければならないと思います。

 七〇年代を顧みますと、まず一九七一年夏に、さしも健全を誇っていたドルが、ついに金と絶縁をしました。一オンスの金は、いつでも三十五ドルのドル札と交換できるという、いわば金と同等の値打ちがあると言われていたドルが、ついに金の兌換に応えることができなくなり、ゴールド・オフしてしまったのであります。当時は、一ドル三百六十円でしたが、いまは一ドル二百十七円。そしていまの一ドルは当時の一ドルと全然、性質を異にしております。いま金は一オンス三百ドル内外の値段ですから、当時のドルとは比べものにならないほど減価してしまっています。

 それから二年半余り経た一九七三年暮れには、ご承知の石油ショックが訪れ、石油の値段が十月に二倍になり、翌年一月にはそれがさらに二倍になったわけですから、短期間に四倍にはね上がったということです。そして世界経済は、おもちゃ箱をひっくり返したようにガタガタになりました。日本のように石油漬けの経済を営んでいる国、日本人のように石油に依存した生活を営んでいるわれわれは、全く途方にくれたわけです。同じ石油を入手するのに、百億ドルを超える外貨を余分に支払わねばならなくなったのです。

 同年夏、大蔵大臣を拝命した私の机の上には、高い石油輸入代金の請求書が全世界からきておりました。それはちょうど、事業家の金繰りのようなもので、その支払いにこと欠くようなことがあったならば、日本の経済は破産したはずであります。私は全力を挙げて、全世界から借りられるだけの資金を借りたのであります。そして、その返済期限がきたとき、元利ともきちんと支払いました。「日本の経済はおそらくこれでくたばってしまうだろう」とみたのが世界の常識だったと思うんですが、われわれは、この試練を克服することができたのです。ほかにも試練はたくさんありますが、私は、この二つの顕著な、重い試練について述べました。そういう試練を経た七〇年代は、いま幕を閉じようとしています。

  エネルギーに全力

 私どもは、この十年間の試練を通して、そこから学んだ教訓をもとに、来年から始まる一九八〇年代の国家経営のもくろみを立てていかねばなりません。日本経済を切り盛りし、国民生活を守り抜いていかねばならないのであります。そういう歴史の大きな曲り角に、われわれは立っているのです。

 そういう曲り角にきて、いろいろと思いをめぐらしていた矢先、われわれが第二の石油危機を迎えたことは、もうご承知のとおりであります。一バーレル十四ドル強の相場であった石油が一挙に二十ドルを超えてしまいました。前回の第一次石油危機に比べると、率からいうと大きくはありませんが、絶対額からいうと第一次石油危機に匹敵する大きな値上げでありました。こうして、わが国は、再び大きな試練を受けているわけです。この事態をどのように乗り切っていくか。これは、ひとり日本だけの問題ではなくて、世界共通の大きな問題であります。

 さる六月末、東京で開かれました先進国首脳会議は、まさに“エネルギー・サミット”でありました。石油の七割を消費するところの先進七カ国の首脳に、ECのジェンキンス委員長を加えて経済サミットをもったのであります。当然の成り行きとして、エネルギー問題に論議が終始したわけであります。

 論議の焦点は何であったかというと、これらの国々が毎年輸入する石油の輸入目標量をどう設定するかという問題に、大変な時間を割いたのであります。八人の首脳が、個別商品である石油輸入の毎年の国別の目標量を決めるのに、二日間も集中的に論議したということは、ただならぬことであったと思います。

 しかしながら、八人の首脳は、なりふりかまわず論じ合い、この輸入量の設定に成功したのであります。もし、世界の石油需給が、なんらの手も打たれずに放置されたとしたら、世界経済は混迷の度を深めたに違いないからです。先進国首脳といえども、石油に対する主権、権力を持っていないからです。

  石油の需給安定で世界に寄与

 石油は、商品であります。一九三〇年代を調べてみると、すでに石油は一バーレル二ドル内外で取引きされていましたが、これは、第一次石油危機が発生するつい数年前まで、この値段は、変わることなく維持されておりました。そしてメジャー(国際石油会社)に石油の支配権があったわけです。

 ところが、いまやこの状態は、一変しました。すなわちOPEC(石油輸出国機構)と、非OPECながらメキシコのように石油を産出している国々の手に、石油という商品の支配権が完全に握られたのであります。米国大統領といえども、全くこれには手がつけられない状況であります。

 われわれが成し得ることは、この大事な石油の浪費に歯止めをかけ、消費の節約を実行することであります。すでに、今年の三月、IEA(国際エネルギー機関)で、各国それそれ五パーセントずつの節約を決め、いま実行中でありますが、それをより確実にするため、石油の輸入量を決め、それを守り抜くことを約束することによって、もうこれ以上の石油消費はあり得ないのだという天井を示し、そうして、石油の需給を安定させる以外にないということになって、日本を含めた関係国が、それぞれの国別に、年次別の輸入枠を設定したということです。

 これは非常によかったと私は思います。なぜなら、その後、世界の石油消費国十九カ国が加盟しているIEAの諸国が「われわれも東京サミットで決定されたとおり、自分たちの年次別輸入量の天井を設定して協力しよう」という機運ができたからです。

 産油国側も、消費国の真剣な対処を見てか、サウジアラビアあるいはアラブ首長国連邦が、若干の増産を約束してくれました。東京サミットで決めた「高値買いの自粛」という約束も、厳しく守られており、一バーレル四十ドルまでいったスポット価格も、次第に低落してきたことはご承知のとおりです。

 したがって、石油の需給関係は、その後、安定の方向に向いており、私は、東京サミットで八人の首脳が真剣に討議し、おごそかに決定したことは、世界の石油需給の安定に、そして世界経済全体の安定に、大きく寄与したものと評価しております。

  代替エネルギーにまず原発

 しかし、これは、当面の対策です。われわれは、いつ石油の輸入削減に見舞われないとも限りません。石油価格の安定を期待しますが、どこまで安定が保たれるかも、保証がないのであります。エネルギーの需給が不安定では経済の運営ができるはずはありません。経済の計画も、生活の設計も立つはずはないのでありますから、なんとしても本格的に石油の供給を確保させること、価格を安定させること、そして石油に代わる新しいエネルギーの開発を進めることに、全力をあげなければならないのであります。そのことに、人類の将来がかかっていると言っても過言でないほどの問題であろうと思います。

 政府は、その後も石油の供給源を多角化するように努力をしております。そういうことをやりながら、同時並行的に、われわれは、石油以外のエネルギー源の開発を進めていくのは当然のことで、そこでわれわれが第一に心がけねばならないことは、原子力発電であります。

 わが国には、十九の原子力発電所があって、ここから千二百万キロワットの電力が供給されております。計画中、建設中を含めて三十五基があります。地元の理解を得ながら、あくまでも厳しく安全性を確保しつつ、原子力の開発を進めて、原子力という安定した信頼できるエネルギー源を確保しなければならないと考えております。

 第二は、石炭の開発であります。わが国の石炭は、五、六千万トンも生産した時代がありましたが、その後、生産条件が悪くなってきて、いまでは二千万トン以上を期待することは困難になってきました。日本は豪州、アメリカ、カナダ、中国から石炭を買っているわけですが、この石炭の輪入量をふやす、あるいは現地の石灰開発に協力し、それを輸入して、石炭火力発電の開発を進めなければなりません。

 また、原子力と石炭ほどの大きなエネルギー源ではありませんか、従来からやっておりました水力、地熱、潮力、風力、太陽熱などからも、エネルギーを採取することを手堅く進めていかなければなりません。これからのわが国の経済政策の中心は、なんとしてもこのエネルギー問題にあることば、いまや申すまでもないと思うわけです。

  財政再建を軌道に

 第二の大きな問題は、財政再建問題であります。わが国は、年々歳々、中央・地方を通じて、財政の規模が大きくなってきました。その財源は、経済の成長を通じてもたらされる自然増収、つまり法人所得、個人所得等がふえてきますから、若干の減税をしながらも、多くの財源をこの経済成長に期待することができました。したがって、減税をしながらサービスをふやし、行政水準を上げるということも可能であった、不思議な国であったのであります。

 ところが、先ほど申しましたとおり、七〇年代を迎えて、これまで順調だった経済成長もままならなくなってきました。一つには環境、公害問題がやかましく論議されるようになりました。さらに交通が混雑し、輸送コストが余計にかかるようになってきたことなどがありますが、何よりも大きな試練は、石油の大幅値上がりをはじめ、海外に依存している原料、材料が急騰してきたことです。

 われわれは、いままで、順風に帆をあげて、経済の成長を享受することができたのでありますが、七〇年代に入って風向きが変わり、「経済の成長とひと口に言うが、これは容易ではない。いまや低成長の時代、経済安定の時代を迎えたんだ」ということが、国民それぞれの意識の中に出てくるようになったことは、ご承知のとおりです。

 こうして、財政は伸びてきましたが、財政に伴う収入は減ってきました。試みに昭和四十八年の財政を分析してみると、八二パーセントぐらいを税によってまかなうことができ、税外収入が若干あって、一一パーセントぐらいを国債でまかなっておりました。六年前の日本の財政は、そのように比較的健全な状況にあったわけです。

 ところが、今年の予算は、租税収入は、五五・七パーセントしかなく、国債は三九・六パーセントと大変大きくなってきたのであります。つまり財政の支出はなかなか減らず、収入のほうはどんどん減っていくという状態になり、経済の成長が衰えてきたことを正直に反映してきたということです。

 こういう事態にいち早く対応するのが、自由民主党とその政府の任務でありますが、ご承知のように、四十八年暮れの石油危機で、石油価格が一挙に四倍にはね上がり、世界中が大きな不況の嵐に見舞われ、政府の税収も大きく減ったわけです。当時、私は、大蔵大臣でありましたが、政府の収入のうち三兆八千億円もの見積りの是正を、プラスの方向にするならいいけど、マイナスの方向にしなければならないというような、厳しい財政になったわけであります。

 世の中が不況になったところへ、政府が財政を締めて、支出を減らすということにしたら、不況はいっそう深刻化し、多くの失業者が巷にあふれるという事態を招来しかねなかったわけですから、やむを得ず政府は、この嵐を財政の盾で受けとめ、従来どおり財政の支出を実行することにしました。収入が大幅に減った分は、国債でしばらく埋め、経済が立ち直れば、この不正常な状態を是正していこうという選択をして、国債依存財政に思いきって移行することを決めたわけです。

 これは、当時の状況から見て、やむを得ない選択であったと思います。財政が犠牲になって経済を救った。個人の家計を救い、企業の経済を支えたという状況にしたわけです。そのため、ここに巨額の国債が残るという姿になっているのであります。

 経済は、お蔭さまでようやく正常化してきました。回復の基調に乗ってきました。今年の経済を見ましても、内需は堅調であります。雇用も緩慢ながら改善の方向に向かっております。国民の実質所得は、若干上回ってきております。こういう状況になりましたので、しばらく待たせていただいていた財政再建の仕事をさせていただきたいと考えたのが、この財政再建問題であります。

  四〜五年で赤字公債なくす

 三九・六パーセントというような国債を使っていたのでは、うだつがあがるはずがありません。今年あたりは、四兆円の国債費を支払わねばなりません。この国債費を支払うために、さらに国債を増発するというようなことになりますと、財政インフレは必至です。今日、われわれの生活は、われわれの子孫に負担を残しながら生活しているようなものであります。二十三万円の収入の者が、三十八万円の支出をしているという状況ですから、これをいつまでも続けるわけにはいきません。責任ある政府といたしましては、なんとしてもこの状態を早く是正しなければなりません。

 ただし、これは、五十五年度だけで、簡単に手直しがきくような、手軽な問題ではないのであります。これにはやはり四年とか、五年とかいう時間を貸していただかねばなりませんが、私は、明五十五年度を起点として、四年ないし五年の間に、現在十五兆円を超えるところの国債のうち、特別公債、いわゆる赤字公債は、全部消してしまうという決意で、財政再建に取り組もうといたしておるのであります。

 そのためには、どうしても歳出、歳入を通じて、われわれが現にやっている財政を、中央・地方ともに、もう一ぺん厳しく見直さなければならないのであります。高度成長期に膨張いたしました、あるいは肥大化しましたこの予算を、原点に返って見直しをして、ぜい肉を切り落としていかなければならないのです。これは容易なことではありません。また、決して評判のいい仕事でもないのであります。

 しかし、そうではあっても、責任ある政府・与党としては、国民のためにどうしてもやり遂げねばならない重要な仕事であります。このまま、こういう状態を放置していて、財政インフレを転がしていくというようなことになってきたら、われわれは、なによりも低額収入しか得られない方々に、大きな罪悪を犯すことになるわけです。

  行政組織を縮小、歳出見直し

 インフレは、勤労意欲をついばみます。インフレは、公正な社会を乱すことになるわけですから、なんとしても避けなければなりません。それは、政府・与党の大きな政治責任であろうと思うのであります。

 したがって、非常につらいことではありますが、国民各位の理解を得て、この財政は、なんとしても、再建の軌道に乗せていかなければなりません。財政をしっかりしておかないと、将来、どういう衝撃が日本を見舞うかもしれない、どういう試練にあうかもしれないというときに、それだけの対応力を発揮して、国民生活を安きにおくことが不可能になるわけです。

 財政が衰弱して、カマキリのような状態になっていては、大きな荷物を背負うことができないことは、当然のことであります。なんとしてもこれを成し遂げて、財政の体力を回復し、その健全な任務を遂行させるということが、われわれの政治責任であると思います。そのために、まず歳出についての全面的な見直しをいまやっているところであります。

 そして、高度成長期に肥大化いたしました行政組織についても、これを縮小していくという工夫をしなければならないと思っています。定員はふえ、機構は膨張しておりますが、定員を漸次抑制していかねばならないし、機構の膨張も抑えていかなければなりません。これを進んで実行しようというところはなかなかないわけですから、政府・与党がお願いし、指導してやり遂げればならないことであります。

 いま、連日の新聞を見ましても、世上では「大いに行政改革をやって経費を浮かして、財政を再建せよ」という声が圧倒的であります。それに反対する向きはどこにもないようです。こういうのを私は、“総論賛成”というんです。

 しかし「あなたのところの定員はこれだけに減らして下さい」「あなたのところの機構はこう縮小して下さい」と言ったら、「それはご免だ」というんですから、そうすると、この財政危機打開に協力しようという向きはないということになります。したがって、放っておいたら誰も自発的にはやらんわけですから、やはり責任ある政府・与党がお願いをしていくより仕方がないと思います。これは、評判のいい仕事ではありませんが、やらなければならない仕事であります。

  国民の理解を得て

 そういうふうに、歳出を見直し、行政の機構、定員を見直していって、相当の財源が浮いてきて、財政が健全化すれば非常に結構なことですが、いま十五兆円を超える国債に依存しておるわけですから、ちょっとやそっとの見直しで、できるわけではありません。また、経済が若干回復しましたから、今年度、明年度に予定していたよりは若干、多くの収入が期待できるかもしれません。

 そういうものをみな加えてみましても、いったいどのぐらいの金額になるかが問題なのであります。「そこで若干、金が出るから、それで財政再建をやったらいいじゃないか。国民に新たな負担をかける必要はないじゃないか」というのが、また大方の議論のようであります。もしそういうことで財政再建ができるのなら非常に結構でありまして、私もべつに苦労はないのであります。

 それをやってみて、そこからわれわれが汲みとることができる財源はどの程度になるのか。それからまた、若干の自然増収が期待できるか、それを加えてどれだけの財源が政府に残るか。そういうことを計算して、しかも国債を減らしながら、そしていまから八〇年代の新たな試練に立ち向かいながら、必要とする経費をまかなっていくにはどれくらいの金額を必要とするかという、いわゆる必要とする金額と、出てきた財源とを比較して、それでやっていければ結構です。

 しかし、もしそれで不足するような事態が起こったときは、やはり国民の理解を得て「ものは相談だが、ここは皆さんのお力をお貸しいただいて、われわれの財政再建に協力していただきたい」ということをお願いするよりほかに道はないと考えております。これが財政再建の問題であります。

  政治倫理の確立へ

 第三の緊急問題は「政治倫理の確立」という課題であります。

 自由民主党は、戦後、国民の支持を得て、長く政権を担当してまいりました。国内を整え、国際的地位を高めて、今日に至ったのであります。内政、外交とも、一貫した方針でやってきて、内外の信頼をかちとって、今日に至ったのでありますが、われわれは、こうして国民の支持と信頼を得て、民族のために大きな仕事を成し遂げることができたことを誇りとするものであります。

 しかし、われわれもまた人の子であります。多くの過ちを犯したのであります。数々の事件に、わが党関係者が関与するという、不幸な事態を招いたのであります。このことは、大変、遺憾なことでありまして、私どもは、深い反省の上に立って、失われようとする政治の信頼を取り戻さなければなりません。これは、まさに、非常な急務であります。

 われわれは、日本の民主主義の名誉にかけて、事態が起こったならば、これを解明し、厳正な法に照らして処断して、国民の信頼をつないでいかなければならないと思いますが、再びこういうことが起こらないような防止策もまた、われわれの手で工夫していかねばならないと思うのであります。

 三木内閣のときに、ロッキード事件の後をうけて“再発防止策”というものが閣議で決まり、実行に移しているもの、検討しているものがあることは、皆さんご承知のとおりです。そして政治資金規正法も改正になりました。外国との間の、いろんな司法取り決めもできるようにしたのであります。多国籍企業の取締りについても、国際協力の協議が進んでいますし、逐次、結実を見つつあります。

 しかし、われわれは、いま、なおやらなければならないことがあるのではないかということを考えて、内閣に再発防止協議会を設けて鋭意検討しているところであります。選挙制度の改正、政治資金規正法の改正問題、企業倫理の確立の問題、裁判法規の整備の問題、企業や政府の情報の公開の問題などを検討しておりまして、九月五日の協議会では、まとまった結論を出す準備をしているところであります。

 私どもは、いま緊急にやらなければならないことは、果敢に実行に移したいと考えております。政府として引き続き検討せねばならないものは検討したいと思っています。国会に検討を求めなければならないものは、率直に国会の判断を求めることにしたいと考えております。

 こうしたことを誠心誠意実行して、国民の自由民主党に対する期待に応えていかねばならない厳粛な任務をおびていると思うのであります。ただいま、鋭意、努力をしております。

  開かれた政党へ党改革の一歩

 このほか、党改革につきましては、これまでの伝統的な、閉鎖的な体質から脱皮して、党員・党友を母体として、開かれた政党にすることが、党改革の第一歩ではないかという認識に立って、一昨年の春から党改革に手を染めていることは、すでにご承知のとおりであります。そして昨年暮れには、総裁選挙を皆さんの手でやっていただくまでに至ったことは、ご同慶にたえません。

 これは、相当評価されていい改革であったと思いますが、改革というのは、なお不断に行わなければなりません。自己改革は、政党の生命ですから、いま党内に私が本部長となって党改革実施本部を設けて、第一は派閥解消を軸にした党運営の公正を期す問題、第二は総裁公選の実施方法の再検討の問題が、二つの委員会で検討されております。

 われわれは、その結論を尊重し実施していかねばならないと考えております。不断に党改革の意思を持ち、これを着実に実行していく自民党でなければならないのは当然のことであります。諸君のいっそうのご理解とご協力をお願いする次第です。そして、この研修会から何ものかを学びとっていただき、わが党とわが同志のために、いっそうのご発奮をお願いいたします。