データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ナショナル・プレス・クラブにおける大平正芳内閣総理大臣のスピーチ

[場所] ワシントン
[年月日] 1979年5月3日
[出典] 外交青書24号,350ー354頁.
[備考] 
[全文]

 本日,著名なジャーナリストの皆様方にお話しできることは,私の深く喜びとするところであります。本日は,漸く国際社会の中で重要な政治的,経済的地位を占めるに至つたわが国が,自らの果たすべき責任と役割をいかに考え,また1980年代において,いかにすれば日米間のパートナーシップを一層活力に満ち,実り豊かなものにできるかについて,私の考えを可能な限り率直にお話ししてみたいと思います。

 わが国のおかれている政治的,経済的国際環境よりみて,わが国がその生存を確保するためには,国際協調以外に道はなく,わが国の経済政策が,国際的責任に裏打ちされたものでなければならないことはいうを待ちません。わが国としては,そのため必要とあれば,国内的には困難を伴うような調整であつても,これをあえて回避することができない立場にあると考えております。

 戦後30余年,わが国は経済的豊かさを求めてわき目もふらず経済の復興に努め,顕著な成果を収めてまいりました。この成功は,わが国が,米国はじめ世界諸国民の理解と協力に恵まれたことによる一方,わが国民のもつ文化的伝統である質素,勤労,規律のもつ力によるものであつたと思います。その間,われわれは,ひたすら復興に専念してきたので,人間と自然との調和,生活の質や生きることの意味を十二分に問う余裕が必ずしもなかつたのが実情でありました。住宅をはじめ生活環境の整備も十分でありません。

 今や,われわれは,より一層の調和を取り戻す時であり,家庭,地方社会,国家のすべてのレベルにおける日本人の生活の質の向上を図るべき時であると考えております。

 私は,このような考えに立つて,国内社会と国際社会のより調和ある関係をめざし,わが国の対外経済政策の推進に際し,次の5点を最も重要な目標と考え,その実現に最大限の努力を払う所存であります。

(1) 内需の拡大を中心とした経済成長をめざすことにより,国民の生活内容の充実,社会公共施設の拡充を主眼とする経済の運営に努めます。このような対策とあいまつて,経常収支の黒字幅削減を促進し,現在の世界経済情勢の下において持続可能な国際的貿易,支払いのパターンと合致した状態へ導きたいと考えます。

(2) 貿易面では一層開放的かつ自由な貿易体制を推進します。即ち輸出面では,商品の高付加価値化,多様化を促進すると共に,輸出秩序の維持,市場の多角化を図ります。輸入面では,先に合意をみた東京ラウンド交渉により打ち出された諸措置の実施をはじめとして,貿易障害の軽減を図ります。ちなみに,日本政府は国際収支不均衡の改善に資するため,わが国の自主的措置として,東京ラウンドにおいて合意した関税引下げの早期実施を行うよう,国会の承認を求める決意をしました。

(3) 各国の通貨安定努力に積極的に協力し,国内的には為替管理の自由化を促進いたします。

(4) 流通機構の整備に努めます。これにより消費者の利益を図ると共に,外国業者のわが国市場への参入がより容易になることが期待されます。

(5) 世界経済の発展に一層適応し得るよう,民間のダイナミズムを生かしつつ,わが国の経済構造の転換を図つてまいります。

 以上は,世界経済の安定的拡大のため,わが国が果たすべき責任を自覚した上での中・長期政策の目標であります。同時に私は,米国及び欧州諸国が保護主義の誘惑を排するとの責任を自覚し,自由貿易体制の維持のために力を合わせて努力することを強く希望するものであります。

 次に開発途上国に対するわが国の経済協力について一言申し上げます。

 わが国の政府開発援助は,1978年には約22億ドルへと大幅に増加し,対GNP比も0.23パーセントに改善しました。昨年わが国政府が表明したODA3年倍増は,極めて順調な進展を遂げつつあります。わが国としては,この倍増の確実な達成を図ると共に,今後とも質,量両面において,一層の拡充及び改善を図るべく努力を続けていく決意であります。

 更に,今後の援助政策の方向として,国造りの基礎は人造りであるという考えを踏まえた国際協力の拡充を進めてまいる考えであります。

 これは,わが国が100年来の体験によつて立証してきたところでもあり,我々に課せられた大きな使命であると考えるものであります。このため,教育・文化協力から技術移転にまで及ぶ幅広い国際協力を推進してまいる考えであります。

 私は,また,資本と商品の輸出が重視されてきた従来の経済交流のいき方を越えて,近代化のための意欲と能力のある発展途上国に対し,ノウハウとテクノロジーの移転を拡大させるべきであると考えます。その場合,われわれは新たにノウハウとテクノロジーを身につけた国から,経済競争という形での挑戦を受けなければならないことを覚悟しております。短期的には,それは我々の国の産業構造が,苦痛を伴なう適応を強いられるものであるかもしれませんが,我々の資源をより効率的に使用するための刺激となるでありましよう。そして長期的には,世界的な供給の多様化と市場の拡大をもたらし,世界経済は確実に利益を得ることとなるでありましよう。

 以上私は,わが国が,より広く,より開かれた国際経済システムを築くという我々の共通の課題の中で,1980年代に向つて,積極的な責任と役割を果たしていく強い決意をもつていることを申しました。

 わが国は更に,世界の平和と安定のために,わが国にふさわしい外交的,政治的責任と役割をより積極的に果たしていきたいと考えております。

 特にアジアに位置するわが国としては,アジア地域の不安定化を阻止し,安定傾向を助長するため,積極的に,その国際的責任と役割を果たしたいと考えております。

 日中間の友好関係の進展は,わが国のこのような対アジア外交の基盤を拡げました。米中関係についても同様のことが言えましよう。またわが国は中国の現代化のための努力に対し,米国その他の先進工業諸国と密接に協調しつつ,応分の協力を行つていきたいと考えます。中国との経済・貿易関係をめぐつて,日,米,欧の諸国が相争うことは避けなければなりません。中国との友好関係が真に世界の平和と安定に役立つように努力することは,われわれ共通の使命であります。

 わが国は米国が韓国の平和と安定のために果たしている重要な役割を高く評価するものであります。わが国としても,朝鮮半島における緊張緩和のための国際環境づくりに,米国をはじめとする関係諸国と共に引き続き努力していく所存であります。

 また,ASEAN諸国が着実に地域連帯を強化し,東南アジアの安定勢力としてその地歩を固めつつあることを歓迎するものであります。わが国は,ASEAN諸国の国造りに協力するとともに,わが国のアジア外交の推進にあたつても,これら諸国と緊密な連絡,協力関係を維持するように努めております。

 インドシナ半島では,緊張と武力紛争が継続しております。わが国は,ヴィエトナム,カンボディア等のインドシナ諸国と対話のできる関係にある数少ない国の1つであり,今後ともASEAN諸国及び米国と協調しつつ,この地域に永続的な平和を回復すべく積極的な努力を払つてまいりたいと考えております。

 私は,インドシナ難民問題について,米国が今迄にとつてこられた施策を高く評価するものであります。わが国としても,UNHCRに対する拠出の一層の増大,ASEANの離島センター構想に対する財政的支援,難民定住の受け入れの強化等を柱とする新しい総合的対策を決定いたしました。

 もとよりわが国の政治外交面での関心と責任は,アジア地域に限定されるわけではありません。それは世界全域にわたるものであります。就中中近東は,エネルギー供給面ひとつをとつてみても,わが国の国益にとり決定的な重要性を有しております。わが国は,中近東の安定,特に公正かつ永続的な包括的平和の達成を願い,域内諸国の民生の安定に資するよう,経済開発等の面で,わが国独自の立場から応分の貢献を引続き行つていく所存であります。

 わが国がこのような外交政策を進めて行く上で,米国とのパートナーシップがその不可欠の前提であることは申すまでもありません。日米両国間のパートナーシップは,世界の平和と安定に貢献しております。このような基礎の上にたつて,1980年代に向つて,一層活力に富み,かつ実り豊かなパートナーシップを築くことがわれわれ両国の世界に対する責任であります。

 ここで私は,我が国にとつて最も信頼すべき米国の皆様に対し,一言要望いたしたいと思います。

 アジア,太平洋地域,さらには世界における力の均衡に支えられた平和が,依然として強い米国に依存しているというのが現実の厳然たる事実であります。その強さは単に軍事的な強さだけではなく,強くて活力ある経済力,強靱で行動力を伴う政治力をも含むものであり,世界は,米国にこのような強さを背景にした確固たるリーダーシップを期待しているのであります。私は米国政府が十分の自信をもつてこの期待に応えてくれるものと確信いたします。

 私は,米国政府がインフレ,国際収支,エネルギー等の諸問題に対処するため,最近までに下された決断を高く評価するものであります。そして米国が独り米国自身のためのみならず,世界のために,今後一層これらの諸問題に効果的に対処するための努力を積み重ねていかれることを期待してやみません。米国のかかる努力に呼応して,わが国も,米国の良きパートナーとして,我々の共通の目標を実現するために,積極的に貢献していく考えであります。

 日米間のパートナーシップの歴史は,すでに1世紀と4分の1を経ました。この間,両国は,数々の試練に耐え,今や先例も類例をないほど緊密な関係に発展するに至つております。

 日米両国は,民主主義,個人の自由と尊厳等,基本的な価値観を共有しておりますが,他方文化的な伝統や物の捉え方を著しく異にしております。私は,多様性の中に秩序を求めるのがアメリカの伝統的な生き方であると承知しておりますが,同様に日米間にも多様性の中に調和を求めることが重要であると考えます。そのためには,両国はお互いに相手についてさらに多くのことを学ばねばなりません。

 私は,いかにすれば日米両国民が相互理解を一層増進することができ,またいかにすれば相互理解を妨げ,摩擦を生む原因を排除できるかについて,両国の学者が中心となつて共同研究体制を発足させることもきわめて有意義であると考えます。

 日米両社会の文化や伝統の相違は,我々両国が全面的協力を行う上での障害になつてはいません。反対に,かかる文化ならびに伝統の相違は,日米間のパートナーシップをより豊かにし,両国民の考え方をより広くより寛容にする糧となりうるものであります。このような日米間のパートナーシップは,親しい友人同士の関係と同様,一方に他方の個性への追従を強いるものではありません。むしろ,両者が対等の立場にたつて,共通の事業を達成するために,それぞれの力を合わせることによつてますます強固となるものであります。これこそが,国際社会が我々に期待しているところのものであると信じます。