データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 外国特派員協会における田中内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 1974年10月22日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,554ー556頁.
[備考] 
[全文]

 エリアス会長、御列席の皆様

 本日は、日本の発展と相共に、ますます声望を高めつつあるこの外国特派員協会において、皆様に御目にかかれることを嬉しく思っております。

 私がこの協会の行事に出席したのは、今から二年前、日本外交史上画期的な日中国交正常化が実現された直後のことでありました。それから二年間、世界は、通貨、インフレ、食糧、エネルギー問題等、さまざまな困難に直面して来ました。わが国もまた、その例外ではありませんでした。

 国際通貨の問題一つをとって見ても、スミソニヤソ体制が小康を得てから一年を出ずして通貨不安が再燃し、基軸通貨としてのドルの切下げを契機として、わが国を含む西欧先進諸国が変動相場制に移行するのであります。昭和四十八年度予算において、国民福祉と物価安定と国際収支の均衡という三つの課題(トリレンマ)を掲げ、国際通貨問題の処理に東奔西走した愛知大蔵大臣が死去されたのは、石油問題が発生して間もない時期でありました。

 昨年の秋、中東紛争に端を発した石油危機によって、世界の主要エネルギー源たる石油の価格が四倍もはねあがるという、戦後、世界経済が経験したこともない最大級の試練に直面するのであります。各国のインフレは昂進し、これを抑制するための引締め政策の結果、厳しい不況に直面している国もあります。一九二九年に世界を襲ったパニックにも匹敵する不況という者もあります。しかし、人類の経験と英知と、緊密な国際協調によって、この不幸な事態を最小限に抑えることが可能であると確信しております。

 私は、社会主義体制下の経済が沈滞から容易に脱却できないでいるのと同様に、資本主義社会が若干の撞着に遭遇しているものと考えざるをえません。しかしながら、人類に自由を付与する体制こそが、個人に責任と自覚を促がし、逞しい飛躍を約束する原動力になることを信じて疑いません。したがって、はかばかしくない今年の経済も、明年は、一層の国際間の協力を通じ、諸困難を克服し、より明るいものへと着実な歩みをとげろものと思います。

 この二年間、日中国交正常化のあと、私は、EC諸国を訪問し、ヨーロッパとわが国との距離を克服するように努力しました。その後、ソ連を訪問し、十七年間も事実上放置されてきた北方領土の問題を正面からとりあげたのであります。

 わが国にとり、重要なことは、東南アジア諸国との友好親善関係の強化であり、近く訪問するビルマを含め、わが国は今後とも、これら諸国との隔意ない相互理解をはかってまいらなければなりません。更に、東南アジアの安定と繁栄の実現のためには、ASEAN諸国との協力に加え、大洋州諸国との連帯強化が肝要であり、私は、きたるニュー・ジーラソド、豪州訪問に大きな希望を託しております。

 わが国経済力の発展に伴い、わが国としては、その外交の地平をひろげていかなければなりません。メキシコ、ブラジル、カナダ首脳との話合いも、かかる観点から行われたものであり、今後ともこれら諸国との関係を一層大切にしてまいらなければなりません。太平洋を文字どおり、平和と繁栄の湖にすべく、フォード大統領はじめ環太平洋諸国の指導者との協力関係を推進してまいります。

 私は、わが国をとりまく国際環境の厳しさ、世界経済の直面する諸困難についてなんらの幻想もいだいておりません。また、わが国の一部には、島国に由来する相手の立場を無視した一人よがりの主張が横行し、わが国の正しい歩みの妨げになっていることも承知しております。しかしながら、わが国の長い歴史をひもとくまでもなく幾多の困難をのりこえてきた日本人にこの程度の問題が解決できないはずがありません。日本民族のもてるエネルギーを活用し潜在的エネルギーをひきだし、これを有効に組織化し、誘導することこそが必要なのであります。私は、国民多数の支持と理解をえて、時代の要請にこたえ「より豊かな日本への道」を前進いたします。

 御静聴ありがとうございました。