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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] スハルト・インドネシア大統領主催晩餐会における田中角栄内閣総理大臣スピーチ

[場所] ジャカルタ
[年月日] 1974年1月15日
[出典] 外交青書18号,62ー64頁.
[備考] 
[全文]

 スハルト大統領閣下,令夫人,ハメンクブオノ副大統領閣下並びに御列席の皆様。

 この度スハルト大統領の御招待を受け,念願のインドネシア共和国を訪れることができましたことは,私の深く喜びとするところであります。本日はここにかくも盛大な晩餐会を催していただき,心暖まる思いであり,厚く御礼申し上げます。

 かねてから,私は,明るい太陽の下,豊かな水と濃き緑に恵まれた大自然の中で,国造りに励んでおられるインドネシアを胸に描いて参りました。今回貴国を訪問し,スハルト大統領の卓抜せる指導と国民の協力の下に,貴国があらゆる分野において力強く前進されている姿を目のあたりにし,深い感銘を覚えた次第であります。東西5,000キロ,南北1,600キロの広大な海域に散在する1万数千の島々からなる貴国において,インドネシア国民が,民族のモットーである「多様性の中の統一」に象徴されているとおり,それぞれの伝統的な資質を守りながらも,全体として見事に調和した社会を造りあげておられることにも多大の敬意を表せざるを得ません。私は,このような貴国の姿の中に,民族の将来のあるべき姿を見る思いを致しております。

 今日の世界は,あらゆる分野において深刻な変動,変革の時代にあり,アジアもその例外ではあり得ません。このような国際情勢の下で,貴国は,一方では太平洋とインド洋,他方においてはアジア大陸と大洋州とを結ぶ枢要な場所に位置され,好むと好まざるとにかかわらずアジアの平和と繁栄のために重要な役割を果すべき運命を担つておられます。今日貴国が達成された政治的,経済的安定を基礎に,アジアの平和と安定のために積極的に貢献しておられることは,同じアジアの友邦として,まことに心強い限りであります。

 1億3千千万の国民を擁し{前8字目ママ},未来を約束されたインドネシアとの協力を深めることは,永続するアジアの平和と繁栄を希求するわが国外交にとつて一つの重要な柱なのであります。わが国は,これまでも貴国との政治的,経済的,文化的相互協力の増進のため一生懸命に努力して参りました。日・イ両国間の人物交流は国民各層にわたつて近年とみに厚みを増しており,両国間の貿易も昨年は20億ドルの大台に乗せて余りあるところまで拡大しました。すなわち,日・イ両国は将来にわたつて,おたがいに間口もひろく,奥行きも深い必要欠くべからざるパートナーなのであります。しかしながら,かように国家間の関係が濃密の度合を深めるにつれ,友邦の間においても,見直すべき幾つかの問題がたえず生ずることは,ある意味ではやむを得ないでありましよう。私は,日・イ両国間関係の深まりにつれ,種々の摩擦が生じ,貴国の一部において,わが国との協力関係のあり方に対する批判が生じてきていることもよく承知しております。重要なことはこれらを契機として,双方が互に相手の立場を尊重しながら対話と相互理解の努力を重ねることであり,それによつてこそ両国間の友好協力関係がより強化されるものと信じます。

 私が今般スハルト大統領の御招待を受けて貴国を訪問しましたのも貴国とわが国との間に,平和と繁栄を分ち合う真の良き隣人関係を一層強固にしたいとのわれわれの熱望を自ら大統領にお伝えしたいと念願したからであります。

 本日1年半振りに大統領との会談の機会を得,われわれの間の深い信頼関係を再確認し得たことは,洵にきん快であります。このような心と心の触れ合いを国造りの情熱に燃える貴国をはじめとする東南アジア諸国の青年およびわが国の青年の間に広めて行くことは,われわれの次代に対する責務であると考えます。私はこの目的のため,共同生活の体験に根ざした交流の場を提供する意味で「東南アジア青年の船」計画を始めたいと考えております。かかる計画を含め,われわれは,日・イ両国間および東南アジア諸国間の悠久の友好協力関係を築き上げて行くべく凡ゆる努力を傾けて行きたいと思います。

 私は,本日の会談を通じて,貴大統領がリーダーシップをとつておられなかつたならば,インドネシアの繁栄,ひいては東南アジアの安寧の途は,今日よりも遥かに険しいものであつたのではないかとの認識を深くしたのであります。私は貴国訪問を最後に東南アジア諸国親善歴訪の旅を終えるのでありますが,今日改めて貴大統領をはじめ,諸国の指導者の卓見,抱負に接し得たことは,私にとつて貴重この上ない経験でありました。私は,この席をお借りしまして,私ども日本国民が,これから迎えんとする20世紀最後の4半世紀を,皆様のためにも,われわれのためにも,平和で住みよい,心の豊かさを失わない立派なものにしようとする固い決意であることを披瀝したいと存じます。

 この御挨拶を終えるに当り,私は御列席の皆様とともに杯を挙げて,スハルト大統領閣下御夫妻の御健康,インドネシア共和国の繁栄,日・イ両国の友好,そしてアジアと世界の平和のために乾杯したいと思います。