データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国知事会議における田中内閣総理大臣説示

[場所] 
[年月日] 1973年9月12日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,221−229頁.
[備考] 
[全文]

 全国都道府県知事会議の開催にあたり、所信の一端を申しのべ各位の理解と協力をいただくとともに、きたんない意見を聴取し、国、地方を通じて緊密な連けいのもとに行政の一層の進展を図りたいと思います。

 私は、昨年九月、この席においてのべた施政のめざすべき方向にしたがい、各般の施策を行ってまいりました。

(物価の安定)

 特に、昭和四十八年度の政策運営にあたっては、国際収支の不均衡の是正、国民福祉の向上、物価の安定という相互にトレード・オフの関係にたつ三つの課題を同時に解決することに、全力を傾けてきました。その結果、国際収支の不均衡は、予想を上まわるテンポで是正がすすみ、二月末、百九十億ドルに達した外貨準備も八月末には百五十一億ドルとなっております。

 次に、国民福祉の向上については、四十八年度予算において社会保障の充実、生活環境の整備等の面で各般の措置が講じられており、今後も昭和六十年展望に立って、着実に施策を積上げてまいりたいと考えております。

 当面する最重要課題は物価の安定であります。

 今日の物価騰貴は、予想を上まわる需要超過を基本的な背景とし、加えて、異常気象などによる海外の食糧、原材料の値上がり、更には国内における労働力需給のひっ迫、水不足、工場火災など供給面における制約要因が複雑に絡んでおり、問題の解決を著しく困難にしております。

 政府は現在まで、去る八月三十一日に決定をみた物価安定緊急対策を含め、四次にわたる公定歩合の引上げや公共事業の線延べなど財政金融面からの対策を講じたほか、輸入拡大策の強化、生活必需物資の生産流通対策の拡充、民間設備投資の抑制や消費者信用の調整などに努めております。昭和四十へ年産生産者米価を一六・一パーセント引き上げたにもかかわらず、政府売渡価格を年度内、据置くこととしているのであります。更に、今国会で成立をみた「生活関連物資の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」に基づき、投機的取引に対しては、必要な措置をきめ細かく講じております。

 これらの対策の効果は、漸次現われてくるものと期待しておりますが、物価問題の重大性にかんがみ、今後とも物価動向を注視しつつ、必要な施策を機動的に実施していく考えであります。

 物価の問題は、先進工業国に共通する現代の悩みであります。昭和四十年から四十六年までの国民総生産の平均伸び率は、我が国の一一・一パーセントに対しアメリカ三・一パーセント、イギリス二・三パーセント、フランス五・七パーセントでありましたが、この間の卸売物価の平均上昇率は日本が一・七パーセントに止まったのに対し、アメリカニ・八パーセント、イギリス四・三パーセント、フランス三・三パーセントとなっております。特に最近の動向を見ると、対前年比でイギリスは約六パーセント、フランス一二パーセント、アメリカは一五パーセントを超えるなどスタグフレーションの様相すら呈しております。

 このような事態に対処して、これら各国は、賃金、物価の凍結、ガイドラインの設定などかなりドラスティックな対策を行っております。しかし、いわゆる所得政策は、我が国において国民的合意を得られる段階にないと考えますし、政府は、そのような道を選択しないで問題解決に取り組んでいるのであります。地域の経済活動、住民生活と緊密に接触しておられる各位におかれても、これらの対策について特段の協力を切望いたします。

 (土地対策・国土の総合開発)

 次に土地問題について申しのべます。

 土地は、憲法が認める範囲内で最大限に公共の福祉を優先する原則の下で、広く公正に国民に利用されなければなりません。現下の地価高騰の原因は、基本的には、宅地需給の不均衡にあります。(1)未利用地の活用、(2)都市立体化の推進、(3)国土の総合開発による宅地需要の分散と宅地の円滑な供給が、地価問題解決の抜本策であります。

 このため、市街化農地の宅地なみ課税、特別土地保有税、土地譲渡益に対する特別課税は、すでに実現致しました。また、昭和六十年展望に立って、新幹線鉄道、高速道路、地方港湾、水資源開発ダム整備の全国的青写真を作成し、新地方都市、学園都市の建設、それと平行する大規模宅地開発の推進、工業の全国的再配置等を軸として、国土の総合開発の施策を展開してまいります。現在、国会に提案している国土総合開発法案は、土地利用基本計画の作成、特別規制地域における土地取引の規制、特定総合開発地域における総合開発を促進するための措置等を定め、国土の総合的かつ計画的な利用、開発及び保全を図ることを目的とする土地対策の基本法的役割をになうものであり、一日も早い成立が望まれるのであります。

 経済企画庁は、このたび新全国総合開発計画の総点検作業の一つとして「巨大都市問題とその対策に関する中間報告」(素案)を発表し、「このまま産業と人口の集中が続けば、東京、大阪などの巨大都市圏は、昭和六十年には、国土資源の限界をこえて深刻な事態となる」と警鐘を発しております。それによると、三大都市圏は五千四百万人(現在は四千五百万人)、東京圏(一都三県)は、二千八百万人程度(現在は二千四百万人)が人口集中の限界であるが、現在のすう勢から推定すると、六十年には三大都市圏六千万人以上、東京圏は、三千三百万人以上になる可能性が強いとしております。その場合には、水、電気の不足が、慢性化し、住宅難や交通混雑は一雁ひどくなり、ゴミ処理、流通施設なども能力を突破して、環境水準や社会生活水準が、今より以上に悪化することは、明らかであります。

 いまや、巨大都市において、人口や産業を抑制し、生産機能のみならず中枢管理機能を選択的に強力に地方分散するとともに、地方において、中核都市や農山漁村の整備を行って、人口や産業の定着性と収容力を拡充してゆくことが急務なのです。これこそ、私の提唱してやまない日本列島改造論なのでありますが、国民の支持と理解の下に、国家百年の大計の観点から、強力に各般の施策を展開してまいります。

(勤労者の財産づくり)

 次に、勤労者の財産づくりについてのべます。

 我が国の勤労者生活の現状をみると、賃金水準の向上によって所得面では、一応の充実をみておりますが、資産性の貯蓄や持家などの資産保有面では、著しく立ち遅れております。更に、すでに資産を持っている者と、これから資産を持とうとする者との間の格差は、ますます拡大する傾向にあり、これが勤労者の社会的疎外感と不公正感を助長し、一般的には豊かな社会といえるこの世の中で、生活への不満を深める大きな要因の一つともなっております。このため、私は、勤労者財産形成促進制度を改善するとともに、国土総合開発の一環として、昭和六十年までに地方に、宅地及び産労住宅五百万戸分、大都市近郊に、中高層住宅五百万戸を提供し、勤労者のマイホームの夢にもむくいてまいりたいと考えております。

 本年度の給与所得は五十兆円に達しようとしております。明日の生活設計に裏付けられた健全な貯蓄の推進は、緊要な課題であります。政府としても税制その他の面で一層の工夫をこらしてまいりたいと考えております。

(社会保障)

 社会保障の充実は、国民福祉向上の柱であり昭和四十八年度予算編成においても、最も力を入れた課題であります。すでに御承知のように、政府は、物価スライド制を含む画期的な給付改善を内容とする年金制度の改正や家族、高額医療給付などの給付改善と保険財政の健全化対策を内容とする健保改正案を今国会に提出し、その速やかな成立を期しているところであります。

 今後の施策の重点として、老人や身体障害者、心身障害児のための社会福祉施設の整備を図ってまいります。医師、看護婦の養成確保など医療供給体制の整備をすすめてまいります。特に、原因が不明であり、あるいは治療方法が確立されていないいわゆる難病対策については、調査研究体制の強化などに特段の配慮を講じてまいりたいと考えております。

 我が国の社会保障は、制度の体系としては一応の整備を終え、今後は質的な充実を図ることが必要であります。政府は現在、社会保障長期計画の策定作業をすすめているところであり、その策定をまって社会保障の総合的かつ計画的な推進に取り組んでまいる所存であります。

(教育問題)

 教育は、次代をになう青少年を育て、民族悠久の生命をはぐくむための源泉であります。

 政府は、教育の制度、内容の両面にわたり、総合的かつ長期的な教育改革の推進に努めているところであります。特に、人間形成の基本をなす義務教育の重要枝にかんがみ、こども心を導く先生によき人材を得るとともに、その情熱を安んじて教育に傾けられるような条件を整備するため、給与の抜本的改善を図るための特別の措置を講じることとしております。また、定年の延長についても真剣に検討いたしております。

 今後高等教育の機会拡大の要請に対して、高等教育機関の計画的拡充整備を図っていくことが重要な課題であります。現在、我が国には約九百五十の大学があり、百八十四万人の大学生が在学しております。このうち、六一パーセントの学生が、東京都及び政令指定都市に集中しております。このような大学の大都市集中が学園環境を悪化させ、他方、地方における人材養成の障害ともなっております。しかも昭和六十年の段階で、大学進学率が四〇パーセントに高まると、学生教は、更に七十七万人増加するものと予想されます。このような事態に対処して、昭和四十九年度から、大都市における新増設の抑制と地方における大学特に、単科大学、工業高等専門学校等の新設、拡充を計画的にすすめてまいります。その際、新学園は、既存の都市にとらわれないで、全く新しい視野と角度から環境のよい湖畔、山麓などに広大な敷地を確保して、理想的なレイアウトに基づいて後代に誇りうる優れた教育殿堂として建設してゆきたいと考えております。

(資源・エネルギー対策)

 更に、今後の大きな問題は、資源・エネルギーの問題であります。

 資源・エネルギーは、急激な需要の伸びにより全地球的規模で枯渇化が懸念されております。とりわけ、国内資源の乏しい我が国にとって必要資源の供給確保は重要な課題となっております。また、国内では、資源・エネルギー消費の急増に伴い環境汚染問題が深刻化し、電力・石油精製等のエネルギー供給産業の立地は困難となってきております。

 こうした情勢にかんがみ、政府は、急速に需給のひっ迫を示しつつある電力問題に対処し、環境保全と周辺地域住民への周到な配慮を払いつつ発電施設の立地の円滑化に努めてまいります。また、石油資源に対しては、国際協調をふまえた対外経済協力の拡充を通じ、供給地域の分散化、備蓄の強化、エネルギー源の多様化を推進してまいります。その他、資源・エネルギーの合理的利用、回収再生利用の促進、新エネルギーの開発、更には資源・エネルギー節約型産業構造への転換についても長期的な視点から積極的に取り組んでまいりたいと考えます。

(公害防止及び自然保護)

 また、エネルギー資源の枯渇問題に加えて、地球的な規模で広がるようになった環境汚染の問題があります。すでに大気や水質で汚染された地域については、環境基準や排出規制を強化、拡充するとともに、総量規制方式を確立してまいります。また、水銀汚染に関しては、大きな社会問題を引き起こし早急な解決が迫られております。このため、政府は、さきに水銀等汚染対策推進会議を設置し、汚染魚対策、工場等の排出源対策、いわゆるつなぎ融資等を実施してきたところでありますが、今後とも国民の不安を解消するための各種の対策を強力に実施してまいります。更に、不幸にして公害による健康被害をうけた人々に対する救済措置として、公害健扱被害補償法案を今国会に提出しております。

 更に、美しい国土、豊かな自然は、全国民のかけがえのない資産であり、これを長く後代に守り伝えてゆくことは、われわれの責務であります。環境問題は、「自分さえよければ」という考えでは決して解決されません。山や川は日本全体の共有物であり、海や大気は世界の共有物であり、それを汚染することは、人類の危機につながるという認識か必要であります。われわれ日本人いや全人額は、「宇宙船地球号」の乗組員であり、互いに運命を分かち合って生存しているのであります。公害先進国といわれている我が国は、公害絶滅の先駆的役割を果たすため、官民の総力を結集して環境問題に真正面から取り組んでゆく必要があります。

 なお、この機会に一言申し上げておきます。

 このたび、我が国の公共的なシンクタンクとして総合研究開発機構が政府、地方公共団体、民間協力により設立されることになっております。ここでは特に、地域社会の問題も重要な課題として取り組むこととしており、その調査研究の成果は、地方行政の進展に大きく寄与するものと考えられます。

 本機構の資金は、政府からの出資のほか、広く地方公共団体や民間からも出資を求めることとしておりますので、その設立、運営に関して、都道府県の格段の御協力をお願いする次第であります。

(地方行財政)

 社会経済情勢の変貌と住民意識の変化に対応して「活力ある福祉社会」を実現していくために、地方公共団体の果たす役割が強く期待されております。

 このため、今後は、福祉優先の立場に立脚した地方行政の積極的な展開、すなわち、立ち遅れた生活関連公共施設の整備や社会福祉水準の向上を図っていく必要があります。これに伴って、予想される地方財政需要の増加に対応する政府は、住民負担の合理化に配意しつつ地方自主財源の拡充、国庫補助負担制度の改善、地方債の弾力的運用等になお一層の努力を重ねてまいる所存であります。

 以上、内政が当面している諸問題について所信の一端を申しのべましたが、これは、いずれも地方行政を担当される各位の協力を得て、はじめてその成果を期しうるものであります。各位におかれましても、財源の重点的な配分と経費の効率化を更に推進し、長期的な視野に立った計画的な行財政運営を行うことにより、積極的に地域社会の発展と住民福祉の向上を図られるよう十分御配意をお願いする次第であります。