データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ガット閣僚会議における田中内閣総理大臣スピーチ

[場所] 東京
[年月日] 1973年9月12日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,217−220頁.
[備考] 
[全文]

 議長、ロング事務局長、ご出席の皆様

 ガット東京閣僚会議に、世界全域より政策決定の衝にある多数の指導者をお迎えし、歓迎の辞をのべる機会を得ましたことは、私の大きな喜びとするところであります。

 私は、十四年前、ガット総会が東京で開催されたことを思い出します。ガットの東京総会は、その直前に実現をみたガットへの加入を通じ、日本が新しい国際経済社会の一員となった門出をしるす機会でありました。私は、再び東京で行われますガットの会合が、貿易拡大を通ずる世界の繁栄と平和への新しい出発を祝う機会となることを、強く希望したいと思います。このため、私は、この会合において、新しい多角的な交渉の開始が宣言され、これを成功に導くとの政治的意思が確認されることを心から期待するものであります。

 わが国は、つとに新国際ラウンドの早期開催を提唱し、開放的な経済政策を押し進めてまいりました。私も、昨年七月、総理に就任して以来、わが国経済の、一層の開放化と自由化を指向する一連の措置を強力に推進いたしました。これら一連の措置は、保護主義への傾斜をさけ、世界経済の安定的拡大をはかるために、応分の貢けんと役割を果たそうという国民的なコンセンサスに支えられたものであります。私は、わが国が、今後とも一層開放的な対外政策を追求する方針であることを、この機会に強調したいと存じます。この開放的対外経済政策の追求は、わが国経済政策の重要課題である国民生活の質的向上、物価の安定、産業構造の高度化、国土の総合開発などの、国民的要請にも合致するものであります。したがって、わが国は、今後とも、世界に向かって開かれた経済社会を形成し、拡大を続ける市場を提供することにより、積極的に、世界貿易の拡大に貢献してまいります。このためには、過去築きあげてきた産業の構造や体制に固執することなく、国際協調の見地から、柔軟に対応しうる体制を確保していかねばなりません。

 ガット設立以来、過去四半世紀の間に、世界貿易は、史上かつてない拡大と発展を記録いたしました。しかしながら、今、世界経済を更に拡大発展させることを考えるにあたり、われわれ人類は、いくつかの試練に直面しております。すなわち、貿易のみに止まらず、通貨、投資、インフレーション、資源、エネルギー、食糧、環境、開発協力などの分野において解決を必要とする問題か山積しております。これらの問題は、ここに集まっているすべての諸国にとっての共通の関心事でありますが、いずれも「自分さえよければ」という利己的な態度では決して解決できません。すべての国は、新しい連帯感に立ったすそ野の広い協力・協調関係を打ち立てることが必要であります。

 私は、これから開始される新国際ラウンドの基本的目的は、ガットが基本的に志向している自由で開放的な世界経済体制の下での貿易拡大を通じて、世界の平和と諸国民の繁栄の恒久的基礎となる貿易フレームを建設することにあると確信いたします。世界経済の発展による生活水準と福祉の向上は、全世界の人人があまねく享受すべきものであります。その意味で、世界貿易の発展にかげをおとす保護主義の台頭や閉鎖的特恵的な地域主義の拡大に対しては、ガットの場を通じる多角的な話し合いによって、問題を現実的に解決する必要があります。

 現代世界においては、諸国民の富と福祉は、諸国民の経済の分かちがたい相互依存関係の上に成立しております。この事実を認識した各国が、ガットの理念の下で、力を合わせ、英知をもちより、相互理解を指向した対話を行なうのが、あらゆる目的を達成するための最良の方法でありましょう。そして、このような環境の下でこそ、ガットは、今後とも生きた機能を発揮し、世界貿易発展の推進力となりうると確信いたします。

 このたびの新国際ラウンドにおける重要課題に、開発途上国の貿易発展という問題があります。開発途上国が、今後の世界経済の発展から、どのような利益をどのような形で享受していくかについては、格別の配慮が必要であります。その意味で、私は、国際ラウンドの目的の一つとしてかかげられている開発途上国の「追加的利益の確保」を、全面的に支持するものであります。また先進諸国は、開発途上国に対し、今次ラウンドにおける貿易拡大のための協力とともに、その国の要請と実情に応じた本当に役立つ援助を、きめ細かく、誠実に実行していくことが必要でありましょう。開発途上国の繁栄と安定は、世界平和の必要欠くべからざる要諦だからであります。

 東京会議の最大の意義は、参加国の代表者が、ステーツマンシップを発揮して、このような理想や原則を再認識し、それを実現するための行動を起こすことにあると考えます。そして、自由で開放的な世界経済体制の下での貿易拡大について、強い政治的意思を結集することが必要なのであります。各国の間には、対立する無数の利害が存在していることは否定しえない事実であります。これらの利害を調整して今次交渉の対象となる複雑、多岐にわたる問題を解決し、具体的な成果をあげることは、容易ならざる事業であります。しかしながら、わが国は、新国際ラウンドに積極的に参加し、わが国自身がなすべきことは果断にこれを実行するとともに、各国の貿易障害の撤廃を強く求めるでありましょう。ここに、私は、新国際ラウンドの成功のために、建設的かつ協力的な貢献を行うとのわが国の強い決意を表明したいと思います。また、私は、各国の代表、とりわけ従来より国際ラウンドを推進されてきた主要先進諸国の代表も、このような決意をもってのぞまれるものと確信いたします。一九七五年末までの限られた期間内に、この困難な事業を完遂するためにも、今回の閣僚会議においては、新国際ラウンドの歴史的意義が認識され、その推進のための各国の政治的意思が確認されることを、あらためて希望いたします。我々は、手をたずさえて、よりよい明日の世界経済体制の創造にとりくもうではありませんか。われわれのたゆまない努力と政治的意思の結集こそが、繁栄と安定に満ちた世界平和を支える国際経済フレームを維持、強化するために必要欠くべからざるものなのであります。

 今次閣僚会議と新国際ラウンドの成功を祈り、私の挨拶を終わります。