データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連25周年記念会期における佐藤栄作内閣総理大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1970年10月21日
[出典] 外交青書15号,390ー396頁.
[備考] 
[全文]

ハンブロ総会議長閣下,ウ・タン事務総長閣下ならびにご列席のみなさま{18、19字目ママ}。

 国際連合創設25周年に当たり,私は,まず日本国政府および国民を代表して心から祝意を表したいと思います。そして私自身,国際連合はじまつて以来の,この大々的な祝賀会期に出席し,発言の機会を与えられたことを,深く喜びとするものであります。

 戦後四分の一世紀,世界の歴史の巨大な歩みの中で,国際連合は,全面戦争の惨禍を二度と繰り返すまいとの人類の悲願にこたえるべく,その創設の精神と多くの人々の献身的な努力にささえられ,国際間の平和と安全の維持をはじめ民族の独立,さらには経済・社会・文化など幅広い分野において数々の国際協力の業績を残してまいりました。

 現在の国際環境は,遺憾ながら,いまだ国際間の紛争を根絶しうるような段階に達しておらず,国際連合が,その環境の中で苦しい努力を続け,その間,数々の挫折をも経験したことは事実であります。しかし,それにもかかわらず,国際連合の平和維持機能を強化するための不屈の努力が,たえず行なわれてきたというこの事実は,国際連合憲章の原則と目的が人類の願望をあますところなく表明し尽くしているからであります。そして国際連合を盛り立てて行くことに長期的な人類の希望がかかつているという,世界諸国民の信念を示すものにほかならないと思います。

 ひるがえつて,わが国の憲法は,破滅的な惨禍をもたらした第二次大戦の後に,かかる不幸を二度と繰り返すまいという決意のもとに制定されたものであり,国際連合憲章と同じ時代精神の産み出したものであります。したがつて,その基調となつている平和主義は,憲章前文の精神とまつたく軌を一にしております。すなわち,憲章の掲げる恒久平和の理想はそのまま日本国民の願いであり,その旗印のもとにこそ,日本の繁栄も発展もはじめて可能であると確信するものであります。今次国際連合総会はいみじくも「平和,正義,進歩」をテーマとして掲げております。その意味において,日本国民は,国際連合とともに,自由を守り,平和に徹し,国際信義を守りとおしてきた25年の歳月の重みにひとしおの感慨を覚えるのであります。

 ご承知のように本年わが国は,「人類の進歩と調和」の理想を掲げ,世界70数か国からの参加を得て,日本万国博覧会を開催いたしました。戦争によつて壊滅的な打撃を受け,建国以来最大の逆境に立たされた日本が,万国博覧会という国際的にも意義深い祭典を,自らの手で主催するほどまでに国力を充実し得たことは日本国民の努力もさることながら,ひとえに,25年間の平和と,その間における国際間の理解と協力のたまものにほかなりません。

 ここに全世界に対して,衷心より謝意を表するものであります。

 議長

 現下の国際情勢に目を向けますと,世界各地においていまだに緊張が存在し,一部においてはしばしば武力衝突が発生していることは,まことに遺憾であるといわざるを得ません。とくにインドシナ半島においては,戦後長きにわたつて戦火が燃え続けております。しかしながら,先般行なわれたニクソン大統領の和平提案は,包括的かつ具体的なものであり,私はこのような提案を打ち出したニクソン大統領の勇気と誠意に敬意を表するとともに,この和平へのイニシアティヴを歓迎するものであります。この提案を契機として,和平への機運が大きく動き,インドシナ半島に一日も早く真の平和が訪れることを願つてやみません。

 また,中東における諸民族間の争いも,四大国や国際連合の努力によつて停戦が実現し,平和への曙光が見えはじめてはおりますが,事態はいぜん憂慮すべきものがありますので,話し合い解決への努力が,さらに積み重ねられることを期待するものであります。

 今日,世界諸国民の共通の願いは,平和の維持であります。私は恒久平和を達成するためには,なによりもまず,国際間のあらゆる緊張を緩和しなければならないと思います。

 そこで私は,国際緊張の大きな要因となつている,いわゆる分裂国家の問題を取り上げたいと思います。この問題は東西間の平和の最大の不安定の要因であると同時に,最も緊張の高い部分を構成しているのでありますが,幾多変転のあつた戦後の国際情勢の中にあつて,国際社会が今まで解決し得なかつた人類の悲劇ともいうべき難問題であります。現在世界における四つの分裂国家のうち,三つがアジアに存在し,しかもその中の二つがわが国の隣国であります。したがつて,日本としては,自国の安全保障とアジアの平和確保という見地からもこの問題に,重大な関心を抱かざるを得ません。

 もちろん一口に分裂国家といつても,その歴史的背景,対立する二つの政府が現在の国際社会の中で占める地位などはそれぞれに異なり,事情は複雑でありますが,平和維持がなによりも大切であることを考えれば,この問題は避けて通ることのできない国際的な問題であり,国際社会がその平和的解決のためにあらゆる協力を行なうことこそ,国際連合創設の初心にかえることであると信じます。

 分裂国家問題の解決のために武力を行使することは,もとより絶対に避けなければなりません。それぞれの立場を譲り得ないものとしてこれが達成のため武力を用いることだけは,絶対に排除する意向を明確に表明すべきであると思います。平和的解決の方法としては,国際連合憲章の多くの規定が,そのための貴重な指針となることを確信いたします。また,分裂国家の一方が,武力によつて他を圧倒しようとするかわりに,自らの政治,経済の体制を自らの国民だけでなくもう一方の住民にとつても魅力のあるものにするよう,お互いに競争する,いわゆる平和競争という考え方もあり得ましよう。いずれにしても恒久的な平和のために最も必要なことは相互理解による解決であります。相対立している当事者が,それぞれの住民の意思を尊重して話し合うことが問題解決の基本であります。このような観点から私は,ドイツ連邦共和国が独ソ条約署名や,東西両独首脳会談において,また,朴大統領が北に対する呼びかけにおいて,平和的解決を他の原則に優先させるという柔軟な態度をとつたことを歓迎し,これを支持するものであります。

 分裂国家問題が最大の不安定要因となつていることからみて,米ソ二大国の責任は大きいと思います。もはや対決の時代ではなく対話の時代である今日において,両大国は過去のゆきがかりにとらわれず,新たな見地から分裂国家問題と取り組み,その平和的解決をはかることを強く希望するものであります。そして国際連合としても今後における分裂国家内の情勢の推移を十分に考えながら,この問題に英知と勇気をもつて取り組み,分裂国家問題の平和的な解決に役だつ国際的環境をつくり出す努力をすることを期待するものであります。

 議長

 以上申し述べた,平和的手段による問題解決の姿勢は,わが国の領土問題に対する態度にもつながるものであります。

 第二次大戦後,わが国がかかえてきた領土に関する問題のうち,戦後長い間米国の施政権下に置かれてきた小笠原諸島については,すでに施政権の返還がきわめて円滑に実現し,沖繩もまた日米間の相互理解と信頼にもとづく平和的な話し合いによつて,1972年中にその施政権が返還されることになりました。他方,わが国固有の領土である北方領土の問題につきましては,日ソ間の話し合いが今日なお進展せず,そのため両国間には未だ平和条約の締結をみておりません。しかしながら,1956年,日ソ間に外交関係が再開されてから両国関係はきわめて順調に発展し,善隣友好の度合いを深めております。それゆえに,私はこのようにしてつちかわれた相互理解と友好の精神のもとに,日ソ間の残された問題も,必ずや平和的な話し合いによつて円満に解決出来るものと確信しております。

 私はできるだけ早い機会に,日ソ間において領土問題に関する最終的な解決をはかり,日ソ平和条約を締結して真の友好親善関係を樹立し,アジアの平和と安定にいつそうの貢献をしたいと考えております。

 議長

 次に私は,日本が国際社会において今後どのような歩みをしようとしているかについて申し述べ,広く国際間の理解を得たいと思います。

 わが国は,長い間,諸外国とは,ほとんど国際関係をもちませんでしたが,百年前,これらの国々と友好関係をもちたいと決意し,鎖国から開国に転ずるとともに経済の近代化に着手いたしました。人口は稠密でありますが,天与の資源に乏しく,しかも,後発国であるため,近代化の過程において非常な困難に遭遇いたしました。この困難は,わが国独自のものであるため,われわれは,欧米先進国の経験に多くを学びながらも,なおその経済発展の航跡をそのまま日本経済発展の経路として採用することはできませんでした。わが国はわが国の国情にあわせて,近代化の方途を模索いたしました。それは試行と錯誤の連続でありましたが,戦後はこれを教訓として,平和的な経済の再建に全力を傾けました。過去25年間,日本人は極端な破壊と貧困から立ち直ることに全力を傾け,そのもとで国際社会において名誉ある地位を占めることを念願し続けてまいりました。その結果,今日,わが国の経済力は国民総生産においても,貿易量においても,世界で枢要な地位を占めるまでに成長いたしました。

 さて,このように非常なスピードで成長し量的にも拡大した日本の経済力を,今後どういう方向に指向させるかということは,日本国民にとって最大の課題であるとともに,世界の諸国民にとつても,少なからぬ関心事であろうかと思うのであります。

 古来世界の歴史の中で,巨大な経済力をもつ国はそれに見合つた軍事力を保有するというのが普通の姿であります。しかし日本は今後とも経済成長によつて得た余力をもつて,世界の平和建設に貢献する決意であり,国力の大きな部分を軍事目的にさく意思は毛頭ないことをはつきり申し上げたいと思います。日本国民はその貴重な歴史的体験により,あくまでも自由を守り,平和に徹し,全世界の繁栄と平和をはかつて行くことこそが,自国の安全と繁栄を確保するゆえんであると確信しております。

 そこで私は,開発途上国との平和的な経済協力をとくに重視したいと考えております。世界,とくにアジアの安定は,日本にとつて重大な関心事であることは申すまでもありませんが,それを実現するためには,日本の経験に照らしてもこれら各国の経済的社会的発展が,それぞれの国情に応じた独自の方法でなされることこそ最も有効適切であると確信いたします。それぞれの国民が真に支持する近代化と国際化に協力するため,日本は最大限の努力を払いたいと思います。

 こういう基本方針に沿い,「第2次国連開発の10年」の名のもとに1970年代における南北問題解決のための戦略が近く国際連合において採択されますが,わが国もその目標達成のために積極的に取り組んでまいりたいと思います。すなわち,1975年までに開発途上国に対する援助量を国民総生産の1%にするよう最大の努力を行なうと同時に,開発途上国からの輸入に対する一般特恵についても1971年前半にはこれを実施する考えであります。各国との経済協力について,より長期的な観点に立てば,人づくりがなによりも大切であることは申すまでもありません。わが国は今後,開発途上国に対する援助については,相互の理解のもとに,将来その国において,各分野の指導的役割りを果たすべき人材を養成することや,現地における学校建設など,教育投資のための援助をいつそう重視すべきであると考えます。

 いづれにしても,私は,国際間の相互理解のみが人類の発展の基礎を形成するという真理を信じて,諸国民がそれぞれの個性を維持しながら,一つの世界の実現を目ざすという遠大な理想に貢献したいと考えている次第であります。

 議長

 最後に私は,今後人類の未来のために,国際連合がすでに取り組んでおり,さらにいつそう力を注ぐべき新たな問題として,科学技術の飛躍的発達と工業化によって生じた諸問題についてふれたいと思います。

 工業化と機械文明は,人類に多大の恩恵をもたらすと同時に,自然の破壊と人間疎外の問題を発生させました。

 多くの国では,ウ・タン事務総長が指摘されたとおり{前13,14字目ママ},青少年問題,教育問題,生活環境問題が大きな問題となっております。私は,かねがね国際連合が,このような問題に対処する社会開発の分野において先導的な役割りを果たしてきたことに敬意をはらつてまいりましたが,わが国においても1970年代の主要な課題は,国際協力の問題とならんで社会開発を積極的に推進することであると考えております。この点における国際連合の今後の活動に大いに期待するものであります。

 とくに工業化と人間環境をいかに調和させていくかの問題は,一部工業先進国にとどまらず,今や急速に全世界的規模で問題化しつつあります。わが国においては狭小な国土に世界にもまれな高密度社会が形成されているという,地理的,社会的な条件のゆえに,公害問題はとくに深刻であります。このため,国土の総合的な活用という長期構想をふくめて環境管理の諸問題と取り組んでおりますが,このような世界的な問題の解決にはテクノロジーの開発をふくめて各国独自の努力のみならず,国際連合という世界機構を通じての幅広い国際協力が不可欠かつきわめて有益であることは申すまでもありません。私は国際連合がいち早くこの問題と積極的に取り組み,1972年に人間環境に関する会議を開催すべくすでにち密な準備をすすめていることを心から歓迎しその成果に大いに期待するものであります。また日本としても,この分野における国際連合の活動に全面的協力を惜しまない所存であります。

 議長

 世界平和実現のために国際連合に託した人類の希望は,全世界の人々の心に脈々として生きていると信じます。この希望の灯を消すことなく,燃え続けさせるために,全世界は今こそ国際連合創設の初心にかえり,恒久平和達成のため新たな勇気を奮い起こすべきであります。日本国民は国際連合を心から支持しております。私は,ここに日本国政府および国民の名において,平和と正義にもとづく「人類の進歩と調和」の実現のため,国際連合の努力に全面的に協力していく決意をあらためて表明するものであります。

 ありがとうございました。