データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ASPACにおける佐藤栄作内閣総理大臣挨拶

[場所] 第四回ASPAC閣僚会議の開会式
[年月日] 1969年6月9日
[出典] 日本外交主要文書・年表(2),852ー853頁.外務省公表集,昭和44年, 32ー37頁.
[備考] 
[全文]

議長、各代表並びに御来賓各位

 本日ここに第四回ASPAC閣僚会議の開会式に臨み、開会の辞を申し述べる機会を得たことは、、私の最も光栄とするところであります。ここに日本国政府を代表して、豪州、中華民国、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、タイ及びベトナムの各代表並びにラオスのオブザーバーに対し、心から歓迎の意を表したいと思います。また、今次閣僚会議に際し、主催国政府の賓客として在京インドネシア大使のご出席を得たことは、地域内諸国間の相互関係の強化に対する同国の関心を示すものとして誠に喜ばしく思う次第であります。

 ご承知のとおり、私は、一昨年アジア・太平洋の友邦十二カ国を相次いで歴訪いたしました。この旅行は、スケジュールも極めてタイトで、各国での滞在もそれぞれ短時間ではありましたが、各国首脳との忌憚ない意見の交換や自分自身で行なった観察を通じて誠に多くの有意義な収穫を得てまいりました。本日ここに、私の訪問した諸国の中、十カ国というほとんど大部分の国々の代表が出席しておられるわけで、私は、改めて一昨年の各国歴訪のなつかしい記憶を新たにするとともに、私の訪問が今日のASPACの健全な発展と加盟諸国間の相互理解の増進に多少なりとも役立っているものと心から喜ぶと同時に誇りとするものであります。

 わが国の対外関係において、東アジア、東南アジア及び南太平洋の諸国が政治的にも経済的にも極めて重要な地位を占めていることは今更申すまでもありません。とくに、東及び東南アジア諸国における政治的安定と経済的繁栄の如何は、わが国の安定と繁栄に大きな影響を及ぼさずにはいないからであります。このような意味で、私はASPACという機構が東アジア、東南アジア及び南太平洋の国々を結びつけ、これらの国々のみによって構成されているという事実を最も重視するのであります。これらの国々が最近に至るまで相互の結びつきに見るべきものをもたなかったという事実と、その背後にある歴史的事情は今更改めて説明するまでもありますまい。しかしながら、国際関係における過去十年間の変化は、これらの国々がその繁栄と発展のために相互に緊密な結びつきの下で一つのまとまった地域として一層自らの努力への依存の度を高めつつ、生きて行くことを余儀なくしております。同時に今後の情勢の発展も又更に同じ方向に向かっての事態の推移を促すものと思われます。

 私は、むしろ、ASPAC諸国は本来その発展のために政治的にも経済的にも相互の協力と協調を必要とすべく運命づけられていたのではなかろうか、そして又最近の情勢の推移はかかる本来の姿の実現を促しつつあるに過ぎないというべきなのではなかろうかと考えているのであります。

 われわれが住んでいるこれらの地域が、このように相互に一体として結びつくべき運命の下にあるのであればわれわれは当然これらの諸地域を包括するより広い地域的なひろがりについて明確な概念を持つべきであります。そこで私は現在まで便宜的にアジア太平洋地域と呼ばれて来たこの地域、すなわちASPAC諸国を中心とする東アジア、東南アジア及び南太平洋の国々によって形作られる地域をパシフィック・エイシア(太平洋アジア州)と呼ぶことを提唱したいと思います。この言葉は一見して明らかなとおり、アジア地域のうち、太平洋に面し太平洋によって結ばれた部分を意味します。

 しかし同時に又、それは平和なアジア、平和に生きることを何にもまして切実な願いとしている地域を意味するものであります。この地域の一体性が更に進み、広く日常の現実として受取られるようになるならば、やがてこの呼称が広く受け容れられる日が来ることでありましょう。

 さて、私は先にASPACの最も重視すべき特質は、この機構がこれまで有機的な連繋に乏しかった三つの地域の諸国を結びつけている点にあると申しました。

 それではASPAC諸国を結びつける最も基本的な共通の基盤は何でありましょうか。私はASPAC諸国を結びつける最も基本的な要因は、他国を侵すことなく、他国から干渉や圧迫を蒙ることなく、自らの意思で定める方向に従い、社会的経済的発展の途を辿りたいとする切実な願望であると確信いたします。それは民族自決の願望であり、自律的発展の願望ともいうことができるでしょう。かかる願望を支え、これを実現する力となっているのは、各国の土壌に深く根を下ろしたナショナリズムであります。そしてこの地域においてもナショナリズムは今や民族の生存のためにようやく各国の境界を越え、その力を合して地域協力の時代を迎えようとしているのであります。太平洋アジア州は、正にアジアにおける地域主義の所産であり、それは又、一九七○年代のこの地域における国際関係を律する基調をなすに至るものと確信する次第であります。わが国としてはこの点を念頭において、この地域の全体としての発展と向上のために今後一層積極的な役割を果たして行きたい考えであります。

 議長、私は主催国政府を代表して、重ねてここにご出席の各国代表に対し歓迎の意を表するとともに、これに引き続く三日間の討議がASPACに特有の自由なそして友好的な雰囲気のうちに円滑に進められ、所期の成果をおさめることを心から希望して開会の辞を終えたいと思います。