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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「WPS+イノベーション」シンポジウム 上川大臣基調講演

[場所] サンフランシスコ・セールスフォースタワー
[年月日] 2023年11月13日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

1 冒頭

 本日、女性の社会進出がめざましいここサンフランシスコにおいて、約20年ぶりの日本の女性外務大臣として講演する機会を頂き、光栄です。

 「WPS+I(Women, Peace and Security +Innovation)」を主催してくださった北加ジャパンソサエティ、北加アジアソサエティ、米日カウンシル及びシリコンバレー・ジャパン・プラットフォームの関係者の皆様に、心から感謝申し上げます。

 さて、本日のテーマは「WPS+イノベーション」ですが、皆様聞き慣れない言葉と感じておられるのではないでしょうか。

 WPS、Women,Peace and Security、とは、2000年に採択された安保理決議第1325号に初めて明記された考え方で、紛争下の女性や女児の保護及び紛争予防から和平プロセス、紛争後の平和構築に至るまでの意思決定の全ての段階における女性の平等で十全な参画を得ることによって、より持続可能な平和に近づくという考え方です。安保理決議第1325号の後にも9本の関連決議が採択されています。これらの関連決議では、1加盟国は、紛争下の性的暴力防止及び対処のためのメカニズムの構築が求められています。2また、和平プロセス等への女性の参画の際の障害への対処や、性的暴力防止に向けた治安・司法当局の対応の必要性、被害者・サバイバー中心のアプローチの重要性やマルチステークホルダーによる紛争予防への参加の重要性等が確認されています。3さらには、加盟国に対テロリズム及び暴力的過激主義の予防もWPSに統合して対応することや、平和と安全保障の活動と意思決定への女性の参画を最優先とする等、WPSアジェンダ実施強化を累次にわたって求めてきています。

 今の私の話を聞いて、皆様は、WPSは紛争や平和構築など、一見自分とは遠いところにある概念であると思われたかもしれません。しかし、現在のウクライナやガザにおける悲惨な状況と、それらの状況が食料やエネルギーを始めとする世界経済に与えている影響を考えてみてください。WPSは、それまで社会及び経済の問題として伝統的に議論されてきた女性と女児の問題を、国際社会と安全保障の領域に取り込む足がかりとなった点で重要な考え方ですが、現在の平和と安定が揺らいでいる時代においては、もはやこれまでのように経済は経済、平和と安定は平和と安定として議論するのではなく、経済と平和と安定を不可分のテーマとして議論すべきではないでしょうか。

 当地はこうした議論を行うにふさわしい場所です。サンフランシスコは、何千もの女性が経営する企業の本拠地であり、2023年の Dell WE Cities Index において、将来性の高い女性起業家を惹きつけ、支援する能力がある都市ランキングの世界第3位にランクインしています。また、スタンフォード大学が、ジェンダード・イノベーション・プロジェクト(gendered innovation project)を推進するなど、新たなイノベーションを創造し続けています。今回のAPEC閣僚会議においても、女性の経済的エンパワーメントは重要アジェンダの一つです。APEC閣僚会議が開催される機会に、ここサンフランシスコで「WPS+イノベーション」について議論することは、まさに時宜を得たものであると考えます。

 本日は、WPSにイノベーションをもたらし、次の次元に引き上げるために、課題に対処する際の女性の視点の有効性や重要性について、当地において様々な経済活動や先進的活動に従事しておられる皆様の御経験や視点からアイディアをいただきたいと思います。WPSとは直接関係がないように見えることでも、そこから平和・安全保障に女性の視点を取り込む上でのヒントが得られるのではないか、まずは第一歩としてブレインストーミング的にアイディアを出し合おう、これがこのシンポジウムの目的です。

 そこで、まずは私からディスカッションのヒントとなりそうなことをいくつか申し上げた上で、パネルディスカッションで皆様から自由に御意見をいただき、一緒に議論を掘り下げていきたいと思い

ます。

2 本論

(1) WPSと大臣の関わり

 まず、私とWPSとの関わりについて少しお話させていただきたいと思います。私がWPSと出会ったのは外務大臣就任前であり、ここ米国でした。昨年実施された「女性・平和・リーダーシップ」シンポジウムにパネリストとして参加した経験に啓発され、WPSの重要性を知りました。その後、日本におけるWPSアジェンダの推進に向けて、WPS議会人ネットJAPANを立ち上げ、私は同僚議員と共に、集中的に、米国を始めとするWPSに関する先進的な取組を有する国々との対話を行ってきました。当時、WPSの考え方は日本国内、特に現場レベルではあまり認識されていなかったので、私が学んだ各国の先進的な実践を議会や政府に伝えてまいりました。そして、その結果として、我が国の予算の基礎となる「経済財政運営と改革の基本方針2023(いわゆる「骨太方針2023」)」にWPSが含まれ、防衛省、法務省、消防庁等の国内関係省庁は、WPS担当窓口設定に向けて動き始めました。

 そして今は外務大臣としてWPSを更に力強く推進しています。国連ハイレベルウィークに際して本年9月にNYに出張した際にも、また、10月に東南アジア諸国を訪問した際にも、あらゆる機会にWPSを提起しましたが、いずれの際も先方からは非常に良い反応が得られました。

(2) 女性、若者の視点を生かすこと

 次に、WPSは、平和構築の専門家だけではなく、より幅広い様々な立場の人々が貢献できるものです。ビジネスやその他の先進的分野の視点もです。社会が経済的に安定しているほど、暴力や紛争が起こりにくいことが判っています。また、ジェンダー平等や女性の参画が実現している社会ほど、経済成長率が高いことも判っています。例えば、UN Women の報告によれば、デジタル化から女性が排除されると、低・中所得国のGDPは1兆ドルの損失を被るとされています。テクノロジーに女性を参加させることで、より創造的な解決策が生まれますし、イノベーションに対するジェンダーを包含したアプローチは、女性の権利と市民参加に対する認識を高めることができます。マッキンゼーによれば、労働力における男女格差を是正し、女性のリーダーシップを高めることにより、世界の国内総生産(GDP)を28兆ドル増加させることが可能との統計もあります。

 また、人口の半分を占める女性の視点を組み込んでいない施策は持続しない、という指摘はよくされます。例えば平和構築の分野では、女性が和平合意のプロセスに参加することで、和平が15年以上持続する可能性が35%高まるという研究結果もあります。日本が本年4月に策定した第3次行動計画においても、女性の参画とリーダーシップが全ての取組において強調されています。女性の視点が実際に生かされている例を挙げると、紛争地域での地雷除去において最初に行われる最も重要なミッションは、いつ、どのあたりに地雷が敷設されたのか、地域の女性たちから情報を得ることだとされています。それは、その地で日々の生活を営んでいる女性たちが、生活に根ざした情報としてこうしたことを最も的確に把握しているからです。

(3) 男性の関与の重要性

 第三に、ビジネスの世界では以前から議論されてきていると思いますが、WPSの推進や女性のエンパワーメントには男性の協力が不可欠です。例えば、国連は、2014年にジェンダー平等の実現のために、男性を含むあらゆる人々が参画し、変革の主体となることを目指した「HeForSheムーブメント」を立ち上げました。岸田総理もHeForSheチャンピオンとして、ジェンダー平等の推進に積極的に取り組んでおられます。

 性的役割分担に関する固定観念から解放されるためには、まずは男女が伝統的に担ってきた役割を互いに見直すことから始めることも重要です。男性リーダーの一言で環境が変化し女性が働きやすくなった事例や、男性リーダーが意思決定層に女性を引き上げたことで変化が生じた事例も報告されています。日本のWPS行動計画でも、特に男性の参画の必要性に言及し、男性へのアドボカシーを強化することを重要な行動として挙げています。更なる多様性のために、若者の視点を取り込んでいくことも重要です。

(4) 地球規模課題(気候変動に起因する災害等)への対応

 最後に地球規模課題への対応です。米西海岸も自然災害の多い土地です。日本は、自然災害の多い国であることから、行動計画において、自然災害及び人的惨事の防止や意思決定における女性のリーダーシップの役割を高めるとの内容を盛り込んでいます。例えば、2020年には内閣府が避難所の運営のマネジメントに関して、ジェンダーの視点を盛り込んだガイドラインを策定し、各自治体へ配布しています。具体的には、運営委員に必ず女性を含めること、女性のニーズを踏まえてトイレや授乳室を設置し、女性が性的ハラスメントを受けないよう避難所の運営を行うこと等です。また、地域の防災委員に女性を増やす努力をしています。

 世界各地で自然災害が多発する中、災害対応、防災や減災の分野にWPSアジェンダを組み込むことは極めて重要であるとともに、そのプロセスにおいて女性の参画とリーダーシップは必要不可欠です。防災や災害への対応において、行政が主導することはもちろんですが、ビジネス界、そして個々人は、どういった役割を担うことができるでしょうか。

3 結語

 私は、社会問題の解決には企業の参画、革新的思考、多様性の尊重が必要と考えています。WPSの更なる推進に向けて、より強靱な経済と社会の発展を実現するために何ができるのか。続くパネルディスカッションにおいては、ぜひ皆様から斬新かつクリエイティブなアイディアをいただき、「互いにインスパイアされる」ような時間を創りたいと思います。そして本日いただいた皆様からのアイディアを結集し、WPSのイノベーションを実現していきたいと思います。

 御清聴ありがとうございました。

(了)