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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 三極委員会アジア太平洋委員会東京地域会合における林外務大臣講演「歴史的大転換の先のアジア太平洋の平和と繁栄のために」

[場所] 
[年月日] 2022年11月20日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文] 

新浪剛史 三極委員会アジア太平洋委員長

バリー・デスカー 三極委員会アジア太平洋副委員長

御列席の皆様

 2017年以来となる三極委員会アジア太平洋委員会地域会合の東京開催を歓迎いたします。また、本会合の開催に尽力された日本国際交流センター(JCIE)の皆様に敬意を表します。

1 歴史の大転換点:ポスト冷戦期の終焉

 アジア太平洋地域会合の対面での開催は、3年ぶりと伺っています。この間、まさに対面での開催を阻む原因となった新型コロナの感染拡大に加え、本年2月に始まったロシアによるウクライナ侵略は世界の様相を一変させました。国際秩序の根本を揺るがすロシアの暴挙のみならず、力を背景とした一方的な現状変更の試みは、東シナ海、南シナ海においても継続しています。金曜に日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したICBM級ミサイルを始め、北朝鮮による極めて高い頻度でのミサイル発射は、東アジアの厳しい安全保障環境を否応なく我々に突きつけています。また、サプライチェーンの脆弱性や経済的威圧のリスクが顕在化する中で、経済分野における安全保障は、企業や国民生活にとっての現実の課題となっています。

 これまで我々が享受してきた、自由、法の支配、平和で安全な生活といった日々の「当たり前」を揺るがす変化。この国際社会の地殻変動は、まさに歴史の大転換点、ポスト冷戦期という時代の終焉を示していると言えるでしょう。冷戦終結のユーフォリアの中で始まったポスト冷戦時代と対照をなすこの困難な時代のアジア太平洋をいかに平和と繁栄に導くか。本日はそのための日本の戦略と決意をお話ししたいと思います。

 この時代の移行期について語る前に、まずは冷戦後のこの30年間がアジア太平洋にとっていかなる時代であったかを振り返りましょう。

 1990年に5.15兆ドルであったアジア太平洋地域のGDPは、2021年には約7倍の34.97兆ドルへと成長を遂げました。世界経済に占める割合も、22.6%から36.4%に拡大しており、この地域がポスト冷戦時代の世界の成長エンジンであったことを確認できます。経済成長と軌を一にして、国際政治におけるプレゼンスも向上しています。今年と来年のG20議長国をインドネシア、インドという地域の主要国が務めることは単なる偶然ではありません。

 アジア太平洋地域が世界の主役へと飛躍する、その土台となったのが法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序でした。国家間の紛争が、領域をめぐるものであれ、経済的利益をめぐるものであれ、力ではなく法やルールによって解決される。この秩序によって公平性、透明性、予見可能性が保証されてきました。法の下では、大国も小国も平等でした。その中で我々は、アジア太平洋地域の独自の強みである多様性と成長を両立させるための努力を積み重ね、今日の繁栄を築いてきたのです。

 残念ながら、現在、この秩序を真っ向から否定する動きが堂々と行われています。こうした中で、この共有された平和と繁栄の基盤への挑戦にいかに臨むのか。我々全てがその知恵と覚悟を問われています。

 日本は、この先の見通せない時代の指針として、国際法の原則に基づく「法の支配」こそが重要であると考えます。世界のどこであれ、「力による支配」を許してはなりません。そしてまた、特定の国にとって都合のよい恣意的な法の解釈も認めるべきではありません。77年前、先人達は、力による支配を乗り越えるために国連憲章の下に集結し、その後もたゆまぬ努力により国際社会における原則を打ち立ててきました。

 その1つ、1970年の「国際連合憲章にしたがった国家間の友好関係および協力に関する国際法の諸原則宣言」から導かれる基本的原則として、岸田総理は9月の国連総会での一般討論演説の中で、次の3つを挙げました。すなわち、(1)「力による支配」を脱却し国際法の誠実な遵守を通じた「法の支配」を目指すこと、(2)特に、力や威圧による領域の現状変更の試みは決して認めないこと、(3)国連憲章の原則の重大な違反に対抗するために協力することです。脆弱な国にとってこそ法の支配が重要なのです。

 混沌の時にこそ、基本に立ち返ることが必要です。それは、法の支配の下に国際社会全体がこのコンセンサスに立ち戻り、これを誠実に遵守することに他なりません。

 日本は、来年1月から安全保障理事会の非常任理事国となり、国際社会における平和と繁栄のための秩序の基礎として、法の支配を強化すべく行動します。その第一歩として、日本の議長月となる1月に、NYで「法の支配」をテーマとする公開討論の開催を検討しており、「力による支配」を認めないという考えの下に各国が結束する年にすべく、議長国として役割を果たしたいと考えています。

2 自由で開かれたインド太平洋

 続いて、アジア太平洋地域に目を向けると、ポスト冷戦期の世界の発展を牽引したこの地域は、今後も最もダイナミズムに富む地域であり続けるでしょう。しかし同時に、強大な軍事力を有する国が多く存在し、テロや大量破壊兵器の拡散、自然災害といった脅威にも直面する、不安定性を内包する地域でもあります。

 この地域の平和と繁栄のため、法の支配に基づく秩序の維持・強化にできる限り多くの諸国の関与を募っていくことが重要です。その旗頭たり得るのが、「自由で開かれたインド太平洋」、FOIPです。

 太平洋とインド洋、二つの大洋を、自由で開かれた、ルールの支配する海とする。2016年に日本が提唱したこのビジョンは、今や地域の中に留まらず、多数の国々に支持され、各国が関連する取組を発表しています。

 米国は、先月発表した国家安全保障戦略の中で、改めてFOIPの推進を地域戦略として掲げました。日米豪印でも、その実現に向けた幅広い分野の実践的協力を進めていくことを首脳や外相の間で確認しています。そして、FOIP実現の要であるASEANは、FOIPと本質的な原則を共有する「インド太平洋に関するASEANアウトルック」、AOIPを掲げており、FOIPとAOIPの実現に資する協力を進めています。日・ASEAN友好協力50周年となる来年に向けて、協力を更に加速していきます。韓国も独自のインド太平洋戦略を発表しています。カナダもインド太平洋戦略の発表に向けた準備を進めています。更に、欧州、NATO、大洋州、中南米などのパートナーとの間でも連携を強化していきます。

 このように、FOIPの重要性がかつてなく高まる中、日本は来年のG7議長国として、またFOIPの提唱国として、FOIPの新たな展開を推し進めていきます。そのために、これまでの取組を更に加速し、ODAを拡充するなど外交的取組を強化し、新たな切り口からの取組を含めて、オールジャパンで臨んでいます。具体的には、海上法執行能力強化、サイバー・セキュリティ、デジタル、グリーン、経済安全保障といった分野にも重点をおきつつ、新たなFOIPプランを来年春までに発表します。

3 自由で公正な経済秩序

 国際秩序をめぐる挑戦は、経済分野でも生じています。第二次世界大戦に至る教訓を踏まえてなお、戦後の世界経済は2つの陣営に分断されました。その壁を打ち破り、ついに世界が自由貿易の下に統合されたことが30年前の出来事のもう一つの側面でした。時期を同じくして設立されたWTO体制、そして2000年代以降のFTA・EPA網の発展の下、多角的貿易体制は発展してきましたが、その牽引役、かつ最大の裨益者であったのもまた、アジア太平洋地域でした。

 一方で、新自由主義的な考え方の下での単純なグローバル化は多方面に歪みも生んできました。内なる挑戦としての貧困・格差の拡大については、日本を含む多くの国が解決に向けて取り組んでいるところです。そして、多角的貿易体制においても、新型コロナにより明らかとなったサプライチェーンの脆弱性や、AI・量子といった先端技術の抱えるリスクなど、従来の枠組みでは対応できない安全保障にまたがる課題が顕在化しています。更には、ロシアの侵略による食料・エネルギー危機、経済的な依存関係を利用した威圧といった挑戦にも直面しています。

 我々は、このような経済安全保障上の課題に対応しつつ、今日の発展と繁栄の基礎である自由で公正な経済秩序を守っていかねばなりません。

 日本は、来年のG7議長国として、様々な議論を主導していきますが、経済安全保障は重要課題の一つです。世界経済の新たな現実を前に自由で公正な経済秩序を維持していくためにも、自由貿易と安全保障の両立は避けられない課題です。御承知の通り、日本では5月に経済安全保障推進法を成立させました。この法律をベースとして同志国の制度との調和を図りつつ、同志国との一層の連携強化や新たな課題に対応する国際規範の形成に積極的に取り組む、これこそが日本が目指す道であり、この考えの下で、今後本格化する国際社会の議論をリードしていきます。特に米国とは、新たに立ち上げた経済版「2+2」を通じて、外交・安全保障と経済を一体として議論しており、共通の課題について一層連携を強化していきます。

 同時に、日本は世界経済の新たな現実の下でも、引き続き自由貿易を推進していきます。CPTPPのハイスタンダードを維持し、RCEP協定の完全な履行の確保に取り組むとともに、WTO改革を主導していきます。私も、先月訪日したオコンジョ=イウェアラWTO事務局長との間で、自由で開かれた経済秩序の構築や国際社会の現状に即したルールの形成に向けて協力していくことを確認しました。

 日本は、戦略的重要性を持つTPPへの米国の早期復帰を引き続き呼びかけます。同時に、インド太平洋地域の経済秩序の維持・強化のための重要な枠組みであるIPEFの取組等においても具体的な成果を目指します。

 アジア太平洋地域が、新たな時代でも世界の成長エンジンであり続けるために、日本は、新たな課題にも対応する、自由で公正な経済秩序の維持・強化に向けた取組を主導します。

4 新たな時代のアジア太平洋

 冷戦終結からの30年間は、アジア太平洋地域にとって決して平坦な道のりであったわけではありませんが、今日の成長と繁栄が、法の支配に基づく自由で開かれた秩序がもたらす安定の上に実現してきたことを忘れてはなりません。そして我々は秩序の受益者であるのみならず、主要な担い手でもあることを今一度自覚せねばなりません。

 アジア太平洋の強みはその多様性であり、多様性を尊重する姿勢です。一方で、我々の平和と繁栄への挑戦に対しては、手を携え共に対応する、そうした地域協力が存在することもまた我々の財産です。

 日本は戦後一貫して平和国家としての道を歩む中で、アジア太平洋の一員として、地域の国々に寄り添ったきめ細やかな外交を進めてきました。私は、こうした先人の努力の積み重ねこそが日本への信頼の基礎となり、この国際情勢の下での日本への期待の源泉となっていると考えています。歴史的大転換の時にあって、日本はこの姿勢を堅持しながら、アジア太平洋諸国が引き続き共に平和と繁栄の道を歩み続けられるよう、法の支配に基づく国際秩序の擁護に取り組んでいきたいと思います。