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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 読売国際経済懇話会における岸田外務大臣講演「新しい時代の日中関係」

[場所] 東京
[年月日] 2016年4月25日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

1 冒頭

外務大臣の岸田文雄です。本日は,大勢の方にお越しいただき,心から御礼申し上げます。また,貴重な機会をアレンジしてくださった読売国際経済懇話会の関係者の皆様に心から御礼申し上げます。

本日のスピーチは,数ある外交課題の中で,特に日本にとって隣国である中国との関係,日本にとって大切な二国間関係の一つである日中関係に絞って話したいと思います。日中両国は,新しい時代にふさわしい日中関係を築いていかなければならない。これが,私が本日お話ししたいことです。新しい時代とは何か。それは,この20年程を見ても,国際社会のパワーバランスにおける,日本,中国,それぞれの立場が変化しました。そして,世界第3位,第2位の経済力を有する日中両国が,地域と世界の平和と繁栄に対して,大きな責任を負う時代となりました。そうした時代の中で,日中間には,課題も懸念もある。しかし,日中は引っ越しのできない隣国同士です。「友好」と「協力」により,世界に貢献するために共に努力する,それが両国にとって唯一の選択肢であると考えます。

「相互理解の努力を通じて,世界の平和とアジアの安定の創造に寄与する日中両国の関係を,より深く,より広く推し進めていくことこそ,今日,両国民に課せられた最も大きな課題である」。この言葉は,日中国交正常化の立役者の一人である大平正芳元総理が,日中平和友好条約締結後,1979年に訪中された際のスピーチの一節です。大平元総理は,外務大臣として私の大先輩であるだけではなく,自民党の政策集団である宏池会の会長としても大先輩です。私が外務大臣に就任してからまもなく3年半が経とうとしていますが,この大平元総理の言葉が今も変わらず重要な響きを持っていることを実感しています。

諸般の事情が許せば,私はこのゴールデンウィークにも訪中し,中国側と率直に対話し,新しい時代にふさわしい日中関係を築いていくための歯車を回したいと思います。

2 過去:来し方を振り返り,先人の努力に思いを馳せる

一昨年11月に,北京APECで日中首脳会談,外相会談が実現し,日中関係は改善に向けて舵を切りました。私も,外務大臣として,関係改善の動きを一層強固なものにすべく汗をかいてきました。

日中には2000年以上の交流の歴史があります。昨年5月,訪中した日中観光文化交流団に対して,習近平国家主席は,「日中は一衣帯水で,この2000年余り,平和と友好が両国人民の心の主旋律であり,両国人民は互いに学び合い,参考にして,それぞれの発展を促し,また人類文明の進歩のため重要な貢献をしました」と述べられています。中国から伝えられた漢字,仏教,儒教や,日本が当時の中国の科学技術や文化を学ぶために派遣した遣隋使・遣唐使等,こうした中国との交流から日本が多くのことを学んできた事例は枚挙にいとまがありません。また,日本による総額3兆円以上の対中ODAや,日本企業による投資・貿易等を通じた資金・技術が中国の発展に大きく貢献したこともよく知られている事実です。

日中関係は,来年(2017年)は国交正常化45周年,再来年(2018年)は平和友好条約締結40周年という佳節を迎えます。この佳節を前に,両国の先人たちが,相手への敬意と尊重を持ちながら,互いの優れているところを真摯に学び合い,それを取り入れて,互いの発展を支えてきた,こうした歴史を今一度思い起こすべきだと思います。

3 現在:日中関係の現状と基本的考え方

日中は,いまや世界第3位,世界第2位の経済大国です。日本と中国は,益々,切っても切れない関係になっています。日本にとって,中国は最大の貿易相手国であり,中国にとって日本は第2位の貿易相手国です。また,日本から中国への進出企業数は約2万3千社に上り,大きな雇用を生み出しています。

人的交流について言えば,昨年の訪日中国人数が,前年から2倍以上の499万人となり,過去最高記録を達成したことは記憶に新しいところです。また,本年も,昨年を上回るハイペースで増加しており,本年1月から3月の3か月の間,昨年同期比で約6割増えています。また,中国における在留邦人数は13万人を超えており,日本にとって2番目に在留邦人が多い国です。地方レベルでの交流のネットワークも隅々に広がり,日中間の友好姉妹都市は362組に上っています。

さて,昨今,中国経済の減速が懸念されており,日本もその状況を注視していますが,同時に,そうした懸念は,世界が中国経済に期待していることの証左でもあります。中国政府の発表によれば,昨年の中国の実質GDP成長率は6.9%増です。過去と比較して,減速しているとは言え,成長率は依然として極めて高く,そのGDP増加分だけで世界第20位程度の大きさの国のGDPに匹敵します。ご在席の皆様が実感しておられるとおり,中国は13億人以上の人口を擁する,巨大で潜在力の大きい市場であり続けています。

そのような中,中国政府が,安定的で持続的な発展を実現するために,様々な課題を真摯に受け止め,過剰生産能力の解消,国有企業改革,貧困脱却等の構造改革に取り組んでいることを評価しています。日本は,中国が構造改革を進め,平和的発展を遂げるための協力を惜しみません。同時に,中国が,日本とともに,地域と世界の平和と繁栄のためにさらに大きな責任を果たすことを期待しています。

その一方,日中には隣国であるが故に,多くの課題や懸念があることも事実です。しかしながら,我々はこれまでも,知恵と創造性により,これらを乗り越えてきました。日中間の4つの基本文書や一昨年の4項目はそうした努力の証とも言えます。こうした過程で,「互いに協力のパートナーであり,互いに脅威とならない」ことを確認しながら,戦略的互恵関係を発展させてきました。これからは,(1)協力を拡大し,(2)課題や懸念に対処し,(3)国民間の相互理解と信頼関係を育むことを通じて,冒頭申し上げたとおり,新しい時代にふさわしい日中関係を築いていかなければなりません。そのために日本は努力していく考えです。ただ,一方の国の努力だけでは,二国間関係は進みません。中国側にもぜひ前向きに協力してもらいたいと思います。

4 これからの日中関係

(1)協力の拡大

ただいま申し上げた3つの取組のうちの1つ目は,協力の拡大です。日中間でウィンウィンの協力が可能な分野は極めて多く,まだ十分に発揮されていない潜在力があると考えます。

中国が直面している課題の中には,大気汚染,水質汚濁等の環境汚染や,不良債権処理等,日本がかつて高度経済成長やバブル崩壊の過程で経験し,克服してきたものもあります。日本の経験の中には,中国の課題解決の一助となるものもあるでしょう。こうした課題について日本は中国にいくらでも協力するつもりです。中国が様々な課題を乗り越えて,平和的に発展し続けることは,日本にとっても国際社会にとっても大きなチャンスと考えます。

そのような分野の一つに,防災があります。今般の熊本地震では,習近平国家主席,李克強国務院総理や王毅外交部長から,温かいお見舞いのメッセージを頂きました。また,ネット上でも,中国の人々から,被災地の早期復興や被災者の無事を祈るコメントが多く寄せられています。5年前の東日本大震災でも,中国政府や中国の人々は,温かく救いの手を差し伸べてくれました。2008年の四川大地震では,日本の国際緊急援助隊が被災地にかけつけ,一人でも多くの生存者を救おうとする隊員の姿が中国で広く報じられました。自然災害には国境がなく,いつ誰が被災するか分からないという予測不可能性を抱えています。日中が自然災害の教訓を共有し,防災能力を高め,災害が発生してしまった時には助け合う。これは,まさに両国国民の平和と安全に資するものです。

また,少子・高齢化対策も,両国にとって喫緊の課題であり,重要な協力分野です。一人っ子政策を実施してきた中国は,1980年代以降,急速な少子高齢化に直面しています。中国が,一足先に少子・高齢化社会を迎えた日本の経験・知見を活かせば,余計な回り道をする必要はありません。また,中国で高齢化対策に関する制度整備や人材育成が進むことは,こうした分野のノウハウを有する日本企業のビジネスチャンス拡大をも意味します。

他にも,省エネ・環境,食の安全等の分野があります。これらは中国国民や中国の在留邦人の健康に直接関係しているだけではなく,国境を越えて日本にも影響を与えかねない問題です。逆もまたしかりでしょう。まだまだ協力拡大の余地があります。

さらに,地域・国際社会への責任を果たし,グローバルな課題の解決に貢献するという観点から,協力すべき分野も数多くあります。不透明さが増す世界経済への対応は喫緊の課題であり,日中それぞれで開催予定のG7サミットとG20サミットにおいて,世界経済への対応について,しっかりとした議論が行われることを期待します。また,核実験やミサイル発射が相次いでいる北朝鮮の問題についても,日中を含む関係国が緊密に連携し,一致した姿勢を示すことが重要です。グローバルな課題の多くは,日中それぞれの国の課題でもあり,そうした課題のほぼ全てについて協力の余地があるのです。そうした協力を通じて,新しい時代にふさわしい日中関係を築きたいと思います。

(2)課題や懸念への対処

3つの取組のうちの2つ目は,課題や懸念への対処です。日中は隣国であるが故に,多くの課題や懸念にも粘り強く取り組んでいかなければなりません。率直に言って,急速かつ不透明な軍事費の増加や,「海洋強国」という目標を掲げ,東シナ海及び南シナ海で一方的な現状変更を進めていることには,日本国民のみならず,アジア太平洋地域の国々や国際社会が不安を抱えています。

日中両国は,既存の国際社会の規範と秩序の下で,発展と安定を享受し,現在の繁栄に至りました。アジア太平洋地域で繁栄を創出してきたのは,まさに平和な海,開かれた海を通じた人々や物流のネットワークです。日中両国には,この開かれた海を,ルールに基づいて守ることにより,今後の地域の繁栄を維持していく義務があります。

ルールを守って行動すれば,地域・国際社会の信頼を得ることができます。ルールの遵守は中国自身の利益でもあります。日本が支持してきた中国のWTO加盟は中国の経済発展に資するものでした。そして,もし既存のルールの中に,世界の現状に即していないものがあれば,一方的な行動ではなく,平和的に,対話を通じてルールを改善していくべきです。こうした課題や懸念に対処するためにも,日中間で,首脳・閣僚レベルも含めて,一層,率直な対話を行っていくべきと考えます。

私は,今から19年前,国交正常化25周年の際,中国側の招待で訪中しました。これは私の国会議員としての初めての訪中でした。中国の政府関係者との意見交換は,「本音で話をしましょう」との双方の決まり文句で始まるものの,日中で立場の異なる話題に話が及ぶと,やりとりが感情的になる一幕も少なからずありました。言いたいことの半分も言えずに終わってしまう。こういった状況に歯がゆさを感じたことを鮮明に覚えています。率直な対話と一口に言っても,簡単なことではありません。

しかし,それでも,対話を通じて,相手を理解し,何らかの打開策を見いだし,課題や懸念に対処する。中国との関係においても,我々はそのための努力を決してやめないということを強調したいと思います。

(3)国民間の相互理解と信頼関係を育む

3つの取組のうちの3つ目は,国民間の信頼醸成です。これは誠に重要なことです。しかしながら,日中関係を支える屋台骨である国民感情は,残念ながら悪化しています。

内閣府の世論調査によれば,昨年,中国に「親しみを感じない」と答えた日本人は過去最悪の記録を更新し,83.2%に上りました。日中平和友好条約が締結された翌年である1979年の調査では,同じ回答をした日本人はわずか20.3%でした。我が国国民の対中感情の悪化は極めて深刻だと考えます。

同時に,別の調査によれば,日本に「良くない印象を持っている」と答えた中国人は2014年の86.8%から,昨年は78.3%まで減少しましたが,多くの中国人の対日感情は十分に改善していません。国民感情に支えられていない外交関係は脆弱です。このような状況が続き,日中関係が砂上の楼閣になりかねないことを強く危惧しています。

新しい時代にふさわしい日中関係を築いていくためにも,この傾向に歯止めをかけ,状況を改善していかなければなりません。そのためには,国民間の直接の交流を通じて信頼関係を醸成することが最も有効と考えます。百聞は一見に如かず,です。

1979年に訪中した大平元総理は,「国と国との関係において最も大切なものは,国民の心と心の間に結ばれた強固な信頼であります。この信頼を裏打ちするものは,何よりも相互の国民の間の理解でなければなりません」と述べられました。同時に,「相手を知る努力は,決して容易な業ではない」と述べられ,体制も流儀も異なる日中においては,「自覚的努力が厳しく求められる」と戒めています。当時は,日中友好ムードに世の中が湧いていましたが,これは,そうした時代にあって,将来の日中関係を見通された大平元総理の警鐘と受け止めています。

国民間の相互理解を増進するために,日本政府は青少年交流事業を実施しています。この事業で訪日した中国の高校生・大学生からは,「帰国後,周囲の人々に日本の魅力や日本人の友好の心を広く伝えたい」といった声が数多く寄せられています。また,この事業を通じて日本への印象が良くなったと答える中国の高校生・大学生は毎回100%近くに上ります。

また,今年度から,環境や防災に関する意識啓発を目的に,中国を始めとするアジア大洋州の国々から,毎年1,000名規模の青少年等を新たに招へいし,日本国内での植林・植樹活動も行う形で交流事業を行うという取組を始めることになりました。

習近平主席は,昨年5月,「私は両国の若者が友好の信念を固め,積極的に行動しあい,絶えず友情の種をまき,日中友好を大樹に育て,木々が生い茂る森林にし,両国人民の友好を子々孫々続けることを心から期待しています」と述べられました。私も全く同じ期待を両国の若者に託します。日中関係のバトンを託せる新たな世代を育成するべく,青少年交流を一層拡大したいと思っています。

青少年交流については,両国の大学間でも,様々な交流が行われています。私は早稲田大学の出身ですが,同大学は,中国で最もよく知られている日本の大学の一つであると聞いています。同大学は,早くも1905年から中国人学生を数多く受け入れてきました。その中には,国交正常化前から中国で対日関係の実質的責任を負っていた廖承志・初代中日友好協会会長等もおられます。また,北京と上海に大学事務所を設置し,毎年200名以上の早稲田大学生が中国で学び,中には,北京大学や?旦・大学の学位も取得している大学生もいます。さらに,早稲田大学では現在,1800名を超える中国人学生を受け入れていると聞いています。また,日本全体でも,現在,9万4千人を超える中国人留学生が学んでいます。

日中の学生や青少年が,交流を通じて信頼関係を築き,学問を通じて切磋琢磨することは,最も地道ですが,両国国民の心を結ぶ最も確かな方法であると考えます。

先ほど申し上げた訪日中国人の増加は,日本経済の活性化に直接裨益するものとして日本各地で歓迎されています。昨年,我が国を訪問した中国の方の日本での消費額は,日本を訪問する全ての外国人観光客の消費の約4割を占めました。我が国は現在,政府一丸となって観光立国を推進していますが,中国はビザの戦略的緩和の対象国の一つです。

しかし,訪日中国人の増加を歓迎しているのは,経済的観点からだけではありません。中国人の方が,直接日本の姿に触れ,様々な体験や交流をすることを通じて,日本への理解を深めることも歓迎しています。実際に日本を訪れ日本人と接した中国の方の中には,「日本で一番印象深かったのは,見知らぬ人の善意だった」といった感想を持つ方もいると聞いています。

日本には,先進的技術,世界が賛嘆する和食や日本酒,日本のものづくりに息づく匠の精神,日本人のマナーやおもてなしの心,一流のサービス,四季の美しい国土等,世界に誇れる様々な魅力があります。最近は,中国人の方の訪日目的も多様化し,買い物だけではなく,農村に広がる美しい棚田や雲一つない青空,また,地方都市の古い街並みといった日本の生活風景を見たり,民宿等で日本流の素朴なおもてなしを楽しむことに旅の目的を見いだす方も増えています。より多くの中国の方に日本を訪れ,日本のありのままの姿を理解していただきたいと思います。

同時に,過去最悪を記録している対中感情に表れる,日本人の不安の払拭のために,何ができるのか,また,中国人の対日感情を改善するために何ができるのか,中国側にも真摯な努力を期待したいと思います。

5 結語

日中関係は常に難しい舵取りが迫られます。隣国同士は近いからこそ摩擦も生じやすく,辛抱強い対応が必要です。もう一度申し上げます。新しい時代にふさわしい日中関係を築いていく,これが両国民の利益です。それは地域・世界の期待に応えることでもあります。

諸般の事情が許せば,私はこのゴールデンウィークにも訪中し,どうしたら新しい時代にふさわしい日中関係を築いていくことができるのかについて,中国側要人と,率直に語り合いたいと思っています。

王毅部長とは,電話会談を含めればこれまで7回の会談を積み重ねてきましたが,二国間訪問としては,初めて訪中することになります。日本の外務大臣の訪中としても,国際会議の際の訪問ではなく,二国間訪問としては,実に4年半ぶりになるそうです。日中関係は,改善の基調にあるとはいえ,まだまだ多くの課題を抱えており,私が本日申し上げたような新しい時代にふさわしい日中関係を築いていく道のりは決して容易なものではありません。しかし,中国の皆さんと様々なレベルで,耳の痛いことも含め,率直に対話を行い,双方が努力を積み重ねることにより,新しい時代にふさわしい日中関係を築くことは可能であると私は確信しています。その第一歩を切り開く,そうした訪中にしたいと思います。

本年-たぶん年後半になるかと思いますが-日本は,日中韓の外相会合,サミットを開催します。日中ハイレベル経済対話の日本開催も予定しています。中国は,9月に杭州でG20サミットを開催します。こうした本年の一連の日中首脳・外相の往来の第一歩が私の今回の訪中になると考えています。本年の日中関係の基調を作るような,実りある訪中にすべく全力を尽くすことを申し上げ,私の講演を終わらせていただきます。

ご静聴ありがとうございました。