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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第18回国際交流会議「アジアの未来」玄葉外務大臣スピーチ 〜ネットワーク外交がつくる「質の高い社会」〜

[場所] 帝国ホテル
[年月日] 2012年5月24日
[出典] 外務省
[備考] 
[全文]

みなさん,こんにちは。

ご紹介をいただきました,玄葉光一郎です。 本日は,第18回になるとお聞きをしましたけれども,アジアの未来にお招きをいただきまして,ありがとうございます。

この「アジアの未来」が,目指しているもの,これは,私が就任以来進めてきた外交と結びついているというふうに考えています。 それは,すなわち,アジア太平洋地域において,民主主義的な価値に支えられた,豊かで安定した秩序を作るということであります。

今日は,このことについて,特にどうやったら,そのような秩序が作れるのか,そのための二つの重要な柱について話をしたいと,時間が限られておりますから,若干早口でお話をするかもしれませんが,お許しを頂きたいと思います。その二つの重要な柱というのは,「ネットワーク外交」ともう一つは,「中間層の強化・拡充」による「質の高い社会」の構築のこの二点でございます。これまで私は,何度か,「ネットワーク外交」という言葉をあえて用いて,私が進めて参りました外交を説明して参りました。

「ネットワーク外交」とは,さまざまな二国間,そして多国間の合意を結びつけて,アジア太平洋地域において,先ほども申し上げた,民主主義的な価値に基づいて,豊かで安定した秩序を構築する試みであります。そのようなネットワークは,私は,今着実に拡がっているという風に考えております。それは,アジアの人々をより豊かにするネットワークであり,また,より安全にするネットワークであるとも考えております。

このアジア太平洋地域は,今後も世界経済を牽引すると期待されます。しかし,同時に,様々なリスクも存在することはご承知のとおりでございます。それは,良く指摘をされるような政治・安全保障面でのリスクにとどまらないと思います。つまり,例えば金融面に見られるようなですね,法的な,また制度的な基盤が発展途上だったり,あるいは格差というものが顕在化をして,それが社会不安というものを増大させたり,またインフラの脆弱性,これもやはり一つのリスクではないか,そういう風に思います。そういった様々な問題が,このアジア太平洋地域において成長の障害になる可能性もあるという風に思っています。このアジア太平洋地域が,世界経済にさらに貢献するためには,地域の成長の機会というものを最大化して,リスクを最小化するという当たり前のことでありますけれども,そのことが不可欠だと思います。

そのために,地域の公共財である日米同盟の深化・発展,これは当然必要でありますし,また,日米中の戦略的な対話というものもこの間提唱して参ったところであります。先月にも,日米両政府は在日米軍の再編につきまして,普天間飛行場の移設を他の要素から切り離してですね,できるところから進めていく決定をしたところであります。これは,これまでの再編のパッケージが抱えていた問題を一つクリアしていくのみならず,それによって再編以外の他の重要な日米協力,これを一層進められるような同盟深化の大きな一歩だと考えています。

一方,それぞれの人が繁栄と幸福の実現をするためには,やはり量的な経済成長を追求するだけでは不十分だろうと思います。一部に富と権利が偏る社会,これはやはり持続的な安定という意味ではやはり不安だといわざるを得ないのではないか。国家間でも,各国内でも,それぞれの権利が尊重され,能力が発揮できる環境が必要です。誰も排除されない民主的で「質の高い社会」,こういったものを築くことは,21世紀に生きる我々すべてに課せられた大切な課題だと考えています。

この「質の高い社会」の実現には,機能する民主主義,そして格差の是正が不可欠であり,そのための基盤となるのが,冒頭申し上げた,豊かで安定した厚みのある中間層だと思います。我が国が戦後これほどまでに安定と繁栄を得ることができたのも,中間層の強化・拡充があったからこそであります。

そのような社会をともに構築するために,日本はアジアとしっかり協力をしていきたいと思います。これまで私が提唱してきたネットワーク外交も,そういう目的に資するものでありますし,日本が推進してきた「人間の安全保障」,一人一人の尊厳を大事にする,一人一人の能力を最大限発揮させる,こういった「人間の安全保障」の概念のアジアにおける実践例,こういう風に申し上げてもよいかと思います。

したがって,アジアにおいて「質の高い社会」を深化させ,拡大をしていく,このことが,日本のネットワーク外交の重要な目的だと重ねて申し上げたいと思います。

ASEANについて触れたいと思いますけれども,今申し上げたような豊かな質の高い社会を作る上でASEANは大きな貢献と努力をしてきました。例えばこの45年間,ASEAN発足当初からのメンバーである5か国は,世界の2倍以上の速度で成長し,地域の経済的な発展の中核的な存在感を示すに至っていることはご存じのとおりであります。またその間,乳幼児死亡率というものを調べてみますと,この20年で62%から24%に大幅に低下をしているということでありまして,人々の暮らしは劇的に向上していると思います。そしてこうした発展を背景に,ASEANの国際的な地位は向上して,東アジア首脳会議(EAS),あるいはARFなど,この地域の多国間協力の枠組の多くは,ASEANを中心に成立をして,発展をしてきているということであります。

ASEAN各国も特に1990年代以降,多くの国が経済的な離陸を果たしました。国によって発展の度合いに隔たりがありますから様々な課題がありますけれども,ASEANはこうした課題に対処するために自ら努力を重ねてきたというところが私はあると思います。このASEANが推進する物理的・制度的・人的な「連結性」の強化は,そのような努力の典型例ではないかというふうに思います。

我が国は,このようなASEANの姿勢をかねてから強く支持をしてきました。私の先達も,たとえば「福田ドクトリン」のように,福田赳夫元総理が提唱した概念でありますけれども,ASEANとの協力関係を深化させてきたわけであります。また,そのプロセスの中では政府間だけではなくて,民間企業そして国民の間でも強固な信頼関係を築いてきていると思います。ASEANが目指している社会というのは,日本が目指している社会とかなりの点で,共通すると考えてもよいのではないか。引き続き,ASEANと共に手を取り合って,「質の高い社会」の構築に全力をあげたいと思います。

ASEANの連結性については,4月に東京で日本・メコン地域諸国首脳会議を開催いたしましたけれども,ミャンマーも含めメコンの連結性を強化していく方針が合意をされて,陸の回廊がインド洋,更に成長著しい,南アジア地域までつながる可能性も見えてまいりました。我が国といたしましては,格差を是正し,経済的な潜在力をさらに発揮するためのASEANの努力をこれからも支援し続ける考えです。

また,防災分野での協力というのはこれからの大事な課題だと思っています。我々は3・11を経験しましたけれども,タイの大変な洪水もありました。2004年だったでしょうかスマトラの大地震もございました。今やASEANは世界のサプライチェーンでありますから,そういう意味で,防災分野でASEAN自身が強靱な対応能力を身につけると,そのこと自体が非常に大事な課題になっているわけでありますので,日本としても,例えば「ASEAN防災ネットワーク構築構想」という支援,あるいは今年仙台で開催いたしますけれども,大規模自然災害に関するハイレベル国際会議などで,アジアの方々とまさに日本の経験・知見というものをしっかりと共有していくこととしたいと考えています。

自由市場経済は,民主主義と裏表の側面がございます。そういう意味でASEANは国内での民主主義の確立においても大きな努力をしてきました。インドネシアが主導するバリ民主主義フォーラムは,アジアにおける民主化とその定着の主体的な取組として意義があると考えます。さらにこのフォーラムの枠組で,エジプトの民主化支援というものが実は行われています。そういう意味では,アジアにおけるこの取組は,世界中の「質の高い社会」の構築に貢献をしていると言えるのではないかと思います。

民主化といえばミャンマーですけれども,昨年12月,私もミャンマーを訪問して,また,今年4月にはテイン・セイン大統領を日本にお迎えいたしました。そして,民主化・国民和解といったものを確固としたものとするために日本として後押しをしていくということを表明したわけであります。特にこれからは,ミャンマーの国民一人一人が,改革が進めば,民主化・国民和解が進めば,豊かになれるという,そういう実感を,一人一人が感じることのできるような社会にしていくことが大事だと思いますので,ミャンマーの改革努力を引き続き支援をしていきたいと考えています。

民主主義は,一人一人の幸福が実現する「質の高い社会」構築の前提として不可欠であることはもちろんのこと,社会の安定のためにも非常に重要です。我が国は,これらの取り組みに代表される民主化に向けたアジア諸国の努力を,積極的に支援し続ける考えであります。

そして,我が国は,アジアでの「質の高い社会」の構築を目指して,中間層の拡充を後押ししたいと思います。今年の秋に向けて戦略を作りたいと思っていますが,現時点で四点の柱を簡単に述べたいと思います。

第一に経済連携であります。貿易を活性化して,互いの市場を自らの内需として取り込んでいくというのは,それぞれの国にとって重要であります。そういう意味で我が国は,高いレベルの経済連携を通じて,このアジア太平洋地域の自由な貿易投資ルールを主導していきたいと思っていますし,現在ご存じのとおり,TPP交渉参加に向けた関係国との協議に入っています。合わせて,日中韓FTA交渉の年内の交渉入りということで,この2つを車の両輪として考えたいと思っています。その上で最終的には,ASEAN諸国やインドも含めたアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の実現をしたいと考えています。

第二にインフラ整備支援。アジア各国の成長を促進し,社会の質を高めるためにも,やはりインフラ整備が重要であります。私はインフラ整備の重要な手段であるODAの実施におきまして,官民連携,そして,いわゆる有償円借款と無償資金協力・技術協力,これを有機的に組み合わせながら,効果的な支援を推進したいと思っています。

第三は,やはり最先端技術の提供だと思います。先般も東アジア低炭素成長パートナーシップ対話を,私も共同議長の一人として開催を致しましたけれども,やはり低炭素成長のモデルを構築する取組として,日本は先頭に立たなければならないと思います。人材育成,先端的な環境技術の普及,域内におけるネットワークの構築等を進めてまいります。また,地方などの中小企業が,実は日本は優れた技術を持っているというのは,日本人はかなり知っていますけれども,アジア全体で知られているというわけではありませんので,地方の中小企業の優れた技術を,ODAを使って,売りこみたいというか,活用したいと,積極的に紹介をしたいと思っています。そういった,環境問題も含めて,取り組むことで,アジアの人々の「質の高い社会」作りに貢献していくということであります。

第四に,知的対話の強化。以上のような協力を進めるためは,政府間の政策対話を拡充するのはもちろんでありますけれども,今日の会議もそうでありますが,経済界,研究者等,民間レベルの知的対話,これは皆様がおそらく想像している以上に,私は重要な役割を果たしていると考えています。

以上の取組を,この多様性にあふれるアジア太平洋地域で進める上で,我が国自身がもっている真面目さ,礼儀正しさ,忍耐強さ,こういった日本的な価値というものも上手に,活かしていきたいと考えています。伝統を重んじながら,異なった文化を柔軟に受け入れてきたのが,日本の風土,あるいは,歴史と申し上げても過言ではないのではないか,またそれは,日本の良さでもあると思っています。多様なアジア太平洋地域に根付いている文化,伝統,そして,価値観を大事にすることはやはり重要であります。アジア的価値に根ざしながら西洋的価値を柔軟に取り入れてきた日本だからこそ果たせる役割というものが,やはりあるのではないかというふうに考えております。

我が国の経験が,各国のお役に立てるのであればこんなに嬉しいことはございません。例えば,教育分野におけるひとつの協力例として,昨年9月にマレーシア日本国際工科院というものが開校して,来月,開校式が開催されます。これは,本年30周年を迎える東方政策の集大成ともいうべき日・マレーシアの共同プロジェクトでありまして,我が国も円借款や大学教員派遣等を通じて協力をしています。将来的には,地域における日本型の工学教育の拠点として発展していくことを大いに期待しています。

ASEAN地域に代表されるアジア太平洋地域におきまして,以上のような政策を実践していく上で,我が国はオールジャパンで取り組むことが益々重要と考えています。私は一般市民の外交における役割という点について,政府,地方自治体,NGO,中小企業,個人など,様々なアクター,主体が協力・連携して外交に取り組んで,相乗効果を生み出す,「フルキャスト・ディプロマシー」を提唱しています。これも,「質の高い社会」への第一歩であります。幅広い参加を得ながら,こういった考えを実践していきたいと考えています。

最後になりますけれども,日本は,アジア太平洋地域とともに豊かさを実現し,厚みのある中間層に支えられた「質の高い社会」をつくり上げていきたいと願っています。日本は,国内における民主主義と安定の追求,各国との協力における相手に対する尊重という両面で,長期にわたる豊富な経験を持っていると自負をしています。我が国としてもこれからも,それぞれの地域に根付いている文化,伝統,価値観を尊重しながら,息の長い,親身な協力というものを続けていきたいと考えておりますので,会場にいらっしゃる皆様のご協力をよろしくお願いを申し上げたいと思います。

与えられた時間でのスピーチになりましたので早口になりましたことをお詫び申し上げながら,私のスピーチにかえさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。